限界を超えし男 黒曜聖徒ザルカー
な……なんとか……なった……!
さすがの俺もこんなにでかくて不気味な魔獣と戦ったのは初めてだ。
みんな体力を消耗しているし、ケガも負ったけど……まさか勝ててしまうとは……!
逃げたかったけど、責任の一端を感じていたので俺には戦うしか選択肢がなかった。
勝てたとはいえ結構な時間がかかった。これまで俺たちは高難度魔獣に対して無傷で勝ってきたけど、古代の魔獣が相手となるとそうはいかないな……。
「こ……これで……王国の問題は片付いたのでしょうか……?」
「あ、あぁ……。8割は……片付いたんじゃないか……」
〈黒曜聖団〉の黒曜導士であるジャスリンは捕えた。グラウロスの脅威におびえる必要もない。
あとの問題は黒曜聖徒ザルカーだが……王国最強の騎士がどうにかしてくれていますように、お祈りを捧げるしかないな。
「いやぁ、お見事やったでぇ。まさかグラウロスを倒すとは思わんかったわ」
「っ!?」
不穏な声が聞こえてくる。そちらに視線を向けると、たった今お祈りを捧げたのにもかかわらず、ザルカーがそこに立っていた。
く……! あ、あと少しはやくお祈りを捧げていれば……!
「ジャスリン、どういうことやぁ? 捕まっているあげくにグラウロスもやられてもうたやないか」
「ザルカー……! グラウロスは不完全な状態で復活させられたのよ! ストライダーごときに負けるなど、本来はありえない……!」
「なんであれ、ありえてしまったからにはしゃあないな」
ザルカーは着ている服はボロボロになっており、口元にも血をぬぐった痕がある。マクシミリアンとの戦いで無傷とはいかなかったのだろう。
しかしこの場に立っていることからも、両者の戦いの結果は明らかだった。確認するようにエーヴィスが声を上げる。
「マクシミリアンはどうしたの……!」
「俺がここに来た以上、答えは1つや。久しぶりに仙勁レベル8とやりおうたからなぁ……手ごわかったけど、まぁ対人戦の経験で差がついた感じやな」
く……! ど、どうする……!? 向こうも手負いとはいえ、俺たちほどではないし……! ジャスリンを引き渡したら大人しく引き上げるか……!?
そう考えたが、俺の考えは甘かったことを突き付けられる。ザルカーは背中の剣を抜いてこちらに刃先を向けてきた。
「こうなりゃラブルローン王国にはもう用はないやろ。おいジャスリン、ここにいる奴らを片付けたら撤退するで」
「何年も時間を費やしたのに……! く……!」
「また別の国で次のオモチャを探せばええやろ」
「オモチャではないわ! 万物の真理にたどり着くための使命であり、崇高なる研究なのに……!」
おいおいやる気かよ……!
俺たちは再びジェルトを先頭にした隊列を組む。いちおう交渉はしてみるか……!
「大人しくジャスリンを渡すから、国から出ていってくれないか?」
「ん~~……まぁ普段の俺ならそれでオッケー言うんやけどな? ひっさしぶりに熱い戦いをしたからなぁ~……まだ戦意が高揚し続けてまったく鎮まらへんねや。わるいけど兄ちゃんたちには……この余熱をぶつけさせてもらうでぇ……!」
なんだその理由……! レベル8同士の戦いで燃えたから、そのまま俺たち相手にアフタータイムを楽しもうってか!?
すでにみんな体力はかなり消耗しているというのに……!
「ほな……行くでぇ!」
「く!」
ザルカーが飛び出すのと同時にジェルトも前に出る。
俺とセリスも中衛でフォローに動くが、ザルカーの動きがあまりにもはやすぎて目で追いきれなかった。
当然のようにルナとルミアの魔術も回避しきり、打撃も交えて俺たちに攻撃してくる。
「んぐぅっ!?」
「どうしたぁ!? グラウロスとの戦いで見せた実力、俺にも見せてみい!」
ルナとルミアが雑に放り投げられ、セリスは障壁を砕かれて掌底を受ける。
俺は連続で拳打を受け、ジェルトはグレートソードを振るも攻撃を当てられず、ザルカーからカウンターを受けて吹き飛ばされる。
「まるで相手にならへんなぁ! そんなんじゃすぐ死ぬでぇ!」
くそ……! レベル8相手じゃ手も足も出ねぇ……!
せめて今が深夜であれば、俺も異能〈夜影疾走〉で速度だけは互角に持ち込めるのに……!
少なくとも今の俺の機動力ではチェーンも当てられない。だがこのままでは負ける……! 何か……何か手は……!
「……そうだ!」
絶体絶命の窮地の中、俺はある物を取り出した。それは帝都を経つときに持ってきた、技管局から配備されたもの。
使用者の仙勁レベルを一時的に上げるという神秘の薬。〈赤い息〉の完成品(仮)だ。
ザルカーはたしかに強いし、仙勁レベルは8に到達する化け物だ。
だがこれを使えば、ジェルトは一時的に仙勁レベル7……いや、もしかしたら8に届くかもしれない……!
俺は壁際で剣を杖代わりにして立ち上がるジェルトに視線を向ける。
「ジェルトぉ! これを! 一時的に仙勁レベルを上昇させられる秘薬だあぁぁ!」
残された力を込めて〈赤い息〉を放り投げる。
頼む……! 一か八か、もうこいつに勝機を見出すしかねぇ……!
ジェルトもこれこそが残された切り札だと理解したのだろう。〈赤い息〉をキャッチしようと前に駆け出る……が。
「なんや、おもしろそうなもん持っとるやないか」
「っ!?」
ザルカーが俺とジェルトの間に一瞬で入り込むと、そのまま〈赤い息〉をキャッチした。
な……! あ、あんな距離から間に合うのかよ……!?
いや、俺も〈夜影疾走〉を使えばたしかに間に合う距離だわ!
しまった……! 勝手にザルカーは疲れきっていて、〈赤い息〉を取りに行けるほどの体力は残っていないと思い込んでしまっていた……!
「兄ちゃんのその反応……どうやらこのクスリは本物らしいな。しかし仙勁レベルを上げる秘薬やて……? んなもん、どこから手に入れてきたんや?」
「く……くそ……!」
「切り札が奪われて残念やったなぁ! どれ……俺が試してみようやないか! 仙勁レベル9の領域に足を踏み入れられるかどうかをなぁ!」
そう言うとザルカーは〈赤い息〉を飲み干す。
や……やられた……! よりにもよって仙勁レベル8のザルカーが……〈赤い息〉を飲むなんて……!
仙勁レベル9なんて存在はそうはいない。だが今……目の前で正真正銘の怪物が誕生しようとしていた。
「お……おおおおおお……! なんやこのあふれる仙勁は……! は……ははははは! こりゃすごい、すごいでぇぇぇ! ほんまにレベルが上がったみやいやあぁぁ!」
これまで感じたことのない力を得て、ザルカーも気分が大きく高揚しているのだろう。
剣を持って軽く振るうだけで洞窟内には衝撃波が吹きすさぶ。
「きゃああぁぁ!?」
体重の軽いルナとルミアはそれだけで後退するほどだった。
や……やべぇ……! 今のザルカーなら、グラウロスを単独で撃破できるくらいだ……!
せっかくここまでうまくいっていたのに……! まさか最後の最後でこんな……!
と、絶望しつつセリスを見ると、彼女の目はまったく絶望していなかった。それどころかとても澄んだ瞳に見える。
まさか……樹精特有の切り札的な魔術が残されているのか……!?
「セリス、何か手があるのか……?」
すがるように期待を込めて問いかける。そんな俺に対してセリスは笑みを返してくれた。
「はい。ここに来る前に行った『フードの揺れ方と足音のリズム占い』。そして洞窟内で行った『こだま占い』に『洞窟の壁面に見える顔面占い』……! そのすべてが共通して勝利を約束し、そして王国の新たな未来を切り開くと結果が出ています……!」
な……なんだってええぇぇぇぇぇ!?
じゃない、ここでも占いかよ! しかもこんな状況なのに自信満々……っ!
「占いの結果はその時までに積み上げた行動やタイミングも大きく関係してきます。レオン……ここまでわたしを導いてくれてありがとう」
「はい!?」
いつだれがどなたを導いたって?
「ははははははは! なんや姉ちゃん、えらいおもろいこと言うやないか! ほな見せてもらおか! その約束された勝利ってやつをなあぁぁ!」
爆発でも起きたかのような音が洞窟内を反響し、土煙を巻き上げながら目にもとまらぬ速度でザルカーが突っ込んでくる。
1秒もかからず俺とセリスはザルカーに斬られるだろう。そう覚悟したが、いつまで経ってもその時は訪れなかった。
「…………っ!?」
恐る恐る視線を前に向けると、そこには青い顔をして剣を振り上げたまま固まるザルカーがいた。
なんだ……なぜ動きを止めた……!?
その疑問に答えるように、ザルカーのお腹からキュウゥゥゥ、ゴロゴロゴロゴロ……と音が鳴り響いた。




