入学初日のアヴィエス
学院長の話が終わったところで、1年生たちは3つに分かれて講堂から出て行く。そして先導に従い、アヴィエスはアナスタシアたちと一緒に立派な建物へと入り、その中にある教室へと通された。
そこにある標識を見て、リスティナが笑顔のままアヴィエスに顔を向ける。
「わたくしやリュシアさん、アナスタシア様が1組なのはわかりますが……どうしてアヴィエスも1組なのでしょう?」
リスティナの言葉にアヴィエスは首を横にかしげる。
どうやら1年生は全部で3クラスあるようだが、1組だと何かおかしいのだろうか?
「リスティナ、それってどういう……?」
「フフ……まぁ学院が決めたことです、今は気にしないでおきましょう」
4人は教室へと入る。席はとくに決まっていなかったので、そのまま4人固まって席に座った。他の生徒たちも席についたところで1人の講師が入ってくる。
「お、もうそろっているようで感心感心。まずは入学、おめでとう!」
その講師は背の高い男性だった。足がとにかく長い。ヴァルツァー領でも見なかった足の長さだ。
「さて、自己紹介といこうか。俺の名はルーディン。今日から10日間限定だが1組を担当することになる」
「10日間限定……?」
「そうだ。本来なら別の講師が決まっていたんだが、急遽帝都を離れる用事ができたみたいでな。臨時の穴埋めとして、俺が1組を受け持つことになったってわけだ。まぁ短い期間とはいえ1組の担当講師であることには違いない、わからないことがあればなんでも聞いてくれ」
そう言うとルーディンは白い歯を見せて笑顔を作る。
あまりイメージする貴族っぽくはないが、アヴィエスは「これが都会の貴族なのね」と納得した。
「ちなみに特技はタップダンスだ。興味がある奴は言ってくれれば、いつでも披露させてもらおう。……さて、初日はとくに授業はない。代わりに学院内の施設やどういった授業があるのか、どう選択していくのかを説明するぞ」
タップダンスが得意な貴族……ますます都会の貴族がわからなくなる。
それはそれとしてこれから3年をここで過ごすのだ、アヴィエスはどのような授業が行われるのか真剣に聞いていく。
「まず必須となるのが帝国史学と帝国法、宮廷礼法に音楽・美術鑑賞、社交戦略になる。また選択制としては政務実務、領地経営、魔獣学や薬草学なんてものもあるが……このあたりは資料を確認してくれ。学院を出てどういうキャリアを目指したいかで選んでいけばいいだろう。まだ将来のヴィジョンが見えていないという奴は、仲のいい友人と同じカリキュラムを取るというのも選択肢だ」
アヴィエスは手元に置かれていた資料をパラパラと見ていく。どれも立派な貴族令嬢を目指すうえで必要な科目なのだろう。
中には科目名を見ても、具体的に何をするものなのか予想がつかないものもある。これは大変そうだ……と考えたとき、あることに気づいた。
「科目に関しての説明はこんなところか。あぁ、魔術研究については一部の生徒のみが対象だ。まぁ言うまでもないと思うが、魔術を扱える者のための科目だな。ここまでで何か質問はあるか?」
ここでアヴィエスは手をあげる。ルーディン講師は「お」と反応を示してアヴィエスに顔を向けた。
「どうした、アヴィエスちゃん?」
「はい。科目を見たところ、仙勁や武術、馬術といった科目が見当たらないのですが……」
アヴィエスが気になったのはそこだった。身体を使うような科目がほとんど見られないのだ。
貴族たるもの、いつどこで領民が魔獣や賊に襲われるかわからない。いざというときにそうした脅威から領民を守るのは、領主一族の……貴族の義務だろう。
そう考えていたからこそ、アストラ学院にも武芸関連の科目があると思っていたのだ……が。
「はぁ? お前、何を言っているんだ?」
バカにしたような声でアヴィエスに顔を向けてきたのは、斜め前に座る男子生徒だった。
「馬術や弓道ならクラブ活動でやっているが……仙勁に武術だぁ? おいおい、もしかして軍学校と間違えて入ってきたのかよ!」
「ははははは!」
自分がどうして笑われているのかがよくわからず、アヴィエスは目をパチクリとさせる。隣に座るリュシアが小声で話しかけてきた。
「あいつ……外務卿であるベリクリウス・オーダンの息子、フリックスよ」
「外務卿の息子……」
帝都の要職に就く貴族、その息子。なるほど、貴族としての英才教育を受けてきた男だ。もともとただの領民だった自分よりも貴族の常識に明るいだろう。
他の生徒も笑っていることから、きっと貴族にのみ受けるような面白さがあったのだと判断する。
「おい女。お前、どこも家の娘だ?」
「フリックスさん、1組に配属されているんです。とんでもなく家格の高いところの令嬢かもしれませんよ。そんな言い方はまずいですって」
「あ? 1組で気をつかうべき生徒なんざ数人しかいねぇよ。その中にこの女は入っちゃいねぇから大丈夫だ。もう一度聞くぞ、女。お前、どこの家の娘だ?」
どうやら話ぶりからすると、1組というのは少し特殊なクラスになるようだ。
どう特殊なのか具体的にはわからないものの、アヴィエスは毅然と答えてみせる。
「ヴァルツァー家の娘、アヴィエスです」
堂々と名乗りをあげる。そういえばどうしてルーディン講師は自分の名を知っていたのだろうか?
10日間だけとはいえ自分の受け持つクラスだし、生徒すべての名前と顔を記憶していたのかもしれない。
「は……? ヴァルツァー領だと……?」
「はい」
「は……はははははははは! こいつは傑作だ! 帝国最北にしてド辺境の田舎領地じゃねぇか! おいおい、どうして山奥育ちの女がアストラ学院に来たんだ!? どう考えてもお前は軍学校だろ!」
「はっははははは!」
再び笑いが巻き起こる。
これまでヴァルツァー領においてあまり他人の害意というものに触れてこなかったアヴィエスであるが、さすがにフリックスが明確に自分に悪意を持って接してきているのが伝わった。
「田舎者に教えてやるよ! ここはあくまで帝国の貴族としてふさわしい教育を受ける場所だ! 仙勁や武芸なんざ学ぶような場所じゃねぇんだよ!」
「…………? 帝国貴族として仙勁などの修練は必要なものだと思うんですけど?」
「あぁ……? あぁ、なるほどな。そりゃてめぇのような魔獣が出る田舎だけだ」
「魔獣が出なくとも、賊が出ることもあります」
「そうなりゃ騎士団や軍の仕事だ、俺たちは方針を定める立場ではあるが現場に出て戦うわけじゃない」
フリックスの話を聞いて、アヴィエスは「なるほど」と一部で納得する。
ヴァルツァー領と他領では環境も異なるので、貴族として求められる能力に違いがあるのはわかっていた。
わかっていたが、具体的にどう違うのかが少し見えて納得する。
「フリックス、参考になりました。教えていただきありがとうございます」
「はは、田舎者が勉強に…………。…………? お前今、俺のことを呼び捨てにしなかったか……?」
「ええ、しましたね。よろしければわたしのことも気軽に……」
「てめぇのような田舎者が、俺を呼び捨てにしただと……? てめぇ、どうやらオーダン家をずいぶんと舐めているようだなぁ……?」
リュシアたちは呼び捨てにしても何も問題がなかったので、アヴィエスはそのノリでフリックスの名を呼んだ。だが呼び捨てにされたことでフリックスは明確な怒りを覚えている。
男子生徒に呼び捨てが失礼だったのだろうか。そんな悩みを感じている中でリスティナが手をパンと叩いた。
「そこまでにしましょう」
「あぁ? リスティナさんよぉ……どういうつもりだ?」
「初めてヴァルツァー領から出たアヴィエスは帝都育ちのわたくしたちといろいろ常識が異なります。わたくし、彼女の友達としてそのあたりをいろいろ教えて差し上げますわ」
「は……友……?」
続けて声を上げたのはリュシアだ。
「そうよ! わたしも、そしてアナスタシア様も! アヴィエスとはもう友達なんだから!」
「…………っ!? なんだ、とぉ……?」
リュシアの発言にフリックスは驚きの表情を浮かべる。そして何かを言いかけたところでルーディン講師が手を叩いた。
「ははは、初日から元気があって結構結構!」
「ルーディン講師……」
「アヴィエスちゃんはまだ帝都に来て日が浅いだろうけど、そのぶんお友達がフォローしてくれそうでよかったよ。科目についてもあらためて確認してみるといい。あ、ダンスに興味ある? タップダンスならいつでも教えるから、遠慮なく言ってくれよ!」
それからルーディン講師は学院でのルールなどを説明していく。
アヴィエスはその後も何度か質問をしたが、とくにこれ以上はトラブルが起こることなく初日は終了を迎えたのだった。
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その日の夜。俺はルード先輩と学院の敷地内で会っていた。今日の情報交換を行うためだ。
「え……アヴィエスが……クラスで一番目立っている……?」
「おお。ありゃたいした娘だ、なんというか……器がでかいっての? すっかり皇女殿下も懐いているみたいだったし」




