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普通の兵士になりたかったのに、皇帝直属の隠密として帝国の闇を任されすぎている  作者: ネコミコズッキーニ
4章 学院で軽く調査するだけの任務ですよね?

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調査の進捗と1組の空気感

 ルード先輩は1組の担当講師になったので、アヴィエスの様子をいろいろ教えてくれた。


 うぅん……田舎から出てきた娘って感じが全開だな……。まぁアヴィエスのことだ、ここで過ごすうちに貴族としていろいろ学んでいくことだろう。


 つか親父のやつ、どうしてアヴィエスをアストラ学院に……? どこかの貴族家に“ちゃん教育を受けた貴族の娘”として嫁に出すつもりなのだろうか。


 でもヴァルツァー領と関係を深めたいなんていう奇特な貴族なんていないし……うーん、謎だ。


「先輩、資金の流れについてはどうです?」


 今日からここでの任務がスタートした俺とは違って、ルード先輩は少し前から臨時講師として潜入している。先んじていろいろ調べてくれてはいるだろう。


「まぁそれとなくあたってはいるがな。個人的にあやしいのは3人かねぇ……」


「もうあたりをつけているなんて、さすがっすね」


「まだ確証はないけどな。1人はトラヴィンだ」


 トラヴィン……古代史の講師だったか。帝国人でありながら遺跡研究のため、長く国外に住んでいた人物だ。


 学院長がスカウトして、アストラ学院の講師となった経歴の持ち主。


「彼があやしいマネを?」


「いんや? 俺も何度か話したけど、めちゃくちゃ気がよくて話しやすいタイプだった。あと生徒にも人気で、講師のクセして何人もの女生徒に告白されているらしい」


「……なんでトラヴィンがあやしい3人のうちの1人に?」


「そりゃお前、いかにも研究者といういで立ちでひょろいのに、モテまくってんだぜ? あやしいに決まってんだろ」


「………………………」


 なんだその判断基準……完全にルード先輩の嫉妬ややっかみが混じってる……。


「2人目は?」


「デルバードだな」


「ああ……副学院長の……」


 デルバード……帝国史学を担当している講師の1人だが、アストラ学院の副学院長でもある。


 学院内においてベイルオール学院長に次ぐ権力を持っている人物だ。


「どうして彼があやしいと?」


「学内でそれなりに権力があるのが理由の1つ。学院に入ったはずの資金の流れをどうごまかしたのか、そういうのに関われそうだろ?」


 たしかに……俺も最初にあやしいと思ったのは、ある程度の力を持った講師だ。


「それにデルバードは多額の研究費を求めているらしい。まぁ歴史学者だし、いろいろ金はかかるんだろうが……“研究費”という曖昧な支出の中に、ヴァルカ商会から流れてきた金が入っていてもおかしくはない」


 なるほど……研究費や施設維持費など、そうした“用途不明金”の中に紛れ込ませているというパターンか。たしかにあり得そうだ。


「個人的にはこれが最もありそうだと思ってるがな。足がつきにくいし何より楽だろ?」


「そうですね」


「ま、相変わらず証拠も何もないんだけどな」


 残り9日でそうした証拠を集められるかもわからないもんな……。


「最後の1人だが、まぁ予測はついてんだろ?」


「学院で最も資金の流れを把握しやすく、かつ誤魔化しやすい人物……。ベイルオール学院長ですね」


「その通りだ」


 ここでルード先輩は懐から冊子を取り出すと、パラパラページをめくっていく。何かの資料だろうか。


「ちょっと情報院に調べてもらったんだが……学院長、どうやら借金を作っているようだ」


「学院長が借金……? 皇帝の兄なのに?」


「ああ。なにやら施設の修繕費や貴族子女の安全対策にかなり莫大な費用をかけているみたいでな」


 うーん……? 少しひっかかる借金だな……。


「施設の修繕費とかって、自費でやるもんなんですかね……?」


「さぁなぁ。お貴族様あるあるだが、“公費”と“私費”の境界が曖昧なのかもしれん。単に学院運営のための立替金という可能性もある」


「あぁ、なるほど。たしかにその場合、学院のための支出なのか、個人的な借金なのかはわかりにくいですもんね」


 なんにせよ講師の中では、ヴァルカ商会からの資金を欲しがる動機のある人物は2人になるようだ。


 それが学院長と副学院長というのは、ちょっと問題な気もするけど。


「ま、俺のほうは引き続きいろいろあたってみるよ。そっちはどうだった?」


「えぇ、数ヶ月前から働いている兵士たちに幽霊騒動についての話を聞いてみましたよ」


 俺は俺で兵士たちに幽霊騒動について聞きまわっていた。


 一応、兵士たちの間にも幽霊騒動の話は来ているらしく、簡単に生徒の目撃談もまとめられていたのだ。


「事前情報通り、幽霊らしきモヤを見た人物は4名。いずれもモヤを見たのは一瞬で、詳細は不明というものです」


「文字通り雲をつかむような……いや、モヤをつかむような話だな」


「ですね。ただ調書を並べてみると、少しおもしろいことがわかりましたよ」


「うん……? なんだ?」


「目撃時間と場所です。時間はいずれも夕方から夜にかけてですね。それと場所ですが、すべて第四校舎に集中しています」


 第四校舎……いくつかある校舎の中でも使用頻度が高く、それなりに大きな建物だ。1年生から3年生まで、多くの座学で使用していることだろう。


 そしてこの校舎には。


「副学院長であるデルバードの研究室もあります」


「へぇ……? まぁ幽霊騒動と今回の用途不明の資金がつながっているとも決めつけられねぇが、気にはなるな」


 俺たちは幽霊騒動と不正資金の流れについてはあくまで別のものとして調査している。今出そろっている情報だけでこの2つをつなげて考えるのは不可能だ。


 それ以前にやはり幽霊騒動は情報が曖昧すぎる。はっきり言ってまともに調査するのが面倒だと感じるくらには。


「俺は今後も、夕方から夜になれば第四校舎をうろついてみようと思います」


「わかった、俺も意識しよう。ま、残り9日……見つけられなかったら見つけられなかったで、役人どもがなんとかするだろ。気負わず楽しみながらやっていこうぜ」


「はは……了解です」


 うぅん、ルード先輩のこの雑な感じ……やりやすくて助かるな……。





 アヴィエスが学院に入学してあっという間に5日が経った。そして彼女は、なかなか授業についていけず苦労していた。


「ケルスウッド帝が新たに打ち出した政策について、歴史的な背景と合わせて講義します。その前にケルスウッド帝がどういった政策を打ち出したのか、当然ご存知ですよね? ……アヴィエスさん?」


「いえ……わかりません」


 アヴィエスの素直な答えに、フリックスをはじめとした男子生徒が笑い出す。だがアヴィエスはとくに気にしていなかった。


 そもそも学院には貴族令嬢としての教育と、貴族としての常識を学びに来ているのだ。


 今わからないことでも、こうして質問を繰り返せば理解できるようになる。生徒として学ぶべきことが多い環境に感謝すらしているくらいだ。


「ハァ……1組の生徒たるもの、これくらいはすでにわかっていなければいけないものですよ。ではフリックスさん?」


「はい。ケルスウッド帝は妖精族排斥に関するすべての法を改訂し、妖精族との融和政策を打ち出しました。結果、ケルスウッド帝は妖精族から妻の1人を迎え入れ、現在の皇族や一部の貴族には今もその血が引き継がれています」


「よくできました、その通りです」


「フ……先生、1組ならばこれくらいは当然ですよ。やれやれ、どうやらついていけずに授業の進行を遅らせている者も見えるが」


 そう……アヴィエスは一部の座学が初めて知ることばかりであり、なかなか授業についていけなかったのだ。こうした歴史学に加え、礼儀作法の授業も苦労しているのが実情だ。


 しかし何かとアヴィエスに突っかかっている生徒はフリックスとその一部取り巻きである男子生徒のみである。


 なんとアヴィエスはこの5日で、ほとんどの女子生徒と友人となっていた。なので。


「あぁヤダヤダ。この程度の知識でアヴィエスに勝ったと自慢げになっている男がいるなんて」


「フフ……ずいぶんと勝てる相手を慎重に選んでいるのですね? あまり魅力的な殿方として映らないけど」


 こういう時、最初に味方するのはリュシアとリスティナである。


 同時にアナスタシアはアヴィエスの手を握るのだが、その姿は「大丈夫ですよ」と言っているように見える。


 ちなみにこの3人の髪はやたらめったら艶が出ていた。普段からほのかに煌めいている髪が、異様に奇麗な艶を得たことでさらに輝きを増している。


「ほんと最低よねー」


「ヴァルツァー領から来たアヴィエスが知らないと確信して、わざわざこんな嫌味を言うんでしょー?」


「あの外務卿の息子が、こんな人だったなんてねー」


 他の女生徒たちも口々にフリックスをけなし、アヴィエスの味方になる。ちなみに彼女たちの髪もやたらめったら艶があった。


 そう……はじめこそアヴィエスの持つ独特の価値観に面食らうクラスメイトたちであったが、話しているうちに彼女の持つ人としての善良さ、そして対等な友として接するその態度といい、多くの生徒たちが心を掴まれていったのだ。


 もちろんリュシアとリスティナ、それにアナスタシアと仲がいいという打算もある。だれもこの3人に目をつけられたいとは思わない。


 だが何よりも女子生徒たちの興味を強く引いたのは、アヴィエスの持つ髪の艶だった。


 どうやってその艶を出したのかと聞かれたとき、アヴィエスは素直に「兄からお土産に石鹼をもらった」と伝えた。すると女子生徒は「余っていませんか?」と聞く。


 たしかにアヴィエスも、今使用している石鹼はやたら艶が出るなと思っていた。みんなも試してみたいのだろう。


 そう考え、アヴィエスは新たにできた友人たちに石鹸を分けてあげることにした。


 おかげで今では1組の女子生徒たちは、みんなやたらめったら髪に艶がある。


 つまりはまぁ、アヴィエス自身と仲良くなりたいという他にも、お友達になって髪に艶を出したいという打算が強く働いたのだ。


 ちなみに石鹼はまだそこそこ量がある。


「ぐ……! ふ、ふん! 田舎者にずいぶんと優しいものだな!」


「あら……出身地で優しくするかどうかを決めるのはおろかだと思いますけど?」


「う……うるさい!」


 またアヴィエスはヴァルツァー領での暮らしもあり、同い年の男子生徒にも距離が近い。


 気軽に話しかけられる男子生徒の中には、アヴィエスに呼び捨てで呼ばれることに喜んでいる者もいた。


 もちろんフリックスを除いても、全員がアヴィエスと仲良くなっているわけではない。まだ様子を見ている者や、石鹼だけ欲しい者もいる。


 一方でアヴィエスの巻き起こしたムーヴメントは確実にクラスに影響を及ぼしている。


 そんなわけで……気づけばたった5日で、1組はアヴィエスを中心にまとまりつつあるような空気感ができ始めていたのだった。

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