入学式とクラス調整
おお……思っていたよりも生徒数が多いんだな……。まぁアストラ学院もかなり広大な敷地を持っているし、生徒数相応の広さなのかもしれない。
これほど大きな教育施設を3つも帝都内に置けるのも、帝都アイゼンスタッドが大陸最大規模を誇る大都市ゆえだろう。帝都内は馬車移動が多いし……。
とくに席が決まっているわけではないようで、1年生たちは講堂に入ってきた者たちから適当に座っていっている。その中にとても目立つ薄緑の髪を持つ娘がいた。
「あれは……」
皇宮で一度見たからよく覚えている。第六皇女アナスタシア殿下だな。
……というかその隣にいるの、アヴィエスじゃねぇか!
つかなんで2人は手をつないでんの!? 講堂に入ってくるまでに何があった!?
「さすがセレーネ様の妹様ですね!」
「これだけ離れていても、奇麗な髪ですぐに見つけられます!」
「手をつながれているのは……同級生として入学した侍女でしょうか?」
ちげぇよ! 北の山奥にあるヴァルツァー領からやってきた俺の妹です!
ヴァネッサ室長から渡された事前資料によると、帝立アストラ学院に入れる者は基本的に4種類。生徒と講師、業者と兵士だ。
それ以外の者については事前に申請をしたうえで発行される許可証が必要になる。つまりどれだけ高名な貴族家の子女であっても、侍女や給仕を連れてくることはできないのだ。
帝都で多くの貴族と関われる半面、授業料や3年という時間を取られることを考えると、家によっては家庭教師で教育を済ませるところも多いと聞く。
中には世話係がいない環境で過ごすことに耐えられないという奴もいるだろうし。
「アヴィエスの隣にいる2人は……だれだ……?」
アヴィエスはオレンジ髪の娘と黒髪の娘、2人の女生徒とも仲良く話している様子だった。
あの髪色の煌めき……妖精族の血が入っていそうだな。となると大貴族に類される家の娘か……?
でもあらためて見ると、アヴィエスの髪もものすごく艶が出ている……。この間あったとき、あんなに艶なかったよね?
あれかな……ノア先輩の石鹼を使ったのだろうか……。
入学式だし気合を入れて髪を整えてきたのだろう。おかげでさっきからいろんな生徒がアヴィエスにも注目している……。
「アナスタシア様の隣にいる女性、髪色は地味ですが艶がすごいですわね!」
「どこの石鹼を使用しているのでしょう?」
「先日、〈賢者の蒸留石鹸〉で新作の髪香油が発表されたと聞きましたが……」
「まだ発売していないでしょう? それにセイジズブランドはそう簡単に入手できるものでもなくてよ」
女生徒たちが皇女殿下そっちのけで、アヴィエスの髪の艶に興味津々になってる……!
よかったな、アヴィエス! 入学早々、先輩たちから注目の的になっているぞ!
少しハラハラしながら見守っていたが、やがて入学式の時間が訪れたところでやや照明が暗くなっていく。半面、真正面の講壇は明るくなっていた。
しばらくして講壇の周囲に講師陣が並ぶ。その中にはルード先輩の姿もある。
先輩は少し前から先行して潜入していたし、きっとうまく人間関係も築いていることだろう。
そして講師陣が拍手をすると講堂にいる生徒たちも拍手を始める。このタイミングでものすごく立派な服を来た初老の男性が姿を見せた。
男性はそのまま講壇の中心部へと移動し、生徒たちに視線を向ける。続けて龍気を活用した宝石型の拡声器を手に取った。
『新たに入学を許された若き諸君よ。帝都アイゼンスタッドの空に輝く星々の加護のもと、本日、帝立アストラ学院は諸君を正式に迎え入れる。我らが学院は……』
おお……軍学校の入学式とはかなり雰囲気が違うな……! これはこれでなかなかおもしろい。
事前資料によると、今講壇で話している男性はここアストラ学院の学院長であるベイルオールだ。
普通なら「お偉い貴族様なんだろうなぁ」という感想で終わるのだが、彼に関しては少し事情が異なってくる。
それというのもベイルオールは、現皇帝の実兄にあたる人物なのだ。つまりバリバリの皇族であり……弟との皇帝位争いに敗れた男でもある。
さすがに当時の資料なんかは読んだことがないが……皇帝位争いに敗れた者の末路はだいたい2つ。処分されるか、国外や辺境に飛ばされるかだ。
そう考えると、こうして歴史ある学院のトップの地位を与えられたというのは、運がよかったのではないだろうか。
あるいは陛下も実の兄を軽んじることができなかったのかもしれない。
『この学院で過ごす年月は、諸君の未来を形づくる礎となる。友を得よ。己を磨け。そして、帝国の栄光を担う者として相応しき心を育てよ。諸君の歩む道に、叡智の光があらんことを。』
再び講堂内に大きな拍手が巻き起こる。うぅん……さすがにスピーチしなれている感じがするなぁ……。
さて……今日から10日間、しっかりと任務を遂行しないとな。ヴァルカ商会から流れていた不正な資金の流れに幽霊騒動……あとおまけで皇女のお守り。
だがアナスタシア皇女はずいぶんとアヴィエスに懐いているように見える。あのぶんだと皇女殿下のお守りは最低限でよさそうだな。
妹に感謝しつつ、俺は俺で仕事を進めさせてもらいますか……。
■
さて……講堂内には実はもう1人、黒紋監察室の関係者が入り込んでいた。その人物は堂々と講壇の端で壁に背をつけて立っていた。
「なるほど……これはクラス分けの調整が必要だな」
何を隠そう、その人物の正体とは黒紋監察室の室長であるヴァネッサである。
彼女は入学初日だけはもともとこうして参加する予定だった。その理由は第六皇女アナスタシアである。
アナスタシアが極度の人見知りであることはすでに聞き及んでいる。皇帝からはそんな彼女をそれとなく守れと言う公私混同の命令も下っており、ヴァネッサはそのサポートに訪れたのだ。
もしアナスタシアが孤立したらどうなるか。あるいは他の生徒から軽んじられるような事態が起こったらどうなるか。
おそらくそのことを皇帝陛下が知ると、間違いなく自ら学院に乗り込んでくる。そして生徒1人1人にダイレクトで皇帝の圧を与えていくことだろう。
(その事態だけは避けねば……!)
ただでさえアストラ学院は現皇帝の兄、ベイルオールの管轄という絶妙な領域なのだ。
そんな場所で皇帝直々に生徒に圧をかけたとなれば、ベイルオールとて厳重な抗議をせねばならなくなる。
兄弟の不和は次期皇帝位争いにどう影響を及ぼすのかも予測がつかない。ヴァネッサとしてはそうした事態を避けるために、万全を期す必要性を感じていた。
そんな彼女の視界には今、4人の女性が入っている。皇女アナスタシアとリュシア、リスティナと……やたら髪の艶が良すぎる女生徒である。
ヴァネッサとて黒紋監察室の責任者である。大蔵卿と内政卿の娘であるリュシアとリスティナについては把握していた。
そしてもう1人の生徒についても、事前に情報を得ていたので知っていたのだ。
そう……先日もオルディア領ではド派手な活躍を見せた紋影官の妹であるということを。
「今年の1年生は80人……例年通りであれば家格や推薦枠などで3つのクラスに分けられるが……」
軍学校や学府とは異なり、アストラ学院では一定の基準をベースにクラス分けが行われる。
そもそも高位貴族の生まれであれば優秀な家庭教師からいろいろ学んでいるので、わざわざ学院で基礎から学ぶ必要などないのだ。
ある程度教育レベルを調整し、それぞれのクラスにふさわしい授業を受けさせる。そのためにクラス分けは慎重に行われている。
アナスタシアとリュシア、リスティナは当然最も教育レベルの高い1組の配属だ。レオンの妹であるアヴィエスは逆に、最も教育レベルの低い3組の配属予定である……が。
「アナスタシア殿下のアヴィエスに対するあの懐きよう……これは無視できんな」
今もアナスタシアは周囲の視線に怯えながらも、しっかりとアヴィエスの手を握っている。
何があったのかわからないが、入学初日でここまで距離を詰められる生徒などそうはいないだろう。
またアヴィエスがレオンの妹という点もおもしろい。
「ふむ……やってみるか。まぁ何かあれば後で変更すれば問題あるまい」
ヴァネッサは直感で「アヴィエスはアナスタシアのお守りとして使える」と判断した。偶然にもそれはレオンが感じた所感と同じものである。
こうしてヴァネッサはすぐに裏で手を回し、アヴィエスの入学クラスを1組へと変更させたのだった。




