駿伯電サイド 第2話
廃遊園地の入園ゲート前。入場手続きをする受付係の様に、門の前に立つピエロが尋ねた。
「『カボチャの中身は捨てらレタ。外側はどこに飾ル?』」
西瓜は、手に持っていた紙袋を地面に置くと、わざとらしい素振りで口もとを指先で隠し言った。
「『嫌やわぁ、カボチャの中身を捨てるん? 勿体無いなぁ』」
そして、口もとを隠す手を動かし指先を合わせると続けた。
「『せや! 捨てるんならウチにくれぇへん? 西瓜畑に肥料で混ぜるさかい。外側は玄関に飾るとしまひょ』」
西瓜が門をくぐった数分後。ピエロの前に立った電菊は、本を入れた袋を肩に担ぎ、ピエロの問いに答えた。
「『菊でも活けて電球の下に置くかな。献花でも多少映えるだろ』」
さらに数十分後。スルガはピエロの顔をじっくりと観察してから、ニンマリと口角を釣り上げて言った。
「『入口が当たり前だろうけど、海の底だとありがたいなぁ。東京湾とか、伊勢湾とか、駿河湾とか、マリアナ海溝とか。ほら、私って暗いとこに住む、深海魚だから』」
ピエロが大げさな身振りで門を示す。スルガは、ブースの設営をするため、開いた門をくぐり会場に入った。
電菊が到着した頃、既にブースの目印である机が用意されていた。机の上に置かれた分厚い本、その向こうで蝶(後に蛾だと説明された)の仮面を付けた西瓜に挨拶をする。
「西瓜、おはよう。スルガは相変わらず最後か?」
「電菊はん、おはよう。スルガはん、まだ来ぉへんね」
電菊が今回出版する本の設置を終え、ハロウィンの仮装準備も終えたとき、スルガが到着した。全身を黒でまとめた和装、金の装飾を施した狼狐面が目立つ。
「よぉ、おまたせ」
スルガの到着した頃に、BCMは開始時刻を迎えた。
西瓜は他のブースを見て周るために離席して、スルガと俺は本を売りながら客の観察をした。BCMの主催から通知された、マナーの悪い参加者の確認である。
「いいか? あいつだ。あの、微妙に似合わない髪型の金髪野郎」
「わかった、わかったよ。絶妙に似合っていない騎士モドキだろう?」
王子なのか騎士なのかわからない仮装をしている、金髪の男を指差しながら、スルガは答えた。珍しく俺の言うことをしっかりと理解している。後になって忘れていないといいが。
「そうだ。教えたからな? 絶対に忘れるなよ」
「はいはい」
「はいは1回」
スルガは、俺の話を聞き流しながら会場を見渡していた。きっと、会場の人々の声を聞き分けているのだろう。スルガは人の顔を覚えることはしない人間だ。
「じゃあ、私はSUNちゃんと遊んでくるから」
一瞬、何を言っているのか理解ができなかった。
「は? いつの間に見つけたんだ?」
「声がしたじゃないか。聞こえなかったの?」
この大勢の人が歩き、話している雑踏の音から、SUNの声を聞き分けたのか。人間離れした聴力だ。
スルガはすっくり立ち上がると、足音もたてず遠目に見えるSUNのもとへ歩いていった。あのヒールでどう歩いているのだろう。大きくため息をついて後ろ姿を見送れば、入れ違うように西瓜が戻ってきた。
15時前。
「ばいば〜い」
スルガは手をヒラヒラと振り、ブースを去っていく陽達を見送っている。
「……ん?」
同じく、陽達を見送る電菊の視界の隅に、こちらへ近付いてくる白い影を捉えた。
「やぁ。ここだと……スルガ・ラブカだっけ?」
白い影はブースの机前で立ち止まり、話しかけてきた。聞こえやすい、深みと艶のあるバリトンだ。
電菊は白い影の観察をしようと、視線を向けた。
そこには、白いフルジップのパーカーを羽織り、ミラーレンズのサングラスをかけ、左手に小さな紙袋をぶら下げている男がいた。彼が右手でサングラスを持ち上げると、下から灰色の目が覗いた。
白い髪と肌、灰色の目から、色素が少ない人だとわかる。髪と肌の色に儚さを感じるが、両耳と唇に付けたピアスが力強さを主張し、儚さを相殺していた。
ファスナーを閉めていないパーカーの下は、胸を隠す黒いコルセットベルト以外何も着ておらず、臍と肋の浮いた脇腹が丸見えだ。下半身はダメージ加工されたデニムのショートパンツを履き、黒い靴紐を編み上げた白いニーハイブーツを履いている。
「……誰だ? ソウトリではないみたいだが」
相手がソウトリではない、と判断を下した電菊は雑談をする人のように、白い男に質問をした。その背後に、警戒を滲ませた西瓜が隠れる。
「まっしろ……」
電菊は、背後に隠れた西瓜の呟きを聞いた。
「はじめまして。俺は……あ〜……ブランカ」
白い人はそう名乗った。どことなく、話し方のイントネーションが不思議だ。海外からやって来た参加者だろうか。 喋る彼の口、上の歯と下唇の隙間から、キラリと光を反射する物が見える。
「わかりやすい偽名だな」
ブランカ、意味は白。外見に関連させた安直な偽名だ。
「俺に名前はないからねぇ」
白い人──ブランカはそう言った。電菊の背後で足音がする。きっと、背後に隠れた西瓜が、この場を離れていったのだろう。
「久しぶりだね、ブランカ。紫外線大丈夫なの?」
スルガは古い友人のように、ブランカに話しかける。
「入念に日焼け止め塗ったよ。ココに到着するまでは完全防備で来たしね」
「それなら良し。はい、約束の物」
スルガは、今回頒布する本とは別の、数年前に頒布した本(飛び級のきっかけになった『蠱毒の懐胎』だ)を渡していた。本と同時に、数枚の千円札も渡している。
「ありがとね。では……どうぞ、頼まれていた物です」
ブランカは、スルガから本と紙幣を受け取ると、紙幣をショートパンツの尻ポケットに入れる。そして、左手にぶら下げていた、小さな紙袋をスルガに渡した。
「わーい! 待ちに待ってたんだよ、このアルバム」
「実験というか、習作というか……まぁ、かなりウキウキで書き下ろし作ってたから、聴き応えはあるハズ」
紙袋を渡すと、ブランカは「じゃあ」と手を振って去っていった。
「何だったんだ? あいつ」
「私の知り合い。CDをね、届けに来てもらったんだ。この方法でしか入手できないやつ」
「あぁ……いわゆる非認可」
「そうそれ」
スルガは紙袋の中を覗き込んだ。1枚のCDと、封筒が入っている。紙袋の中に手を入れCDを取り出し、「じゃーん」と言いながら電菊に見せた。
電菊は、スルガの持つCDをしげしげと眺める。スピーカーとパソコンのモニターが置かれた机に向かう、男性の後ろ姿を写したジャケットが印象的だ。電菊の視線は、ジャケット写真の右下に書かれたサインに移った。
「この名前……あの有名なピアニストじゃないか」
「そう。初のEDMアルバムだよ」
「ん? 彼、クラシックの楽団にいたんじゃなかったか?」
「楽団のピアニスト引退して、色んなジャンルの作曲始めたんだよ。で、その中の一つがEDM。前はプログレメタル、その前はジャズだった」
「へぇ〜」
スルガは紙袋にCDをしまった。電菊はスルガから視線を逸らすと、立ち去ったブランカとCDジャケットの男との関係を推測しながら、どこかへ移動した西瓜の姿を探した。
しばらく視線を彷徨わせると、人混みの向こうからこちらへ戻ってくる西瓜が見えた。
「どこ行ってたんだ?」
電菊の問いに、西瓜はぎこちない笑みを浮かべ言った。
「用事、思い出して」
「そうか」
西瓜の言葉に、電菊は素っ気ない返事をした。
帰り道のことである。
港で電菊は早々に帰宅し、スルガと西瓜はゆっくり歩いていた。周りに人はいるが、ハロウィンなので仮装している人だらけなので怪しまれる事はない。
「あんな人、初めて見た」
西瓜が呟く。
「なにが?」
「あんなに白い人。汚れを知らないような、無垢な百合のような」
「……うん」
スルガは少し遠い目をしているように見えた。ブランカの性格を、少なからず把握しているからだ。
西瓜はいつもの口調で続けた。
「あれやな、子羊の血で洗って白くした衣。困難を乗り越えて、頂点に到達した輝きや。損なうような異物すら、白を引き立てる装飾になる」
西瓜の話を聞きながら、スルガは記憶を手繰り寄せた。ブランカのことを、「白い人」と例えた誰かの話を聞いた気がした。
「思い出した。……知り合いが、あの人のことを『純白の人』って言ってたんだ。『絵具の白であり、光の白である』ってね。どんな色にも染まるし、逆にどんな色も飲み込んでしまう」
「あぁ、純白。……そうやねぇ。白の、更に上をいく純白。純白を人にしたら、あんな感じになるんやろうね」
時計の針が、真上を通り過ぎた頃。
スルガは、CDラジカセにCDをセットした。かすかに、ゆったりとしたピアノの音が響き始める。1分弱の曲は、作曲者が想い描く幻想を現実に侵食させようと音を紡ぐ。1曲目が終わると、スネアドラムの音を皮切りに2曲目が始まる。ギターの音と絡み合うように、加工を施された不明瞭なボーカルがメロディを奏でる。
椅子に腰掛けて、ゆったりと背もたれに体重を預けて目を閉じた。
「……アイツに貸すかぁ。クラブで使うかもしれんし」




