ファイバースコープ
私がミーヌさんの家につくと、ミーヌさんは驚いた様子だった。
まさか初日からずっとこっちに来るとは思わなかったようだ。
それでもミーヌさんは嬉しそうだった。多分、おじいちゃんが家に来たときの孫の反応ってこんな感じなんだろう。
家に上がると、ミーヌさんはまだ仕事の最中ということで、2階の自分の部屋に行ってしまった。私は相変わらず整理されていないごみごみしたリビングでどんな道具が必要かを考えていた。
理想としては画像診断を行うための機械、特にMRIやエコーなどの装置が欲しいところだが、それは難しいだろう。それに仮に作れても、電気がないため使えない。
ならばどういったものが必要だろうか。
簡単なものでいえば打腱器などといったところか。あと作れそうなものは眼底鏡や耳鏡といったところか。光であればよく証明に使われている輝石を使うことができる。あとは検査機材だけではなく、治療用の機材も欲しいところだ。酸素マスクや気管挿管用の管、点滴の袋やチューブといったところか。
どれも大体の構造や仕組みはおさえているので、何度か試行錯誤すれば作れるかもしれない。
そんな風に考えながら、ノートにどんな形のものなのかを書いた。図面のような正確なものではないが、細かな調整は追ってやっていけばよいだろう。
思いついた機材をノートに書き連ねていった。
そうこうしているうちにミーヌさんが2階から降りてきた。
「仕事大丈夫そうですか?」
「いや、あとちょっとで終わりそうかな。少し喉が渇いたから水を飲みに来たんだ。」
ミーヌさんは水差しに直に口をつけ、そのまま飲み干してしまった。
ミーヌさんの手には細いワイヤーのようなものが握られていた。
「それは何です?」
「ああこれか。これは私が作った不思議な紐だ。紐の片一方に光をあてるともう一方から光が出るんだ。お祭りの装飾のために発注を受けてね、今それを作っていたのさ。」
光が紐の中を伝わるのか?つまりこれは...
「もしかしてその紐って違う種類の樹脂を使って二層構造になっているんですか?」
「おしい、今は外からの光を遮断するために外を膜で覆ってるから三重構造かな。いや、樹脂を紐として利用したらどうだろうと思ってね。それで柔軟性と切れにくさを両立するために層構造にしてみたんだけど、そうしたら偶然、光を伝える性質があることに気が付いたんだ。それで...」
ミーヌさんは興奮気味に話し始めた。堰を切ったような勢いで話す人だ。
それはさておき、間違いない。これは光伝繊維、またの名は光ファイバーだ。
光ファイバーが作れるのであれば!
「ミーヌさん。それってどのくらいの細さに出来ます?」
「そうねー、髪の毛数本分くらいの細さまでなら作れるかな。」
それならいける。
光ファイバーを束ね、両端には自分でクラフトしたレンズをはめる。一方は広角レンズを、もう一方にはアイピースをはめれば、ファイバースコープの出来上がりである。
「ミーヌさん!仕事が終わってからでいいので、細くしたその紐をたくさん持ってきてくれませんか?」
「いいよー。じゃあとりあえず仕事に戻るね。」
そう言うとミーヌさんは2階に上がっていった。
昼過ぎごろ、ミーヌさんは1階に降りてきた。
どうやら仕事は一通り片付いたようだ。
私たちはパンと作り置きしてあった豆のスープで遅めの昼食を済ませると、さっそくファイバースコープ作りに取り掛かった。
仕事が終わった直後で大丈夫かと聞いたが、彼女は嬉々として光ファイバーを作った。
理屈ではわかっていても、実際にそれを作るのは難しかった。
スコープを通して見える画像が想定よりも大きく歪んでしまい、また光ファイバーそのものにも一定の柔軟性が必要で、何度かミーヌさんに作り直してもらったりした。
「そろそろ一回切り上げて、夜ご飯にしようか。」
ミーヌさんの声がした。
気が付くと窓の外は暗くなり、リビングから美味しそうな匂いがしていた。
「さっき市場に行ったら、ペリュトンのいい肉があったから今日はステーキだよ。」
私は嬉々として食卓に着いた。
いただきます。
肉の焼き加減はミディアムといったところだろうか。適度に火が通り、肉の脂が解け、噛むとほどけていくような柔らかい肉だった。
ベアルネーズソースの濃厚な風味とほのかな酸味が後を引くおいしさを生み出していた。
「ミーヌさん。すごくおいしいです。」
「そうだろ?そのソースは作るの少し大変なんだぞ!」
ミーヌさんは誇らしげな顔だった。
「そういえば、なんだかすごく夢中になってたみたいだけど、いったい何を作ってるんだい?」
「今はファイバースコープという道具を作ろうと思ってるんです。」
「ファイバースコープ?」
「はい、その光を通す紐を束ねるんです。そうすると、その束を通して物を見ることができるんです。」
「へー、面白いことを考えるね。で、それをどんな風に使うんだい?」
「これを患者さんの体内に入れます。例えば口から入れると、そこから消化管の内部を観察したりできるんです。」
「なるほど、それは面白いね。今はどんな感じなんだい?」
「画像のゆがみが少し気になります。あと、僕の作ったレンズだと、うまく焦点が合わないこともあって...」
「なるほどね。」
ミーヌさんは頷いた。
「なんだか楽しそうでいいなー。私にもできることがあれば言ってくれよな。」
そう言うと、ミーヌさんは立ち上がって皿を片付けた。
洗い物を終えて、濡れた手をふきながらミーヌさんは言った。
「私はそろそろ寝るよ。君の寝床は2階の上がってすぐの部屋に用意してあるから、そこを使ってくれ。寂しかったら私が一緒に寝てやってもいいぞ。」
茶目っ気たっぷりの笑顔を向けた。
「冗談だよ冗談。熱中するのもいいけどちゃんと寝ろよ!」
ミーヌさんの階段を上る足音が遠ざかっていった。
私はそのあとも暫く試行錯誤していた。
レンズの屈折率を変えてみたりいろいろ試したがなかなかうまくいかなかった。
私はそのうち眠ってしまった。
何やら物音がするので目が覚めた。
知らないうちに私の体には毛布が掛けられていた。
見るとミーヌさんが光ファイバーでいろいろいじっていた。
「おはようございます...。」
眼をこすりながら言うと、ミーヌさんはビクッとした。
「ああ、おはよう。」
「どうしたんですか?」
「いや、その、目が覚めちゃったから暇つぶしをしてたんだ。」
そういうとミーヌさんは何かを手渡してきた。
「ほらこれ。昨日は視界がぼやけるとかいろいろ言ってたから、レンズの部分を削って微調整したり、紐の素材をいじってみたりしたんだ。見え方が変わるかもしれないからな。」
そういうミーヌさんの目の下にはクマができていた。
ミーヌさんの作ったファイバースコープをのぞいてみた。
するとスコープを通して部屋のなかがくっきり見えていた。
しかもスコープの先には輝石が付いていて、魔力を通すと光るようになっていた。
「ありがとうミーヌさん!よく見えるよ。」
「そうだろ!私が作ったんだ。見えて当たり前だろ!」
彼女はとてもうれしそうだった。
朝食を済ませると、今日はどうやらミーヌさんの仕事はないらしい。道具作りに早速協力してくれた。今度は点滴用のチューブ、特に点滴筒やクレンメを作ろうと思っていた。
「ミーヌさん」
ふと呼びかけても返事がない。
見てみるとミーヌさんは眠ってしまっていた。
きっとファイバースコープをずっと作ってくれていたのだろう。
私はそっと、ミーヌさんに毛布を掛けた。
さて、始まりました。
『教えて!レピア君』
今回は内視鏡を見ていきたいと思います。
内視鏡、つまり体の中を見る装置ですが、こういった試み自体は古代からあったと言われています。
しかし現代のような形のものは19世紀の初めに生まれたとされています。
はじめの内視鏡は「硬性鏡」、つまり今のようにチューブ状の柔軟性のあるものではなく、鏡でできた筒を使っていたのです。
その後、チューブの先端にカメラをつけ、外部から光を取り込む光ファイバーを用いた現代の内視鏡が開発されてゆきました。
そして今回私とミーヌさんで作ったのは、カメラではなく光ファイバーを用いて内部を見るファイバースコープ型の内視鏡です。
こちらはカメラのないオデュッセイアの技術でも制作できますが、欠点としてはカメラよりも解像度に劣るということです。
しかしここは私の腕の見せ所。適切な観察を行えば、病変を見逃すことを少なくしていけるはずです。
他にも必要な器具はたくさんあります。
協力してくれるミーヌさんには感謝の言葉しかありませんし、それに報いることができるよう、私ももっともっと精進していかなければ。
今回はここでおしまいです。
『教えて!レピア君』でした。




