21. フルルとのデート? 3
21*
「……とにかく、ご飯来たから食べよっか」
「ん。おいしそう」
フルルはそういうと、器用にフォークでパスタを巻いて口に運ぶ。僕が勝手にいろんなことを気にしているのと対照的で、あいかわらずマイペースだ。
僕はサンドイッチをかじりながら、パスタを食べるフルルを見る。表情はぜんぜん変わらないけど、ぱくぱくとパスタを平らげていく。どうやら気に入ったようだ。
お腹が空いていたこともあって、僕もどんどん食が進んだ。サンドイッチにはやわらかい白パンが使われていて、挟んであるハムの塩気がたまらない。野菜とドレッシングの油っ気の相性もいい。
セットに付いてきたスープも、トマトベースに根菜やベーコンが入った食べ応えのあるもので、トマトの酸味と肉や野菜のうまみが絶妙にマッチしていた。
評判になっているパフェ以外の料理もクオリティが高くて、人気になる理由が分かる。
僕たちは食事を続ける。さっきまでの変な緊張もほぐれて、フルルと楽しく会話しながら料理を食べた。そうして僕たちのお皿がきれいに空になったころ、タイミングを見計らってウエイトレスさんが例のものを持ってきた。
「お待たせしました。カップル限定りんごの七色パフェです」
ウエイトレスさんは、重たそうにパフェの器をテーブルに置いた。
すごく大きなパフェだ。長いガラスの器の中で、いろんなスイーツが層を作っている。名前の通りりんごがたくさん入っていて、カットしただけのものもあれば、コンポートやジャム、シャーベットになっているものもある。
これだけ手の込んだスイーツを街のお店で食べられることなんてめったにない。これは人気が出るのもうなずける。
「それでは、当店自慢の品をお楽しみください」
ウエイトレスさんはにこっと笑って言った。そしてそのまま僕たちを見つめている。
ん、なんでずっとそこにいるの?
僕は微笑んだまま動かないウエイトレスさんに困惑する。フルルはまた面倒なものを見るような目をしている。
そんな僕たちの思いを察してくれたのか、ウエイトレスさんはこほんと咳払いして口を開いた。
「――こちらカップル限定パフェですから、私が見ている前でやらないといけないことがあります」
「やらないといけないこと……?」
「メニューにもきちんと書いてますよ」
にやりと笑うウエイトレスさんを不気味に思いながら、僕はテーブルの隅に立てておいたメニューを手に取る。りんごの七色パフェが書いてあるところをよく見ると、端っこにカップル限定バージョンのメニューもたしかに書いてある。その説明も一緒にあった。
なになに……。「カップル限定、二人分がお得に食べられる! これを食べればずっとラブラブでいられるかも? なお、これを注文する場合、カップルの証明として二人であーんするところを店員に見せること」、だって。
――んん? あーんだって!?
「……そ、そんなの聞いてないです!」
「でも決まりですから……。ささ、いっちゃってください!」
「ええええ」
ま、まさかそんな落とし穴があったなんて。
あーんなんてとてもできないと狼狽えていると、ウエイトレスさんがスプーンを差し出してくる。とっさに受け取ってしまった僕は、困り切ってフルルに視線を向ける。
フルルはめんどくさそうに僕とウエイトレスさんを見る。そしておもむろに僕からスプーンを奪うと、巨大なパフェに突き立てた。
スプーンを持ち上げると、ふわふわの生クリームをまとったスポンジケーキに、各種りんごのスイーツたちが顔を出す。甘くて美味しそうな香りがした。
「ん」
そしてフルルは、そのスプーンを僕に突き付ける。
「え、ち、ちょっと」
「たべて」
パフェをすくったスプーンがぐいぐい僕の口に近づく。とっさに口を開けると、そこにずぼっとスプーンが突っ込まれた。
「むぐぐっ」
口の中にとろけるような甘みが広がる。でもただ甘いだけじゃなく、りんごの爽やかな酸味でちょうどいい塩梅になっていた。
ああ、生クリームの滑らかな舌触りが心地いい。それに、りんごはそれぞれの調理法によって食感が違って面白い。こ、これおいしい……!
一口食べたパフェの味に夢中になっていると、空いたスプーンで頬をつつかれる。我に返った僕に、フルルはスプーンの持ち手を差し出してきた。
「はい、つぎはセージの番」
「むむむ……」
スプーンを受け取り、フルルの顔を見る。いまさらながら、フルルにあーんをしてもらったという事実に顔が熱くなった。
一人のぼせかけている僕を、フルルが早くしろと言わんばかりに見つめている。
え、ええい。こういうのはもう勢いだよ!
覚悟を決めた僕は、フルルと同じようにスプーンでパフェをすくう。ウエイトレスさんが嬉しそうに僕たちを見守る中、パフェが乗ったスプーンをフルルの顔に近づけた。
フルルは口元に添えられたスプーンを見て動きを止めた。翡翠の瞳が瞬きもせずスプーンを見つめている。不思議に思って、僕はフルルの顔をうかがった。
フルルは舌を出して、赤いくちびるをちろっと舐めた。なんだか色っぽい仕草で恥ずかしくなる。そして僕は気付いた。
……あ! これってもしかして間接キ――
腕を引っ込めようとした瞬間、フルルの小さな口がスプーンをくわえた。あっという間もなくパフェを口の中に納め、空になったスプーンが出てくる。口元に付いたクリームを小さな舌が舐めとった。
「……あまい」
フルルはそれだけ言って、ウエイトレスさんに視線を向ける。
「これでいい?」
「はい、それはもう! かんぺきです、かんぺき! ああ、尊い……」
ウエイトレスさんは僕たちを見て鼻息を荒くし、後ろ手に持っていたらしいもう一つのスプーンをテーブルに置く。感情を込めて「ありがとうございました」と言うと、足取りも軽く去っていった。スプーンもう一個あるなら、なんで最初に渡してくれなかったんだ。
僕はため息を吐いて、新しいスプーンを手に取る。テーブルの真ん中に鎮座するパフェに手を伸ばし、ひとくち、ふたくち。
ああ、あまいなあ。
「――セージ、あたまから湯気でてる」
フルルがおかしそうに指摘する。だけど、今の僕の頭にはどんな言葉も入ってこない。パフェを食べ終えるまで、僕はこんな感じでずっとぼんやりしたままだった。
そうして器が空になると、僕はフルルを引っ張って足早にお店を去った。だって、ほんとに恥ずかしかったんだよ……。
ちなみに、会計をしてくれたあのウエイトレスさんは、終始僕たちに生暖かい視線を向けていた。
――それからカフェを出た僕たちは、予定していたようにいろんなお店を周っていった。カフェを出たばかりはまだ本調子じゃなかったけど、しばらくして平気になるとまた二人でおしゃべりしながら歩き回った。
フルルが行きたいというから本屋に行ったし、他にも雑貨屋だとか武器屋とかにも行った。とくになにか目的があるわけじゃなく、気が向いたところを覗いてぶらぶらするというのもいいものだった。
でも、楽しい時間ももう終わりだ。
陽がだいぶ傾いて、街は赤く染まり始めている。仕事を終えて家に向かう人や、酒場に向かう人たちで通りが賑わいだす。
名残惜しいけれど、僕たちももう帰ることにした。こがねの麦亭を目指して、人通りの多い通りを進む。
「今日は楽しかったね、フルル」
並んで歩くフルルに目を向ける。
「演劇も良かったし、ご飯もおいしかったし。……ちょっとトラブルがあったけど。でも、また行きたいね」
「ん。また、いっしょに」
フルルの顔は夕日の影に隠れて感情が読み取れない。だけど、そのやわらかな声だけはちゃんと僕の耳に届いた。
ああ、本当に楽しかった。こんなに気分が良いのはいったいいつぶりだろう。宿り木の剣を抜けてからは、今が一番幸せな気持ちかもしれない。
あの時のことも少しは吹っ切れてきたのかな……。
僕はついひと月ほど前のことを思い浮かべ、苦い笑みを浮かべる。やっぱりまだ気にはしているけど、できるだけ前を向かなきゃ。
僕は頭を振って、宿への帰路をまっすぐ歩いた。やがて街の中心である広場に出る。そうして、そのまま反対側の通りまで広場を抜けようとしたその時だった。
ついさっき頭に浮かべていた言葉が、僕の耳に飛び込んできた。
「――例のパーティ、『宿り木の剣』っていうらしいぜ!」
はっとした僕は、声が聞こえた方に勢いよく振り向く。視線の先には、冒険者組合を出て話しながら歩いてくる二人の冒険者がいた。
一人の冒険者が言う。
「すごいよな。俺たちより若いやつらなのにオーガを倒したって。あれ、たしか討伐ランクCだろ?」
「ああ。なんでも、お隣のリディアでCランク認定を受けたパーティらしいぞ。オーガを倒せるならそれも納得ってもんだ」
「違いない! 俺たちも負けてられないぜ」
二人の冒険者は、僕たちの横を通り過ぎて去っていった。その後ろ姿を、僕は茫然と見つめる。
――宿り木の剣が、この街に来ている?
頭が真っ白になる。あの時の言葉がよみがえって、僕の心を苛んでくる。いったいどうしてこの街に――
思考停止に陥っている僕に、隣から小さな声が届いた。
「やっぱりきた。いまさら……」
聞きなれたフルルの声で我に返る。
……やっぱりっていうのはどういうことだろう。トウリ君たちが来るのを予想していた? でも、いったいどうして……。
頭をいろんな思考が駆け巡る。だけど考えがまとまらない。よくわからないけど、でもとりあえず今はもう――
「……帰ろう、フルル」
「……ん」
僕はまだ動揺したまま、フルルと連れたって広場を後にする。
頭の中はもう宿り木の剣のことでいっぱいになっている。ついさっきまで浮き立っていた心はすっかり冷え切ってしまっていた。僕は苦い思いを抱えたまま無言で宿への道を行く。
やっぱり、あんまり会いたくはないなあ……。
彼らへの思いは複雑だ。だけど、きっともう宿り木の剣のみんなに会わないわけにはいかないんだろうなと、僕はそんな予感を覚えていた。
再び顔を合わせた時自分がどうするのか、なにを思うのか。今はまだ、なにも分からなかった。




