この世界
用意された服に着替えた俺は部屋を出た。
「おぉ、結構似合ってるねー」
扉の前で待っていた逢が褒めてくれる。
白色のインナー、胸元に赤い月の紋様が入っている黒い上着に黒いスラックス。
確かにこの服を作った人はセンスがあるかもしれないな。
「それはどうも」
軽く礼をする。
「綺っちの髪型もカッコよくて私好きだよー。」
俺の髪型はロングウルフ+ハーフアップにしていた。どうやら逢の癖に刺さったようだ。
「でも…」
そう言って逢は前に立ち、俺の上着のポケットに入っているネクタイを取り出す。
「ネクタイもちゃんとしないとダメだよー」
「別に俺は必要とは思わないがな。それにネクタイつけると少し息苦しいんだ」
俺は多少苦言を呈する。
「ダメなものはダメなの!」
どうやら逢にとっては気に入らないらしい。
ネクタイは逢の趣味なのだろうか?
ここは仕方ないから逢に従うとするか。
「分かった。ちゃんとつけるからネクタイを返してくれ」
「……」
逢は何も言わない。
なんのつもりか分からない俺は逢の顔を見る。
逢は俯きなぜか頬を赤く染めていた。
「逢?」
俺は逢に呼びかける。
すると逢は顔をあげる。
「私がつけてあげるから、その……じっとしてて」
ネクタイくらい自分でつけれるのだが…。
「分かった、じゃあ頼む。」
「やったー!」
俺が頼むと逢は可愛い笑顔を見せた。
「でもその前に…」
逢は俺の上着に手をかけ脱がそうとする。
「待て、上着脱がなきゃダメか?」
「脱がなきゃダメなの!いいから私に任せて。」
なるほど。上着が邪魔になるのか。
「分かった、任せることにする」
そう言うと逢は満足そうに頷いた。
逢が上着のボタンを一つずつ外す。
ボタンが全て外された。
逢の指先がインナー越しに俺の胸元をなぞった気がした。
そんなこんなで上着を脱がされる。
そして逢がネクタイを俺の首に回す。
「ふふ」
逢が小さく笑った。
「どうした?」
俺が問うと逢は答える。
「なんか新婚夫婦みたいで」
そう言う逢はどこか照れた様子だった。
「確かにそうかもな。」
「ふふ、あなたも冗談を言うのね」
「今後は冗談じゃなくなるかもな」
すでに俺は今後逢を手に入れ逢を俺に依存させるための方法を考えている。
そのための第一歩として今の逢の俺への感情などは考えず俺を意識させるためだ。その意識をだんだん大きくしていけば逢は俺のもの、手駒になる。
「バカ……」
俺のそんな考えを読めるはずもなく逢は俺に対し照れ隠しのつもりかそんなことを言う。
「俺の勝ちだな」
俺は勝利宣言をする。
「綺っち私より年下でしょー」
「俺は20歳だが、やっぱり逢は俺より年上なのか」
「女性に年齢を聞くのは失礼なんだからね!、でも綺っちには特別に教えてあげる」
そうか、女性に年齢を聞くのはあまり良くないのか。一応今後のために覚えておくか。
「私は23歳、つまり綺っちの先輩だよー、しっかり礼儀を持ってよね!」
なんとなく察していたが年上か。
ネクタイを結び終えた逢が拳を胸に当てて先輩風を吹かせる。
「だったら先輩らしいところを見せて欲しいものだ」
「生意気なー」
俺の言い分が気に入らなかったのか逢が頬を膨らませ怒りを露わにしている。
「ごめんごめん」
俺はいいながら逢の頭をぽんぽんと撫でた。
「ほんとのほんとにバカー」
照れながら逢はさらに文句を言う。
「それよりこの後どうするんだ?」
逢には申し訳ないと思うが無理やり話題を切り替える。
「うぅー、今から会議室に行くの」
少し悔しそうにしている逢が予定を口にする。
「会議室か」
おそらく逢はそのために俺を呼びにきたのだろう。
そしてその会議室には逢以外の誰かしらがいるのだろうな。
「やっば!急がなきゃ。また怒られちゃうよー」
携帯で時間を確認した逢が慌てたように言う。
「早く私について来て。私を見失って迷子になんかならないでよー」
逢はすでに走り出していた。
「大丈夫だ」
俺は逢の注意を気にせず走り出す。
なぜだろう。
走っていて感じる。
身体が軽い。
風の流れが見えるようだ。
時間が遅く感じる。
いや俺が速いのだ。
身体能力が普通の人間より大幅に高い。
この世界の影響だろうか。
逢も俺と同じだった。身体能力が普通ではなかった。
そうか、この世界は俺が生きていた世界とは物理法則などがまるで違う。
考えながら俺は前を走る逢についていく。
しばらく走っていた逢がある大きな扉の前で立ち止まった。
おそらくこの扉の奥が言っていた会議室なのだろう。
扉のドアノブに手をかけた逢が俺の方を向く。
「気をつけてよね。この中にいる人たちは私みたいにあなたを信用している人たちばかりじゃないから」
そんな注意を受ける。
その注意に対し俺は、
「たとえ逢以外の人間が俺を信用していなくても逢は俺を信用してくれているんだろ。ならそれだけで十分だ」
「……ありがと」
俺の言葉に逢は照れながら感謝を口にする。
俺は扉を開いてくれと目で合図する。
逢は意図を汲み取り扉をゆっくりとあげる。
「ずいぶんと遅かったですね、逢さん」
円卓状の机の上座に座っていた少女が口を開く。
その声は儚かった。
しかしその少女は圧倒的で全てを飲み込んでしまいそうな雰囲気を纏っていた。
「ごめんねー!、ちょっと綺っちとの世間話に花が咲いちゃって、えへへ」
逢が親しげにその少女に返す。
「初対面の相手に世間話で15分以上ですか?相当仲が良さそうな雰囲気を感じますが?本当はどんな話をしていたのですか?」
「あはは、それは未莉亜っちにも話せないよー、恥ずかしいしね」
逢の返答に未莉亜と呼ばれた少女は全てを見通しているかのように微笑む。
「そうですか、それは失礼しました。確かに人には誰にも言えないことをいくつか持っているものです。本当にすいませんでした。どうかこの私を許していただけないでしょうか?」
「全然気にしてないからいいよー」
「それはそれは寛大な御心遣い感謝致します」
あの未莉亜とかいう少女、そこが知れないな。おそらくさっきまでの俺と逢の間にあった会話すら分かっていて逢を揶揄っているような気さえする。
要注意だな。
「おい、それよりそこの男はなんなんだよ」
未莉亜の右隣に机に足をあげていた男が俺に向かって吐き捨てるように言う。
その男に触発されたようにこの場にいる他の人間も俺に視線を向ける。
ここは自己紹介くらいした方が良さそうだな。
俺は一歩前に出て自己紹介しようとした時、
「彼は綺世黒波。このグループ"宵の宴"の新しいメンバーですよ」
なぜか未莉亜が俺の紹介をした。
というかなぜ俺の名前を知っている?
どこまで俺のことを知っている?
いや、今は考えても無駄だ。
それよりもだ。
宵の宴?
俺は後ろにいる逢になんのことだと聞こうとした。
その瞬間。
俺の首に迫り来る蹴り。
俺はその蹴りを右手で防ぎ掴む。
その蹴りに明らかな殺気を感じた。
殺気。
俺を殺そうとした。
その事実が心の闇の蓋を開けた。
"殺される前に殺せ"
俺の心の闇が剥き出しになった時、この世界で俺に与えられた力、異能の存在を理解する。そしてその異能が俺の身体に馴染む。
その異能は俺の願いが具現化した力。
この世界で俺に殺意を向けた相手を殺す力。
今はその異能にこの身を任せようか。
俺に殺意を向けて蹴りを放って来た男は俺の雰囲気が急変したのを感じたのだろう。掴んでいる手を振り払い後ろに下がる。
その頬には冷や汗が流れている。
「軽い脅しのつもりだったが…、テメェ何者だ?」
男が俺に問いかける。
俺が何者かか?
それは俺にもわからない。
ただこれだけは言える。
「俺に殺意を向けたんだ。どうなってもいいってことだよな」
淡々と返す。
「どうした、来ないのか?」
俺は男に問いかける。
「いいぜぇ、テメェの口車に乗ってやるよ!」
私は今、何が起きているのかわからなかった。
始まりは星乃豪、豪っちが急に綺っちに本気で蹴りを入れようとした。その蹴りには明らかな殺意があった。
その蹴りは私も異能を使わないと防げないほどの殺気と速さだった。
蹴られれば綺っちは間違いなく死んでしまう。
しかし私は信じられないものを見た。
綺っちは防げるはずのない言わば死の蹴りを右手だけで防いだのだ。そしてそのまま手の甲を回し足を掴み動きを止めたのだ。
綺っち、本当に何者なの?
その後さらに信じられないことが起こる。
綺っちの雰囲気が急変したのだ。その雰囲気は飲み込まれたら2度と逃げ出せないような雰囲気だった。
綺っちは今この瞬間、異能に目覚めたんだ。
つまり最初の蹴りを防いだのは純粋なポテンシャルだった。
綺っちは本当にただこの世界に呼ばれただけなの?
いいや、きっと綺っちにはもっと何があるんだ。
それはきっとこれから先、綺っちと一緒に居れば分かるはず。
こうして私はずっと綺世黒波とこの死後の世界で一緒にいることを決意した。
それがどんな結果になったとしても私はそれを望んだのだ。
「俺に殺意を向けたんだ。どうなってもいいってことだよな」
「どうした、来ないのか?」
綺っちが豪っちに淡々と問いかけている。
「いいぜぇ、テメェの口車に乗ってやるよ!」
豪っちが綺っちの挑発に乗ってしまう。
周りを見渡すが誰も止めようとしない。
それなら、やらなきゃ。
私が止めなきゃ、きっと今後後悔してしまう。
綺っちが右手を前に突き出す。
右手の先に黒い靄が収束されていき、ここから見ても分かるほど禍々しい球体が構築されていく。
豪っちもそれに気付いて球体の構築が終わるよりも先にケリをつけようと動き出す。
二人を止める時間はもう今しか無い。
私は異能を使い、二人の間に姿を現す。
私の異能は空間操作。
空間の入れ替えが可能な異能。
そして今回は自分がさっきまでいた空間と二人の間の空間を入れ替えたのだ。
「もうやめてよーーー!」
私は大声で叫んでいた。
私に気づいた二人は攻撃をやめた。
綺っちは禍々しい球体を消す。
豪っちは後ろにジャンプして離れる。
「そうですね、もう十分ですよ」
未莉亜っちも私の意見に賛成してくれた。
「よかった…」
呟いて私はその場に座り込む。
俺はその場に座り込んだ逢の側により肩に手を置く。
「逢、かなり無茶したな。今回は俺は初めて異能を使った、暴走しない保証はどこにもなかったはずだ。それなのになぜだ?」
そう、異能が暴走する可能性だってあったはずだ。
「それは…自分でもわからないよ。…でも綺っちのことを信じるって考えたら身体が勝手に動いてたんだよねー。」
そう言って俺に笑顔を向ける。
「二条よ、俺のことは信用してねーってのかよ?」
男が近づいてきて文句を言う。
「そうは言ってないじゃんかー」
「そうかよ」
「……」
俺が何もわからず考えていると男は側に寄ってきて俺の肩に手を置く。
「よっ、お前なかなか強いな。気に入ったぜ!」
そう言って手を差し伸ばしてくる。
よくわからないが俺はその手を取り握手をする。
「これからよろしくな。」
「あ…あぁ、よろしく。えっとところであんたの名前は?」
「おっと、確かに自己紹介がまだだったな。俺は星乃豪だ。お前は?」
男、星乃豪が聞いてくる。
「綺世黒波」
「そうか、よろしくな黒波。俺のことも豪って呼んでくれ!」
眩しい笑顔で言ってくる。
「分かった、豪。改めてよろしく」
俺は社交辞令のように返す。
俺たちが会話している間に他のメンバーが集まってくる。
そして代表としてか未莉亜が前に出てくる。
「試験は合格ですね、綺世黒波さん」
言いながらこちらに向け手を差し出す。
「試験?」
「はい、あなたがここに相応しい人材であるかどうか試していたのですよ」
どうやら俺は試されていたらしい。
「なるほど。だから豪は初めてから喧嘩腰で俺に突っかかってきたわけか」
「ほんとすまんな、このとおり」
俺が明言した内容でほぼ合っているのだろう豪が謝りながら手を頭の上で合わせている。
「何それ?私聞いて無いんですけどー!」
どうやら逢は試験のことを知らなかったらしい。
「それはそうです。なぜなら試験を行うことを決めたのはあなたが黒波さんの様子を見に行っている時に残りのメンバーで集まって決めたのですから。それに逢さんと黒波さんが世間話をしていたおかげでこちらも多少、演技の練習もできましたし、特に豪さんなんか少しの練習であんな不良のような振る舞いができるようになったのですから。本当に元から不良みたいな演技でしたよ。」
「ははは、そりゃどうも」
豪が感情のこもっていない感謝を述べる。
「それでこの試験で俺の実力を見定めようとしたってことか」
「それもありますが、私が知りたかったのはもっと別のことですよ」
未莉亜は値踏みするような瞳で俺を見る。
「それで俺はあんたのお眼鏡にかなったのか?」
「そうですね。あなたには私にも見通せないほどの何かがある、ということが分かったので満足ですよ」
やはりこの女は要注意だな。
俺の目的に同意するならばいいが反対する場合は消すことも視野に入れて動かないとな。
「改めて綺世黒波さん、ようこそ"宵の宴"へ」




