アナスタシアとの出会い 学院潜入任務開始
「ひぅぅ……」
その美少女は見つかったことに対して怯えるような態度を取っていた。制服を着ているということは、アヴィエスと同じく学生なのだろう。
またその態度から、不審者の類ではないと判断する。
ではなぜこんなところで隠れていたのかということになるのだが、アヴィエスは深く考えずに頭を下げた。
「ごめんなさい、驚かせてしまって……。だれかが潜んでいる気配がしたから……」
「アヴィエス、どうしたの?」
「…………! あ、あなたは……!」
リュシアとリスティナの2人もついてきて、すぐに目の前の美少女に目を奪われる。アヴィエスは彼女を見て昔の自分を思い出していた。
(そういえば……初めて父さんの屋敷に行ったとき、わたしもこんなふうに物陰に隠れていたっけ……)
突然の母の再婚、そして急に増える家族。アヴィエスは最初、そこがどういう場所なのかがわからなくてよくこうして隠れていたのだ。
だがそんな時、レオンはいつもアヴィエスを見つけて話しかけてくれた。そしてアヴィエスの緊張を解きほぐしてくれた。そう……たしかこんな感じに。
アヴィエスは薄緑の髪の美少女と視線を合わせるようにしゃがみ込む。そしてニコリと笑みを浮かべた。
「見つけた。ほら、かくれんぼは終わりだよ。ボク……コホン。わたしと一緒に講堂に行こう」
そう言うとアヴィエスは目の前の美少女に手を伸ばす。それを見て美少女は手とアヴィエスの顔を交互に見た。
「ちょ……アヴィエス……!」
「アヴィエス、その方は……」
後ろで2人が小声で何かを言っているが、アヴィエスは正面の美少女から視線と意識を離さない。ここで中途半端な態度を取ったら意味がないということを知っているのだ。
そしてたっぷりと時間をかけて、その美少女はいよいよアヴィエスの手を取る。そして2人一緒に立ち上がった。
「わたしはアヴィエス。ヴァルツァー領から来たの。あなたは?」
「………………シア」
「ん?」
「あ…………アナスタ、シア……」
後ろで2人の息を飲む音が聞こえる。アヴィエスは手を握ったままうなずきを返した。
「アナスタシアですね。わたしのことはアヴィエスと呼び捨てで呼んでください」
「え……で、も……」
「ヴァルツァー領で友達同士は、こうして気軽に名前を呼び合うものなんです。帝都ではもしかしたら違うのかもしれませんけど……迷惑ですか?」
アヴィエスの問いかけに対し、アナスタシアは驚いたように両目を見開く。そしてしばらくして無言で首を横に振った。
「ふふ……初日からいきなり3人も友達ができるなんて、わたしはついていますね。ではアナスタシア、リュシア、リスティナ。講堂に向かいましょう」
「え……えぇ……」
「フフ……アヴィエス、あなたおもしろいですね」
■
学院潜入初日。俺は巡回兵士として疑われることなく学院敷地内へと入ることができた。
今は兵士みんなで広場に並んで、高台に立つ隊長からいろいろ指示を受けているところだ。
ちなみに兵士はポシェットに包帯や傷薬など、支給された道具を入れている。
だが俺はそのポシェットに〈蛇鎖の腕輪〉と、黒いフードつきローブを入れていた。
黒仮面は懐の中だ。いつでも紋影官セットである。
まぁ今回の調査では黒仮面の出番はないだろうけど、任務中は常備することを義務づけられているからな……。
あと〈蛇鎖の腕輪〉は何気に重量もそこそこあるのでポシェットが重い。
「いいか、今日は入学式が行われる。皇女様だけでなく、ここには多くの貴族子女が……」
うんうん、知っているよ。大丈夫。そんなどこか緩んだ気持ちで隊長の言葉を聞き流す。
まぁ気が緩むのも仕方がないというものだ。調査任務は手間ではあるが、戦闘は発生しない。そしてルード先輩は講師として一足先に学院内へと入り込み、本格的な調査を開始しているだろう。
何も見つけられなくても任務失敗にはならない。どちらにせよ10日後の強制捜査で何かしら見つかるだろうし。
まぁ強いて気をつけるべき点を上げるとすれば、それとなく皇女殿下をお守りすることだろうか。
これは皇帝陛下直々のお達しなので当然だが、そもそも平和な学院敷地内で何かが起こるはずもない。
「以上だ! ではそこの列からそこの列までは、予定通りに講堂内警備へ向かえ!」
「はっ!」
おっと……どうやら俺は講堂内の警備担当らしい。みんなについていく形で講堂を目指す。そして中に入って各々所定の位置へとついた。
講堂の中は階段状に作られており、前に行くほどだんだん下がっていく。一番前が最も低い位置にあり、どの席に座っても見えやすいような構造になっていた。
また二階席の他にも、天井の照明調節用の通路になっているのか高い場所にいくつか扉が見える。俺は二階席の担当になったので、上に上がって指定された場所で待機となった。
しばらくして二階席にはどんどん生徒たちが入ってくる。
たしか2年生と3年生が二階席、1年生が1階席だったかな。まだ1年生はだれも来ていないところを見るに、学年によって集合時間が異なるのだろう。
と、その時だった。とある女生徒が人だかりを伴って姿を見せる。その目立つ姿を見て俺は「げ」と言ってしまっていた。
「セレーネ様、今日は妹のアナスタシア様がご入学されるのですよね!」
「えぇ。わたし、この日をとても楽しみにしていましたの」
「セレーネ様、わたしの妹も1年生で入学するのです。仲良くしていただけますとうれしいですわ」
だあぁぁぁぁ……! 本当の本当にアストラ学院の生徒だったのかよおぉぉ……! なんで数日帝都を空けてハグリアの街まで行ってたんだ!?
まぁロイヤルパワーをもってすれば、学院なんて出席してもしなくても同じなのかもしれない。
というか稀に軍学校に入る皇族の話は聞くけど、アストラ学院に入る皇族は珍しくないのか……?
軽く調べた限り、第一皇女から第四皇女まではアストラ学院に入学していない。みんな一流の家庭教師をつけていたようだ。
なんだって第五皇女と第六皇女だけアストラ学院に……? まぁ俺の気にすることではないか。
「え……?」
なるべく目線が合わないように下を向いていたが、セレーネ皇女から明らかにこちらを意識したような声が聞こえてくる。
こわい。顔を上げるのがおそろしい。俺は気のせいであれと念じながら決して顔を上げない……が、とうとうだれのものかよくわかるつま先が俺の視界に入った。
「まぁ……レオンさんではないですか!」
「っ!」
く……! ば、バレた……! いや、落ち着け! そもそも俺、どうしてこの皇女殿下にこんなに苦手意識を持っているんだ……?
とりあえず挨拶をすべく顔を上げる。そして目線があったところで、俺はなぜ苦手意識を持っているのか思い至った。
ああ……笑顔ではいるんだけど、目の奥に獲物を見るような光がはっきりと浮かんでいるんだ……。気のせいというのはわかっている、皇女が俺を獲物にする意味がないし。
だが気のせいとわかっていても、どうしても警戒してしまう。これも紋影官としての活動が板についてきた成果なのかもしれない。
「セレーネ様、こちらの兵士とお知り合いなのですか?」
「はい。1年ほど前にハグリアの街へ視察に行ったときに護衛を務めておられたのと……それと少し前で皇宮でお会いしましたよね? あら? でもあのときはたしか給仕に……」
落ち着け……落ち着くんだ、俺。この皇女は単なる善意で俺に話しかけてきているだけ……!
決して「この獲物を逃さない!」というプレッシャーを放ってきているわけではないのだ……!
「……えぇ、お久しぶりですセレーネ様。あの時はたまたま給仕としても働いておりましたが、俺はあくまで帝国軍の兵士ですから」
「なるほど……でも学院の巡回兵士だなんて、立派なお仕事ですね! レオンさんのような兵士に守っていただけるなんて、とても心強いです!」
そう言うとセレーネはややかがみこんで、上目遣いで俺と視線を合わせてくる。
客観的に見れば、社交的で明るい皇女が一般兵士に気軽に話しかけているように見えるだろう。いや、実際それ以上でもそれ以下でもないのだが……ないはずなのだが……。
「はい。10日だけではありますが、精一杯務めさせていただきます」
「……10日?」
「はい。俺のアストラ学院配属期間は10日ですので……」
そう言うとセレーネ皇女は何か考え込むようにあごに指をあてる。そしてすぐに花開くような笑顔を見せた。
「それはそれは……ではレオンさん、お仕事大変でしょうけどがんばってくださいね!」
「あ、はい」
「~~~~……♪」
セレーネ皇女は鼻歌を歌いながらその場から離れていく。よっぽどいいことでもあったんだろうか。
そしてしばらくして1階に1年生たちが入ってきたのだった。




