アーク・ガルダ起動 古代の巨大アーティファクト
「紋影官……!」
ベイルオールはアヴィエスに殴り飛ばされた後、すぐに意識を取り戻していた。
そして紋影官が現れたときに、自分の計画がすでに弟……皇帝ガルディアスにバレていたのだと悟る。
皇帝の手であり目、そして耳である紋影官。限定的ながらも法を上回る裁量権を持つ異端の徒。
おそらくルーディンは正体がバレることを前提に送り込まれていた、陽動のための紋影官だったのだろう。
自分たちの意識がそちらに取られているうちに、もう1人の……本命の紋影官がここへやってきたのだ。この絶対に言い逃れができないタイミングで。
「く……くそ……!」
見抜けなかった。いや……帝都崩壊計画は完璧だと信じ込んでいた。
ここにはいないガルディアスから「そんなだからあなたは兄でありながら俺との皇帝位争いに敗れたのですよ。大人しく学院長として余生を過ごしておけばよかったものを。はぁ、ザコすぎて話になりません。どうです? 二度に渡って自分は皇帝の器ではないと思い知らされた気分は? ねぇ今どんな気持ち? ねぇねぇ?」と、言われているような気がして苛立ちだけで頭の血管が切れそうである。
「くそおぉぉぉぉ……」
だがまだだ。ベイルオールは弟の治める帝国をめちゃくちゃにしてやろうと、悪魔と契約を交わしたのだ。悪魔……〈黒曜聖団〉と。
黒曜聖徒といえば、〈黒曜聖団〉の誇る最高レベルの実力者。
〈アーク・ガルダ〉の起動は〈黒曜聖団〉としても重要事項だったらしく、わざわざ黒曜聖徒が送り込まれてきていたのだ。
彼であれば、異能力を操るという紋影官が相手であっても勝てるはず。そう期待を寄せていたというのに。
「ぶぇ、ふぇ……ぶぇぇぇぇぇぇえんんんんなぁぁっしょおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいいいぃぃぃぃ!」
聖徒ザルカーはくしゃみ地獄に放り込まれていた。またしてもここにはいないガルディアスの幻想が語り掛けてくる。
『えぇ!? 兄上ともあろう方が、俺の紋影官相手に本気で勝てると思っていたんですかぁ? いやぁ、ほんと今の皇帝が俺でよかったですよ。想像力の足りない男が皇帝になっていなくて本当によかった』
「ふぐおぉぉぉ……!」
ベイルオールが吹き飛ばされたのは、〈アーク・ガルダ〉が座すイスだ。その側面には昇降機の役目を果たす金属板があった。
ベイルオールは衝動的にその昇降機を動かしてイスの上へと上がる。そしてあらためて眼下に移る聖徒ザルカーたちに視線を向けた。
「て……撤退、やあぁぁぁっくしょぉぉぉぉおおおおおおおぃぃぃぃ! にげ、逃げるでトラヴィンんんんんんんっくしゅおぉぉぉぉぉ! も、もう、あかんわ、これぇぇっぶふぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」
「く……! お、おのれ……! あと一歩のところでぇぇ! おのれ紋影官……!」
やはり黒曜聖徒といえど、ああなってしまってはまともに戦えないようだ。
ベイルオールはゆっくりと〈アーク・ガルダ〉の胸部へと足を向ける。
「く……くくくくく……! お前にはわかるまいなぁ……弟に皇帝位争いに敗れたことで、兄としてどれだけの自尊心が損なわれたか……! どれだけ惨めな思いをしてきたのか……!」
弟が兄に敗れたというのなら、まだ周囲の目も「まぁ弟だからな」という納得がある。
だが兄が弟に敗れたとなると、兄としてのプライドはもちろん、あらゆる者たちが自分を侮るようになるのだ。
長きにわたる年月はベイルオールの心に闇を募らせ、そしてそれはどんどん濃く深くなっていく。
トラヴィンから〈アーク・ガルダ〉の話を聞き、実際にその姿を見たとき、ベイルオールは決めたのだ。こいつを使って帝都を崩壊させてやると。
「妖精動力炉を起動させられるのは、妖精族の血が発現している皇族の身体……! この場にその条件に適応しているのは3人いるのだ……!」
ベイルオールは〈アーク・ガルダ〉の詳細までは把握できていない。起動の条件や操縦方法などはすべてトラヴィンからもたらされた情報になる。
そしてその操縦方法は2つ。1つは別室にて操縦する方法。当初予定していたものだ。
2つ目は妖精動力炉に入った者が、自らの意思で〈アーク・ガルダ〉を動かすというもの。
中に入った者は時間の経過とともに妖精動力炉と融合することになるので、直接動かせる時間は短い……が。
「構うものか……! 目にもの見せてくれよう、ガルディアスぅ……!」
開いた胸部ハッチの奥は白く輝く液体のようなものが見えた。そこにベイルオールはためらいなく自らの身を放り込む。
■
よ……よし、なんとかなったな……! いや、今回はガチめにヤバかった……!
聖徒ザルカーとやらは、明らかに俺の実力を上回っていた。俺の仙勁レベルはせいぜい3かそこらだ。普通に戦って勝ち目がある相手ではない。
それに今はまだ夜も深くない。俺の異能〈夜影疾走〉は夜が深まるほど足が速くなるというもの。この時間では異能を発動してもその真価までは発揮できないのだ。
「あっくしょぉぉぉいっぷはあぁぁぁぁおおほぉぉぉぉぉぉぉ!」
しかしのノア先輩から押し付けられた謎のくしゃみ薬が、こんなところで役に立つとは……!
無色無臭だし、俺自身も薬の影響を受けないようにとかなり慎重に使用したのだが……効果ヤバすぎだろ!?
これをジョークで作ったとはいったい……。使用回数は1度きりだったけど、コレも十分に格上に通じる道具だな……。
きっとノア先輩は他にも対格上用の危ないクスリをたくさん調合しているに違いない。
「す、すごい……」
「これがお父様に直接仕える紋影官の実力なのですね……」
セレーネ皇女たちからも謎の称賛を浴びてしまう。
いや、紋影官の実力……まぁ実力か? 俺の実力というよりは、ノア先輩の実力だけど!
セレーネ皇女はそのまま一歩前に出る。
「紋影官殿……伯父様の帝都崩壊計画を食い止めていただき、感謝いたしますわ。それで……この後のことなのですが……」
うん……ごめん。帝都崩壊計画とか、まったく知らなかったよ。たぶんきみの御父上も何も知らないんじゃないかなぁ?
でもまだ油断はできない。トラヴィンとザルカーはまだ健在だし……道を譲れば逃げていくだろうけど、さすがに〈黒曜聖団〉の構成員をこのまま帝都に野放しにはできない。ここで捕える必要がある。
そう考えたときだった。地下室が大きく揺れる。
「きゃっ!?」
「なんだ!?」
揺れはどんどん大きくなっていく。トラヴィンが何かしたのか……と思ったが、彼も驚いている様子だった。
しかしすぐに〈アーク・ガルダ〉へと視線を向ける。
「は……ははははははは! そうですかそうですか、さすがですよ学院長……! まさか自ら贄となる道を選ぶとは……! あなたのその妄執は本物だ……!」
…………!? そ、そういえば……学院長はどこだ……!? さっきまでどでかいイスの側で倒れていたはず……!?
「あ……!」
「き、巨人が……!」
揺れはますます激しくなり、さらに〈アーク・ガルダ〉がゆっくりと立ち上がる。
え……なんで動いてんの!?
完全に立ち上がった〈アーク・ガルダ〉は正面に突き刺さる巨大な剣の柄を両手で握り締める。そしてゆっくりと剣を引き抜いたそのとき。
「うおおぉぉ!?」
「きゃああぁぁ!?」
揺れは最高潮に達し、天井がゴゴゴと音を立てて開いていく。
夜空が見えたと思ったら、なんと俺たちの立っている地面ごと地上に向けて動き出したのだった。




