エピローグ 1
由緒ある帝立アストラ学院の学院長にして現皇帝の実兄ベイルオールが、帝都崩壊計画を企てていた。このことは帝都を大きく震撼させた。
秘密裏に研究が進められていた古代の巨大兵器〈アーク・ガルダ〉、半壊した一部の校舎。巡回兵士として紛れ込んでいた傭兵も全員が捕まったわけではないし、もう1人の主犯であるトラヴィンの行方も掴めていない。
しかもトラヴィンは〈黒曜聖団〉の黒曜導士であり、黒曜聖徒も潜り込んでいたという。
帝都で起こった前代未聞の大事件は連日貴族から帝都民まで、幅広く騒がすこととなった。
事件から3日後。いよいよ今日が巡回兵士として最後の勤務日となる。
「はぁぁぁ……つ、疲れた……」
俺は連日連夜、ルード先輩と共にヴァネッサ室長に呼び出されており、何度も何度も経緯を説明していた。
いちおうヴァネッサ室長や軍のほうでも皇女殿下やアヴィエスたちに聞き取りしているので、おおよその事態は掴めてはいるのだが……それはそれとして事件を解決した紋影官として多くの報告を求められているのだ。
こんな事態になったし、今さら巡回兵士の任務に就くのもどうかと思ったのだが……ヴァネッサ室長が「10日間、学院に配属されたと皇女や妹に説明したのだろう? 急にいなくなって変に注目されても厄介だ、とりあえず予定通り残り3日、兵士として働け」と言われたので、こうしてこの仕事を続けている次第である。
今もアストラ学院は元通りにはなっていない。もともと利用者の多かった第四校舎は半壊したままだし、地下遺跡の調査も別途進められるだろう。
生徒も講師も日常に戻るのは、もう少し先になるに違いない。
「けどまぁ、死者がだれも出なくてよかったよ……」
これだけの騒動になったが、奇跡的に死者は1人も出ていなかった。
講堂に押し込められた生徒や講師たちも無事だったし、正規の兵士たちもケガ人はいたが、彼らも閉じ込められており命を失った者はいなかった。
俺としてはあれだけの騒動の中、アヴィエスが無事でよかったと思っている。ちなみにそんなアヴィエスだが。
「アヴィエス、おはよう。今日も髪が奇麗だね!」
「アヴィエス! 今日も一緒にお昼ごはんを食べましょ!」
「アヴィエス。よかったら今度、我が家で一緒に食事でもどうかしら? もちろんアナスタシアやリュシアも一緒に」
気づけば1年生の中でもトップの人気者になっていた。
どうやら「田舎から出てきた世間知らずの娘。しかし学院長の野望を打ち砕き、実は兵士たちを簡単に打ちのめせるほどの実力を有しているのだ。そのうえ気取らずに話しやすい」という印象が浸透しているらしい。
何がすごいって、男女分け隔てなく人気が高いのだ。俺の妹が気づいたら1年生の中心に立ってる……。
ちなみに俺もアヴィエスの兄として有名になってしまった。学院内だけではあるが、俺に関してよく聞くウワサというのが。
「ほら、あそこにいるのがアヴィエスのお兄さん」
「でも事件当時、他の兵士たちと一緒に傭兵に捕まっていたのですよね?」
「アヴィエスはすごく強いのに……お兄さんのほうは弱いんだ……」
というものが多い。
いや、ぜんぜん気にしてないけどね!? 当時俺は甲高い裏声を出しつつ紋影官として活動していたんだけどね!? 別に賞賛されたくてやっている仕事でもねぇし!
俺はあくまで紋影官として、みんなの気づかないところで帝都を守っているのだ……と、自分を慰めておく。
ハァ……なれるものなら今からでも普通の兵士になりたい……。
ちなみに皇女のアナスタシアとセレーネは学院を休んでいる。事情聴取もあるが、どうやら皇帝陛下の判断で学院が落ち着くまでは通わせない方針になったようだ。
まぁ今の学院はセキュリティ体制の見直しにも追われているし、次の学院長をどうするのかという問題も含めて慌ただしいからな……。これは妥当な判断と言えるだろう。
なんにせよリックにテロ計画を聞かされたときはどうしようかと思ったが、今の学院を見ていると、あのときがんばってよかったと思う。ザルカーのような格上とはもう会いたくないけど!
「兄さん」
アヴィエスが近くにやってくる。俺は小さく手をあげてアヴィエスに視線を合わせた。
「今日で学院の兵士は最後ですよね」
「ああ。アヴィエスなら学院でもちゃんとやっていけそうなのがわかってよかったよ」
これは正直な気持ちだ。俺としては田舎から来たということで、トラブルに発展する可能性もゼロではないか……と思っていたのだが、完全な思い過ごしだった。
アヴィエスは俺の思っていた以上に成長していたし、なんなら仙勁の扱いはもはや俺を超えていそうな気すらする。
俺を超えているとは断定できないところに、兄としてのプライドを感じなくもない。
「入学早々にあんな事件に巻き込まれて大変だったな」
「でも……友達を助けることができてよかったです」
「そうか……」
「あ、ところで兄さん。紋影官って知ってます?」
「っ!?」
なんでその名前を今出すんだよ!?
まぁ3日前に甲高い裏声を出す紋影官を見たところだし、皇女など知っている人たちからいろいろ教えてもらったんだろうけど……!
「あ、あぁ……名前は聞いたことがあるよ」
「そうですか……ところで兄さん。事件当時は他の兵士の方々と一緒に捕まっていたのですよね?」
「ああ。大変なときに助けに行ってやれなくてすまなかったな」
「…………いえ、いいんです」
なんだ……? 気になる言い方だが……まぁいっか。
「髪にツヤを出す石鹼だけど、今度あらためて知り合いにまた作ってもらえるか確認しておくよ。もし作ってもらえたら、アヴィエス宛に寮に送るから」
「ありがとうございます。ところで兄さん、実はセレーネから手紙をもらいまして……」
「うん? 皇女殿下からの手紙?」
「はい。今度皇宮で一緒に食事をしませんか、という内容です。ぜひ兄さんも一緒にと……」
え、なんで? アヴィエスはまぁ皇女殿下の友人だしわかるけど、兄である俺は関係なくない?
「……ちなみにいつ?」
「再来週くらいでどうかと……」
「あー、わるい。実は次の赴任先ももう決まっていてさ……ちょっと皇宮に行くのはむずかしいかな……」
「そうですか……」
決まってないけど! なんでただの兵士が皇宮の食事に招待されんだよ!? 行けるわけねぇだろ!?
「まぁせっかく皇女殿下から誘ってもらったんだ、アヴィエスは楽しんできたらいいよ」
「はい。……兄さん、わたし……帝都に行くと決めたとき、少しの不安と緊張もあったんだけど……。今は来てよかったと思ってる」
「……そうか」
きっとこれからもアヴィエスは、学院で無自覚にいろいろ活躍していくのだろう。
3年を迎えるころには学院を支配しているかもしれない……なんてな。
「俺は仕事で帝都の外に出ることもあるけど、家は基本的に帝都だから。まぁ休みが被ればまた飯でも行こう。そのときにまた学院のことを教えてくれよ」
「はい。兄さん……わたし、これからの3年を悔いのないように全力で過ごすね」
そう言うとアヴィエスはとびきりの笑顔を見せてくれる。
親父、母さん……アヴィエスは帝都で立派にやっているよ……。
「ま、まぁ……アヴィエスはもしかしたら、少し加減するくらいがちょうどいいかもしれないけどな……」
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「お前はもう少し加減というものができないのか?」
その日の夜。俺は目にクマのできたヴァネッサ室長にギロリと睨まれていた。




