第3話 その⑤
文警局・第二尋問室。先日確保されたトールはそこにいた。
肘掛け椅子に座っている、のでなく座らされている。
腕、足、胸とベルトで余すことなく椅子に固定されている。
下を向いているのは自分が置かれている状況に絶望しているのか、単純に寝ているだけか。
入って来た人間は警棒をトールの顎に添えて顔を上げさせた。
「おはよう、二等級非正規・トール」
入って来たのは中年の男だった。
「照明炊きすぎじゃない? 眩しいんだけど」
「未来が暗い貴様のためにせめて照明くらいは明るくしてやろうという配慮だ。感謝しろ」
「電気代の無駄だと思うけど。てゆーかその歳でこんな(尋問)仕事してるそっちのほうが未来暗いでしょ?」
男の額に一瞬青筋が立ったかと思った時には、口の中でゴチッと鈍い音がして視界が逸れた。
「……っ」
警棒と歯で挟まれたところが切れたのか、端から血が垂れる感覚がした。
「山下が新しい供述をした」
「へぇ……今度はどんな事を言ったんだ?」
トールが確保されてから体感で三日は経っている。
この男はおそらく朝であろう時間に来ては尋問をして去っていく。
確か執行部の田口とか言っていたはずだ。
「山下には毎回、目隠しと耳栓をして武器カタログ取引所に連れていくらしいな」
ベルトがわずかに軋む音がした。
「場所の特徴は山下から聞き出して、現在公安が虱潰しをしているそうだ。……が、我々が欲しい情報はそれではない。その先だ」
「……その先、ねえ」
「お前の後ろに誰が居るか、吐いてもらうぞ」
トールは脱力するように頭を背もたれに乗せた。
「…………そんな重要な事、ボクが言うと思う?」
「言うさ。これからな」
持っている警棒のボタンを押すとビリビリと音がした。
「今日も楽しい『お話し合い』をしようか、トール」
トールは特大のため息をつくと天を仰いだ。
「(今日も長くなりそうだなあ)」
カタカタとキーボードを叩く音が陽の書斎で響いている。
「ここに置いとくぞ」
隠世はいつも通り部屋に入り、コーヒーとチョコを置いた。
「……ん」
タイミングが良いと陽はタイピングを止めて思いっ切り伸びをした。
「んーっん。はー……書いたあ」
「順調そうだな」
文字数をみるとここ何日かで一万程度増えている。
「ここの所調子が良いんだよねえ」
「順調なのは良いが、アレの検品は出来たのか」
「アレ?」
「廊下の大量のダンボール」
「あー、アレか。終わったよお、今回も問題無し。あとは売るだけ」
「アレはなんであんな大量なんだ。いつもの倍はあるぞ」
「普通に文字量が普段の倍だからねえ。上下巻セットでふんだくる予定ぃ」
「巻き上げるのか」
「とーぜんでしょ? そういう人達が対象なんだから」
「逆ギレされないようにな」
「その為のアンタ」
「……ごもっとも」
その日、火山は班長である倉橋から呼び出されていた。
「班長、火山です」
ノックをすると「入りなさい」と中から聞こえた。
「失礼します」
倉橋 谷太郎、火山が隊長をしている捜査部第六部隊の班長だ。
「火山、参りました」
火山は机の数歩前で敬礼した。
「楽にしたまえ」
そう言われて火山は敬礼を解き、手を後ろで組んだ。
「まずは一週間前の捕物、ご苦労だった」
一週間前の捕物とはトールの事だ。
「当然の事をしたまでです」
倉橋は「そうだな」と大きく頷いた。
「ただ、」
倉橋は言いづらそうに続けた。
「彼は【釈放】される」
耳を疑った。
「釈……放……!?」
「ああ、釈放だ」
聞き間違いではない。確かに『釈放』と言った。
「馬鹿な! 釈放なんてあり得ません!」
近寄って机を叩く。特に倉橋は驚かなかった。
「っ……文警局は! この国を武力では無く文化で守り、我々捜査部は! 我が国にとって不利益な情報を流す者達を捕らえる為にあります!」
倉橋は火山の言葉を顔の前で手を組んで静かに聞いている。
「二度と不利益な情報を流さないように、不利益な情報を流した罪は決して許してはいけない。だから捕らえた非正規創作者は必ず処刑する! 違いますか」
「……」
「それに我々は警察ではない! 一度捕らえたら処刑のみです! 釈放なんてありえません!」
「我々の存在理由はまさにその通りだ。しかしな、火山」
倉橋は火山を鋭い目で見た。
「お高い理想だけでは、文警局では生き残れない。それはお前が一番良く分かっているだろう?」
「っっ!」
歯を食いしばり、なんとか怒りを抑えて踵を返した。
「火山」
手を伸ばせばドアノブに手が届く距離まで来て呼び止められた。
「お前は私に良く似ている。理想を高く定め、清廉潔白に職務を全うしようとする。……それが悪い事だとは言わん。だが、どこかで折り合いを付けなければ自身の身が喰われる事になるぞ」
班長室に数拍の沈黙が落ちる
「まるで経験があるような口ぶりですね」
倉橋は椅子を回して火山に背を向けた。
「私も独り言を呟きたくなる年になったな」
火山はドアノブに手をかける。
「…………トールの釈放は現時間。釈放場は第二裏口。釈放者は飛鳥琉副隊長だ」
「……失礼します」
班長室を出た火山は駆け足で第二裏口を目指した。
火山が第二裏口に着くと少し先にトールと飛鳥の背中が見えた。
「飛鳥!」
呼び止めると二人は立ち止まった。
追い越して飛鳥に正面から話しかける。
「隊長、何か御用ですか?」
火山はいつもの軽い調子の飛鳥ではないと感じた。
いや、軽いのは同じだが、いつもより口調が堅い気がする。
トールに目を移すと手錠と腰縄、目隠しがつけられていた。
この一週間、尋問されたせいか顔には複数ヶ所の傷があり、服もかなり汚れている。呼び止める前の歩き方は足を引きずっているように見えた。
「釈放するのか」
「ええ。そうしろと命を受けましたからね」
「どこからだ」
「そ、れは……」
飛鳥が言い淀んでいると
「……ハッ。釈放ならとっとと手錠外してくれないか?」
トールが小馬鹿にしながら口を挟むと飛鳥は短く息を吸うと言った。
「いくら相手が隊長でも言えません」
飛鳥は火山に頭を下げてトールと出ていった。
「クソッ……!」
小さくなっていく二人の背中を見送りながら火山は壁に拳を叩きつけた。
トールは文警局に迎えに来ていた車に乗り込んでNEXUSに移動していた。
後部座席に座って窓に寄りかかりぼーっと流れていく外を眺めていた。
横には救急セットがある。どうやら出来る限り自分で手当てをしたようだ。
二十分ほど乗っているとodeliだったNEXUSのロータリーに到着した。
正面玄関前に着けると、男が一人出てきた。
「お待ちしておりました。トール様」
運転手によって開けられたドアから出ると男は深々と頭を下げてきた。
「いつ頃、お迎えに上がりましょう」
「そーだなあ」
トールは思考を巡らした。
「二時間後で頼む。五分経っても出てこなかったら邪魔にならないところで待っていてくれ。終わったら連絡する」
「承知致しました」
運転手は扉を閉めるとエンジンをかけて去って行った。
トールは車のエンジン音が聞こえなくなってから男に向き直った。
「あんたがodeliの新社長?」
「はい。高田と申します。以後お見知りおきを」
「早く行こうか。待ってるんだろ?」
「……分かりました。受付は通してありますのでご案内致します」
高田は先行することに断りを入れて、トールを最上階に案内した。
廊下を進み、社長室のプレートが付いた扉の前まで来た。
「中野社長、トール様がご到着されました」
「入れ」
「失礼します」
高田が扉を開けると、中野が駆け寄ってくのが見えた。
「トール様! 会えて嬉しいです!」
中野はトールに握手を求めるように両手を差し出した。
トールは中野の手を一瞬見た後に「ボクもだよ」と利き手ではない方を差し出した。
中野は憧れていたヒーローに会えたかのように嬉しそうに握って来た。
「あ、すみません。お会いできたことが嬉しくてつい……」
五秒ほどして満足したのか中野は手を放した。
「こちらにあの方達がお待ちです」
「ああ」
中野は奥の部屋を指した。先行して扉を開いて中を差し出す。
中にはソファーが三脚と男が二人いた。
トールが入ると「何かあればお申し付けください」と言って中野は扉を閉めた。
トールは扉が完全に閉まったのを気配で確認すると、少し進んで片膝をつけ、胸に手を当てて頭を下げた。
「生還できたね、トール」
長髪の男は優しく声をかけた。
「ただいま帰りました。Vater」
「文警局では疲れただろう? 座りなさい。傷に障る」
「はい、父さん」
トールは促されたソファに座るとトールに父さんと呼ばれた長髪の男が水をコップに注いでくれた。
「今回の任務は果たしただろうな?」
もう一人の金髪の男性が少し厳しめに訊いてきた。
「当たり前です。その為にわざと捕まったんですから」
「よろしい」
二人の会話を聞いて長髪の男は静かに笑った。
「今回の事を最初から報告して貰おうか。我がKindよ」
「……勿論」
「ハル・イドグチ……否、私のメタトロンはどんな様子だった?」
トールはここ三週間の出来事を報告し始めた。
人物紹介
井戸口 陽
女性/22歳/非正規第2等級
・本作の主人公。
・ペンネームはSUN。
・今回は同業者のトール達と10日間の缶詰で某図鑑(という名のカタログ)を制作した。
隠世
男性/28歳
・陽の護衛。第三者がいる時は陽の事を「主」「SUN」と呼び、陽の名前を絶対に言わない。
・トールに強制的に陽と引き剥がされ若干荒れた。陽への差し入れを作る時だけは心が安らいだ。似た者主従。
・毎週土曜日に電菊と手合わせをしているがこの日はいつも以上に厳しかった(by電菊)
トール
男性/31歳
・非正規創作者。第3等級、だったが捕縛の時に抵抗したため第2等級に昇格。
その後の釈放時 密かに5等級にデータを何者かによって書き換えられる。
・陽とは知り合い。
陽を助っ人としてカタログを完成させた。
・文警局の牢に約5日間拘束される。
桜井 麗羅
女性/34歳/文警局 裁定室 捜査部 第3部隊 隊長
・宮森を上司としている部隊を率いている。
・今回初動捜査として藤池隊を補助にして海運会社に突撃した。(1話の仮面パーティーの護衛の逆)
・毒入りの何かが来るのは分かっていてわざと飲んだ。その日の夕方、副隊長の強制連行で医療機関で検査を受け異常無しの診断を貰った。
【※リアルでは絶対にありえません。何らかの健康被害を受ける……はず。作者には薬物の知識が無く適当に書いてます。
絶対に真似しないでください。】
河辺 斎長
男性/42歳/文警局 裁定室 捜査部 第3部隊 副隊長
・桜井麗羅を上司とし尊敬し公私を支えている。
・どうやら子供の頃は古事記にハマっていたらしい。
・夕方に上司を病院に強制連行した。
・1話で電菊とスルガが担当した足止めターゲット。2人とバトった。
白石 翔
男性/文警局 裁定室 捜査部 第3部隊 係長1
・隊長,副隊長と桜井隊部隊員を繋げる連絡係の役目を持つ。隊長の補佐とも。
・今回は海運会社『odeli』の1階フロントで公安の出迎えと案内を担当した。
藤池 朔陽
男性/23歳/文警局 裁定室 捜査部 第4部隊 隊長
・宮森を上司としている部隊を率いている。
・桜井隊の補助として今回の初動捜査に参加した。
・カタログに陽の絵がある事に気づいた。
トールが入念に協力者の存在を消した為、捜査の手が陽にかかることは無かった事に安堵すればいいのか分からない人。
陽と再開してから心が揺れ動いている。
日野 紗也夏
女性/23歳/文警局 裁定室 捜査部 第4部隊 副隊長
・今回は出番なし。
・父の七回忌法要に参加。
この日に合わせて文警局トップはodeliの調査の指示をした。
篠田 滝
男性/文警局 裁定室 捜査部 第4部隊 係長1
・隊長,副隊長と藤池隊部隊員を繋げる連絡係の役目を持つ。隊長の補佐とも。
だが今回は副隊長が欠席なので実施、副隊長の役目をこなしていた。
・隊長と共に秘書室をガサ入れ。
倉橋 谷太郎
男性/46歳/文警局 裁定室 捜査部 第3班長
・火山の上司。
・今回、上からトールの釈放命令があり大人しく従い清濁併せ呑む。
・直轄の部下である火山には組織の闇に喰われないか心配している。
火山 鷹春
男性/39歳/文警局 裁定室 捜査部第6部隊 隊長
・倉橋を上司としている部隊を率いている。
・海運会社『odeli』の社長の取り調べと非正規創作者第2等級・トールの捕縛を行った。
・トール釈放に対して上からの圧力を受けた事を察知。
飛鳥 琉
男性/27歳/文警局 裁定室 捜査部 第6部隊 副隊長
・火山の部下。
・火山とは阿吽の呼吸で部隊を率いてトール捕縛でも冷静に火の周りを見ていた。
時たま暴走する火山のストッパー役をかねている。
・今回は海運会社『odeli』の社長と秘書、非正規創作者第2等級・トールの捕縛を行った。
田辺 憲
男性/文警局 裁定室 捜査部 第6部隊 係長2
・隊長,副隊長と火山隊部隊員を繋げる連絡係の役目を持つ。副隊長の補佐とも。
・今回は消防に通報し消防との連係員に徹した。
山下 弘人
男性/56歳
・海運会社『odeli』の5代目社長。
・約15年前から兵器をカタログを通して日本に卸していた。
・老舗海運会社『odeli』の看板を潰した張本人。
・妻子あり。妻はこの件で離婚を叩きつけた。子供は成人済みだった事もあり、家庭裁判所で手続きを行い苗字変更し完全に縁を切った。
秘書
女性/26歳
・山下弘人の秘書。
・山下と共に薬物を卸し所有していた。
公安の人達
・文警局から通報があり海運会社『odeli』に駆けつけた。
・重要な所は文警局に持って行かれ、事実だけが公安の手柄になった。
・火山に反論した公安モブはこの後、左遷される。
【文警局と警察機関等の関係について】
●公安→一般に「国家の番人」とされる公安(警察庁警備局・警視庁公安部)は、内閣の下位組織である「内閣府」、さらにその下の「国家公安委員会」が管理する一省庁の警察組織に過ぎず、その権限は法と管轄の枠内に縛られている。
「既存の法を守ること」が公安
●文警局→一切の省庁を介さない内閣総理大臣直属(首相直轄)の文化最高治安機関である。
「国を武力面では無く文化面で守り、その為には国にとって不利益な情報を流す者を決して許さず」が文警局
※創作物等の違法性が認められた場合、有無を言わさず文警局の領分になる為、他組織からは文警局の介入が嫌われている。
高田 彰馬
男性
・海運会社『odeli』の6代目社長。
・先代(山下)の尻拭いをしながら残った社員の面倒を見る。
・NEXUSに買収され子会社になったのはこの人の判断。
中野 詠吉
男性
・NEXUSの社長。
・『odeli』を買収した。
・何故かトールを様付けして呼んでいる。
カフェ『Roost』
・テラス席がある平屋建築のカフェ。
・隠れ家的なモチーフで店内の至る所に植物が置かれている。
・大通りの脇にあり、男女共に人気がある反面、全体的にお値段が高い。
・陽の行きつけのカフェでデビュー時から3か月に一回、必ずここで食事をしている。
海運会社『odeli』
・日本の海運会社といえばこの会社。
・5代続いている老舗であり幕末から続いている会社でもある。しかし、今回の件で名が売れていないNEXUSという海運会社に買収され子会社となった。
『NEXUS』
・2~3年前に設立した小さな海運会社。
・今回、老舗海運会社『odeli』を買収し子会社化した。




