地下に座す巨人と妖精動力炉
突然現れた学院長に、4人の兵士たち。そしてそんな学院長の側へと移動するトラヴィン。
彼らの表情や退路を防がれた状況を見て、アヴィエスはこれがアナスタシアとセレーネを狙った罠であることを看破する。
いや……アヴィエスだけではない、セレーネやリスティナも気づいている様子だった。
セレーネは緊張で表情をこわばらせながらも口を開く。
「帝都崩壊計画……名前からして穏やかではありませんね」
「はは……もっと気取った計画名でもよかったがな。わかりやすいであろう?」
「その〈アーク・ガルダ〉というのをお使いになられるつもりですか?」
「そうだ! こいつを動かし、徹底的に帝都を崩壊してくれよう……! ここまで準備に時間がかかったが、〈アーク・ガルダ〉はいよいよ今日動くのだ!」
アヴィエスから見てベイルオール学院長の印象は、初日の入学式とは大きく変わっていた。
理知的で厳かな雰囲気のあった人物が、今は目に狂気と喜びの感情をみなぎらせている。これまでこうしたタイプの人間とは接してきたことがないので、どう接すればいいのかと戸惑いを覚える。
「…………!」
ここでアナスタシアがアヴィエスの手をギュッと握ってくる。見知った顔が多いとはいえ、不審な兵士に異様な学院長とトラヴィン講師。不安になるのは当然だ。
そもそもアナスタシアとセレーネはトラヴィンに呼ばれてここへ来た身でもある。そこまで考えてアヴィエスハッと顔を上げた。
「なぜです……?」
「うん? なんだお前は……トラヴィン、余計な者たちまで連れてきおって……」
「はは、まぁこの後のことを考えたらどうせ同じかなと思いましてね。それにアナスタシア様をお連れするには、このほうがスムーズでよかったんですよ」
自分のことなどまったく眼中にない2人。いや、おそらく兵士たちも同様だろう。
彼らも意識を向けているのはアナスタシアとセレーネの2人だけである。
「なぜここにアナスタシアとセレーネを連れてきたのですか……? ここに2人が確認する文献があるという話でしたが、それはウソだったのでしょう? ではなぜ……?」
これが大きな疑問だった。もともとこの場に呼ばれていたのは2人だけ。
ではこの2人に何をさせようというのか。そもそもどうしてアナスタシアとセレーネなのか。
「ははは……まぁそうですよね。それも説明してしまいましょうか。どうせ必要なことですし」
そう言うとトラヴィンは〈アーク・ガルダ〉が座す巨大なイスの近くへと移動する。そしてそのイスにあるいくつかのスイッチやレバーを操作した。すると。
「な……」
「ひゃ……!?」
イスの側面が変形し、上から板のような足場が下りてくる。おそらく昇降機の役割を果たすものだろう。
同時に〈アーク・ガルダ〉の胸部がガコッと音を立てて開く。そこからは白いモヤがシューッと吹き出ていた。
「胸部に空いた穴が見えるでしょう? アナスタシア様とセレーネ様にはあの中に入っていただく」
「なんの……ために……?」
ここで前に出たのは学院長だった。彼は暗く濁った眼を2人に向ける。
「無論、この〈アーク・ガルダ〉を動かすためよ……! 〈アーク・ガルダ〉の操縦方法は2つ! 1つはその身を犠牲にしてあの穴……妖精動力炉へと入り、融合を果たすこと! 短時間ではあるが、操縦自体は可能になる」
「ふ……二人を、犠牲……融合……!?」
「そしてもう1つが、別室にて〈アーク・ガルダ〉を操縦する方法だ! これは妖精動力炉に融合した者の意思よりも優先される! 〈アーク・ガルダ〉はすでに十分な龍気を蓄えてはおるが、動力炉に火が入っていないからな……お前たち2人には妖精動力炉にくべる火となってもらおう!」
やはり正気ではない。2人の生徒を犠牲にして〈アーク・ガルダ〉を動かし、しかもその目的が帝都の崩壊だなんて。
驚いてばかりのアヴィエスたちであったが、ここでフリックスが声を上げる。
「トラヴィン先生! せ、先生の目的も……帝都の崩壊だというんですか!? そのために学院長に協力し、アナスタシア様たちをだまし、ここへ連れてきたのですか!?」
ベイルオール学院長はその態度や目つきからして、本気で帝都の崩壊を目論んでいることがわかる。だがトラヴィンからはそうした狂気が感じられなかった。
フリックスの疑問に答えるようにトラヴィンは笑顔を向けて口を開く。
「んん? あぁ、僕はべつに帝都崩壊計画なんてどうでもいいですよ?」
「な、なら……!」
「それと一つ勘違いを訂正しておきましょう。僕が学院長に協力したのではありません、学院長が僕に協力していたのです。帝都の崩壊については、まぁ僕にとってはついでのようなものですね」
「は……? が、学院長が……トラヴィン先生に……き、協力……!?」
フリックスの驚きとトラヴィンの言葉を肯定するようにベイルオール学院長は満足げな笑みを浮かべる。
「そうだ、今日までわしはトラヴィンにさまざまな面で協力してきた。それもすべては〈アーク・ガルダ〉を起動させるため……!」
「僕としては〈アーク・ガルダ〉の起動自体が目的の1つでしたからね。こういう古代のアーティファクトや禁制品の研究および活用は、僕にとっての重要な研究テーマなので」
「禁制品の研究に活用……どうやらトラヴィン先生も正気ではありませんね……」
過程は共通していても目的が異なる2人。いや、この2人だったからこそ〈アーク・ガルダ〉の研究を今日まで進めることができたのだろう。
だがアヴィエスはまだ自分の問いに答えてもらっていないため、再び2人に問いかける。
「もう一度お聞きします。どうしてアナスタシアとセレーネをここへ連れてきたのです?」
「ん? だからそれは妖精動力炉に……」
「そうではありません。なぜこの2人なのですか?」
だれでもいいのであれば、もっと他に動力炉へ放り込みやすい人物がいただろう。生き物でいいのなら、魔獣や家畜も選択肢に入る。
どうして特定の貴族子女を選ぶ必要があったのか。これがアヴィエスには不思議で仕方がなかった。
「はは……妖精動力炉という名前と2人の共通点から、てっきり予想がついていたものだと思いましたが?」
「………………?」
「やれやれ、本気でわからないのですか? アナスタシア様とセレーネ様は妖精族の血をそれなりに引き継いだ皇族だからですよ。妖精動力炉を起動させるのに、これ以上の素体はありません……!」
「…………!? アナスタシアとセレーネが……皇族!?」
アヴィエスは驚きで少しの間固まってしまう。
それを見てリュシアとリスティナ、フリックスはこんな状況なのにあきれ顔をしていた。
「アヴィエス……本気で知らなかったのね……」
「フフ……普段の態度からしてそうなのではないかと思っていましたけど……」
「なんという……田舎者の極みだ……! その方々をだれとも知らずに呼び捨てで気安く友として接していたとは……!」
まさか2人が皇族だったとは思わなかった。これまでの生活でそんな素振りを一度も見せなかったし、他者から皇族として扱われているところも見ていなかったからだ。
だが驚いたのは一瞬である。2人が皇族だからといって、これまで築いた関係が変わるわけではない。
それにアヴィエスは会話で時間を稼ぎつつ、冷静に状況の把握を進めているところだ。
「アナスタシアとセレーネが皇族だからといって、友人としての関係が変わるわけではありません」
「…………! あ、アヴィエス……」
「そして私の友を危険な目に遭わせようというのなら、容赦はしません」
「は、はははははは! これは面白い! 今の今まで2人を皇女だと知らなかった田舎娘が、容赦しないからなんだと言うんだい!?」
トラヴィンは声を上げて笑い、ベイルオール学院長も口角を上げる。
そんな2人と側に控える4人の兵土を見ながら、アヴィエスはアナスタシアとつないだ手を解いて懐から取り出した手袋を装着していった。
「ん……? 手袋……?」
その手袋は黒皮で作られていた。ところどころに金属片が縫い込まれている。
アヴィエスはしっかりと手袋を装着し、グー、パーを繰り返して指の動きを確認し……。
「ぶぷふぅっ!?」
一瞬でトラヴィンに距離を詰め、腹部に拳をめりこませた。
「……は?」
「はぁぁぁ!」
惚けている兵士たちにも距離を詰め、武器を抜く前に一気に決着をつけにいく。
〈風閃歩〉……近くにいる対象に対して一瞬で距離を詰めるアヴィエスの武技だ。
そしてしっかりと仙勁を溜め込んだ拳を振るう武技、〈崩天撃〉。半端な剣が相手なら正面から折ることもできる打撃技である。
さらに〈風閃歩〉と〈崩天撃〉を組み合わせた、アヴィエス最強の武技〈風閃崩天撃〉。最初にトラヴィンがくらった技だ。
アヴィエスは油断する4人の兵士たちに対し、これらの武技を活用して一瞬で部屋の隅まで吹き飛ばすほどの打撃を放つ。
トラヴィンもすでに壁際へと飛ばされていた。
「な……なにが、起こっておる……!?」
「あなたがたの事情はわかりました。要するにここで全員倒してしまえば何も問題ないということですね?」
「は……は、はあぁぁぁぁぁぁ!?」
5人を倒したアヴィエスの拳には血が滴っている。そのままアヴィエスは鼻水を流す学院長に接近し、拳を振り上げ……。
「ま、待てぇ! わしは、わしは学院長なのだぞ!? 現皇帝ガルディアスの実兄なのだぞ!? 皇族に手を上げるなど、そんな……!」
「相手がだれであれ、わたしの友達を危険な目に遭わせるものには容赦しません。……さっきそう言いましたよ」
「んぶぎぇっ!?」
アヴィエスはなんのためらいもなく、ベイルオール学院長の腹を殴って〈アーク・ガルダ〉の座す巨大なイスまで吹き飛ばした。
■アヴィエス
身長154センチのCカップ。グレーの髪は長らくショートカットにしていたが、アストラ学院入学に向けて貴族令嬢らしく見えるようにと伸ばし始めた。
若くして仙勁レベル5に到達した才女。ヴァルツァー領では領主一族が前に出て領民を率いて魔獣と戦うが、アヴィエスも兄たちと共に魔獣と戦い続けていた。得意武器は拳と剣と手斧と槍と弓。だいたいなんでも感覚で扱える。
ヴァルツァー領は魔獣の多い土地柄のせいか、領民含めて血の気の多い者が多く、「だれが強いかランキング」も盛んに行われている。
長年領主のノックスが1位の座を守っていたが、歳のせいかあるいはアヴィエスには本気を出せないのか、今はランキングが入れ替わっており、ヴァルツァー領腕っぷしランキング1位はアヴィエスである。
ノックスはアヴィエスに帝都行きを進めたが、その理由の半分くらいは自分がランキング1位に返り咲くため。
またアストラ学院で3年を過ごせば仙勁の扱いも弱体化するかもと期待しており、どうでもいいところでわりと器が小さく姑息な父親である。
軍学校に入っていれば、女性皇族専属の騎士になっていたかもしれない。




