もしかしたら世の中のどこかには需要があるのかもしれない
さっきのとは比べものにならないほどの眩く巨大な雷光が、夜の学院を明るく照らし、〈アーク・ガルダ〉を飲み込む。ルード先輩の異能【雷舞奏撃】によるものだ。
【雷舞奏撃】は威力の調整が自由自在ではあるが、強力な攻撃力を発揮しようとすれば、そのぶん“溜め”が必要となる。しかし決まれば効果は絶大。
雷光が収まったとき、そこには全身から煙を立ち上らせる〈アーク・ガルダ〉の姿があった。ブスブスと調子のわるそうな音も立てている。
〈アーク・ガルダ〉はしばらく微動だにせずその場に立っていたが、やがてゆっくりと仰向けに倒れていった。
「お……終わった……!?」
同時に倒れた〈アーク・ガルダ〉の胸部からプシューと音が鳴り、白いモヤが吹き出たと思ったら、ガコンと何かが開いた音がする。なんだ……?
「レオン、念のため確認に行こうぜ」
ルード先輩がこちらに向かって歩いてくる。先輩にも今の音が聞こえたようだ。
まぁそうでなくとも、今も白いモヤが胸部から吹き出ているし……まだ何かあるかもしれない。このまま放置はできないだろう。
ルード先輩と一緒に〈アーク・ガルダ〉をよじ登り、胸部へと向かう。すると胸部の一部が開かれているのが確認できた。
「さっきまで閉まっていたのに……」
「ん~~……? 何があるんだ……?」
先輩と2人で開かれた胸部を覗き込む。そこにあったものを見て「んひょ」と変な声が出てしまった。
「こ、これは……」
「ベイルオール……学院長、か……?」
胸部の中は白い液体のようなもので満たされており、そこに学院長の姿があった。しかし服はほとんど解けており、ほぼ全裸である。どこにも需要のない全裸だ。
また髪もそれなりにフサフサだったのに、毛髪も少なくなっていた。もしかしなくても服と同様、溶けたのだろう。
「うひぃ……さすがにこの中に腕を突っ込んで学院長を取り出すのはイヤだぜ……」
「そっすね……」
まだ死んではいなそうだけど……というか〈アーク・ガルダ〉、もしかしてとは思っていたけど、学院長が動かしいていたのか。よく校舎を半壊できたな。
俺は右腕を学院長に向けると、〈蛇鎖の腕輪〉に格納されたチェーンを射出する。腕先の動きで器用に学院長を絡めとり、そのままゆっくりと引き上げた。
「ふぅ……これでなんとか事情を一番知っていそうな容疑者を確保できましたね」
「おお、やるなレオン。まったく、お前は大した後輩だよ」
「え……なんですか、いきなり……」
しかし用途不明な資金の流れと幽霊騒動の調査に来ただけなのに、どうしてこんなことに……。どう考えても学院長と〈黒曜聖団〉はグルだったよな……?
国際的に危険視されているカルト集団と手を結んでいたのだ、それだけでも学院長の罪は相当重いものとなるだろう。
なんにせよ「帝都崩壊計画」を「学院一部校舎半壊計画」に押さえることができてよかった……。
「とりあえず主犯の確保はできたとして……このデカブツやら兵士として紛れ込んだ傭兵やら生徒の安全やら上司への報告やら、忙しくなるのはここからだな……」
「そうですね……とりあえず〈夜影疾走〉でヴァネッサ室長に状況の説明と各方面への根回しをお願いしに行ってきます」
「わかった、その間俺はここで学院長を見張っておく。あと騎士どもが来たら事情を説明しておくぜ。たぶんすぐにやってくるだろ」
はぁ……俺もまだあんまり状況が理解できていないし、どこまでヴァネッサ室長に説明できるかわからないけど……。
というかこれ、口であれこれ言うよりも直接ここに来てもらって、実物を見てもらったほうが早くないか……?
■
倒れ込んだ〈アーク・ガルダ〉から少し離れた第二校舎の屋根に2つの人影があった。トラヴィンとザルカーである。
「まさか〈アーク・ガルダ〉をあれほど手早く片付けるとは……紋影官、甘く見ていたのは我々のほうでしたね……」
「ぶふぉぉぉっふぉい!」
ザルカーは今、口に布を巻いており、くしゃみによる音を最低限に押さえていた。
しかしすでにかなりの体力を削られており、涙目でとても苦しそうである。
「まさか学院に2人も紋影官を送り込んできていたとは……しかもそのうちの1人は陽動。まんまと引っかかってしまいました」
「ふぇぃぃっ!」
やはり紋影官は侮れない。地下にやってきた紋影官が本命だと思っていたが、ルーディンもルーディンで〈アーク・ガルダ〉を押さえ込めるほどの異能を有していたのだから。
トラヴィンは過去に帝都の酒場〈陽気なる靴音亭〉でタップダンスを踊るルーディンを見たことがある。
向こうはトラヴィンのことを認識していなかったが、今後はそうはいかない。すでに顔は割れているのだ、早々に帝都から出る必要がある。
「しかしどこからが皇帝ガルディアスの計算だった……?」
少なくとも学院長の帝都崩壊計画が察知されていたのは間違いない。
そもそも過去に最も権謀術数に力を尽くしたであろう、皇帝位争いにベイルオールは敗れているのだ。
今もガルディアスからすれば、ベイルオールの一挙手一投足を見て何を考えているのか、見破られていた可能性も否定できない。
そしてそんな皇帝の意を汲み、完璧に仕事をこなしてみせた紋影官。
黒曜聖徒たるザルカーを手玉に取り、起動した〈アーク・ガルダ〉を押さえ込むほどの異能力者。これではどちらが怪物かわからない。
「とはいえ、帝都における僕の仕事はほとんど終わりました。収穫は思ったより少なかったですが、〈アーク・ガルダ〉の研究を進められたので良しとしましょう。きっと黒曜司の方々にも喜んでいただけるはずです」
「くしょぉぉおいっ!」
もともと〈黒曜聖団〉は、古代遺跡の少ない帝国でそれほど活発に活動していない。
まれに接触を求めてきた貴族やマフィアに〈深渦の核〉といった禁制品を売ることもあるが、〈黒曜聖団〉がメインで活動している国は他にある。
トラヴィン自身、次に帝都に来るとしてもかなり先になるだろうと考えていた。できれば紋影官とはもう会いたくないものだ……とも。
「しかし見たところ、ベイルオールは生き残ったようですね……これではヴァルカ商会から流れていた資金の流れもすぐにたどられることでしょう」
ヴァルカ商会は1年以上も前にオルディア領で〈黒曜聖団〉と接触し、〈深渦の核〉を売ってくれと打診していた。
〈黒曜聖団〉はその取引に応じたが、ある条件をつける。
領主ドライガンはヴァルカ商会を通じて第一皇子派に資金援助を行っているが、その一部をドライガンにバレないように、帝立アストラ学院に送るように……と。
そうして1年以上もの間、第一皇子派に流れるはずだった資金の一部を回してもらったという実績をもって、ヴァルカ商会に〈深渦の核〉を売ったのだ。
ヴァルカ商会支部長のモーリックは、〈深渦の核〉を手に入れるまで相当な時間をかけていた。
「ふふ……まぁ僕にはもうどうでもいい話です。行きましょう、聖徒ザルカー」
「んぉっくしょおぉぉぉ、んほおぉぉぉぉぉぉ!」




