第4話 その①
その日、陽と隠世はあるところにいた。
時刻は午前九時。朝だというのに、朝らしい爽やかさはなく、空はどんよりと曇っている。
近くにダムがあるせいか、湿度が高く霧が薄っすらと出ており、車のライトをつけるべきか否かと迷うくらいだ。
入口に『本日貸切』と書かれた看板が立てられた駐車場に入る。
二メートル程進んだところで、ウサギの被り物を被った人物に止められた。
薄灰色で少しリアルな作りが不気味だ。
まあ、この天気であれば何色であろうと不気味だろうが。
ウサギは運転席側に回って窓を叩いてきた。
運転席に座っている隠世は窓を操作して下げると「拝見」とボイスレコーダーを通したような声で短く英語で言ってきた。カジノ側と意思疎通を取る際は全て英語でなされる。
隠世は持ってきたカードを差し出す。
「Welcome」
カードを確認したウサギは短く告げると、前を差し出した。
「ありがとー」
陽が中からお礼を言うと、ウサギは一礼した。
駐車場には既に何台か止まっていた。空いていた箇所に止めるとエンジンを切る。
運転席から出てきた隠世は、黒に近いミッドナイトブルーのタキシードを着こなしている。タキシードの下にあるベストはミッドナイトブルーより少し明るめのブルー、白い比翼のシャツ。胸元にはネクタイでは無く、チャコールグレーのアスコットタイを締めている。恐らく、首元にある首輪を隠す為だろう。
ボトムスはタキシードと同色で測章が入っており、靴は黒のエメナルシューズで地面を蹴っていた。
また、両袖口のカフスボタンに水色のターコイズが一粒付いている。
そして、青色のベネチアンマスクが顔の上半分を覆っていた。
後部座席のドアを開けて、手を差し出すと陽がそれを取って降りてきた。
陽は車の段差にドレスの裾が引っかからないように片手で小さいカバンを持ちながらほんの少しだけ裾を集めて持ち上げる。
ドレスは青系。隠世のタキシードのカフスボタンと同じ淡い水色で身体にフィットし、裾は濃い青色に包まれていた。肩はオフショルダーに同色のフリルティアートが一段だけ付いており、首はアメリカンスリーブで肩が完全に露出するのを防いでいる。華奢な首元にはルチルクォーツが一粒だけ付いているネックレスがあった。
隠世の手に乗せている手は水色のミディグローブで肌が隠されていた。
ドレスの型と丈はスタンダード型のアンクル丈で、カジノ会場で動き回るのを想定していて肌があまり見えない丈となっている。
くるぶしの少し上から裾と同色のフリルが付いており、陽の印象を引き締めていた。
ドレスの柄は無地かと思いきや、フリルと同じ色で細かくトランプやサイコロが刺繍されている。靴はフリルと同色のパンプスで3cmのヒールがコンクリートに響いている。
歩く度に揺れているのは唯一、結わえていない一房の横髪。後ろ髪はシニヨンにしていて、金に輝く小さいバレッタが添えられていた。横髪に合わせてバレッタと同じ金色のイヤリングが見え隠れしていた。
そのスタイルの中でも目立つのが隠世同様、顔上半分を覆っている黄色のベネチアンマスクだ。このマスクは三ヶ月前の正規創作者の仮面パーティーに潜入したものと同じ─元々はこのカジノ用に調達したものだ─にしている。
陽が隠世の腕に自分の腕を絡ませると、二人は目の前の植物園に向かった。
どうして二人はこんなところにいるのかというと、それは約五ヶ月前に遡る。
セミがうるさく鳴き始めた八月初旬、ソファに座って届いた封書の中身を確認していた陽は突然吹き出した。
「またきたぁ」
「何が来たんだ?」
隠世が覗き込むと陽が掲げてきた。
「ラビッツ・バロウの案内状ぉ」
「あー、あのボッタクリの」
隠世は招待状を受け取ると目を通した。
「ボッタクリってなんのことを言ってるのかなあ」
陽は立ち上がって隠世にチョップを繰り出す。
「そりゃーお前の本……っと」
隠世はそれを視界の端で確認すると難なく避けた。
陽も当たるとも思っていないのだろう。
「あの場では正規価格ですぅー。金持ちがうっじゃうじゃいるんだから」
ラビッツ・バロウ──それは所謂、非合法カジノと呼ばれるものだ。
日本だけに存在する非正規創作者の集まりがBCMと呼ばれるように、日本の金持ちの中からさらに選ばれた者達のみが足を踏み入れられる遊びの場。
招待の条件は『表社会で活躍し、何かしら裏があり、文警局や政府機関に通報されると困る』だ。
誰が企画し、どこが運営しているのかは一切不明。カジノということで一日で何億と金が動くというのに、その金がどこから出ているかというのも不明。唯一判明しているのは、運営側は全員ウサギの被り物をしているということ。何も分からない主催団体の元で遊ぶのにリスクがあるが、それ以上にメリットが大きい。
一つ、飲食物や使われる道具等会場の中にある物は全て一流で揃えられている。
一つ、会場の所定のカウンターで申請すれば、好きな時に大金を指定した口座に振り込める。もちろん証拠は残らない。
そして、最大のメリットは国の捜査機関の手が入らない事だ。会場から半径一キロは空含めてラビッツ・バロウの領域であり、部外者は誰も入ることが出来ない。
招待状が届いた陽でさえ、会場に来るまでに何度も止められ、やっとたどり着いたのだ。もちろん運転手兼護衛の隠世も事前に申請しなければ入ることは出来ない。無理に入ろうものなら警察沙汰になるだろう。
これだけのことをされて初めて裏がある者は気を緩めることが出来る。
ラビッツ・バロウに招待されるのは裏がある金持ちと陽達のような非正規創作者が主だ。
金持ち達の正体条件はある程度判明しているが、非正規創作者側の条件はほぼと言っていいほど判明していない。
五等級が招かれる事もあれば特級が招かれる事もあると聞く。
招かれた非正規創作者に課せられることはただ一つ。
『新作の本を売りラビッツ・バロウが指定した創作者と競う事』。
その関係上、招待客には開催の一ヶ月前に届く招待状が、創作者には約五ヶ月前に新作のテーマと共に届く。
「まあ、金持ちがあそこの最低条件だからな…………ん?」
隠世は対戦者の項目とその下のコメントに目が留まった。
「面白いでしょ、今回の対戦者。こっちを最大限見下してる」
コメントは要約すると「勝負前にアタクシが勝つに決まっている。これは陽側の負け戦。せいぜいあがくことね」という感じだ。
「お前に勝てるのか? 俺の見立てだとあっちの勝算は限りなくゼロなんだが」
対戦者は爛華牡丹。招待状によると五十代前半の女性の正規創作者らしい。
「さあ? 負けるつもりはないよ…………と、ゆーことで、隠世」
「ヘイヘイ、爛華牡丹のことを調べたらいいんだろ」
「さっすが。対戦相手の情報は付属の資料に載ってるけど一応、ね?」
「りょーかい、我が主」
植物園には不釣り合いな装いの陽と隠世は順路に従って中腹まで来ると、道から外れた。大木までたどり着くと、その陰からまたもウサギが出てきた。
童話のキャラクターのように顔を出している。
しかし、顔は駐車場のウサギと同じなのでやはり少し怖い。
ウサギは両手を開いて差し出している。
陽はそこに招待状を乗せると、ウサギは嬉しそうに弾んで、招待状にスタンプを押した。
ウサギは陽に招待状を返すと背後の岩壁まで行くと手招きしてきた。
手招きされるままに近づくと岩壁をなぞった。
すると、ガラガラガラと引き戸のように開いた。
何度見ても、この瞬間は心が躍る。
「レッツ―ゴー戦場!」
「言葉合ってるか?」
「カジノは戦場でしょ」
「それは確かに」
ラビッツ・バロウの一階は通常エリアだ。初回や招かれて数回の人間が多い。
「俺がいつイカサマしたって? 証拠を出せ!」
あとはマナーが悪い奴とか。
ああいう奴は身の丈を合わない金額を賭け、借金までして金を落としていくからあえて呼んでいるらしい。
身の丈に合った額を賭けている人間は無い袖は振らない。しかし、誰かがそれをしてくれなければいづれ立ち行かなくなる、ということなのだろう。
「もう一回やったら出禁? 呼んだのはそっちだろ?」
ラビッツ・バロウは提携の金貸しもいるらしいから本当に恐ろしい。
ドレスコードがあるラビッツ・バロウでジャケット・時計・ネクタイがないところをみると、あの男は既に何度か借りた後のようだ。
「(ありゃもって一時間だな)」
二人は別の通路を進んで二階に上がった。
マナーが良い&一定額を稼いだことがある客しか入れないVIPルームだ。
VIPルームに通じる階段には常に警備員が常駐している。
その警備員もウサギを被っているが駐車場や大木の下にいたウサギのように顔はぬいぐるみっぽくなく、金属で作られていてメカメカしい。
VIPルームのウサギは全員同じ顔をしており、服装はタキシードと白手袋で統一されている。
やはりこの光景は何度見ても不気味だ。




