人生という名のチップを全賭けした結果、覚悟がキマってしまった女
ヘルカントに「王女ではない」と言われたとき、セリアリス王女……いや、ロウラという樹精は内心ではかなり焦っていた。
そもそもロウラは詐欺グループのボスだった女である。その美貌を利用してこれまで幾人もの人種から金を巻き上げてきた。
そんな彼女のもとにある日、部下が大層美しい宝石を持ってきた。聞けばトロくさい世間知らずの樹精からだまし取ったのだと言う。
あまりにも奇麗な宝石だったので、ロウラはそれを気に入り、常に身に着けていた。ノーマンドに声をかけられたのはそんなある日のことだった。
『そ、その首に光る宝石は……! まさか……ほ、本物の〈星霊珠〉!?』
ノーマンドのことはロウラも知っていた……というより、警戒している貴族の1人だったのでしっかりと顔と名前を押さえていたのだ。
そんな彼から目をつけられた当初はマズいと思ったが、話をしているうちに彼が自分を「セリアリス王女」と誤解していることに気づく。
適当に「はい、そうです」と返事を繰り返すうちに屋敷で豪華な歓待を受け、贅沢三昧な日々に調子に乗っていき……気づけばロウラはこんなところまでやってきてしまった。
だが来てしまったものは仕方がない。自分がただの詐欺師グループのボスだとバレれば厳しい罰が待っているのだ。もはや伸るか反るか……!
うまくいけば国が手に入る。ノーマンドは自分にラブルローン王国をもたらす気満々だからだ。
詐欺師グループのボスが国を統べる存在になれる可能性。このまま罪人になるくらいであれば、ロウラはこちらにすべてのチップを賭ける。
思えば部下が自分に〈星霊珠〉を持ってきたあの日から、この博打は始まっていたのだ……!
だが考えてみれば当然だが、宰相はセリアリス王女の顔を知っている。
幸いノーマンドは宰相がウソを言っていると思っているので、こちらに全力で乗っかるしかない。
そんなロウラをフォローするかのようにジャスリンが前に出た。
「お久しぶりですね、ヘルカント様」
「き……! 貴様……! ジャスリン!」
そういえばジャスリンは以前まで城内に何度かおとずれていたと話していた。宰相とも面識があったようだ。
「ずいぶんと警戒をなさっておられたおかげで、こうして城に再び入れるようになるまで時間がかかりましたよ」
「おのれ……っ! そういうことか! 貴様がノーマンドとその偽物を焚き付けたのだな!?」
「ご想像にお任せしましょう。ストライダーのみなさん、王国最強の騎士マクシミリアンを少しの間足止め願えますか?」
ジャスリンは何を言っているのだろう。ストライダーの目的は地下の魔獣だ。マクシミリアンの相手ではない。
その違和感は正しかったらしく、〈無名の灯火〉のリーダーが首を横に振る。
「レディ、すまないが我々は国のいざこざには首を突っ込まないよ。目的はあくまで古代の魔獣だ」
「あら……やっぱりダメですか」
どうやらジャスリンもはじめから期待していたわけではなかったらしい。
「地下のグラウロスのことまで話したのか……! 本気で"取りにきた"ということだな……!?」
「さぁノーマンド様、セリアリス様! ここはザルカーに任せて、わたしたちは地下へ行きましょう! そこに宰相の謀反の証拠である古代の魔獣が眠っています!」
「わ、わかった……! ザルカー、頼めるか!?」
「あいよ。おいジャスリン、しくじるなよ?」
ザルカーが前に出て金属板のような剣を手に取る。
彼の実力を感じ取ったのだろう、赤い鎧を来た騎士も剣を抜いて階段を下りてきた。
「マクシミリアン……!」
「宰相、この男はまずい。俺でなくては止められないだろう」
「それほどか……」
「ああ。どこかに隠れていろ」
マクシミリアンは一階まで下りるとザルカーに対して剣を構える。素人のロウラでさえその気迫を前に失神しそうになるほどだった。
隣でノーマンドが額に汗を流しながらも果敢ににらみつける。
「忠義の騎士マクシミリアンも落ちたものだ……! すっかり逆賊の飼い犬ではないか!」
その瞬間、マクシミリアンの殺気がノーマンドとロウラに向けられる。
一瞬呼吸を忘れたところでジャスリンは声を上げた。
「さぁ! ザルカーに任せて行きましょう!」
「は、はい!」
やべぇ。逃げたい。
でも今から逃げたら確実に貴族をだました罪に問われる。それに下手すれば本物のセリアリス王女殺害疑惑もかけられてしまう。
もうこの道を突っ切るしかない……! ロウラは覚悟を決めてジャスリンの先導に従い走り出す!
■
ジェルトは言葉にできない引っ掛かりを覚えながらもジャスリンの後について城内を走っていた。
そもそも〈無名の灯火〉はセリアリス王女が偽物だとわかっている。だからこそ最初から特大の引っ掛かりを覚えているのだが。
みんなセリスから「その人は偽物です」と言わない限りは、自分たちから言い出すつもりはないようだった。
しかしセリスが本物だと知っているからこそ、先ほどの宰相とノーマンド、それにジャスリンのやり取りにははっきりとした違和感がある。
そう……宰相ヘルカントはしっかりとセリアリス王女を偽物だと断じた。そしてそのあとすぐにジャスリンは会話の主導権を握った。
まるで王女が偽物であることをこれ以上深掘りされるのを避けるかのように。
いくつかの可能性について考えているうちに、ついに地下へと続く階段前へと到達する。ここでジャスリンはジェルトたちに視線を向けた。
「ストライダーの皆さまは、ここで騎士たちが来るのを食い止めていただけませんか?」
普通であれば断るべきだ。なぜなら自分たちの目的は地下にいる魔獣の情報を得ることなのだから。騎士との戦いは依頼の範疇に含まれていない。
一方でこの提案はチャンスでもあった。ギルドマスターを訪ねてからというもの、〈無名の灯火〉だけで会話をする機会がなかったからだ。
現状についても仲間たちだけで整理しておきたいことは多い。
「ふむ……ずっと走り続けていたからね。休憩を兼ねてここにしばらくとどまろうと思うのだが、皆はどうかな?」
ジェルトがそれとなく視線を向けると、4人も即座に意図を理解したようだった。
状況の整理をしたいのは全員共通しているのだ。
「ストライダー諸君! 君たちに代わって魔獣の様子はしっかり見てくるから、安心してほしい!」
ノーマンドはいよいよ王国を救う時がきたのだと、意気揚々とセリアリス王女を伴って階段を下りていく。
ジャスリンや5人の傭兵たちも階段を下りて姿が見えなくなったところで、ジェルトは慎重に口を開いた。
「さて……何から話すべきかな?」
「あの王女だれ?」
「あの樹精なに?」
即座に口を開いたのはルナとルミアだ。まずはやはりそこだろう。
「ふむ……セリスくん、あの樹精が身に着けていた〈星霊珠〉の首飾りというのは……」
「はい。あれは城を出てしばらくして、だまし取られたものになります。なので本物の〈星霊珠〉なのは間違いないですね」
「王女の証をだまし取られていたのか……」
レオンが呆れたように首を横に振る。これにはセリスも少し頬を赤く染めていた。
「その……あれが王族の証だとは知らず……。父からいつも身に着けておくように言われていたので……」
どうやらセリス自身が〈星霊珠〉に対してそこまで重要視していなかったらしい。
考えてみればずっと王女という立場が当たり前かつ自然だった身からすれば、わざわざ身の証を立てる物についてそこまで意識を割く必要を感じていなかったのかもしれない。
「奪っちゃう?」
「取り返しちゃう?」
「そうだね、いずれその判断も必要だろう」
だまし取られた〈星霊珠〉が、巡り巡ってあの女の手元に回ってきたのだろう。そしてノーマンドはまんまと本物のセリアリス王女であるとだまされた。
ここまですべて計算でやっていたとすれば、稀代の詐欺師と言っていい。少なくとも貴族やギルドマスターを手玉に取ったのだから。
ここでレオンがむずかしい表情を作りながら口を開く。
「なぁ……もしかしてだけど、地下の魔獣を使って何か企んでいるのってジャスリンとザルカーの方じゃね?」




