黒幕たち ベイルオールとトラヴィン
学院長室。そこでは学院長ベイルオールと古代史の講師であるトラヴィンがテーブルを挟んで向き合っていた。
「ほう……ではやはり?」
「えぇ。わざわざ酒場まで行って確認してきましたよ……〈陽気なる靴音亭〉で話題のタップダンサー、ルードはしばらく休暇中だと」
結論から言うと、ルードの正体が紋影官であることはすでにバレていた。
そのきっかけとなったのは入学式初日に現れたヴァネッサと、タップダンサーとしてのルードを知るトラヴィンの2人である。
ヴァネッサが黒紋監察室の室長であることを知っているのは、まぁまぁそれなりにいる。
だからこそ見たことがなくとも、紋影官が実在すると確信を持たれているのだが。
ルードは入学式の数日前に臨時講師としてやってきた。本来1組を担当するはずだった講師は急な用事で領地に戻らねばならず、その代わりにと推薦されてきた男だったのだ。
書類上はなんの問題もなかったので、ベイルオールは判を押して承認した。
だが彼の姿を見て、そして直接話したトラヴィンは確信を持つ。彼が〈陽気なる靴音亭〉の人気タップダンサーだと。
トラヴィン自身、これまで数回ほど〈陽気なる靴音亭〉に行ったことがあり、そこでルードの姿を見ていたのだ。彼はとにかく足が長いという特徴もある、少し派手な顔つきといい印象に残りやすい。
またトラヴィンとの会話で、ルードは「タップダンスが得意だぜ!」と得意げに話していた。隠す気がない。もはや確定である。
「ただの下町のダンサーが、臨時とはいえ歴史ある帝立アストラ学院の講師として推薦されるはずがない……」
「えぇ。彼こそ例のアレを調査しにきた紋影官なのでしょう。まさかこんな形でウワサのエージェントと会うことになるとは……」
黒紋監察室の室長であるヴァネッサが入学初日に来たとき、ベイルオールは違和感を覚えていた。
いちおう、事前に「陛下よりアナスタシア様の様子を見守るように言われて来た」とは聞いている。実際彼女は去り際にクラス編成に手を出していったが、それもカモフラージュだろう。
そもそも皇帝が娘の安否を気遣って黒紋監察室の室長を送ってくることなどあるはずがないのだから。
何か他に狙いがあるはず。そう考えたとき、ベイルオールは思い当たるふしがあった。そう……自分とトラヴィンで密かに進めている研究および帝都崩壊計画だ。
「く……! いったいいつからあいつに……ガルディアスにバレていたのだ……!?」
まず間違いなくヴァネッサは、自分の計画を食い止めるために入学式初日に様子を見に来た。同時に紋影官がうまく入り込めているかの確認もしていたのだろう。
しかしヴァネッサが姿を見せたことで、ベイルオールは「もしや紋影官が入り込んでいるのでは」と疑いを持つようになった。それだけのことをやっているという自覚があるからだ。
だが学院に入れる人種は限られている。その中で最近新たに入ってきた人物は限定的。
そうしていろいろ調べた結果、ルードは間違いなく紋影官であると断定するに至った。
「いえ……おそらくまだ我々の研究は知られてはいませんよ」
「なぜそう言える?」
「簡単です。知られていたならば、今ごろ私もあなたもこの世にいませんよ」
「………………!」
トラヴィンの言葉を聞いてベイルオールは「たしかに」と納得する。
帝都崩壊計画はまだ知られていない。きっとまだ「何かあるかもしれない」と調査している段階なのだ。
「彼らはヴァルカ商会からの資金の流れを追って、ここへたどり着いたのでしょう」
「ふん……そういえばオルディア領でも紋影官が暗躍していたというウワサがあったな」
「ええ。しかし資金の流れについては、すぐには突き止められないでしょう。今のところルーディン講師を警戒するだけで十分かと」
ベイルオールたちの持つアドバンテージは、まだ向こうが「自分の正体がバレた」と気づいていない点だ。今であれば、講師という立場を活用してその行動を誘導することができる。
そもそも帝都崩壊計画は、予定ではあと2日で発動するのだ。それくらいの時間であれば十分に稼ぐことができる。
「……いいだろう、ルーディン講師にはなるべく例の場所から遠いところで働いてもらう」
「懸命です」
「それで……〈アーク・ガルダ〉のほうは順調なんだろうな?」
「えぇ、それはもう……! ふふふふふふ……! ここまで支援いただき、学院長には感謝しております」
「ふん、互いに益のある取引というだけだ。わしはお前に資金援助をすることで、この帝都を崩壊させることができる。お前はわしからの資金を得ることで、地下に封じられた〈アーク・ガルダ〉を動かす研究を進めることができる」
この世界には古代遺跡が点在している。国土が広いわりに帝国内には少ないが、それでもゼロではない。
その中でもとびっきりの、巨大な遺跡が帝都の地下にあった。今は下水道にも活用されているのだが、もともと帝都の地下には広大な空間が広がっているのだ。
そして帝立アストラ学院の地下にも遺跡の一部があり、そこには未知の金属で作られた巨大な騎士人形があった。
「しかしトラヴィン……きさま、どこで〈アーク・ガルダ〉の知識を得た?」
「もちろん帝国の外で、ですよ。私自身生まれは帝国になりますが、長らく国外にいたのはご存知でしょう?」
トラヴィンは国外で様々な遺跡の調査に携わっていた。その知識はたしかに、遺跡の少ない帝国で生まれ育った者ではなかなか持ちえない種類のものだ。
そんな彼はある日、ベイルオールに接触して地下に眠る〈アーク・ガルダ〉について聞かせる。
実際に地下調査を行うと、トラヴィンの言うとおり巨大な騎士人形である〈アーク・ガルダ〉が見つかった。
トラヴィンは言った。「こいつを動かすことができます」と。
それを聞いたベイルオールは問うた。「こいつで帝都を破壊できるか」と。
「このままいけば〈アーク・ガルダ〉は、2日後に龍気を限界まで溜め込むでしょう」
「いよいよアレが動くときがくるのか……」
「はい。しかし〈アーク・ガルダ〉を使って帝都を破壊したいとは……皇族のお言葉とは思えませんねぇ」
「ふん……! お前に何がわかる……!?」
ベイルオールは弟であるガルディアスに皇帝位争いで負けた身だ。だが実兄であるベイルオールを、ガルディアスはアストラ学院の学院長という立場につけた。
客観的に見れば「新たな皇帝は情があり、実の兄を遠ざけられなかったのだ」「なんと慈悲深い皇帝だ」と見えるだろう。だがベイルオールは知っている。
アストラ学院の学院長といえばたしかに帝都においては要職の1つだ。しかし政治の中心からは離されているし、自分を支持していた貴族たちから見れば“敗北の象徴”として映る。
また監視されやすい場所と地位でもある、ベイルオールは二度と貴族勢力を率いて派閥を作ることができないだろう。
そもそもすでにガルディアスの子らが次期皇帝位を見据えて動き出しているのだ、もはやどうあがいたところでベイルオールの立ち入れる隙はない。
「あいつの悪評を避けるために生かされ続けたにすぎん……っ! 長年に渡り、実の弟にここまでコケにされる苦しみ、痛み……! あと一歩で届いた皇帝の座……! お前に理解できるか!?」
「まぁそりゃできませんがねぇ。ま、こちらとしては〈アーク・ガルダ〉さえ動かせれば十分。ですが学院長。操作方法は前もお伝えした通りですが、最後の問題点がございます」
トラヴィンの言葉にベイルオールは険しい表情を作る。
そう……〈アーク・ガルダ〉は地下遺跡にある操縦室から遠隔操作ができるのだが、そのためのエンジン……妖精動力炉を起動させられないのだ。
動かすための燃料は龍気で問題ない。だが燃料を燃やして動力を生み出すための機構、妖精動力炉は起動できない。
「妖精動力炉の起動条件は覚えておいでですよね?」
「ああ。妖精族の血がある程度発現している皇族の身体だろう」
「その通りです。そして幸運なことに、学院には今、2人も妖精動力炉になり得る存在がいます」
妖精動力炉に皇族を融合させることで、〈アーク・ガルダ〉は動かすことができる。
つまりベイルオールは残り2日で「いかにセレーネとアナスタシアを〈アーク・ガルダ〉の眠る場所まで誘導するか」を考えねばならぬのだ。
だがこれはいつか必要になるとわかっていた。そのためある程度の準備もすでに終えている。
「お前も知っての通り、例の集団とはすでに契約を交わしておる。最後の最後でとんでもなく金がかかったがな」
「ええ、すでに何人かが兵士として入り込んでいますよね。……では前に話していた通りの作戦でいくと?」
「そうだ。巡回兵士を装った傭兵どもが学院に襲撃し、その過程で皇女を他の生徒たちと分断させる。そしてそのまま地下遺跡まで誘導し……」
「妖精動力炉に飲ませると」
すでに多くの傭兵が兵士として学院に入り込んでいる。
彼らは互いにだれが仲間の傭兵かは知らないが、同じ仕事を請け負った仲間だと確認するための符丁は用意されている。当日は問題なく連携を取り、与えられた仕事をこなすことだろう。
また万が一、それまでにヴァルカ商会から流れていた資金を突き止められても、副学院長であるデルバードに疑いがかかるように細工を施してある。
実際デルバードは普段から金が必要だと言い続けているので、一度疑いがかかればなかなか晴らせないだろう。
「残り2日……幽霊騒動も報告されておる。そこは気をつけてほしいところだな」
「それはむずかしいですねぇ。知っての通り、地脈から意図して吸い上げている龍気は人間で制御できるものではありませんから」
これまで目撃されていた幽霊騒動の正体。それは地下から吸い上げられた龍気だった。
基本的には〈アーク・ガルダ〉に吸収されるようにできているが、余剰分が地上に吹き出てしまっているのだ。
それが白いモヤに見えており、すぐに空気中に拡散するために消えるように見える。これが幽霊騒動の正体だった。
「とにかくあと2日。ルーディン講師の動きに注視しつつ、このまま計画を進めましょう」




