↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術仁術  作者: 龍岡
1.5章:外伝 ー初夏から晩夏ー
15/19

血圧計

私は悩んでいた。


診察をするうえで最も重要なものは何か。

この問いに対して答えるのであれば、人それぞれ様々な回答があるだろう。

医学的な知識という人もいれば患者との関係構築(ラポール)と答える人もいるし、身体診察の手技という人もいるかもしれない。

しかしそれは全て重要でありながら、最も必要なものとはならない。


最も必要なもの。それは患者のバイタルサイン、つまり心拍数や呼吸数、血圧に体温などである。

バイタルサインが無ければ患者の状態を把握することは難しくなる。


体温は容易に測れる。心拍数や呼吸数も患者を観察すればわかる。

しかし血圧はわからない。

たしかに頸動脈、大腿動脈、橈骨動脈の脈がそれぞれ触れるかどうかでおおまかな血圧が分ることは事実だが、それは著しく低血圧に陥った時のみである。

血圧をどんな場合でもそれなりの精度で測る必要がある。


私のもといた世界では機械が勝手に測ってくれたが、こちらではそうもいかない。

しかし聴診器はすでにあるので、何とかならないこともない。

あとは腕に巻くカフとそのカフの中の気圧を測定する気圧計のみが必要である。

気圧計は、制度は多少劣るが持ち運びが容易なアネロイド気圧計が一番有用な気がした。


この気圧計が最も問題なのだ。

カフとその中に空気を送るポンプは、私とミーヌさんの手にかかれば作ることはそう難しくなかった。

しかしアネロイド気圧計は内部を真空にした金属管を用いる必要があり、この作成がどうにもならなかった。

形は作れてもその中をそれなりに完全な真空にすることは私にはできなかった。

注射器を用いて作る真空ポンプで空気を抜いていっても、なかなか求めるレベルの真空にはならない。

水銀を用いてトリチェリの真空を使うことも試みたが、やはり水銀の蒸気圧分の気体が管の中に残ってしまう。正確には1.0×10^-3mmHgほどの気圧が残ってしまう。

ならいっそ水銀気圧計を使おうかとも考えたが、持ち運びが少々不便である。

まあ血圧の単位はmmHg、つまりHg(水銀)を用いたものであるのだから本来は水銀気圧計を使うべきなのだろうが...。

アネロイド気圧計を作るにはやはりちゃんとした真空ポンプが必要である。


そんな風に苦心していると、ミーヌさんが仕事の用事で家を離れることになった。

どうやらどこかの工場に仕事の関係で行くらしい。

私も気分転換についていくことになった。


工場はどうやら山の中にあるようで、ふもとまでは馬車で行き途中からはトロッコでの移動となった。

このトロッコは人も乗るが一番の目的は資材や製品の運搬なので、お世辞にも乗り心地が良いと言える代物ではなかった。

工場につくとお尻の感覚は痛いを通り越して何も感じなくなっていた。


「やあミーヌ。一年ぶりか!どうだ、元気にやってるか?」


見るとサイクロプスの男が立っていた。


「お、そこの坊主がお前の言ってた回復術師の卵か。」


その男は私の前に歩いてきた。


「俺はパイト。この工場の長をしている。よろしくな。」


「僕はレピアです。回復術師を目指す学生です。こちらこそよろしくお願いします。」


パイトさんと私は握手した。


「さてミーヌ。ついてそうそう悪いんだが、仕事の話をしよう。今回はお前の力も借りたいからな。坊主は工場の中を好きに見てってくれ。聞く限りではお前さんいろんなものを作ってるんだろ?そのヒントにでもしてくれ。」


そう言い残すとパイトさんはミーヌさんを連れて工場の奥に入っていってしまった。


私は言われた通り工場の中をぶらぶらしていた。

しかし魔法で作ろうと思えばなんだって作れそうなのに、いったいなぜこんな大きな工場を動かしているのだろうか。こんなものいらないのではないだろうか。

何をやっているのか気になっていた。


私には縁もゆかりもない機械。炎が煌々と燃える炉のようなものもあればひたすら往復運動を続けるハンマーに、延々と回り続ける歯車。

景色としてはもとの世界の無骨な工場よりもどこか幻想的だった。まるで巨大な時計の中にいるかのようにそれぞれの機械が繋がって、連携していた。


「あれ?レピアじゃないか。どうしてここに?」


見るとジェリーがいた。


「ジェリーじゃないか!僕はミーヌさんと一緒にここに来たんだ。回復術師の道具作りをするために今はミーヌさんのところにいるからね。お前こそなんでここに?」


「ここは僕の父さんの工場なんだ。それで夏休みはこっちで作業の手伝いをやってるんだ。」


なるほど。パイトさんはジェリーの親父さんだったのか。


「そういえばこの工場って何やってるんだ?魔法があれば大掛かりな機械なんかなくてもいろいろ作れるんじゃ。」


「んー、色々かな。魔法で物を作ることができても、製品を作ることはできないからね。クラフトにせよ錬成にせよ、一回の魔法で作れるのは一つのもの。それを組み合わせて形にしていく必要がある。それと、作り出した物質に必要な性質を持たせる必要もある。例えば今実験的に作っているのは、電気をためる金属棒だ。別種類の金属を使って重ね合わせると、電気が発生するんだ。こんなものはクラフトできない。あとは特殊な条件下での製作が必要なものとかもあるよ。空気を冷却して液体にしたりとかそんな装置もある。」


なるほど、技術的な面が魔法には足りないのか。


「例えば真空状態を作ったりとかってできるかな。」


「そんなことは簡単さ。なんでそんなことを聞くんだい?」


「いや、今気圧計を作ろうとしているんだけど...」


「それなら水銀を使えばいいじゃないか。」


「それだと少しかさばるし、持ち運びに不便なんだ。」


「確かにそうだけど。でも一体気圧計を作るのになぜ真空が必要なんだい?」


「ちょっと待ってて。」


私は紙にアネロイド気圧計の基本的な構造を書いた。


「これを作りたいんだ。これなら持ち運びが楽だ。」


「なるほど、真空の金属筒を押す圧力をばねで計測して、それを針で表示する仕組みか!これは確かにすごい!液体を全く使ってないから軽いし持ち運びに便利だ。」


「この真空の金属筒がなかなか作れなくてね。水銀の重さで作ってみたり、簡便なポンプでやっては見たんだけど...」


「水銀でもダメか。あれはそれなりに空気は抜けるけど...」


「気圧計の精度をできるだけ上げたいんだ。」


「そうだな、うちの工場の2つのポンプを使えば何とかなるかも。」


「2つ?」


「うん、片方は回転ポンプ。簡単に説明すると油を塗った胴体の中でローターを回転させて空気を抜いていくんだ。でもこれだと水銀柱で作る真空と質的には大差ない。そこでもう1つのポンプを使う。それが油拡散ポンプ。油を加熱して蒸発させて気流を作る。この気流で空気を運び出す。こうやってさらに空気を抜くんだ。この2つ目の工程でさらに気圧は1%くらいまでに下がる。これ以上は難しいかな。」


途中何を言ってるのかわからなかったが、トリチェリの真空の1/100の気圧か。つまり1.0×10^-5mmHgほどの気圧。これなら十分だろう。


「それ、お願いできるかな。今さっきの図面のものを作ってほしいんだ。」


「うーん、真空の金属筒自体は作れそうだけど、このばねとかもなかなか難しそうだな。それに持ち運ぶことを念頭に考えると大きさもそんなには大きくはできなさそうだし、小型化するとなると...」


「そこを何とかお願いできないかな。僕もできる限りのことはするし。」


「うーん。僕は魔法の適性もこういう小さなものとは違うし難しいけど、父さんならできるかもしれない。あとで聞いてみるよ。」


「そっか、ありがとう。」


「せっかくここに来たんだし、この工場を見てってよ。他にもいろんな機械があるんだ。」


ジェリーに引っ張られて私は工場の中を見て回った。

私には見慣れない装置や、そもそも前の世界には存在すらしていなかったのではないだろうかと思うような不可思議な機械がたくさんあった。


私は説明を聞いてもいまいちピンとこなかったが、ジェリーは目を輝かせていた。

私も小さいころに行った日本科学未来館のロボット展でこんなふうにロボットを見ていたっけな。


「おー待たせたな。話は終わったぞ!」


パイトさんが歩いてきた。


「おー、せがれと仲良くしているみたいでよかった。引っ込み思案なもんでね、なかなか知らない人とは話さないんですよ。」


「父さん、レピア君は学校の友達だよ。何度かクラフターのクラスに来たときに一緒に授業を受けたんだ。」


「おーそうだったのか。これはこれは。せがれがいつもお世話になっていたようで。クラスはもう違いますが、今後もよろしく頼みますよ。」


パイトさんは会釈した。


「父さん、レピア君が作ってほしいものがあるみたいなんだ。」


そう言うとジェリーはさっきの図面をパイトさんに渡した。


「なんだこれは?ふんふん、筒の中が真空でバネがあって...。なるほど...。こいつは気圧を測る機械かい?」


さすがは工場長。見ただけでそこまでわかってしまうとは。


「はい、そうです。これを作ってほしいのですが、作れそうですか?」


「ふーん...」


「悪いなパイト。レピアが無理言っちゃってるみたいで。でもかわいい後輩の頼みなんだ。どうか聞いてやっちゃくれないか?」


ミーヌさんが頭を下げてくれた。


「そうだな。せがれの友達の頼みだ。やってみよう。やだ少し時間をくれないか?実際に作ってみなきゃ何とも言えんが、とりあえず作ってみる。」


「ありがとうございます!」


私は深々と頭を下げた。


「へへ、これは久々に腕がなるぜ!」


パイトさんは意気込んでいた。



私とミーヌさんは気圧計ができるまでの間、工場のすぐ近くにあるパイトさんの家で過ごすことになった。奥さん、つまりジェリーのお母さんはなんだか優しい人だった。美人ではなかったけど、なんだか陽だまりの中にいるように安心する。

それに夕食はとてもおいしかった。


そんな夕食を食べているとき、私は聞いてみた。


「そういえばミーヌさんは今回なんでここに来たんですか?」


「それが私にもよくわからないんだ。新しいプラスチックの注文がこの工場からきてね。そのプラスチックの条件と納入時期について今日話していたのさ。」


「新しいプラスチック?」


「その件は俺が話そう。」


パイトさんが話し始めた。


「知り合いの回復術師から注文が来たんだ。そいつはかなり変わり者でね、なんでも体内の病気に侵された部位を直接切り出して治療をするらしい。大体の回復術師は薬の治療と魔法を併用して行うってのにな。」


それは外科治療だ。まさかこの世界にも外科をやってる人がいたのか。


「話がそれちまったな。それでその先生から関節だの血管だのあとは何だっけな、確か心臓の弁とかって言ってたっけな。そんな注文が来たんだ。最初は俺も何を言ってるかわからなかったが、どうやらそこのお嬢さんが研究している樹脂やらゴムやらでそれを作ってほしいということだ。」


なんてこった。プラスチックの人工臓器だ。こんなもの元の世界でもまだ研究段階の治療じゃないか。その先生はいったい何者なのだろうか。


「それで私に話が来たってわけ。すごい大きなチャンスだけど、条件が厳しすぎて絶望しちゃいそうなんだよね。」


「頼みますよミーヌさん。あんたが材料作ってくれなきゃそもそもこっちは作れませんから。」


この世界にも目を見張るような先生が、前の世界でも通用するような先生がいるようだ。いったいどんな人なのだろう。

その日私はずっとそんなことを考えていた。


2日後、気圧計が完成した。

試しに持参していたカフとつなぎ、同じく持参してきた聴診器を用いて血圧の測定を行った。

血圧なんてものは習っていない。そもそもこの世界で血圧を測った者なんていないのだろうから。その点この世界の医学はアンバランスである。

とりあえず人間以外の血圧なんてわからないので、自分で試してみることにした。


上腕にカフを巻き、聴診器をあてる。

カフを思いっきり膨らませ、聴診器の音に耳を澄ませながら少しずつカフの空気を抜いていく。


トン...トン...


無音だった聴診器から音が聞こえ始めた。

コロトコフ音だ!

私はカフにつながった気圧計を見た。

針は122mmHgを指していた。


さらに空気を抜いていくと次第に音は小さくなり、聞こえなくなった。

このとき針は78mmHgを指していた。


正常値の血圧だ。私の血圧だ。

問題なく動いている。


「パイトさん!完璧です。ありがとうございます!」


「おう、いいってことよ。にしてもそんなもの何に使うんだ?」


「血圧を測るんですよ。簡単に言ってしまうと、体を流れる血の圧力です。」


「ほー、そんなものも測れんのかい。でも測って一体どうするんだ?」


「血圧が分ればその人が今どのような状況なのか、命の危険があるのかが分ったりするときもあります。」


「全く、回復術師ってのはどいつもこいつも変わり者なのかねー。俺には意味が分からないな。でもまあ、頑張れよ。立派な回復術師になってくれよな。」


「はい。」


私は答えた。

さて、今回も始まりました。

『教えて!レピア君』のコーナーです。

今回は血圧測定を見ていきましょう。


まず血圧には大きく分けて2つがあります。

収縮期血圧と拡張期血圧です。

血液は心臓によって体を循環していますが、心臓が縮むことで血液が体中に押し出され、膨らむことで血液が心臓へと戻っていきます。

この心臓が縮むときの血圧が収縮期血圧。心臓が膨らむときの血圧が拡張期血圧です。

例えば血圧検査で普段見る、120/80mmHgというのは収縮期血圧が120、拡張期血圧が80という意味です。


この収縮期血圧が90を下回るとショック状態といわれ、命の危険があります。

このような人の血圧を道具のない中で素早く測るために軍隊などで用いられているのが頸動脈、大腿動脈、橈骨動脈の脈です。


頸動脈の脈拍が触れれば血圧は60mmHg以上、大腿動脈の脈が触れれば70mmHg以上、橈骨動脈の脈拍が触れれば80mmHg以上の収縮期血圧があるとされます。

しかしこれはあくまで緊急時におおよその血圧を把握するためのものですので、一般には用いられません。


今回作品内に出てきたコロトコフ音とは、血液が乱流する音です。

収縮期血圧以上の圧力のカフで血管を占めると、血流がなくなり音が聞こえません。

しかしカフを減圧していくと、収縮期血圧を下回ったころに、血流が流れはじめます。しかし血管が締め付けられているので乱流が生じます。この時の音がコロトコフ音です。

さらに減圧していき拡張期血圧を下回ると、血管の締め付けは無くなり、乱流が起こらなくなるので再び音が聞こえなくなります。


このコロトコフ音が出てきたときのカフの圧力が収縮期血圧、音が消えたときの圧力が拡張期血圧となりますので、血圧が図れるという仕組みです。


ちなみにハーピィみたいに腕で血圧を測れない場合は、大腿やふくらはぎで血圧を測定する方法もあります。


今回は少し長くなってしまいましたね。

それではまた。

以上、『教えて!レピア君』でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。