占いの結果でその日の気分が変わるような気がしないでもないこともない
いよいよ王都に駐在していた騎士団が出払ったところで、俺たちは作戦を開始する。
できれば作戦決行までに〈無名の灯火〉で集まり、セリアリス王女(仮)やザルカーについての情報共有を進めたかったけど……!
緊急事態ということでなかなかそうした時間が取れなかった。
えぇい、しゃあねぇ! こうなりゃ出たとこ勝負……!
「では行くぞ! 王国の正しき姿を取り戻すのだ!」
すでに王都の住民たちに緊急事態であると伝わっており、通りを歩く人影は普段よりもかなり少なくなっていた。おかげで大人数でも走りやすい。
ノーマンドはザルカーの他、5人の傭兵を連れてきていた。
あのセリアリス王女(仮)が今、どんな心境で城を目指して走っているのかは不明だが、こちらの本家本元セリスは約2年ぶりの帰還となる。この中で城の様子が一番気になっているのは彼女だろう。
そんなセリスを気遣い、俺は走りつつも声をかける。
「セリス……だいじょうぶか? ほら、なんというか……いろいろありすぎたし」
そう言ってセリアリス王女(仮)に視線を向ける。それだけでセリスは何を言いたいのか察した様子だった。
「たしかに驚きましたけど……でもだいじょうぶです!」
「そう?」
「はい! 朝一番に行った靴底の摩耗占いの結果でも、今日はすべてがうまくいくと出ていましたので……!」
なにそれ!? セリスが妙に落ち着いているなと思ったけど……もしかして占いの結果が超ハッピーだったから!?
彼女からすればたとえセリアリス王女(仮)が登場しても、占いの結果があるのでまったく気にならなかったのかもしれない。
たぶんジェルトはいろいろ頭を悩ませていると思うよ!
俺としてもノーマンドはセリアリス王女が偽物だと知ったうえで組んでいるのか、あるいは本物だと疑っていないのかは気になる。あの様子では本物だと信じているみたいだけど。
この先何があるのかはわからない。そうした状況でセリスの占い結果は……まぁ気休めにはなった。
「そうか……なら全部うまくいくな!」
「はい! でも念のため……お城に入ったらフードを被っておきますね」
「そうだな」
俺も不安なことは多いし! 今日ばかりは占いの結果にすがりてぇ……!
「城門が見えたぞ!」
とにかくここまで来たら覚悟を決めるしかない! 任務達成のため、セリスのため……!
ザルカーたちから目を離さないようにしつつ、古代の魔獣の封印された場所を目指さなくては!
■
宰相のヘルカントは自室で渋面を作っていた。理由は大量発生した高難度魔獣が王都を目指しているという異常事態を受けてのことだ。
部屋には〈王立古代遺物研究院〉のラボ長であるエーヴィスと、王国最強の騎士として名高いマクシミリアンもいた。
「どう思う、エーヴィス? この魔獣騒動にはやはり、地下のアレ……グラウロスが関係していると思うか?」
グラウロス……それこそが幽牢獄晶に封じられし古代の魔獣、その名前になる。
エーヴィスは静かに首を縦に振った。
「ほぼ確実でしょう。陛下の血により封印の半分が解けてはや2年……グラウロスはこれまで何度も王都近郊の遺跡に干渉していました。アレは動けないだけで、すでに意識は覚醒しています」
「むぅ……」
〈王立古代遺物研究院〉は帝国の技管局ほど龍気や薬品類の研究は進んでいないが、古代遺物や魔術の関する研究は随一である。
これまでエーヴィスは研究員らとともに幽牢獄晶を観測し、グラウロスが周囲にどういった影響をおよぼしているのかを観測してきた。
「グラウロスから発せられる波動は指向性を持っており、4つの遺跡に向けられていました。おそらく遺跡も幽牢獄晶と何かしらの関係があるのでしょう」
「遺跡自体がグラウロスの封印にかかわっている可能性もあるわけか……」
ここで赤い鎧を身にまとった大柄な男、マクシミリアンが口を開く。
「宰相。もはや貴族だけでなく、ギルドに対してもいつまでも隠し通せる段階ではないぞ」
「わかっておる。だが例の組織がどこまで関与しているかわからぬ限り、大々的に公開できるものでもない」
この2年、こと政治面に関しては問題なく行えてきたという自負はある。
しかしいくら政情の安定化を図ってきたといっても、国王不在のままではほころびも出てくる。
ギルドへの説明と対処、行方不明のセリアリス王女に〈星霊珠〉の行方。考えるべきことは多い。
「やはりギルドマスターだけでも事情を話して、こちら側に引き込むべきでは?」
「そのギルドマスターに例の組織の息がかかっておったらどうする」
「そうですけどね……見極めている時間も取れそうにないですよ?」
「ふん……」
宰相ヘルカントにとって信用できるのは、2年間自分を支えてくれた者たちだけだ。
彼らは国王が表舞台に出られなくなってからもよく働いてくれている。忠義の騎士マクシミリアンもそうだ。
せめてグラウロスの問題だけでも片付けることができれば、取れる選択肢も増えるのだが。
「王都を目指す魔獣の規模からして、おそらく夕方までには討伐が完了するであろう」
「次に同じことがいつ起こるかもわかりませんよ?」
「それまでに何かしらの対策を講じろと? そのためにもエーヴィスラボ長の仕事ぶりに期待したいところだが?」
「研究員ともども、毎日細かな予兆すら見逃さないように働かせていただいておりますよ」
こうなると国内の信用できない者よりも、国外……帝国に協力してもらう方向で考えてもいいかもしれない。
借りを作るのは癪だが、現皇帝の妻にはラブルローン王国王家の血を引く者もいる。もともと両国の関係は親しく、交渉自体は不可能ではないだろう。
「いつまでも歪な状態は続かんということか……」
エーヴィスの懸念通り、今後もこうした騒動は起こるに違いない。今はよくてもそのうちストライダーや騎士たちも疲弊する。
今ある手札で何かしらの手を打たねば。そう考えたタイミングで扉にノックがなる。
視線で促すと、マクシミリアンが扉を開いた。
「ヘルカント様! た、大変です……!」
「どうした?」
「ノーマンド・マイカークスがセリアリス王女を連れて城内へと入ってまいりました……!」
「っ!?」
この報告にヘルカントだけでなくエーヴィスとマクシミリアンも両目を大きく見開く。
しかしヘルカントはすぐに冷静さを取り戻した。
「ノーマンドめ、タイミングを見計らったかのように……いつ王都に来ておったのだ。それよりセリアリス王女が一緒なのは確かなのか?」
「は、はい! 〈星霊珠〉の首飾りをされておられます!」
「〈星霊珠〉だと!?」
幽牢獄晶の封印を解くカギは2つ。王族の血と〈星霊珠〉だ。すでに国王の血をもって封印の半分は解けている。
〈星霊珠〉はなんとしてでもヘルカントが確保しなければならないものだった。
これが今、2年に渡って行方不明になっていたセリアリス王女と共に城内へとやってきたという。
「あら……本当に王女が持ち出していたのね?」
「言っている場合か……! 生きていたのは喜ばしいが、ノーマンドめに何を吹き込まれているのかもわからん!」
「ヘルカント様! ノーマンドはヘルカント様の謀反を謳い、姿を現すようにと騒ぎを大きくしております! いかがされますか……!?」
すでに城内に働く主だったものはヘルカントが押さえている。すぐに城内がうるさくなることはないが、城門が開かれた状態で下手なウワサが外に漏れても困る。
だがこれは千載一遇のチャンスだ。ここでセリアリス王女の身柄を確保し、そして〈星霊珠〉も手に入れる。
少なくともこれで最悪の事態は免れる。
「マクシミリアン、ついてこい!」
「承知した」
兵士の先導に従い、ノーマンドが騒いでいるという場所へと向かう。
そこは吹き抜けになったホールであり、ヘルカントは1階で騒ぐノーマンドを2階から見下ろす形で姿を見せた。
「久しぶりだな、宰相ヘルカント! いや、逆賊ヘルカントよ!」
「何も知らん小僧が……。このような緊急事態に無用な騒ぎを起こしおって」
「よく言う! さぁ観念するがいい! セリアリス王女がご帰還されたのだからな!」
そう言ってノーマンドは樹精の女性に腕を差し出す。
その樹精の首にはたしかに本物の〈星霊珠〉が光っていた……が。
「…………そうか。やはりセリアリス王女はすでに死んでおられたのか」
「なんだと!? ヘルカント、なんと無礼な……!」
「その女はセリアリス王女ではない。大方、本物の王女から〈星霊珠〉を奪い取ったのだろう」
「っ!? きさま……言うにことかいて! 見苦しいぞ、なんとみっともない!」
セリアリス王女は滅多に表に出ない姫であったが、当然ヘルカントは面識がある。
どう見てもノーマンドが連れてきた樹精はセリアリス王女本人ではなかった。
ノーマンドは騙されているのだろう。しかし厄介なのは〈星霊珠〉が本物だという点だ。
おそらく何を言っても「宰相は証拠もなしにセリアリス王女を偽物だと決めつけている」と、耳を貸さないに違いない。
「お久しぶりですね、ヘルカント様」
しかしそんなヘルカントの呆れを別の衝撃が吹き飛ばす。
それはノーマンドの後ろからジャスリンという女性が姿を現したからだった。




