食堂の兄妹
「アナスタシア、一緒にご飯を食べましょう」
「う、うん……」
「ではわたしもご一緒しますわ」
「フフ……わたくしもね」
お昼の時間を迎え、アナスタシアたちは食堂へと向かう。テーブルに座ったら勝手に本日のメニューが運ばれてくるのだが、味はかなりいい方だろう。
アナスタシアは学院に入学する当初、ずっと不安がつきなかった。人とうまく付き合っていける自信なんてないし、話しかけられてもどう答えたらいいのかわからない。
だがそんなアナスタシアに対して、アヴィエスははじめから距離を感じさせない態度で接してきていた。
(アヴィエスって……すごい……)
彼女は言葉こそ丁寧だが、だれが相手でもフランクに接している。それにフリックスにどれだけ嫌味を言われていてもまったく動じない。
おそらくフリックスも気づいている。アヴィエスには何を言っても“負け”を認めさせたり、悔しいという感情を引き出せないと。
それはアヴィエスがフリックスよりも常に視座が高いことを意味している。
気づけば彼女はクラスの多くの人たちと仲良くなってしまった。アナスタシアももらったが、髪にツヤが出る石鹼といい、自分の性格と道具をうまく活用できていると思う。
もちろんアヴィエスにそこまでの考えがなく、あくまで自然体でやっているというのもわかるのだが。
何より驚いたのが、ほんの少しの時間だけでアナスタシアはアヴィエスに対して警戒心を抱かなくなっていたところだ。
きっとアヴィエスならこれからも、アナスタシアを友達として接してくれるだろう。その安心感と確信がある。
「アナスタシア様……じゃない、アナスタシアはどう? 学院に慣れたかしら?」
「…………まだ。でも……みんなと一緒なら、なんとか……なり、そう……」
食事を進めながらリュシアが話しかけてくる。最近ではリュシアとリスティナも、自分に対して呼び捨てで話すようになってきた。
これもアヴィエスの影響だ。まだリュシアとリスティナとは間にアヴィエスがいないと話しにくいが、だんだん慣れてきているのがわかる。
「フフ……でもまさか1組がこんなことになるなんて、まったく想像していませんでしたわ」
リスティナが小さく笑みを浮かべて首を横に振る。それを見てアヴィエスが首を横にかしげた。
「こんなこと……?」
「ええ。アナスタシアもわたくしも、そしてリュシアも……本来であれば懇意にしたいと考える生徒たちが自ら取り巻きになるようにやってくるもの。そう予想していたのに、蓋を開けてみれば……」
「ええ、完全にアヴィエスを中心に動き出している感じですわ」
「…………? そう? わたしなんてまだまだ授業についていけていないし、足りないところだらけだと思うんですけど……」
「ハァ……無自覚って怖いですわね……。天然でクラスに一体感を生み出せるって、どういうことかしら……?」
アナスタシアもそう思う。自分も入学前は、女帝タイプやオラオラタイプが率先して派閥を作りにいくことを想像していた。
アナスタシアとしてはそうした派閥にどう利用されるかわからない立ち位置だったし、どのように立ち振る舞うのが正解かもわからない。
いずれにせよ放っておけば、男子はフリックスを中心にまとまっていただろう。また女子はリュシア派とリスティナ派で分かれていたはず。
しかし5日経った今、そうした気配はもはやない。むしろ男子も女子も巻き込んで、アヴィエスがその中心に移動しつつある。
しかもリスティナの言うとおり、これを無意識で行っているのだ。
「でもアヴィエスのあの石鹸はすごい効果よね! あれがなければ、5日でクラスがこうもまとまらなかったと思うし……」
「本当ね。アヴィエス、あの石鹸はどこのブランドのものなんですか?」
「ぁ…………そ、その。わたしも……気になる……」
思わずアナスタシアも声を出してしまう。だがアヴィエスたちであればイヤな顔せずに自分の言葉を聞いてくれるという確信があった。
3人から石鹼のことを聞かれたアヴィエスは、困ったように頬をかく。
「持ってきた本人に聞いてみましょう」
「え……? 持ってきた本人……?」
「はい。……兄さん、ちょっと」
「っ!?」
アヴィエスは後ろを振り向くと、壁際で待機している兵士の1人にこっちに来るようにジェスチャーを行う。
すると兵士の1人がアナスタシアたちのテーブルへとやってきた。
「どうした、アヴィエス?」
「えぇ、実は……」
「ちょぉっと待った!」
「えぇと……アヴィエス、こちらの兵士の方は……?」
「え……わたしの兄さんだけど……」
テーブルに沈黙が訪れる。
そもそもアヴィエスの兄が学院内で兵士をやっているなんて初めて知ったのだ。みんな今の彼女の言葉の意味をゆっくりと咀嚼していく。
「アヴィエスのお兄さん、ここの兵士なの!?」
「ちょっとアヴィエス……初耳ですわよ」
「(コクコクコクコク)」
「え……と。そういえばそうだったかも」
まさかアヴィエスの兄がこんな間近にいたとは……まったく予想ができていなかった。
「えっと……どうも、いつも妹がお世話になっています……」
アヴィエスの兄はあまり似ているように思えなかった。だがアナスタシアは兄の声を聞いたときに違和感を覚える。
この声、どこかで聞いたような……?
「んで、どうしたんだよアヴィエス」
「兄さん、この間お土産でいただいた石鹸ですけど……」
「ああ、髪にツヤが出るやつな。今日も使用しているんだろ? いい感じですごくツヤが出ているぞ」
「……ありがとうございます、兄さん。それで……あの石鹼、どこで購入できるのですか?」
お互いに気安い雰囲気で話していることから、兄妹というのはやはり本当なのだろう。
アヴィエスから質問を受けた兄は困ったような表情を浮かべる。
「いや、あれ非売品なんだよ」
「……そうなんですか?」
「ああ。なんと言えばいいのかなぁ……実は知り合いで洗剤やらの調合を生業にしている人がいてさ。その人から妹へのお土産にと、特別に作ってもらったんだよ」
なんと……そのような人がいたとは……。
しかし惜しいと思う。これほど見事なツヤを簡単に出せるのだ、商品化すればどの貴族令嬢もこぞって買いあさるだろう。
おそらく1年と経たずに、帝都のすべての貴族家に常備されるはず。素人のアナスタシアでさえもそう思えてしまう逸品だ。
同じことを考えたのだろう、リュシアがアヴィエスの兄に視線を向ける。
「お兄さん。その方……ぜひわたしに紹介してくれないかしら!」
「へ!?」
「絶対にわるいようにはしないわ! うぅん、むしろこれは帝都に大革命を起こせるチャンス……! ね、お兄さん! その人紹介して!」
ド直球なリュシアの願い。これに対抗するようにリスティナが目を細めて甘えるような声を出す。
「ねぇお兄さま……そのお方、わたくしに紹介してくれませんかぁ……?」
リスティナの外観は年齢のわりにかなり色っぽい。それに黒い髪に白い肌という、女性から見ても美しいと思える魅力もある。
そんなリスティナが普段は聞かない甘えるような声でアヴィエスの兄に近づき、そしてそっとどこか妖艶な仕草で伸ばした指先で、彼の顔に触れようと……。
「っ!?」
したところで、その動きが止まる。気づけばリスティナの伸ばした腕をアヴィエスが笑顔で掴んで止めていた。
「リスティナ? 仕事中の兄さんに何をしようとしているの?」
「あ……アヴィエス……? ……い、いたっ!? いたたた!?」
「兄さんも学生相手に鼻の下を伸ばさないでください」
「いや、伸ばしてねぇよ!?」
表情と声色は普段通りなのに、アヴィエスから謎の圧を感じる。アナスタシアは傍観するしかできなかったが、リスティナは参ったというように元の席へと戻った。
ノーグレスト家の娘であるリスティナに対してこの遠慮のなさ……いや、アヴィエスならば「友人なら当然です」と言うかもしれない。
彼女は常に友人と対等な視線で話す。それはアナスタシアにとってもそうだ。
それがアナスタシアには新鮮で、そしてとてもうれしいことだった。
「ハァ……要するに石鹼がほしいんだろ? でも材料がそろっていないと作れないものだし……」
「必要な材料はすべてこちらで準備させるわ!」
「マジ? いや、でもなぁ……まぁとにかく今度会ったらまた作ってもらえるように頼んでおくよ。もし作ってもらえたらまとめてアヴィエスに渡すから」
「フフ……お兄さま。お金が必要なら言ってくださいね?」
「あぁ、うん……まぁたぶん無料でいけるとは思うけど……」
話が終わったところで、アヴィエスの兄はその場から一歩引く。
そのタイミングでちょうど真後ろを歩いていた人物……アナスタシアもよく知る女性とぶつかった。
「きゃっ!?」
それなりに衝撃があったのだろう。その女性は思わず床にへたり込む。それを見てアナスタシアはもちろん、周囲も息を飲んだ。
その倒れた相手がアナスタシアの姉にして第五皇女のセレーネだったからである。




