国外出張の波動……というか圧力
ベイルオールによる帝都崩壊未遂事件から1ヶ月後。
黒紋監察室の室長であるヴァネッサはその日、皇帝ガルディアスと面会をしていた。
「では……?」
「ああ。技管局からの要望があまりにも強くてな……まったく。まだ学院関連の後始末が終わっておらんというのに……あそこの連中は研究のことしか頭にないからな」
「だからこそ大陸でも有数の研究機関なのでしょう」
事件の後始末、その影響は今も方々に出ていた。だがヴァネッサは他の組織と比べると、まだ影響は限定的だ。
直接的な解決に関わったのが紋影官であるため、調書作成や捕えた者たちの尋問など最初こそ忙しかったが、今はかなり落ち着いている。
むしろ忙しいのは騎士団や軍はもちろん、内政卿等の貴族や文史官たちだ。
さすがにこの慌ただしさの中では、第一皇子派も第二皇子派も派閥争いなどしていない。下手に争いを仕掛けて事件の後始末対応が遅れれば、それだけで無能の誹りを受けることになる。
「しかし……技管局の要望を汲むとなりますと、相手国は選ばねばなりませんね……」
「ああ。その辺りも含めて、ヴァネッサ室長に一任しよう」
「…………はっ。かしこまりました」
ヴァネッサは今、皇帝より新たな仕事を任じられていた。いつも通りだいたいの方針は示すが、細かな内容はヴァネッサ頼りである。
こうしたざっくりな仕事の振られ方にはすでに慣れてしまっている。
ヴァネッサは冷静に「だれを送り込むか」と思考を深めていた……が、ここでガルディアスが不愉快そうな表情を向ける。
「そうそう……今回も大活躍したレオンくんだけどね? いつの間にセレーネと仲良くなったんだい? ん?」
「…………なんの話、でしょう?」
「前まで2、3回くらいしか可愛いセレーネの口からレオンなんて単語が出てこなかったのに、この間は俺と過ごす食事の時間で5回も名前が出てきた。しかもアナスタシアの友人、その兄らしいではないか」
アヴィエスのことはすでにヴァネッサも把握している。
それ以前にアヴィエスをアナスタシアと同じ1組に配属されるように、入学式の日に裏から手を回した張本人でもある。
「アヴィエス嬢は軍務卿の推薦でアストラ学院に来たのは把握しているが……セレーネと仲良くなるのはまだわかる。が、どうしてレオンくんと仲を深めることになる?」
「…………いや、真面目になんの話かわかりかねます」
この皇帝がセレーネとアナスタシアのことになると判断能力が著しく低下するのは知っているが、そのことを踏まえてもヴァネッサにはガルディアスが何を言っているのかが理解できなかった。
そもそもレオンからもルードからも、今回の学院潜入調査においてセレーネと特別仲良くなったという話は聞いていない。他の講師や生徒からの調書でも同様だ。
むしろレオンからは学院内におけるセレーネとの接触に関しては二度のみと聞いている。入学式初日に少し立ち話をしたのと、食堂でぶつかってしまった程度というものだ。
どう考えても親睦が深まるイベントではないだろう。
「あげくにアヴィエス嬢や他の友人の他、レオンくんも皇宮の食事会に誘ったと聞いた。レオンくんは断ったらしいが……あのセレーネが! 天使のセレーネが! お、男を食事に……誘う、などとぉ……! おのれレオンっ!」
「………………落ち着いてください。あくまでご友人のアヴィエス嬢に気を使ってのことでしょう」
そもそも二人きりの食事会でもなんでもないのだ、男を誘うというのはかなり語弊がある言い方になっている。
「とにかく不愉快だ。……そうだ、今回の任務だが……レオンくんに任せてはどうだね?」
「……はぁ。レオンにですか」
「そうだ。オルディア領と学院、ともに短時間で闇に紛れた陰謀を見つけ出し、解決に導いている。それだけ優秀な紋影官だ、今回もきっと満足のいく仕事ぶりを見せてくれることだろう? ん?」
オルディア領の領主ドライガンにおける不正行為ならびにベイルオール学院長による帝都崩壊計画。どちらも黒紋監察室や情報院などがあらかじめ掴めていなかった事件になる。
レオンにはたしかにこうした事件を短期間かつ強引に解決した実績があるが、さすがに今回の任務は調査でもなんでもない。言ってしまえば餌をぶら下げて獲物をひっかけるようなもの。
優れた観察眼と解決能力を持つレオンを投入するには、少し……いや、かなりもったいない使い方に思えてしまう。
実際、ヴァネッサは今回の任務で派遣する人物の候補にレオンは外していた……が。
「……わかりました。そういうことでしたらレオンを派遣いたしましょう」
「うんうん。よろしく頼むよ」
宮仕えのヴァネッサに皇帝の意向を跳ね除ける力はなかった。
いや、ないことはないのだが、その労力とレオンに仕事を振る労力を天秤にかけた結果、皇帝の言う通りにしたほうが楽だと判断したのだ。
今回の任務は国外へ出ることになるので、長期に渡って帝都から離れることになる。ガルディアスの狙いもそこにあるに違いなかった。
要するにオルディア領へ派遣したときと同じである。
「さすがに今回の仕事では、大事になるような要素は何もないですからね……スマートに仕事をこなしてくれることでしょう」
「有能な紋影官がいるのは頼もしいことだ。技管局にはこちらから話をしておこう」
「はっ。では準備に取りかかります」
■
「へぇぇ……。オルディア領はそういう方向で落ち着いたのか……」
学院での任務を終えて、俺はヴァネッサ室長より休暇をもらっていた。そして今日は軍学校の同期であるリシェルとユリウス、ザックと俺、計4人で飲みに来ている。
バニィは連絡つかず、フィローザは任務で帝都にいない。レイモンドは今もオルディア領の騎士としてがんばっているようだ。
今話題になっているのはオルディア領の話だった。長らく混乱が続いていたが、とうとう新たな領主が決まったのだ。
「しかしまさかレイモンドの親父が領主になるとは……」
「騎士であり領主の息子かぁ。おいおい、オルディア領を継ぐことになれば、将来も安泰じゃねぇの!?」
「どうかしら……たしかレイモンドには兄がいたはずよ。それに今、オルディア領の領主になるというのも大変なことでしょうし……」
「そうだね……数年は厳しい監査が行われるだろうし、評判を大きく下げた領地でもあるからね……」
少し前に俺とバニィ、それにレイモンドが関係したオルディア領の領主ドライガンによる不正行為。事件は解決し、領主やその妻、子らも不正行為に関与していたとして捕えられていた。
そして次期領主についても難航していたようだが、結局封臣の1人がその後を継ぐこととなる。それがレイモンドの父だった。
「まぁ封臣はもともと領主一族と血縁もあるからな……」
「なんにせよこれでまたレイモンドとはなかなか会えなくなりそうだな~」
たしかに……。オルディア領は帝都からそこそこ離れているし、気軽に会いにいける距離でないのは確かだ。
軍学校を出てみんな別々の道を歩んでいるということなんだろうけど、少しさみしさは覚えてしまう。
「そうそう! そういやよぉ! 学院で古代の巨大騎士が現れて、技管局がそれを回収したんだろ!? ユリウス、リシェル! その巨大騎士、見たのか!? もう気になって気になって……」
「男の子って巨大騎士とか好きね……軍部でも一目見てみたいという人は多いし」
「残念ながら見てないね。事件当時、僕は帝都から離れていたし……」
「くぅ! どんなだったか気になる~!」
うん、全裸初老皇族が動かしてて、校舎の一部を半壊させたくらいのものだったよ……とは言えねぇ!
たしかに事件が終わって第三者からすれば「一度見てみたいな!」という印象で終わるのだろうが、当事者からしたらそんな余裕まったくなかったからな!? あの時は学院テロ真っ最中でもあったし!
黒曜聖徒なんていう怪物を相手にしなくちゃいけなかったし、妹にバレないように裏声使いまくっていたし……!
今思い出してもろくな目に遭わなかったな、俺……。
「とにかく見たらどんなだったか教えてくれよ!」
まぁこうして飲みの話題になっているのが、帝都の平和を守った証でもあるのだろう。本当に帝都崩壊とかしていたら、今ごろこんな風にネタになっていなかっただろうし。
今回の調査もいろいろイレギュラーがあったが、次こそは穏便で戦闘もない平和な仕事をこなしたい。できればランド隊長の下でのんびり兵士としてやっていきたい。
そろそろ休暇も終わるけど……厄介な調査任務が回ってきませんように……!
■
そんな俺の願いが通じたのか、ヴァネッサ室長からは予想外の命令を受ける。
「へ……今回は紋影官としての仕事ではない……?」
「そうだ。したがって黒仮面も持っていく必要はない」




