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12. 遭遇戦

12*


 薄暗い森の中を、武装した冒険者の一団が進む。先頭はよそのパーティから選出された斥候役の冒険者で、その後ろにCランク冒険者であるガイさんのパーティ三人、そして僕たちを含めた他の冒険者たちが続く。


 僕は先ほどの決意を胸に、いつもより張り切って森を歩く。なんだかフルルに呆れた視線を向けられてる気がするけど、そんなことは気にしない。


 事前の情報だと、ゴブリンたちは森の奥に集落を築いているらしい。ゴブリンには道具を使う知能があるので、道中は罠なんかにも気を付けなければ。


 森を歩く面々は、ガイさんたちを除いてみんな緊張した面持ちだ。いつゴブリンたちに遭遇してもおかしくない中、各自がしっかりと警戒しながら足を動かしていた。


 ゴブリンは、成人した人間より一回り小さな人型の魔物だ。武器を持ち、味方と連携するくらいの知能もある。弱い魔物の代名詞のように言われているゴブリンだけれど、群れを築いていることが多く、下位の冒険者なんかは結構やられたりする。


 それに、群れの上位に立つゴブリンの上位種は他と一線を画した実力を持つ。Dランクの冒険者でも、下手をすればやられかねない。そしてこの場にいるのは、そのほとんどがDランク以下の冒険者だ。Cランクくらいまでになればそうゴブリンに後れは取らないけれど、他の冒険者にとってはそうではないのである。


 僕はすぐ側のサシャちゃんとアトラ君に視線を向ける。他の面々と同様、二人も緊張から固くなっているのが見て取れた。なんだか昔の自分を見ているようだ。


「……なんですか?」


 僕の心を読んだわけじゃないだろうけど、サシャちゃんが僕に目を向ける。普段からその傾向はあるけど、気を張っているからいっそうきつい目つきになっている。そんなに気を張ってると疲れてしまうよ。


 僕は冒険者の先輩として、ここはひとつサシャちゃんたちにアドバイスすることにした。


 僕を訝し気に見るサシャちゃんに問いかける。


「サシャちゃんたちは、これくらいの規模の依頼は初めて?」


「……はい。あなたはあるんですか?」


「僕は何度かあるよ。さっき言ったと思うけど、僕たちここに来る前はリディアで冒険者をやってたからね」


 アトラ君も僕を見る。サシャちゃんたちの意識が僕に向いて、わずかに緊張が薄れた。僕は続ける。


「それでね、一応経験者として助言をしておくと、サシャちゃんたちはもう少し肩の力を抜いたほうがいいと思う。あんまり固くなりすぎると、視野が狭くなって思わぬところで失敗したりするし、何より疲れるでしょ? せっかく人がたくさんいるんだから、その分警戒は普段より少し力を抜いていいんだよ」


 「フルルを見てごらん」と僕は言って視線を向ける。つられてサシャちゃんたちもフルルを見た。フルルは急に話に挙げられて面倒そうにこっちを見たけど、すぐに視線を戻して何事もなかったかのように足を動かす。


「すごくリラックスしてるでしょ。あれくらいで大丈夫」


「リラックス、ですか」


「フルル先輩はあれ、そもそも警戒してるんですか……?」


 アトラ君が首を傾げている。うん、確かに疑問に思うのも分かるけど、フルルはあれでちゃんとしてるんだよ。才能って怖いよね。


「……分かりました、少し意識してみます」


 少しして、サシャちゃんは意外と素直にそう言った。有言実行と言わんばかりに、すうっと深呼吸する。アトラ君もサシャちゃんにならう。うん、さっきみたいにがちがちになってるより、その方がずっと良い。


 僕はそれでいいよと二人に笑いかけた。アトラ君ははにかんでお礼を言う。サシャちゃんも恥ずかしそうにありがとうございますと言った。


 サシャちゃんの顔には、いつもみたいに僕を警戒する色は浮かんでいない。初めて会った時よりは仲良くなれてるのかな。


 僕にとって、サシャちゃんとアトラ君は初めて先輩として接する冒険者だ。リディアにいた頃は自分のことで精一杯で、こんな風に後輩の冒険者と話したりすることがほとんどなかった。だから、年下の二人とのやり取りはなんだか新鮮に感じる。


 後輩ってなんだかいいなぁなんて考えながら、程よく気を抜いて周囲を警戒するサシャちゃんたちを眺める。よしよし、と内心で先輩風を吹かせていると、その時、視界の隅で異変が起こった。近くの茂みが音を立てて不自然に揺れる。


 今のはもしかして……!


 みんなに呼びかけるより早く事態は動いた。茂みの中から数体のゴブリンが飛び出す。誰かが大きな声でゴブリンの出現を叫んだ。


 僕は素早く弓を取り出し、アニマに呼びかけて戦闘態勢に入る。他の冒険者も各々武器を構える。


「各自、言っていた通りに対応しろ! こいつらはおそらく見回りだ。俺がやる」


 先行していたガイさんはそう言うと、僕たちを威嚇するゴブリンに向かって走った。


 見回りということは、おそらく集落に戻って冒険者の襲来を報告に行ったゴブリンがいる。飛び出てきたゴブリンたちは、僕たちの情報を確実に集落へ伝えるための目くらまし兼足止めだ。


 ゴブリンたちは錆の浮いた斧や剣を持って、耳障りな鳴き声をあげながらガイさんを迎え撃とうとした。そこらの大人なら簡単に弾き飛ばされ、骨を折るような力だ。けれど、Cランクの冒険者に対して、しょせん数体のゴブリンができることなど何もなかった。


 ガイさんは腰をねじりながら腰元の剣の柄を握る。そして、疾走する勢いとねじった体を戻す力を乗せ、長剣を抜き放つ。鈍く光りを反射する刃が、一瞬でゴブリンの体を横なぎにする。


「ギギャッ」


 恐ろしい速さで振るわれた剣はそのまま横に並んだ二体のゴブリンを真っ二つにする。断末魔の叫びがあがった。


 残った三体のゴブリンたちは、ガイさんに向かって前方と左右から武器を振り下ろした。しかし、彼にとってそれは危機でもなんでもない。


 下位の冒険者なら傷を負うだろう攻撃を、ガイさんは後ろに下がって難なくかわし、空振った隙に素早く前へステップを踏む。そしてカウンター気味に斬撃を叩き込まれたゴブリン二体が、なんの反応もできずに崩れおちた。


 残るゴブリンは一体だけど、仲間を一瞬で葬ったガイさんに明らかに及び腰になっている。ただでさえ敵わないのに、そんな状態ではなおさら対応できるわけなく、なめらかな足運びで近寄ったガイさんに切り捨てられる。


 そうして僕たちを襲ってきた見回りのゴブリンたちは、あっという間にガイさんがすべて倒してしまった。


「すごい……。これがCランク冒険者」


 後ろでガイさんの戦いを見ていた誰かがぽつりと呟いた。サシャちゃんとアトラ君も同じ感想のようで、神妙な顔でガイさんを見ていた。


「あんなの大したことない。わたしもセージも、同じことができる」


 気に入らなさそうに呟いたフルルの言葉は、幸い誰の耳にも入らなかったようだ。


 血を払って剣を収めたガイさんは、血だまりに沈むゴブリンたちに嘲りの目を向ける。


「はっ、雑魚がこの俺に敵うかよ。……だが集落に連絡が行ったのは厄介だ。面倒な準備をされる前にとっとと残りも狩りに行くぞ」


 ガイさんは僕たちにそう告げ、先ほどより移動速度を大幅に上げるよう指示する。目の前でその力量を見たガイさんに対し、冒険者たちは一切の異論を挟まず後に続く。


 そうして、僕たちは黙々と森の深部を突き進んだ。ゴブリンの集落に近づくにつれて見回りの数は増えていき、ゴブリンと遭遇する数も増える。けれど、どれもガイさんやそのパーティが一瞬で倒し、僕たちはとうとう目的地に到着する。


 茂みに隠れる僕たちの視線の先には、森の開けた場所がある。太陽の光の下に、簡素な住居まで備えたゴブリンの大規模集落があった。やはり僕たちが来ることが伝わっているみたいで、ゴブリンたちは集落の外、僕たちを警戒している様子が見て取れる。


「俺が合図したら、遠距離攻撃持ちは魔法なり矢なりをやつらに叩き込め。その後は話した通りのパーティ配置で攻撃しろ」


 臨戦態勢のゴブリンたちを見据え、ガイさんは静かに指示を出す。頷いた冒険者たちは、それぞれ魔法の発動や突撃の準備をして、ガイさんの合図を緊張した面持ちで待つ。僕もアニマに強化魔法をかけてもらい、弓に矢を番えてゴブリンを見据える。


 ひゅう、と風が吹き、少しの落ち葉と土の匂いが宙を舞う。


 遠くで、鳥の鳴き声が響いた。


「今だ、やれ!」


 ガイさんの怒号のような声で、僕たちは行動を開始する。ゴブリンたちとの闘いの火ぶたが切って落とされた。


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