エピローグ 3
ヴァネッサから見てルードという男は、紋影官としての能力は申し分ないものの、任務内容によってパフォーマンスにムラがあるという人物だ。
要するにやる気が出る任務であればポテンシャルをしっかりと発揮するのだが、やる気の出ない仕事内容だとパフォーマンスが落ちるのだ。
それは自分の軸を紋影官ではなく、あくまでタップダンサーに置いているからだろう。
しかしそんなルードも、今回ばかりはレオンに負担をかけたと反省をしていた。自由人のきらいがあるルードだが、先輩として格好つけたいというプライドはある。
「レオンは紋影官として、本当に優秀っすねぇ~。どうやってか学院長の計画を嗅ぎ付け、黒曜聖徒を手玉に取る。〈アーク・ガルダ〉の処理に俺を利用する点といい、状況をよく見て使えるものはなんでも使い、最終的に解決して見せる。室長の教育の賜物ですかね?」
「そんなわけあるか。今回の事件、陛下も含めてだれも気づけていなかったのだぞ。帝都崩壊計画とやらを嗅ぎ付けてから解決までの時間があまりにも短すぎる。それは大したものだが、本音で言えばもう少し時間をかけて方々への影響を少なくすることを意識してもらいたいところだ」
ヴァネッサはレオンを前に手放しでほめることはしなかったが、事件を解決に導いた力量は高く評価していた。
もし今回の任務でレオンを投入していなければ、もしかしたら本当にベイルオールの計画通り、帝都が崩壊していたのかもしれないのだ。
しかも〈アーク・ガルダ〉の動力源として2人の皇女を使うつもりだったというのだから、ヴァネッサとしても笑えるものではない。
皇帝が皇女たちを学院に通わす許可を出すのは、相当先になるだろう。今は学院の警備体制について軍や騎士団が強く責任を問われているところだ。
「しっかしレオンはどこからこの事件を知ったのか……」
「ふん……あいつは『傭兵が勝手に話した』なんて言っていたがな。その傭兵によると、レオンの符丁は完璧だったらしい」
「へぇ……?」
「おそらくその傭兵の態度から不穏なものを感じ取り、うまく計画を話すように誘導したのだろう。戦わずに言葉のやり取りで相手から情報を抜き取るとは、いかにも紋影官らしいではないか」
レオンに計画を話した傭兵のリックは事件の後、軍によって捕縛されていた。そしてヴァネッサはリックから聞いたのだ。
レオンが符丁に対して完璧に答えてみせたので、自分たちと同じく学院長に雇われた傭兵であるとまったく疑いを持たなかったと。
「ま、なんにせよ今回は情けないところを見せた自覚はありますよ。どうやら学院長たちは、俺が紋影官だと気づいていたっぽいですしね」
「ああ。だが結果としてお前が陽動となり、レオンが活動しやすくなったことも事実だろう。紋影官だとバレてはいたが、臨機応変に対応した……ということにしておこう」
「そりゃどうも」
本当に結果論ではあるが、ルードが学院長たちの目を引き付けていたのは確かだ。
そしてその状況をうまく活用したレオンもやはりさすがと言うべきだろう。
「しっかし〈アーク・ガルダ〉ってのは結局なんなんです? 古代にはあんなデカブツが当たり前のように存在していたんですかね?」
「さぁな。ちなみに学院地下の遺跡についても調査が行われることになるが……場合によってはお前にも調査班に同行してもらうかもしれん。古代の魔獣がいないとも限らないからな」
「ハァ……普段なら理由をつけて断る仕事内容ですが、今回ばかりは仕方ねぇ。了解です、そのときはいつでもおっしゃってください」
「フ……いい返事だ」
■
帝立アストラ学院に通う生徒は全員、敷地内にある寮に部屋を用意されている……が、生徒全員が寮を活用しているわけではない。
中には帝都の貴族街に家がある生徒もいるのだ。そうした生徒は寮の部屋ではなく、実家に帰る者もいる。
そして皇女たるアナスタシアもその1人。セレーネ含め、アナスタシアはいつも皇宮と学院を行き来していた。
もっとも警備体制が整うまでは学院に通うことを禁じられているが。
「………………ハァ」
「どうしたのですか、アナスタシア様? ため息をつかれて」
「べ……べつ、に……」
アナスタシア自身、不思議な気持ちだった。ちょっと前まであれだけ学院に行くのがイヤだったのに、いざ「行くな」と言われると、学院で時間を過ごしたいと思っている自分がいることに気づく。
もちろん理由はわかっている。アヴィエスという存在だ。彼女との出会いが、アナスタシアの心境に大きな変化を与えたのは間違いない。
今でも不特定多数のいる場所に行くのは怖いし億劫だ。だがアヴィエスと一緒であればだいじょうという確信がある。つまりアヴィエスさえいれば、自分はどこにでも行けるということだ。
アヴィエスの顔を思い浮かべていると、侍女のアンリはクスクスと笑った。
「お友達に会えなくてさみしいのでしょう?」
「………………ぅ、ぅん」
アンリはアナスタシアから学院での出来事を聞いていたので、きっとため息の理由についても察することができたのだろう。
そんなよくできる侍女のアンリは人差し指を立てる。
「まぁ気持ちはわかります。アナスタシア様に初めてできたお友達ですし。ですがあんな事件があったのです、しっかりとした安全が確保できるまではアナスタシア様を学院へは通わせられませんよ」
「……わかって、る」
アナスタシアもここで文句を言ってみんなを困らせたいわけではない。というよりそんなことできるはずがない。
事情通らしいアンリも困ったような笑みを見せた。
「わたしは兄が騎士なのですが、今回の事件がきっかけでかなり陛下から詰められているみたいでして……」
「………………そぅ、なの……?」
「はい。兄も帝都を守る騎士として、事前にベイルオール様の恐るべき計画を察知できなかったこと。そして騒動が起こってからの初動が遅れたことに責任を感じているみたいでして……」
たしかにアストラ学院は貴族子女が通う重要な教育機関だし、他国からの留学生もいる。場合によっては国際問題に発展していただろう。
だがそうはならなかった。すべてはあの変な声を出す黒仮面の男性が解決したからだ。そこまで考えてアナスタシアはアンリに視線を向ける。
「……ま、前に……アンリ。黒仮面の人を見たって……言ってた、よね」
「はい。侍女長からの指示で、特定の手紙を皇宮の外にいる黒仮面の男性……紋影官に渡していたのです。そういえばアナスタシア様も今回、紋影官を見られたのですよね?」
「ぅ……ん」
「彼らはめったに姿を見せませんからね。見られてラッキーでしたよ」
「………………ら、らっきぃ……」
後でアナスタシアも知ったのだが、紋影官というのは人から恐れられている存在らしい。
だがアンリは「会えてラッキーでしたね」くらいの温度感であった。
きっと紋影官が父である皇帝直属だからだろう。他の貴族からしたら恐ろしい紋影官でも、皇帝の娘には危害を加えないと確信しているのかもしれない。
「その紋影官、戦っていたのですよね? どんな感じでした? やっぱり恐ろしい異能力を発揮されていました……?」
アナスタシアはあのとき、ずっと怖くて震えているだけだった。戦いなんてまともに見ていない……が、紋影官の異能には心当たりがある。
「相手に……ずっとくしゃみさせる異能を使って……た」
「えぇ……!? ちょっとアナスタシア様、冗談言っていないでちゃんと教えてくださいよぉ」
「…………ほ、ほんとぅ、だもん……」
ウソではない。トラヴィン講師も紋影官の異能だと認めていたし。
「ま、それはともかく……アナスタシア様。ご友人に会えないのなら、皇宮に呼ばれては?」
「ぅ……うん。お姉さまが、食事に誘う手配を……している、て……」
「そうなんですね! あ、でもどうせならそれとは別に、アナスタシア様がパーティーを企画してみては?」
「……ぱ、ぱーてぃ?」
あまり好きではない単語だ。未だにアナスタシアはお茶会やパーティーといった社交を断り続けているのだから。
でもアヴィエスを呼んでのパーティーは想像すると楽しそうだった。
「はい。皇宮の一部は女性しか立ち入れませんが、庭などを借り切ることはできます。そこにクラスの全員を招待してみては? 学院には行けませんが、これなら学院に行ったのと変わりません!」
「…………………………」
想像の中でアヴィエスしかいなかったのに、そこに多くの人物が登場し始める。
リュシアにリスティナはまだいい。そこにいじわるそうなフリックスや他の男子生徒、見た目が派手で気の強そうな女子生徒がわんさかと加わっていく。
そんな同級生たちが皇宮の庭にやってきて、自分を取り囲むところを想像し……。
「…………おええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「アナスタシア様ぁ!?」
久しぶりに吐いたのであった。




