限界を迎えた男 黒曜聖徒ザルカー
なんだこの音は……!? 明らかにザルカーの様子が変だ。原因は〈赤い息〉か……!?
俺は帝都で〈赤い息〉を荷物に入れたときに見た注意書きを思い出す。
『本当に効果が発揮されるかは個人差がある』
『どれくらいの時間継続するのかも個人差がある』
『人によっては下痢がとまらなくなる』
「…………あ」
再びザルカーの腹からゴロゴロゴロゴロと猛獣の鳴き声が響く。
こ……! これは……ま、まさか……!
「お……おおぉぉぉぉぉ…………! な……なんや、は……腹、があぁぁ……!」
間違いない……! こいつ、仙勁レベルだけでなく腸内環境レベルまで上がったんだ……!
どうやらあふれたのは仙勁だけでではなかったようだな!
そうとわかれば俺にためらいはない。即座に駆け出すと青い顔のザルカーに格闘戦を仕掛けにいく。
「ちょ……! た、タンマや……! ぐぅ、いぃっ!? やめ……うぐうぅぅぅぅおおおぉぉぉ……!」
「ジェルトぉ! チャンスだ!」
「なんだかよくわからないが、レオンの策がうまくいったということだね! はあぁぁぁぁぁ!」
違います! すみません、ろくに〈赤い息〉のことをよくわらず使ってしまいました!
考えてみれば2ヶ月以上も放置していたし、品質的にもかなりマズくなっていたのではないだろうか。保管状況も決していいとは言えなかったし。
「ぐほぉぉっ!?」
「ははははは! 動きに先ほどまでのキレがないぞ、ザルカーくん!」
そもそもからしてこの手の薬は使用期限が限られているものだし、だからこそ在庫管理もむずかしい。
このあたりがクリアになっているのならば、〈赤い息〉はもっと量産されているだろうし。
いや……単純に素材が貴重すぎる可能性もあるか。なんにせよザルカーはここで倒すしかない……!
「んぐうぅぅぅぅっ! な、なんや……仙勁もまともに練られへんやとぉ……! ちょ、ほんまにやめて……おほおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
ザルカーは腹を庇っていたが、それでは当然俺たちの猛攻を避けられない。きっと今、括約筋を全力全開で活躍させていることだろう。
ザルカーが戦わねばならないのは、目の前の俺たちではない。そう……こいつは自分自身と己の尊厳を懸けて戦っているのだ……!
ま、俺たちにはどうでもいいことだけど。
「こいつはさっきの礼だぁ!」
ザルカーの腹に拳を向けるが、これはフェイントだ。意識が腹部に向いた直後にアゴを殴る。
「んぎっ!?」
「とどめは任せたまえ! はあぁぁぁぁぁ!」
大きく体幹が崩れたザルカーに対し、ジェルトは両腕を組んで背中に叩き込む。
完全に倒れ込んだところを地面に縫い付けるように、体重を乗せた足で踏み抜いた。
「ごひゅ!?」
そして……ザルカーは己との戦いに敗れ、洞窟内は大惨事に包まれる。
しかし〈赤い息〉の注意書きにあったのは『下痢が“とまらなくなる”』というもの。
そう……ザルカーの戦いは1ラウンド目が終わっただけであり、まだまだ続くのだった。
■
それからもまぁいろいろあった。実はセリスこそが本物のセリアリス王女であることが知られたり、王都を目指していた魔獣どもは途中で統制を失ってより混迷したり……とにかくこの日はラブルローン王国にとって最も長い1日になっただろう。
マクシミリアンはザルカーとの戦いに敗れはしたが、死んではいなかった。
エーヴィスから地下での出来事やセリスの戦いぶりを聞かされた宰相とマクシミリアンは、驚きつつもその場で片膝をついてセリスに頭を垂れていた。
「セリアリス王女、よくぞご無事で……!」
「お久しぶりです。その……2年前は勝手に城を抜け出し、迷惑をかけてしまって……」
「いいのです。あの時は私も説明が足りておらず……」
そんな感じのやり取りが続いていたが、とにかくセリスは2年ぶりに自分の居場所に帰れたのだ。
ノーマンドが連れてきた傭兵やザルカー、ジャスリンも捕えることができた。
宰相ヘルカントはさすがに〈黒曜聖団〉を知っており、ザルカーが黒曜聖徒と聞いて驚いていた。
きっとかなり厳重な体制の整った場所に投獄されることだろう。この国にも仙勁レベル8相当の人物を捕えておける施設くらいはあるだろうし。
「〈無名の灯火〉には大変世話になったな。お前たちがいなければ、今回の事態をこのような形で収束できなかったはずだ」
宰相からは感謝され、また2年前に起こった出来事についてはギルドマスターとの共有も行うとのことだった。
そしてグラウロスとの戦いから3日後……セリスを除いた俺たち〈無名の灯火〉は、遺跡から溢れた最後の魔獣討伐を行っている。
「これで……ラストぉ!」
「いっけ~~!」
双子姉妹の魔術が風牙鳥に命中する。ストライダーたちは3日前に遺跡から出てきた魔獣どもの後始末に追われていた。
だがもうほとんど片付いている。今ので最後だろう。そしてノア先輩のお土産ミッションもこいつでコンプリートだ。
王都への帰路で話題になるのは、やはりこれかからのラブルローン王国についてだった。
「セリス、やっぱりストライダーを辞めちゃうのかな~」
「ちょっとさみしいかな~」
2年前に国王が賊の襲撃を受けて今もまともに会話ができる状態でないこと、またその賊を捕えることができたことは宰相ヘルカントから国民や貴族たちに発表された。
セリスについては2年前に城を出て、独自にこの賊を追っていたというストーリーになっている。ストライダーを率いて国を救った英雄姫として、セリスの国民人気は爆上がりだ。
まぁ見方によっては間違いでもない。宰相にもこのストーリーに合わせてほしいと頼まれたが、俺たちはそれを了承した。
というか〈星霊珠〉の弁償とか話に出されたら困るのは俺だし!
蒸し返されないようになるべく要求は飲むつもりだ。
「今回の事件解決に尽力したことで、我々のランクも上がることだろう。だがセリスが戻ってこないとなると、どれだけランクが上がっても喜びにくいものだね」
「そうだなぁ……さすがに最後の直系王族ともなれば、自由にストライダーをやるのもむずかしいだろうし……」
もしくはボディガードを兼ねてマクシミリアンごと〈無名の灯火〉に加入するとか? そうなると俺の役割もなくなりそうだな……。
いや……そもそも今回の任務も終わりが近づいているのだ。
黒紋監察室の仕事で任務終了にさみしさを感じているのは初めてかもしれない。
「フ……しかしレオンには驚かされてばかりだったな」
「へ?」
「その場の判断力が優れているとは思ったが……まさか仙勁レベル8のザルカーを相手にあのような罠を瞬時に張るとは思わなかった。レオンがいなければ、今日まで〈無名の灯火〉を続けてこらえたかどうか……」
「さすがにそれは大げさだけど……」
ちなみにザルカーが〈赤い息〉を飲んだ件に関しては、どういうわけか俺の策略ということになっていた。んなバカな。
ルナとルミアはいやそうな顔で鼻をつまむ。
「助かりはしたけど~」
「もう少し別の手段がよかったかも~」
うん……俺もつらかったよ……あの空間にいるのは……。
思えばザルカーはノア先輩のジョークドラッグに続き、ろくな目にあっていないな……。
でも今回の件に関しては完全にザルカーがわるい。大人しくジャスリンの身柄を引き取って国外に出ていれば、尊厳を失うことにならなかったものを……。
「それで……レオンも帝都に戻るのかな?」
「レオン、本当に帰っちゃうの?」
「もう少し王国にいようよ~」
くぅ……! もしかしたらありえたかもしれない、ストライダーレオンとしての未練が……!
「……わるいな。落ち着いたら〈王立古代遺物研究院〉の偉い人とゆっくり話せる機会をくれるって話だし。それに帝都には妹もいるし……」
「そうか……」
まだ城内がゴタつきまくっているので研究員とは話せていないが、落ち着けば俺も本来の任務を行うことができるだろう。
当初の想定に比べると、ずいぶんと遠回りになってしまったものだ……。
「あ、でも気持ちはずっと〈無名の灯火〉の一員だから! 途中脱退にはなるけど、また一緒に冒険できる機会があると……俺は願っている」
いつまでもこのパーティでストライダーを続けることができれば、それはとても楽しいことだろう。だがやはり俺の居場所は帝国にある。
それに紋影官という立場は、これからも友人たちを救うことにつながるかもしれない。
思えば〈無名の灯火〉としてみんなと出会えたのも、紋影官としての立場があってのことだし。
感傷に浸りながらも王都のストライダーギルドへと報告に向かう。するとギルドマスターのトロメーラから呼び出しを受ける。
ちょうど城から使いが来たところらしく、俺たちに用件があるとのことだった。
「〈無名の灯火〉の面々には明日、城に来てほしいそうです。宰相や王女様から話があるとのことですが……」




