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普通の兵士になりたかったのに、皇帝直属の隠密として帝国の闇を任されすぎている  作者: ネコミコズッキーニ
4章 学院で軽く調査するだけの任務ですよね?

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フリックスのストレスと幽霊

 ベイルオールとトラヴィンが学院長室で話をしていた翌日。今日もクラスではいつものように、座学でフリックスが中途半端にアヴィエスにつっかかっては周りの生徒からひんしゅくを買うという時間が過ぎていた。


 フリックスもわかってはいる。もはやクラス内において浮いているのは自分のほうであるということを。


 もはや意地だった。そもそも男子は自分の派閥に、女子はリュシアとリスティナが派閥を作って2分割されると思っていたのに、田舎から出てきた娘を中心に1組がまとまりつつあるのだ。おもしろいはずがない。


「アヴィエスめ……! そもそもなんであいつが1組なんだ!? どう見ても3組のスペックだろ!」


 どういうわけかアヴィエスは入学初日にアナスタシアとリュシア、リスティナの3人と距離の近い友人になっていた。いわば1人でクラスの重要人物を押さえていることになる。


 さらに昨日はセレーネ皇女とも呼び捨てで呼び合う間柄になったと聞いた。


 いや、意味がわからない。どうして皇族相手にいきなり呼び捨てできる!?


「くそ……! 本来であれば、今ごろ僕が1組を取りまとめるリーダーポジションについているはずだったのに……!」


 リュシアとリスティナも本来であれば、3年を通して対立する関係になっていたはずだ。


 それをうまく間を取り持ってつなぎとめたのは、アヴィエスはもちろんアナスタシアの影響も大きい。


 アナスタシアはだれの目にも明らかなくらいにアヴィエスに懐いている。アヴィエスに何かあれば、真っ先にアナスタシアの不興を買うだろう。


 女子生徒たちは当然、それを強く恐れている……が、それ以上にツヤの出る石鹼を求めている。


 いわばアヴィエスは背後に皇族を置き、左右にリュシアとリスティナを置いているような状況なのだ。


 それでいて居丈高になることなく、だれにでもフランクに接するその態度。男子生徒の何人かもアヴィエスの魅力にひかれているだろう。


 フリックスは気づいていなかったが、他の生徒たちも入学前に不安があったのだ。「1組は大貴族のいるクラスだし、どこにどう尻尾を振ろうか……」と。


 下手に派閥に入れば他の派閥と衝突するし、入らなかったら入らなかったで孤立する。どう立ち回ればいいのか迷っていたが、そうした者ほどアヴィエスに救いを見た。


 彼女と友人の立場を続けていれば、皇族に2人の大貴族と、なんとなくでもうまくやっていけるのだから。


 入学して間もないタイミングだったからこそ、アヴィエスを中心にクラスがまとまっていくのはある意味で当然と言えた。


 これがもう少し時間が経ってからであれば、こうはいかなかっただろう。やはり初日で重要所をすべて押さえたアヴィエスに先見の明がありすぎる。


「おもしろく……ないっ!」


 その日の夕方。フリックスはストレスから地面に転がっている石を思い切り蹴飛ばす……が。なんと物影から薄緑の美しい美少女が姿を現す。


 見間違うはずがない、アナスタシア皇女だ。周囲にはいつものメンバー……アヴィエスとリュシア、リスティナもいる。


「…………っ!」


 まずい。蹴飛ばした石はアナスタシアの顔に向かって一直線に飛んでいる。


 もし彼女にケガを負わせればどうなるか……そんなのは考えるまでもない。


「あ……」


 緊張から喉がカラカラになってうまく声を出せない。


 そしていよいよ石がアナスタシアの頭部にぶつかる……というタイミングで、横から腕が伸びた。


「っ!?」


 伸ばしたのはアヴィエスだ。彼女はとくに顔を横に向けることなく、ごく自然な動きで中指と親指で石をキャッチする。


「え……」


「アヴィエス?」


 ここで遅れて3人がアヴィエスの動きに気づいた。


 彼女はそのまま手を放して石を地面に落とし、それからようやくフリックスのほうへ視線を向けた。


「……フリックス、危ないですよ。いきなり石を飛ばすなんて」


「ち、ちが……」


「フリックス!? あなた、こんな場所でアヴィエスを狙って石を投げたの!?」


「ハァ……もしアナスタシアに当たっていたらどうするつもりだったのですか?」


 いや、あのままだと石は間違いなくアナスタシアに当たっていた。だがそれをアヴィエスがとめてくれたのだ。


 礼と謝罪をしなければ。しかしこれまでのこともあり、素直に言葉が口から出てこない。というより今のアヴィエスの動きはなんだ!?


「まぁそこまでの速度でもなかったですが……キャッチボールをしたいのなら石ではなくちゃんとしたボールを用意してほしいです」


「き……キャッチ、ボール……?」


 少なくともフリックスの目には、石はそれなりの速度があった。だが余裕で指で掴んでみせたことから、アヴィエスにとっては本当にそこまでの速度ではなかったのだろう。


 ここでフリックスは額に汗をかきながら、1つの可能性に行きつく。


 なぜアヴィエスの態度にはいつも余裕を感じられるのか……。こいつ、もしかしたら……とんでもなく……。


「…………あ、アヴィ、エス……!」


 ここでアナスタシアはアヴィエスの服を掴み、前方を見ながら引っ張る。


 顔から血の気が引いており、フリックスたちは何事かとアナスタシアの視線の先に顔を向ける。


「ん……?」


「え……あ、あれ……」


 視線の先……少し離れたところに白いモヤがあった。そのモヤはゆっくりと下から上へと上がっていく。


「な……なに、あれ……」


「もしかして……少し前に騒動になったという……」


 幽霊騒動。それはフリックスも名前だけは聞いていた。もしやこれがその幽霊騒動の原因なのだろうか。


 周囲には霧がないのに、一ヶ所だけ不自然にただよう謎の白いモヤ。まるで意思を持っているように空中を漂うその動きには、たしかに幽霊かと思わせる不気味さがある。


 リュシアとリスティナも茫然としている。当然だろう、自分もおそらく似たような顔をしているに違いない……が。


「えっ!?」


 アヴィエスは動じることなく速足でモヤへと近づく。


 正体不明のモヤに自分から近づくという発想がなかったフリックスたちは驚愕で目を大きく見開く。


「アヴィエス!?」


「危ないんじゃ……!」


 しかしアヴィエスがモヤに近づくと、それは空気中に拡散するように姿を消した。まるでモヤがアヴィエスに恐れを抱いたかのような反応だ。


「き……消えた……?」


「…………? 消えましたね。なんだったのでしょう……?」


 アヴィエスはやはりいつも通り、とくに気負った感じもない声色で首をかしげる。


 だれの目からも、モヤに対してとくに何も恐れていなかったのは確実だ。


「アヴィエス……あなた、本当に怖いもの知らずね……」


「え……? いえ、怖いものならたくさんありますよ?」


「……ふふ。説得力がありませんわ」


「それはそれとしてフリックス! アヴィエスに石を投げたの、マイナス10点だからね!」


「ち、ちが……! くそおぉぉぉ!」


 いたたまれなくなり、フリックスはその場から逃げ出した。





 俺は今日も学院内を回りつつ、兵士たちと適当に話しては幽霊騒動のウワサを集めていた。


 ちなみにお昼時に食堂でアヴィエスに聞いたのだが、なんと彼女は昨日の夕方に白いモヤに遭遇したらしい。


 いや、びっくりした……まさかこんな身近なところに5人目の目撃者が現れるとは。


 他にも目撃者がいたようだが、モヤはアヴィエスが近づくと消えたそうだ。


 俺はまだモヤと遭遇できていないのに……無自覚とはいえ、アヴィエスに幽霊調査を一歩リードされた気分だ。


「まぁ実害がなくてよかったけど……」


 アヴィエスから話を聞くことはできたが、それで幽霊調査が一歩前進とはいかない。


 ルード先輩も資金の流れ調査が進んでいないようだし、これはタイムアップも見えてきたかな……?


 そうなったらまぁ残念ではあるけど、こればかりは仕方がない。そもそもヴァネッサ室長が言っていた通り、万が一何かあったときの対処で俺たちが派遣されてきているのだ。


 役人が調査した結果、お金は私腹を肥やすのに使用されており他になにもありませんでしたよ~……という結果に終わる可能性もあるわけだし。


 まぁ紋影官シジル・シャドウとして何も成果が出せなかったのはどうなんだと思わなくもないけど……そこはそれ、今回はルード先輩もいる。


 責任も二分割、なんならルード先輩のほうが経験豊富な紋影官シジル・シャドウなので、実質責任のほとんどは彼にあるといってもいいのではないだろうか。


 そう考えると気が楽になってきたな……ま、あと3日もすれば潜入調査を開始して10日になる。どうせここでの仕事は終わるんだ。それまでは引き続き幽霊調査をしていこうかな。


 そう考えたタイミングで、前から俺と同じ巡回兵士が手をあげながら近づいてきた。

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