優雅な休日 ジェルトとセリス
王都で名を馳せつつある〈無名の灯火〉であるが、その日は休暇ということで全員が別々に行動していた。
セリスは雑多な雰囲気のある王都を目的もなく歩き続ける。
「相変わらずすごい活気……お城にいたころには想像もしていなかった……」
セリスは2年前、ある場面を目撃したことで自分の身も危ないと考え、城を飛び出した。
その場面とは、虚ろな目をして血を流す国王の身柄を、宰相と騎士のマクシミリアンが押さえていたシーンだ。
宰相ヘルカントは「王女を確保しろ!」と鋭く命令を飛ばしており、セリス……当時はセリアリスと呼ばれていた彼女は一心不乱にその場から逃げ出した。
しかし城を出てすぐに怪しげな集団に捕まってしまう。
どこかへ運ばれている途中でとある女性ストライダーに助けてもらったのだが、その怪しげな集団に国宝である〈星霊珠〉の首飾りを奪われてしまっていた。
「そういえば師匠はどうしているかしら……?」
世間知らずのセリスではあったが、助けてくれた女性ストライダーにショートソードの扱いを学ぶ。そしてストライダーとしての常識なども教わった。
だが3ヶ月ほど前、師匠は自分を置いて他国へと出ていってしまう。
自分もついていきたいと願ったが「あんたにはこの国でなすべきことがあるはずだろ」と言われ、同行することは叶わなかった。
しかし師匠の言葉に気づかされた部分もある。そう……自分は間違いなくこの国の王女であり、宰相が企んでいるであろう何かを食い止める責務がある。
そもそもまだ父は存命なのか、宰相は何を狙っているのか。知らなければならないことも多い。
「わたしにもっと力があれば……」
今のセリスはただのストライダーであり、そして国の現状について正しく理解もできていない。何をどうすればいいのかも手探り状態だ。
しかしそれは何もしない言い訳にはならない。常に何かしなければという焦りはあるが、具体的な行動の指針を得ることはできていなかった。
ただ〈無名の灯火〉のみんなとであれば、なんでもできそうに思えるから不思議なものである。〈無名の灯火〉はセリスにとって心安らぐ居場所になっていた。
「少なくとも2年前の王都では、今ほど凶悪な魔獣が出ていなかったはず……やっぱり宰相が何かしている……?」
キリバ遺跡に潜ったとき、セリスの耳にはどこからかうなり声のようなものが聞こえていた。
みんなには聞こえていなかったようだが、その声が聞こえてすぐに断崖熊が現れたことについて無関係とも思えない。
どうにかして城に入り、宰相に事の真相を確認したい。
だが1人では無理な話だし、〈無名の灯火〉を危険な目に遭わせたくないという葛藤もある。
そんな悩みを抱えながら歩いていると、すぐ右隣から声をかけられる。
「やぁセリスくん。1人かい? よかったらお茶でもどうだね?」
視線を向けると、喫茶店の屋外テーブルに座るジェルトの姿があった。
目の前には紅茶とケーキが置かれており、優雅な休日を満喫している様子が伝わってくる。
「ジェルト……」
「ふむ……? どうやら元気がなさそうだね? かけたまえよ、同じものを用意させよう。レディ! ケーキセットをもう1つくれたまえ!」
勝手にセリスのぶんを注文されてしまい、しぶしぶ同じテーブルにつく。ケーキセットはすぐに運ばれてきた。
「ははは、強引ですまないね! リーダーとしてコミュニケーションが必要かと思ったのだよ!」
「えっと……」
「ああ、もちろん無理に言う必要もない。悩みや元気のない要因というのは、人に話して楽になるものもあれば、抱え込むことで己の強さに変えるものもあるからねぇ」
ジェルトは妙に鋭い。天性の勘の良さもあるのだろうが、パーティのこともよく見ていると思う。
「抱え込むことで強さに変えられる悩みもあるの?」
「あるとも。もちろん全員に当てはまる話でもないがね。何を隠そう、私も悩みや葛藤を今の強さにつなげた身なのさ」
ジェルトの実力はかなりのものだ。そこに至るに足りうる事情があったのだろう。
セリスはあえて聞かなかったが、ジェルトは関係なしに話しはじめる。
「実はわたしは騎士というものに憧れていてねぇ」
「騎士……? 騎士って、あの騎士……?」
「たぶんその騎士さ。だが帝国で騎士になれるのは、実力があるだけではダメなのだよ。実力があるうえで、貴族の家系でなければいけないのさ」
「そう……なんですか……?」
騎士の定義や制度は国によって異なる。帝国に生まれたジェルトなりに苦悩があったのだろうか。
「だが卓越した実力があれば、貴族に養子として迎えられ、騎士を目指すこともできる。私はいつか騎士になることを夢見て己を鍛え上げ、またストライダーとして経験も積んだ。そして気づけばこの年齢だ。今から養子に迎えてくれる貴族を探すのもむずかしいし、それ以上にここまで積み上げたストライダーとしての実績を捨てる勇気が持てなかった」
「実績を捨てる勇気……」
ストライダーとしての仕事も多くないと言われる帝国で〈精鋭〉ランクまで上り詰めたのだ。
そこには相当な努力はもちろん、ここまで積み上げてきたのだという自信もあるに違いない。
そうした自信とキャリアを投げ捨てて一から騎士を目指すには……ジェルトは年齢的にもその夢を追いきれなかった。
「そうさ。だから未練を断ち切るために、国策としてストライダー優遇政策に力を入れているラブルローン王国に拠点を移した。今も多少の未練はあるが、後悔はしないと決めている。私はこれからも経験豊富なプロのストライダーでい続けるだろう」
「それがジェルトの強さの理由?」
「そういうことだね。どうだい、あまり大した話ではなかっただろう?」
「いいえ……そんなことないです」
ジェルトの話を聞いて自分はどうだろうかと考える。
王女という身分に未練はほとんど感じていない。だが国を放ってもいい理由にはならず、そうした部分に感じる責任感がもしかしたらセリスをここまで成長させたのかもしれない。
「みんなも……同じような悩みを抱えて強くなったのでしょうか……?」
「ふむ……あくまで私個人の見立てだが、ルナとルミアはまだそうした芯を見つけていないように思えるねぇ。いや、頭の中に思い描く"理想の魔術師像"がもしかしたら芯になっているのかもしれないが、それは私の抱えるものとはまた種類が異なるものだ」
どう異なるのかまで聞くのは野暮だろう。
少なくともジェルトが自分から話さないのであれば触れるべきものではない……と思う。
「レオンくんは……おそらく闇を抱えているね」
「や……闇!?」
「ああ。年齢のわりに相当な修羅場をくぐり抜けてきているのは間違いないよ。隠密スキルに長けており、状況判断力も相当に高い。あくまで勘でしかないが、もしかしたら彼は暗殺者としての……いや、憶測でこれ以上のことを述べるのはやめておこう」
暗殺者……レオンを見ているととてもそうとは思えない。
だがチェーンという変わった武器をかなり扱い慣れているし、少なくとも普通のストライダーとしては選ばない武装だ。
それに射出するチェーンをあそこまで使いこなすには、相当特殊な訓練と経験を積んできたはず。
よく考えてみればパーティ内においてレオンだけがストライダーとしての異質さが際立っている。
「レオン……帝都にいる妹の学費のためにストライダーとして稼ぎを作りたいって……」
「あぁ……なるほど。今のセリスくんの言葉で彼の背景がおおよそ理解できたよ」
「…………はい」
おそらく暗殺という後ろ暗いことで稼いだ血塗れの金で、妹の学費を払いたくないのだろう。しかしまっとうなお金を稼ぐ手段も限られている。
そこでこれまで身に着けたスキルをストライダーとして活かし、お金を稼ごうと考えたのだ。
妹にも「人々を助けて稼いだお金だ」と胸を張って言える。
「みんな……いろいろ抱えているんですね」
「何を抱えて、何を捨てるのか。それもまた自由さ。その選択に間違いも正しいもない。ただ結果が変わるのみ」
少し前までこの国のこととか、王族としての責任とか感じていたが、セリスの心は今、かなり軽くなっていた。
自分だけが複雑な生い立ちというわけではない。むしろ自分などみんなと比べるとそこまでの苦労はしていないだろう。
「……ジェルト。今夜みんなを集めてくれないかしら?」
「フ……何か掴んだようだね? いいだろう、召集をかけようではないかっ!」
何を抱えて何を捨てるのか。まだセリスは深く見えていない。
しかしみんなであれば、自分の事情をすべて受けとめてくれるかもしれない。
この時、セリスは自分の生い立ちや2年前に何があったのか、それをみんなに伝えようと決めた。
……いつまでも停滞し続けるわけにはいかない。わたしも、この国も。




