城の地下
レオンの言葉にジェルトはわずかに両目を開く。
おそらくレオンは暗殺者としての観察力から、自分の感じていた違和感の正体についてあたりをつけたのだろう。
「ほう……! どうしてそう考えたのかね?」
「あー……その。〈黒曜聖団〉って知っているか……?」
「……ここでその名が出るのかい」
〈黒曜聖団〉。世界を股にかけるカルト集団。
禁制品の研究や開発、魔術の深淵を探求し、それこそが万物の真理に云々かんぬんという危ない連中である。
周囲の顔を見るに、どうやら〈黒曜聖団〉について知っているのは自分とレオンの2人だけのようだった。
「簡単に言えば禁制品大好きな犯罪組織で、各国が強く警戒している奴らになる」
「そんなわるい組織が!」
「この世に存在していたなんて!」
「初めて知りました……」
ジェルトとて名前を知っているだけで会ったことはない。
当然深くは知らないが、レオンはどうやら〈黒曜聖団〉に対して十分な知識を有している様子だった。
「組織の構成員はいくつかの階級があるんだが、その中でもとくに戦闘能力に特化した奴らが〈聖徒〉と呼ばれている。そしてノーマンドに雇われたという傭兵ザルカーだが、何を隠そうその聖徒になる」
「それは……!」
「ま、間違いないんですか!?」
「ああ。向こうは気づいていないが、俺は会うの2度目だからな……」
そう言うレオンの目はどこか遠くを見ていた。闇社会にどっぷり浸かっていたころに何かしらのかかわりがあったのは間違いないだろう。
たしかにザルカーという男は尋常な使い手ではないと感じ取ることができた。レオンはもしかしたら、かつて仕事で彼の暗殺に失敗したのかもしれない。
「正直言って戦いになれば、いくら連携の取れる俺たちでも厳しいと思う」
「それほどかね……」
「ああ。で、〈黒曜聖団〉というのは、古代のアーティファクトやらなんやらを起動させるのが大好きな連中でな。そこで思ったんだよ……もしかしたらジャスリンも〈黒曜聖団〉の一員で、実は地下の魔獣の封印を解こうとしているんじゃないか、て」
言われて先ほどザルカーとジャスリンの間で交わされた会話を思い出す。
たしかザルカーはジャスリンに対して「しくじるなよ」と言っていた。思えばあの時も少し引っ掛かりを覚えたものだ。
レオンはそのすぐに忘れそうになる引っ掛かりを、ザルカーが聖徒であるという事実とつなぎ合わせることで具体的なものにしたのだろう。
「それじゃノーマンドは?」
「それじゃ宰相は?」
「そこがまだよく見えてこないんだよなぁ……憶測だけならいくらでも語れるけど」
たしかにそうだ。今は根拠を論じられるほどの物証は何もない。
だがレオンの言葉で見えてきたものもある。
「フ……少なくとも宰相サイドとノーマンドサイド、そしてジャスリンサイドと我々。四つの思惑が入り乱れているようだねぇ!」
「ああ、その線はかなり濃いと思う。そしてこの場合、みんなにとって明確な敵となりうる可能性が高いのは……」
「〈黒曜聖団〉。つまりジャスリンサイド……」
実際にはノーマンドがすべて知ったうえでジャスリンに協力している可能性もあるし、宰相こそが魔獣の封印を解こうしている可能性だってある。
だがジェルトにとって〈黒曜聖団〉の名はジャスリンに強い疑念を抱かせるのに十分だったし、それはレオン自身も同様だろう。
とくに闇社会に長くいたからこそ、この手の気配には敏感なはず。
「わからないのはノーマンドサイドが何も知らなかったとして、どうしてジャスリンが地下へ連れて行ったのかなんだよなぁ……」
「ノーマンドを~」
「人質にするためじゃない?」
「……そうか、その可能性も高そうだな」
たしかにノーマンドも王国では一端の貴族だ。人質としての価値はあるだろう。
「ふむ……そうなると偽物のセリアリス王女も連れていったのはなぜかな? まぁあの場に置いていても事態をより混迷させるだけだっただろうが……」
「宰相は偽物だと見抜いていたし、それ以上の追及を避けたかったという可能性もありそうだ」
先ほど自分が感じていた疑問をレオンがはっきり口に出したことで、疑惑が確信へと変わっていく。
そもそもなぜジャスリンが古代魔獣の封じられた場所に続く場所を知っていたのかも気になっていたのだ。
ここでセリスは思い出したように口を開いた。
「あの……古代の魔獣の話を聞いて、そしてセリアリス王女が身に着けていた〈星霊珠〉を見て思い出したことがあるんです」
「セリスの口からセリアリス王女という名を聞くのはすごく違和感があるな……」
「かつて父から聞いた伝承なのですが……『獣は眠る。王の血が流れ、宝石が脈打つその時まで』。そして『心なき獣に心臓を返すのは、王族の赤き雫』……というものです。なんだか部分的に古代の魔獣と〈星霊珠〉を示唆しているようにも思えて……」
不穏な伝承だ。まるで王族の血と〈星霊珠〉が獣の眠りを呼び覚ますかの言い伝えに思える。
「もしかして」
「もしかすると」
「〈星霊珠〉って」
「魔獣の封印を解く?」
ルナとルミアの言葉にイヤな予感を覚える。時間は限られている、〈無名の灯火〉としての方針を決めなくてはならないだろう。
ジェルトはリーダーとして即座に考えを整理した。
「よし……我々も地下へと急ごう!」
「ジェルト……いいんだな?」
「もともとギルドマスターからの依頼でもあるしね。それにジャスリンくんに直接聞けばいいではないか! きみは〈黒曜聖団〉なのかね……と! セリスくんも言いたまえよ、あなたは偽物でしょうと!」
「ジェルト……」
ここでセリスは被っていたフードを外す。そして顔を露わにした。
「わかりました。ここに来るまでに『フードの揺れ方と足音のリズム占い』を行いましたが、地下に向かうのが吉と出ました! みなさん、この先へ進みましょう……!」
「お~!」
「この先に進む根拠がそれでいいのか……?」
■
長い階段をノーマンドとセリアリス王女は傭兵たちに護衛されながら突き進む。行きついた先は洞窟だった。
「城の地下が……このような洞窟と繋がっていたとは……」
「わたしも初めておとずれたときには驚きました」
「ジャスリンはここに来たことがあるのか?」
「はい。かつて商人としての仕事で縁がありまして……」
思えばジャスリンははじめからなんでも知っていた。
宰相の謀反、そして地下に封じられた存在。王国でここまで事情に詳しい商人は他にいないだろう。
洞窟内は龍気を吸った鉱石の影響なのか、それなりに明るかった。おかげで足元もよく見えるし、転倒の危険も少ない。
洞窟内部は鍾乳洞のようになっており、少し肌寒さも感じる。だがどこか幻想的でもあった。
セリアリス王女と共に周囲の景色に見とれながらも進むことしばらく。かなり広い場所へと行き当たる。
「な……!? あ、あれは……!?」
その空間の中心部には大きな水晶があり、その中には見たことのない魔獣が封じられていた。
そしてその周囲にはいくつもの機材が置かれており、学者風の者たちが集まっている。
彼らの中心にいる人物を見てノーマンドはその正体を見破った。
「〈王立古代遺物研究院〉……! そしてラボ長エーヴィス!」
ノーマンドはエーヴィスと話したことはなかったが、昔参加したパーティでその顔を見たことがある。そもそもエーヴィスは王国貴族の中でも有名人だ。
そのエーヴィスはノーマンドたちに視線を移し、その目がジャスリンに向いたときに大きく見開く。
「ジャスリン……! そ、それにその樹精が身に着けている宝石は……! く……騒ぎの正体はあなたたちということ……!」
わかってはいたことだが、やはりエーヴィスも宰相に加担しているらしい。
本物のセリアリス王女が現れたことと、自分たちが封印を解こうとしている魔獣を見られて動揺しているようだ。
「久しぶりねぇエーヴィス。2年前の続きをしに来たわよ? ちゃんと〈星霊珠〉も用意してね?」
いよいよ悪を断じ、王国の正しき姿を取り戻すときがきた。
そう思った瞬間、ノーマンドは何者かに後ろから両腕を掴まれる。
「いたっ!?」
「なに!?」
同時に首に刃物を突き付けてられた。隣を見るとセリアリス王女も同じように両腕を後ろ手に回された状態で拘束されている。
自分がザルカーと共に雇った傭兵によって。
「な……なんのつもりだ、貴様ら!」
さらに傭兵はセリアリス王女から〈星霊珠〉を奪い取ると、それをジャスリンに放り投げる。
彼女はそれをキャッチするとノーマンドに笑顔を向けた。
「ノーマンド様、ここまでありがとうございました。さて……エーヴィス、選びなさいな。ここでノーマンドと王女ともども殺されるか……古代の魔獣グラウロスの復活を特等席で見るのか……どちらが“得”かしらね?」




