12.闇の人格の覚醒と極悪メタビート
アンナの「清掃(物理)」によって地下闘技場が瓦礫の山と化し、私の貴重なレアカードの供給源が文字通り土に還ってから数日後。
私は王立魔法学園の中庭で、失われた未回収のシークレットレアたちを想い、深い悲しみに包まれていた。
「……あぁ、私の歩く拡張パックたち。今頃、冷たい土の底で泣いているのかしら……」
「お嬢様がご所望とあれば、今から王都の地下水路を爆破して残りのアジトも発掘してまいりましょうか?」
「これ以上レアカードを物理的に消滅させたくないからやめて頂戴」
相変わらず物騒な提案をしてくるアンナを窘めていると、レンが切羽詰まった顔で走ってきた。
「セレスティア!まずいことになった。あいつが……マリアンヌが、結社の残党と接触して『ヤバい呪物』を受け取ったらしい!」
「ヤバい呪物?」
「――その通りですわ、特待生」
不意に、背後から声が響いた。
振り返ると、そこにはフリルのついた制服を着たマリアンヌが立っていた。しかし、彼女の様子は明らかにおかしい。小刻みに震え、両手で一枚の「黒紫色のカード」を大事そうに、そしてすがるように胸に抱いている。
「マリアンヌさん……?そのカードは一体」
「結社の方が……教えてくださいましたの。愛や絆では、貴女の冷酷なロック盤面は崩せないと。だから、この『封殺の闇精霊』のカードで……私の中の『弱さ』を消し去ってくれると……!」
マリアンヌが涙ながらにそのカードを掲げた瞬間。
ドクンッ、と。
学園の中庭の空気が、重圧によってひしゃげた。
「な、なんだこの禍々しい魔力は!?」
レンが顔をしかめて後ずさる。マリアンヌの胸元で放たれた黒い光が、彼女の全身を包み込んだ。光の妖精を愛していた彼女の可憐なオーラが、漆黒の闇へと反転していく。
そして――光が収まった後。
そこに立っていたのは、先ほどまでの気弱な男爵令嬢ではなかった。
俯いていた顔をバッ!と上げた彼女の瞳は、鋭く三白眼に吊り上がり、王者のような不遜な光を宿していた。前髪が風もないのにフワリと逆立ち、姿勢は堂々と胸を張っている。
「……ふははは!久方ぶりの外の空気だ。悪くない」
マリアンヌの口から紡がれたのは、ドスの効いた、それでいて自信に満ち溢れた低い声だった。
「なっ……声変わり!?いや、マリアンヌじゃない!?」
レンが驚愕の声を上げる。
私は、その光景を見て内心で激しくツッコミを入れていた。
(ちょっと待って!!闇のアイテム(カード)の力で、気弱な表の人格から、自信満々で好戦的な『裏(闇)』の人格に交代した!?それ完全に某カードゲームアニメの主人公のヤツじゃない!!)
乙女ゲームのヒロインが、まさかの『闇化』である。
「もう泣くのは終わりだ、マリアンヌ。ここからは……『オレ』が相手をしてやる」
闇マリアンヌ(仮)は、首をコキッと鳴らすと、黒紫色の魔導盤をバサァッ!と構え、私を鋭く指差した。
「貴様が表の私を泣かせた悪役令嬢だな?貴様の冷酷なる戦術、結社の残党から聞いているぜ。だが、このオレの『相手に何もさせない極悪戦術』の前では、赤子同然だと教えてやろう!」
「……なるほど。ヒロインが闇の精霊に乗っ取られて、イキリカードゲーマーになりましたのね」
私は扇子を広げ、冷静に状況を分析した。
愛と絆のヒロインは今、文字通り『裏』に引っ込んだ。目の前にいるのは、純粋に勝利と相手の妨害のみを渇望する「闇の魔導決闘者」だ。
「お嬢様」
背後でアンナがスッと、対物狙撃銃を構えた。
「二重人格だろうが多重人格だろうが、脳髄を物理的に吹き飛ばせば一つの肉塊です。私が遠距離から、あの偉そうな泥棒猫の頭を『粉砕』してまいりましょうか?」
「だから学園内で狙撃するな!風紀委員が飛んでくるでしょ!」
私はアンナの銃口を無理やり下ろし、ため息をつきながら魔導盤を起動した。
「いいですわ。闇堕ちしたヒロインがどれほどのものか、見せていただきましょうか」
『――魔導結界、展開!』
【闇マリアンヌ】 MP:4000
【セレスティア】 MP:4000
「オレの先行だ!ドロー!!」
闇マリアンヌのドローは、無駄な動きが一切なく、カードが風を切る鋭い音が鳴った。表のマリアンヌのような甘い「フルブッパ」のプレイングの気配は微塵もない。
「オレは手札からモンスター『虚無の結界像』を召喚!さらに、カードを4枚伏せてターンエンドだ!」
フィールドに、禍々しいオーラを放つ小さな石像が置かれ、その後ろに4枚もの罠がズラリと並ぶ。
「……うわぁ」
レンが心底嫌そうな顔で呻いた。
「出たよ。モンスターの特殊召喚を完全に封じる置物モンスターを守りつつ、大量の罠カードで相手の行動を徹底的に妨害する【メタビート】……。大会でも一番当たりたくない、性格の悪さの結晶みたいなデッキだ」
私も、流石に目を疑った。
かつて「光の妖精たちの一斉攻撃」を夢見ていた少女の肉体が、まさか初手から「ステータスの低い置物を立てて、罠を4枚伏せてターンを渡す」という、究極に後ろ向きで陰湿な戦術を取るとは。
「ふははは!どうしたセレスティア!オレの完璧な布陣の前に、足がすくんだか!さあ、貴様のターンだ。何かしてみるがいい!」
「……完全に『そっち側(ガチの妨害使い)』に染まりましたのね」
私は扇子で口元を隠し、ニヤリと笑った。
表のマリアンヌを苛めるのはただの作業だったが、この「闇マリアンヌ」の自信満々な鼻っ柱をへし折るのは、非常にやりがいがありそうだ。
「ええ、上等ですわ。私のデッキと貴方のデッキ、どちらがより『性格が悪い』か、とことん付き合ってあげますわ!」
私は、カードアニメの主人公のような顔つきになった闇のヒロインを前に、ガチ勢としての闘争心を燃やし、山札からカードを引き抜いた。
こうして、学園の中庭で、お互いに相手の行動をひたすら妨害し合うという、ギャラリーが一番退屈し、かつプレイヤー同士のヘイトが最も高まる「泥沼のコントロール対決」が幕を開けたのだった。
「私のターン、ドロー!……ふふ、なるほど。4枚の伏せカードですか。なら、まずはこれを処理しなければお話になりませんわね」
私は手札から魔法カードを引き抜く。
「魔法カード『粉砕の魔導書』を発動!相手フィールドの伏せカードを全て破壊しますわ!」
私のカードから猛烈な暴風が巻き起こり、闇マリアンヌの伏せカードを吹き飛ばそうとする。決まれば、彼女の陰湿な防衛線は一瞬で崩壊する。
しかし。
「甘いぜセレスティア!罠カード、オープン!」
闇マリアンヌが不敵に笑い、伏せていたカードの一枚を弾き開けた。
「『精霊の絶対宣告』!自分のMPを半分払うことで、魔法・罠・モンスターの召喚のいずれかを無効にし、破壊する!貴様の『嵐の魔導書』は無効だァ!」
【闇マリアンヌ】 MP:4000 → 2000
バキィィィッ!という甲高い音と共に、私の暴風が光の障壁に阻まれて霧散する。
「……ほう。MPを半分も支払う最高峰のカウンター罠。それを躊躇なく初手で切ってきますか」
「当たり前だ!この『虚無の結界像』と伏せカードを守り抜くことこそが、オレたちの……いや、オレとマリアンヌの勝利への道だからな!」
「相棒のために戦う闇の人格……。言動がいちいちテンプレすぎて腹が立ちますわね」
私は扇子をパタンと閉じた。
本命の魔法は止められた。だが、ここまでは想定内だ。ガチ勢の魔導決闘において「カードを通す」とは、相手の妨害札を全て吐き出させた上で通すことを意味する。
「なら、モンスターで殴り倒すまでですわ。私は手札から『暗黒の処刑人』を召喚!」
攻撃力1600の処刑人が現れる。対する『虚無の魔石像』の攻撃力は1000。特殊召喚が封じられていても、通常召喚で上から殴り倒せばいい。
「バトルフェイズ!『暗黒の処刑人』で『虚無の魔石像』を攻撃!」
「そうはさせるか!罠カード、オープン!『奈落への追放』!相手のモンスターが攻撃宣言した時、そのモンスターを破壊しゲームから『除外』する!」
「――それにチェーン(連鎖)して、手札から速攻魔法『呪縛破りの銀槍』を発動!自分のモンスターの攻撃力を下げる代わりに、罠カードの効果を受けなくさせますわ!」
「――さらにチェーン!カウンター罠『悪魔との裏取引』!貴様にカードを一枚ドローさせる代わりに、その魔法カードの発動を無効にして破壊する!」
「――ならばこちらもチェーン!カウンター罠『怪盗の万能鍵』!MPを1000払い、貴方の『悪魔との裏取引』を無効にして破壊しますわ!!」
【セレスティア】 MP:4000 → 3000
「な、なんだとォォォッ!?」
フィールド上で、光と闇の魔法陣が幾重にも重なり合い、火花を散らす。
チェーン1、チェーン2、チェーン3、チェーン4。
お互いに相手の行動を打ち消すためのカードを、手札と盤面から湯水のように投げつけ合う。大型のドラゴンも、華やかな精霊の魔法もそこにはない。
ただひたすらに、相手の「嫌がること」を押し付け合う、醜くも高度なリソースの削り合い。
「……地味だ。死ぬほど地味すぎる」
ギャラリーとしてその様子を見ていたレンが、死んだ魚のような目で呟いた。
「おい公爵令嬢。さっきから『発動します』『無効にします』『無効にするのを無効にします』しか言ってないぞ。傍から見てると、ただの口喧嘩にしか見えないんだけど」
「お黙りなさいレン!これがコントロールデッキ同士の対話というものですわ!」
「表の私をバカにしたな!オレとマリアンヌの結束はこんなところで崩れはしないぜェ!」
「お嬢様」
アンナが、スナイパーライフルのスコープを覗き込みながらボソリと呟く。
「やはり、こんな回りくどい口喧嘩をしている間に、私が相手の魔石像(置物)ごと、あの泥棒猫の心臓を物理的に射抜きましょうか?安全装置はもう外れております」
「だから邪魔をするなと言っているでしょう!!銃を下ろせ!!」
私はアンナに怒鳴りながら、盤面に視線を戻した。
私の『怪盗の万能鍵』が通り、闇マリアンヌの罠は無効化される。そのまま『暗黒の処刑人』の鎌が振り下ろされ、厄介な置物であった『虚無の魔石像』が真っ二つに両断された。
「くっ……!オレのロック盤面が……!」
「私のターンエンドですわ。さあ、貴方の自慢の布陣はこれで半壊しました。次はお返しとばかりに、私の『完全ロック』を押し付けて差し上げますわよ」
私は手札に残った『静寂の魔石像』と『平和への誓い』を見つめ、極悪な笑みを浮かべた。
愛と絆を捨てた闇のヒロイン。
彼女のデッキの回転力は、表の人格の時とは比べ物にならないほど鋭い。だが、相手に絶望を与える盤面構築力(性格の悪さ)において、悪役令嬢である私が遅れをとるはずがない。
「さあ来なさい、闇マリアンヌ!どちらの心が先に折れるか、この泥沼の底で決着をつけようじゃありませんか!」
「望むところだ、セレスティア!オレのターン!ドロー!!」
カードアニメさながらの熱い叫び声とは裏腹に、盤面で行われているのは陰湿極まりない罠とロックの張り合い。
学園の中庭は、二人のガチ勢による「相手をいかに不快にさせるか」という、ある意味で最も純粋な魔導決闘の熱狂に包まれていくのだった。




