続・任務概要
土地勘のない他国に行って、そんな面倒なことをしてこなくてはならないとは……。
というかまだ俺の疑問はすべて解けていない。むしろ今の話を聞いてより深まった。
「あの……そういうのって、普通は情報院のエージェントとか使うんじゃないんですか? なぜに紋影官が……?」
情報院のメイン活動は帝国内のあらゆる情報資料の編纂だが、他領や他国に諜報員を潜伏させていろんな情報を抜き取っている。
バニィちゃんもモチベーション高く仕事に邁進していることだろう。
今回のミッション、聞けば聞くほど情報院のエージェント向きだ。
他国だとそもそも帝国法など関係がないので、黒入り案件になることもない。紋影官を使う意味がわからないのだ。
「それに関しては半分はお前に原因がある」
「……へ!? お、俺ですか!?」
「たしかに本来であれば情報院が行うような仕事だろう。だが情報院は今、陛下からの評価を下げていてな……。それというのもオルディア領の元領主ドライガンの不正を見つけられなかったのに加え、先日のベイルオール反逆事件を完全に見逃していたからだ」
「は……はぁ……」
学院長の事件は仕方がない部分もあったんじゃないかな……と思ったが、事態は俺が考えるよりも深刻らしい。
ヴァネッサ室長はハァとため息を吐いて言葉を続ける。
「アストラ学院は帝都の中心、いわば陛下のお膝元だ。そこで練られていた計画を察知できなかったばかりか、〈黒曜聖団〉の潜伏まで許してしまった。しかも学院には2人の皇女もおり、その身を危険にさらした責任は当然追及される」
「うわぁ……」
「ちなみに主に追及を受けるのは騎士団と帝国軍、情報院と黒紋監察室だ。今回はお前の活躍もあったので、黒紋監察室はそこまで追及を受けていないが……言い換えれば、他の組織は黒紋監察室に大きな貸しを作ったことになる」
現場の一時対応から解決まで黒紋監察室が主導権を握っていたのだ。
被害も最小限に食い止めて死者も出していないので、陛下から見れば黒紋監察室が他の組織の尻拭いをしたようにも見えるのだろう。
「まぁ大きな失態なのは間違いない。どの組織も今は体制の見直しに追われている……うちを除いて、な」
「いやぁ、ベイルオール元学院長も迷惑なことをしでかしてくれたものですねぇ……」
俺、わるくないよね!? 今回の事件が原因でいろんな組織や偉い人が大変な目に遭っているのはわかったけど、直接の原因はベイルオールだよね!?
たしかに陛下からすれば、娘2人が危険な目に遭ったのでお怒りだというのはもっともなんだろうけど……。
「とにかく今は情報院もかなり忙しい。おそらく今、下手に仕事を振ると失敗するリスクも高い」
「それで紋影官にやらせるって、理屈が通るもんなんですか……? むしろ情報院からすれば、また黒紋監察室に貸しを作ることになりそうですけど……」
「それはあるだろう。だがある意味で黒紋監察室と情報院はニコイチのような見られ方もされているからな。細かく言えば他にもお前に今回のミッションを任せることになった理由はあるのだが、まぁそれは置いておこう」
置いておかれた……! なんだろう、気になる。
まさか皇帝が「レオンという男、紋影官としてあまり使いものにならんな。お使い程度ならいけるだろう、皆も忙しい。今回はこの男に仕事を振ってはどうだ?」とか言い出したわけでもないだろうし。
でも今回の事件で俺の活躍と言えば、ノア先輩のジョークグッズを使って黒曜聖徒を撃退したことくらいだしな……。
しかも最終的には逃がしているという失態付きでもある。
「まぁ方々がいろいろ大変で、俺に仕事が回ってきたのはわかりましたよ」
「ああ。その理解でいい。他に質問は?」
「あと2つあります。1つ目ですが……なぜストライダーとしてラブルローン王国へ行くんです?」
任務の概要を理解できても、なぜそうする必要があるのかという部分はまだ多い。その1つがこれだが、なぜにストライダー……?
ストライダーといえば魔獣と戦ったり古代遺跡を探索したりして、その日の稼ぎを作る者たちだ。
帝国には古代遺跡が少ないことと、帝都近郊には魔獣が少ないこともあり、このあたりで活動しているストライダーは稀である。
魔獣の多い他領だとストライダーが活動していることもあるが、それでも多くのストライダーは帝国よりも他国での活動を選ぶ。
なぜなら帝国は他国に比べると、そこまでストライダーを優遇していないからだ。
そういえば前にハグリアの街でストライダーのアッシュたちと出会ったとき、帝国のことを「ストライダー後進国」って言っていたよな……。
「その理由は単純だ。まず帝国のストライダーとして登録するのに手間がかからないことが1つ。そして2つ目だが、ラブルローン王国で〈王立古代遺物研究院〉と接触するには、帝国のストライダーとしての身分がちょうどいいと判断したからになる」
「ちょうどいいというのは?」
「〈王立古代遺物研究院〉の研究員は、ストライダーに護衛されながら古代遺跡の調査に向かうこともあるという。そうした環境を活かせば、ごく自然な話の流れで帝都に現れた〈アーク・ガルダ〉の話をすることもできるだろう」
ああ……なるほど。帝都暮らしだとあまり実感がないけど、他国ではストライダーと国の研究員がそれなりに距離が近いのか。
むしろ一般人としてではなく、ストライダーという身分を使ったほうが向こうも話を聞いてくれやすいのかもしれない。
納得した表情をしていると、ヴァネッサ室長は次の質問を促してくる。
「では最後ですが……移動手段はどうすれば? 隣国とはいえラブルローン王国の王都へ向かうとなれば、それなりに距離がありますが……」
まさか歩いて行ってこいとは言わないよね……?
ラブルローン王国の国境までであれば、ヴァルツァー領よりもかなり近い。
そもそもヴァルツァー領は途中で街道が途切れているし、山道も越えなくてはいけないので、帝都からだとかなり時間がかかってしまうのだが。
「今回は少し特殊な移動手段となる」
ほ……。どうやらちゃんと移動手段は用意してくれているようだ。
「テレシム運河で試験的に運用されている龍導舟。こいつに乗ってラブルローン王国内に入り、そのまま王都ラブルリアへ向かってもらう」
「龍導舟……?」
「テレシム運河は帝国からラブルローン王国に流れている運河のことだ。ラブルローン王国へは街道も続いているが、陸路よりも運河を使ったほうが何倍も速いからな」
まぁテレシム運河については知っている。軍学校でも習ったし。
帝国とラブルローン王国だけでなく、いくつもの領地を横断しており、物流の中心として活用されている運河だ。
だが龍導舟についてはまったく知らない。試験的に運用されていると言っていることからも、ごく最近になって使用されるようになったものなんだろうけど……。
「龍導舟だが、これは龍気を利用した船になる。従来の船よりも速く移動できるのが特徴だが、特殊な機関が組まれており、まだ試験段階でな……」
「へぇ……そんな船が。技管局の発明ですか?」
「そうだ。試験運用で今は木材を運ばせているが、お前にはこいつに乗ってラブルローン王国に入ってもらう」
古代遺物の解析ノウハウはなくとも、こういう分野の研究では一日の長があるのだろう。とにかく移動にそれほど時間がかからなさそうでよかった。
「他に質問は?」
「おおよそは理解できました。……そういえば武器とかはどうすれば? ストライダーとして赴くなら、武器とかもあったほうがいいですよね……?」
といっても俺はどの武器もそれほど得意というわけではないのだが。
一番使い慣れているのは〈蛇鎖の腕輪〉になる。対魔獣用と考えると、不安を覚えなくもない武装だが……。
「ふむ……お前の要望通りの物を用意させよう。ラブルローン王国ではお前のことや紋影官を知っている者もおるまい。〈蛇鎖の腕輪〉を持っていっても構わんぞ」
「マジすか」
なら〈蛇鎖の腕輪〉は持っていこう。というかこれがあるなら、あとは簡単なナイフとかで十分だ。
下手に武装を増やしても重くなるだけだし。魔獣と遭遇したら逃げればいいだろ。
俺は魔獣討伐専門のストライダーではなく、あくまで遺跡調査専門のストライダーなのだ。……という設定にしておく。
「わかりました、今回の任務、謹んでお受けします」
「ああ。では任務内容の復唱を」
「はい。帝国のストライダーとしてラブルローン王国へ赴き、現地にてストライダー活動を開始。〈王立古代遺物研究院〉の研究員と接触し、〈アーク・ガルダ〉に興味関心を持つように誘導。場合によっては技管局に共同研究の打診を行うように仕向けさせます」
「よろしい。では準備ができ次第、帝都のストライダーギルドへ向かうように。名を出せば事前に済ませてある登録情報に基づき、ストライダーの登録証を受け取れる手筈となっている」
「かしこまりました」




