Case2:骨折
初日からハードな一日だったが、私たちには休む間がなかった。
2日目、郵便受けには新聞が入っていた。
見ると新聞の一面に私たちのことが書いてあった。
未来の回復術師、診療所を開く。という見出しのもと記事が書かれていた。
まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
そしてその効果か、患者さんがくるようになった。
私たちはその対応に追われていた。
そんなある日、いつものように診療所の戸を叩く音が聞こえた。
「はーい。」
シシリーが出ていくと、そこには男の子を抱きかかえた男性が立っていた。
見たところ人間の親子のようだ。
「どうしましたか?」
シシリーが聞いた。
「うちの息子が家の階段から落っこちたんだ。骨が折れているかもしれない。」
「それは大変です。早く中にお入りください。」
そう言ってシシリーは診察室の中に招き入れた。
「それでは診察をさせていただきます。まずお名前を教えていただけますか?」
「私はフリッツと言います。この子はホルストで、もうすぐ2歳になります。」
「わかりました。階段からはどのように?」
「ええっと、確か目を離したすきにハイハイで移動して、階段から滑り落ちたと思います。」
「頭は打ってませんか?」
「はい。」
私は鎮痛剤を飲ませた後、男の子の上半身の服とズボンを脱がせた。
腰を打ったとは言っていたが、腰よりも足首の脛骨が折れているようだった。
幸い頭には外傷は見当たらなかったが、他にも体にはあざや二重条痕が見えた。
「クラテ、ちょっといいかい?透視能力であの男の子を見て、それを僕にも見せてくれないか?」
「オッケー。わかったよ。」
彼女が翼を私の瞼にあてると、うっすらと骨格が見えてきた。
やはり脊椎に目立った損傷はなさそうだ。足の脛骨に骨折が見られる。
しかし、腕の橈骨や上腕骨、それに肋骨の側面にも骨が癒合した痕が見られた。つまり過去に骨折したということだ。
これはまさか...
「腰を打ったということですが、腰には骨折は見られません。足が折れているようです。」
「そうですか。」
フリッツさんは答えた。
「それでは治療の方に移らせていただきますので、お父様は一度外で待っていただいてもよろしいですか?」
「わかりました。」
そう言うとフリッツさんは診察室の外に出た。
とりあえず治療を開始しなければ。
私はクラテの目を借りながら折れた脛骨をくっつけ、添え木で固定した。
「シシリー、この骨折を治せるかい?」
「もちろんだよ。」
シシリーは回復術を使い始めた。
男の子は薬が効いてきて痛みがなくなったのか、泣き疲れて眠っていた。
「みんな聞いてほしいんだけど、この子は虐待を受けているかもしれない。」
「え?」
クラテが言った。
「この子は体にいくつかあざがある。最初は階段から落ちて付いたのかもと思ったけど、この二本の線の形についたあざは何か棒状のもので殴られてできるものだ。階段から落ちただけではこんなあざはできない。それに、いろんな場所に骨が癒合した痕がある。それもちゃんとまっすぐ癒合していなくて、少しまがってしまっていたりする。しかもたくさんの場所にだ。それに骨折した部位もこの子のお父さんの話には合っていない。」
「でもあの人は本当にこの男の子のことを心配していたよ!あの人がそんな人には見えないよ!」
たしかにシシリーの言うとおりだ。
あの人は本当にこの子のことを心配しているようであった。
だとすると...
「あのー、治療はまだかかりそうでしょうか?」
外からフリッツさんの声がした。
「あと少しです。一度こちらに入ってきていただけますか?」
私はフリッツさんを診察室に入れた。
「この子からは階段から落ちた以外の傷もたくさん見られます。この骨折は本当に階段から落ちてできたものですか?」
「え、ええ。」
フリッツさんは目をそらした。
「あと、古い骨折もいくつか見つかりました。これは一体どういうことです?」
「えっと、その...」
「この子を殴ったりしたんじゃないんですか?」
「ちょっとレピア君。やめなよ。」
クラテが私の肩をつかんだ。
「いえ...その人の言う通りです。この子は暴力を受けています。」
フリッツさんはうつむきながら言った。
「私の妻がこの子を殴っているんだ。すぐにこの子が泣くから苛立って。私は仕事が忙しくて普段はまともに家にいてあげられていないからなのかもしれない。それでも今日はたまの休みで家にいたんだ。しかし私は仕事で疲れて眠ってしまっていた。そうするとホルストが大泣きする声で目が覚めて、見に行くと妻がホルストを殴りつけていたんだ。ホルストのおもちゃを取り上げて、それを使ってホルストをたたいていて。私はすぐに止めたんだ。そうしたら妻はうずくまって泣き出してしまって。私はどうしたらいいかわからなくて、とりあえずこの子をここに連れてきたんだ。回復術師の先生にみてもらうと大ごとになってしまいそうな気がして。すまなかった。」
フリッツさんの声は次第に涙が混じり、最後には肩を震わせていた。
「わかりました。正直に話していただきありがとうございます。」
私は答えた。
「急で申し訳ありませんが、フリッツさんのご自宅で奥様も交えてお話をさせていただいてもよろしいですか?」
「ええっと、そうですね。それは別にかまいません。」
私たちはフリッツさんの自宅に伺った。
入ると奥さんだろうか。女性が一人で散らかった家の片づけをしていた。
「エマ、今帰ったよ。見習いだけど、回復術師の方も来てくださった。」
そのエマという女性は驚いた様子で、こちらを警戒していた。
「本日息子さんを見させていただいたレピアです。とは言っても実際に治したのはこちらのシシリーですが。あと、こちらはクラテというものです。彼女には息子さんの怪我を調べてもらいました。」
「私はエマと言います。息子のホルストがお世話になりました。それでいったい何の御用でしょう。」
「少々気になることがございまして、それでお話を伺わせていただければと...」
エマさんはため息をついた。
「ええ。私は息子に手をあげました。してはいけないことだとわかっていても、どうしようもなかった。自制できなかった。私をどうするんです?警邏隊に突き出しますか?」
「いえ、そんなことは考えておりません。そうすることは楽かもしれませんが、何の解決にもなりませんので。」
私は切り出した。
「あなたは今、とても苦しい状況であると思います。育児はとても大変で、自分の思い通りにならないことも多いと思います。」
「な、あなたに何が分るっていうの?」
「確かに僕は理屈でわかっているだけで、エマさんの本当の苦しみを理解できないでしょう。しかしそれでも少しでも力になりたいと思ったのです。特にこの年齢のこどもはいうことを聞いてくれず、わがままになってくる時期です。だから一人で悩みを抱え込まないでください。私に話しづらければご主人に相談してください。友達にでも親にでも誰にでも相談してください。」
「何なの?知ったような口をきいて。あんたには関係ないでしょ。口を挟まないでよ。」
エマさんは声を荒らげた。
「関係ないとかそんなんじゃないです。」
シシリーが急に叫んだ。
「エマさんはホルスト君のお母さんなんです。ホルスト君にとっては一人しかいない大好きな存在なのに、そんな人から暴力を受けているんです。とっても痛くて苦しくて、それで泣いているのを目の当たりにして、それで関係ないなんて馬鹿げてるわ。あなたがつらいってレピア君が言ってるけど、それだけじゃない。ホルスト君もフリッツさんもみんなつらいの。なのに一人だけで抱え込んで傷ついてそれで子供にあたって。」
私はシシリーの袖を引っ張ったが、彼女は止まらなかった。
「そんなで母親を名乗る資格なんてないわ!」
シシリーは息が荒くなっていた。
エマさんは急に立ち上がると、奥の部屋へ行ってしまった。なかからはすすり泣くような声が聞こえた。
「すまない、今日はもう帰ってくれないか。」
フリッツさんが静かにいった。
「ここから先は私たちで一緒に考えていくべき問題なんだ。」
かすれた声だったが、そこには強い気持ちがあるように感じた。
私たちは夕暮れの中を診療所に帰った。
誰も一言もしゃべらなかった。いや、何を言っていいのかわからなかった。
にぎやかなはずの街の音が全く耳に入ってこない。
それからしばらくたち1か月後、フリッツさんの家族から手紙が来た。
フリッツさんは今の仕事をやめ、エマさんの実家の農園を手伝っているそうだ。ホルスト君の育児はエマさんのお母さんも協力する形で行っているようで、エマさんも前のように余裕をもって生活ができるようになったようだ。
文末には私たちへの感謝がつづられていた。
良かったと思う反面本当にこれでよかったのか、もっとうまくできなかったのかと何か小骨のように引っかかるものが私のなかに残り続けた。
おや?お久しぶりです。
私を覚えておいででしょうか。レピア様のお部屋の時計でございます。
それでは今回も始めましょう。『教えて!レピア様』
そういえば最近、以前レピア様がケージに入れて連れていたネズミが部屋に入ってくるようになりました。
なんでもレピア様に命を救われたので恩返しがしたいとのこと。
ですので私がお掃除の仕方を指南させていただきました。
何せ私めはご主人様を起こすことしかできませんゆえ、主人の留守の間お掃除をさせていただくことができませんでしたから。
さて、まずは床の掃き掃除ですが、これは全くダメでございました。
ほうきが持てませんし、ネズミさん自体がモップのように毛むくじゃらで、走り回るたびにほこりをまき散らしておりました。全く、かわい...いえ、なっていませんな。
次に窓ふき。
こちらは小さな布切れを見つけてきて一生懸命ふいていました。しかし窓枠から10数センチほどの高さまでしかふけておらず、それより高いところはふけておりませんでした。
しかし必死に背伸びをされて頑張っている様子はとてもチャーミングで、私は年甲斐もなく...
おっと失礼。これはお恥ずかしいところを。
最後は机の上の整理です。
レピア様はあまり片付けずに出ていかれたのでペンやインク、様々な書物や紙がそのまんまになっておりました。とりあえずインクの瓶を片付けていただこうと思ったのですが、そこはドジっ子の...いえ、少しぼんやりされているネズミさん、瓶を倒し、テーブルをインクまみれにしてしまわれました。
結局ネズミさんにはお掃除は無理なようでしたが、私めは主人のいない退屈を紛らわせることができました。
それではまた、ごきげんよう。
『教えて!レピア様』、終了でございます。




