14. 終わらない戦い
14*
ほっと息を吐いていた僕のもとに、フルルとサシャちゃん、アトラ君が集まる。
「みんな、お疲れ様。フルルはいつも通り大活躍だし、サシャちゃんとアトラ君も初めての大規模戦とは思えないくらいうまく動けてたよ!」
「とうぜん」
フルルはちょっと得意げに言った。
「ありがとうございます、セージ先輩!」
「……ありがとうございます」
アトラ君は嬉しそうに笑って、それを見たサシャちゃんはすこし恥ずかし気にそう言った。
そうして、さっきの戦いについてアトラ君たちからアドバイスを求められたりしていると、先ほどまでフルルとガイさんの戦いを見ていた冒険者たちが僕たちの方へ近づいてくる。フルルがいるのを見てやって来たみたいだ。
「いやあ、さっきはすごかったな嬢ちゃん。そんななりしてずいぶん強いんだな。惚れ惚れしたよ」
「まるで氷の精霊みたいだったぜ!」
彼らは口々にフルルを褒めそやす。戦いの余韻が抜けきらないらしく、みんなすごく高揚している。
フルルは興味なさそうに僕の後ろに回ってしまったので、僕が代わりに対応する。
「す、すみません、さすがにフルルも疲れたみたいです」
「おっと、それは悪かったな」
「い、いえ。みなさんも、お疲れさまでした」
「おうよ」
気にせず笑みを見せてくれる冒険者に、僕は感謝を込めて頭を下げる。これで終わりかなと思ったのだけど、冒険者たちはまた口を開いた。
「それにしても、さっきはそこの嬢ちゃんだけじゃなくて、にいちゃんの活躍もすごかったな。感謝してるよ」
「え?」
首を傾げる僕に彼らは続ける。
「あんたは今回参加してくれた唯一の回復魔法持ちだ。それに恐ろしく発動速度が速かったな。ありゃなんだと目を疑ったね! 一人も死なずにこうして立っていられるのはあんたのおかげだよ。…………あとでうちの魔法使いに、発動のコツ教えてやってくれよ」
冒険者は僕に笑いかけて礼を言った。そしてまた別の冒険者たちがずいと前に出てくる。
「おいおい、こいつの功績はそれだけじゃねえぜ。もう一つ、弓矢の援護がでかかったと俺は思うね」
「なうほど、たしかに」
「こんな優男のくせして、とんでもない強弓を引くんだから驚いたよ。加えて狙いも正確で、俺たちが動きやすいよう絶妙にゴブリンどもを誘導してくれるときたもんだ。最後にゴブリンシャーマンを抑えたのも見事だったな」
ほ、褒め殺ししようとでもしてるのかな。
僕は思いがけない言葉に顔を真っ赤にして、そんなことないですと否定する。フルルは僕の後ろから出てきて、なぜか微笑ましく胸を張っていた。
さらにそこへ、側にいたサシャちゃんとアトラ君も加わった。
「セージ先輩とフルル先輩はほんとに強いんですよ! 僕たちもつい先日街の外で命を救われたんです。強いだけじゃなくて、立派でかっこいい冒険者なんですから! ね、姉さん」
「そうですね。…………少しだけ、見直したかもしれないです」
サシャちゃんが小さい声で言う。そうして、アトラ君とサシャちゃんも他の冒険者に話しかけられ、一緒に戦ったことについて話し始めた。フルルや僕のことで楽しそうに話している冒険者もまだたくさんいる。
こんなに手放しで人から褒められたのって、ほんとうに久しぶりかもしれない。なんとういうか、恥ずかしいけどそれ以上に嬉しい。少しでもみんなの役に立てたんだって誇らしくなる。
僕は久しく覚えなかった感情に胸が温かくなる。
それから僕は、すこし喧騒から離れてしんみりした気持ちでみんなを見る。すると、ついてきたフルルが僕の前に立って、胸に背中を預けてくる。視線を下げると、フルルがこっちを見ないまま「つかれた」と呟いた。
「お疲れさま。久しぶりにいろんな人と動いてやっぱり少し気疲れしたよ。フルルはどう?」
「うるさくて偉そうなやつがいてうざかった。セージは疲れたわたしを労わなきゃダメ。具体的には、このまま壁になってて。立ってるのしんどいから」
いつでも平常運転で我が道を行くフルルに僕は苦笑いを浮かべる。普段いろいろなことを気にしすぎと言われる僕は、フルルのこういうところを真似したらいいのかもしれない。
僕は視線を下げたまま、フルルの銀色の頭を眺める。機嫌よさげに左右に揺れているのを見て頬を緩めた。
やっぱりフルルといると落ち着くなあ。ずっと一緒にやってきたもんね。
僕はフルルが側にいてくれることに感謝する。フルルには分からないかもしれないけど、僕はその存在に本当に助けられている。いつか彼女には恩返ししなきゃいけない。
僕は穏やかな気持ちで、眼下のフルルを眺めた。
そうしてしばらくすると、さすがに冒険者たちの歓声も静かになり、みんなが落ち着きを取り戻し始める。使った武器の手入れをしたり、ゴブリンの討伐証明部位を集めたりと、それぞれが動き出した。
これは僕も手伝わなきゃとフルルに声をかけようとした時、こっちに歩いてくる冒険者が見えた。僕たちと反対側で持て囃されていたガイさんだ。
ガイさんはパーティの仲間を連れてこっちにやってくる。彼の目的はどうやらフルルらしく、視線を向けているのが分かる。さっき共闘していたしそれでかな。
ガイさんは目の前に来ると、僕のことなんてどうでもいいのか、完全にフルルだけを見て口を開いた。
「よお。お前、さっきはなかなか強かったな。女としてはガキ過ぎて好みじゃないが、その強さだけは認めてやってもいい」
ガイさんはすごく上から目線でそう告げた。フルルにまったく反応がないのも構わずに続ける。
「お前、俺のパーティに入れてやってもいいぜ。アルドでも数少ないCランクのパーティだ。感謝しろ」
ガイさんは満足そうにそう言うと、高慢そうな笑みを浮かべてフルルを見つめる。
あれ、これって僕の目の前で引き抜きをかけられてる? ど、どうしよう、僕は何て言えば……。
思わぬ展開に焦っていると、フルルが僕に背中を預けたまま身じろぎする。顔は見えないけど、明らかに機嫌が悪そうに言った。
「ぜったいイヤ。上から目線うざいからやめて。あと近寄らないで」
う、うわあ。それはまずいよ!
平然と毒を吐いたフルルに僕の顔は真っ青になる。そんなことを言えば、絶対にガイさんは激怒する。断られることなんて考えてもないという感じだったのに、もうちょっと言葉を選ぼうよ。
僕は恐る恐るガイさんの顔を確認した。
「あわわ……」
情けない声が漏れる。フルルの言葉を受けたガイさんは、悪鬼のような形相でフルルを睨みつけた。頬がひくひくと動いてその怒りを物語っている。すう、と息を吸ってガイさんは怒鳴った。
「ああ? お前今なんて言った!?」
凄まじい剣幕に僕の顔が引きつる。フルルがまた何か言い返そうとしていることに気づいて、急いで割って入った。
「あ、あの、すみません! フルルはちょっと口が悪いところがあって、その、大目に見てくれたらなあと……」
僕は必死にガイさんをなだめるように言う。けれど、今度は取り巻きの二人が口を開く。
「舐めてんのかてめえら! ガイさんに盾突いてアルドでやってけると思ってんのか?」
「謝るなら今のうちだぞ、おい」
ガイさんを止めてくれる気なんて一切ないようで、二人は脅すように僕たちに凄む。ガイさんも今にも手が出そうな有様で僕たちを口汚く罵っている。
どうやら周りもこの騒ぎに気付いたようで、みんながざわつき始めた。依頼完了の立役者二人がもめているのだから、それは目立つだろう。けれど、さっきは散々ちやほやしていたのに、みんなガイさんを恐れているみたいで介入してきてくれない。
ああ、どうしよう。せっかく依頼が無事に終わったのに、余計なトラブルを起こしちゃった。
僕は焦りながら、なんとかこの事態を乗り切る方法を考えようとした。どう考えてもフルルと一緒に平謝りするしかないような気がするけど、フルルが従ってくれるd未来が見えない。むしろ火に油を注ぐ気がする。
煮詰まった頭で、もう土下座でもするしかないのかなんて思い始めたその時だった。
――唐突に、すさまじい爆音が僕たちの耳を叩いた。
「な、なんだ?」
冒険者たちが困惑の声を上げる。音の聞こえたほうを見ると、ゴブリンの集落のさらに奥、深い森の中で激しく土煙が舞っている。土煙と轟音はだんだんとこっちに近づいてくる。
そして、とうとう集落と森の境界に生えている木が爆発したように折れた。吹き飛んだ木が他の木をなぎ倒して見晴らしがよくなる。そして僕たちが注視する森の先から、大きな影が現れた。
影の形はゴブリンと一緒で、だけど大きさはまるで違う。背丈はがたいのいい男性冒険者よりも大きく、胴の太さはまるで大木のようだ。筋張った腕の先には、木をそのまま切りだして作ったような太いこん棒を握っている。
聞いたことはあるけれど、見るのは初めてだ。すべてのゴブリン種の頂点にたち、群れを統率する者。
その魔物――ゴブリンロードは、こん棒を振り上げ口を開いた。
「――オオオオォォォオオ!」
すさまじい威圧感を発しながら雄叫びを上げる。物理的な風さえ感じられそうなその威容に、ほとんどの冒険者が一歩身を引いた。
けれど、そのびりびりと震える空気の中、フルルやガイさんは意識を切り替えいち早く戦闘態勢に移る。僕もまたアニマを呼んで、弓を背からおろした。
「おらお前ら、ぼけっとしてんじゃねえよ! さっさと構えやがれ!」
他の冒険者たちも、ガイさんの怒号をはっとして各々臨戦態勢に入る。
そんな僕たちの動きを見たゴブリンロードは、怒りをあらわにした表情でまた雄叫びを上げた。
予期せぬ強敵との戦いが、いま始まる。




