第3話 その②
海運会社『odeli』。国内の海運業者の最大手だ。
会社の名前であるodeliはOceanとdeliverをくっつけた造語だと会社概要に記載されていた。
そこの社長である山下 弘人は、自分の向かいに座っている桜井麗羅を警戒していた。
桜井の後ろには男が二人、藤池と河辺といっただろうか、それがより緊張感を漂わせている。
「失礼いたします」
秘書がコーヒーを持ってきたが、置いたら出ていくように告げた。
「文警局……しかもソウトリの方々が私の会社になんの御用でしょう?」
秘書が退出したタイミングで山下は切り出した。
「あら、それは社長の方がお分かりでは?」
「はてさて、一体なんの事やら……到底思いつきません。そちらこそ、ご自分の立場がお分かりで?」
桜井は出されたコーヒーに手をつけた。
山下はそれを密かに見届けた。
「貴女方は何の根拠も無しに急に押しかけてきました。貴女と貴方は隊長格でしたよね? その意味をどうお考えに? 場合によっては名誉毀損で訴えさせていただきますが」
桜井はコーヒーを置いて足を組んだ。その口元には笑みを浮かべている。
「勿論、何も無いようでしたらこちらから正式に謝罪を致しますよ」
「その時が楽しみですね」
桜井は内容を意識させるために声のトーンを落とした。
「実は先日、文警局のお問い合わせフォームにこのような文面が届きまして。……河辺」
河辺は持ってきたタブレット端末にそのメールを表示させ、山下の前に置いた。
「……これはこれは。とんだ言いがかりを付けられた物ですね」
『日本ノ海ヲ制シテイル海運業・odeliノ社長 山下ハ違法ナ物ヲ国内ニ運ビ入レテイル。調査願イタイ』
「平仮名でいいところをわざわざ片仮名にして送っている辺りから、我々はイタズラの可能性が大きいと見ています。ですが念の為、ご確認させて頂きたく参りました」
山下は大声で笑うと続けた。
「なるほど。私共は日本に危険な物なんて入れておりませんよ? 我が社が運ぶのは人々の幸せになるモノのみです」
桜井は山下のその言葉を聞いて声のトーンを元に戻した。
「そういえば、御社が最近輸入を開始したSauvalieの化粧品、あれ本当に乾燥肌に効きますね。おかげで肌がいつもしっとりしておりますの」
「おや、そうでしたか。あれは乾燥肌に悩まれている方をターゲットにしていますからね。海外でも多くの女性に愛されているんですよ。日本の女性にも是非 手にとって頂きたいと思いまして」
「まぁ、嬉しいですわ。御社が海外の製品を日本に入れて下さっていつも助かっているんですよ」
そこから山下と桜井は談笑を始めた。輸入品の使用感や契約時の苦労話など、本当に談笑としか思えない内容だ。
十分ほど経ってから河辺が本題に戻そうと咳払いをした。
「こんなにも国民の事を考えていらっしゃる社長ですもの、あのメールはイタズラで間違いありませんね」
「もちろんですとも」
桜井は来社してからずっと黙っている藤池に身体を向けて話しかけた。
「社長はこう仰っているけれど、藤池隊長はどう判断します?」
「そう、ですね……」
藤池は部屋の中を見渡した。
「一つ、気になる物がそこに」
「あら、何かしら?」
藤池は部屋の奥にある社長の机を指した。近づいて手に取る。
B5サイズで厚さは二センチ、一般的な参考資料のサイズだ。
「それは!」
当然、山下は中身に心当たりがあるようだ。
「こちら、拝見しても?」
「断っても見るのだろう? ソウトリの職務だからな」
山下の嫌味を了承と捉えた藤池は中を開いた。
「っこれは……」
中を見た藤池は、あることに気がついたがそれを誤魔化すように桜井に冊子を渡した。
「こちらは何でしょう? 自分の目には図鑑のように見えます」
話す藤池の下で桜井も中を見る。
「ライフル銃や爆弾の絵が沢山。……あら? これらは写真かと思いましたが精巧なイラストですのね」
「そ、それは……私も男ですから。そういうかっこいい武器に憧れるんですよ」
桜井は山下を見ながらわざとらしく首を傾げた。
「男性はいつまで経っても男の子、という事かしら」
「え、ええ! そうです。そちらのお二人もそうでしょう?」
山下は同性の藤池と河辺にも同意を得ようと話を振った。
「私はどちらかと言うと日本の神々に夢中でしたから。現代武器には興味がありませんね。藤池隊長はどうでしたか?」
「自分は……その、創作物その物に没頭していましたから。このような武器はあまり」
藤池は申し訳なさそうに答えた。
桜井は二人の返事を聞きながらページを丁寧に見ていた。
「あら?」
「な、何か?」
桜井は今開いているページを指した。
「こちらのページ、イラストの下に値段の様な数字が見えます。こちらには『発送は裏ルートを経由する為、申込日から半年程』という文字が」
山下は答えなかったが指した場所から目を逸らした。この反応は肯定と捉えていいだろう。
「この本、非正規創作者が作成した武器カタログですわね? 社長」
山下は答えない。
「実はあのメールには続きがありますの」
「続き、だと?」
「えぇ、『法ニ触レルモノハ武器デアリ見本ハ カタログトシテ書籍ノ中ニ紛レテイル』。と」
山下の額にはいつの間にか大粒の汗をかいている。
「もう一度お聞き致します、山下社長」
桜井は足を組み替えて目を細めた。そして、山下を真っ直ぐ見据え、十数分前にした質問をした。
「我々、捜査部がここに来た目的は社長自身がお分かりでしょう?」
これが答えだと言わんばかりに山下はクッションの下から拳銃をとりだして桜井に向けた。
河辺はそれと同時に携帯している銃を山下に向けた。
藤池は山下が銃を出した瞬間に机を踏み台にして飛び越えながら、銃を落とさせ山下を拘束した。
「このアマが! 調子に乗りやがって!!」
喚く山下を桜井は立って見下ろした。
「『武器を国内へ運んでいる』、この事実だけでしたら文警局では無く公安の管轄。しかし、その中に創作物が関与していれば文警局の事案が優先されます」
桜井はカタログを山下に突きつける。
「お目当ての物の確認は出来ましたし、あとは公安の方達に捜査は引き継ぎましょう」
桜井は持ってきた通信機を文警局本部へ繋いだ。
「こちら裁定室 捜査部 第三部隊 隊長 桜井麗羅。管庫 情報部、応答をお願いします。………………本日捜査した海運会社・odeliの社長室から非正規創作者が作成したと思われる違法物並びに関税法違反,爆発物取締罰則,銃刀法,テロ等準備罪等の証拠が見つかりました。速やかに公安への通報をお願いします。容疑者が銃を所持している為、我々はそのまま拘束し待機します」
そう報告する桜井の顔は少し青白く思える。
「河辺は近くで待機している二部隊をこちらに来させなさい。この部屋を中心に調査します。藤池隊長はそのまま容疑者を拘束して怪しい動きが無いか見ていて下さい」
「分かりました」
「了解」
河辺は指示を実行する前に懐から錠剤を桜井に差し出す。
「隊長、追加の解毒剤です」
「ありがとう」
桜井は河辺から錠剤を受け取ると携帯した水で飲みこんだ。
それを確認した河辺は待機している隊に指示をだした。
早くも効果が現れはじめたのか顔色が戻っていく。
「何故、分かった」
「この会社の輸入履歴を拝見しましたら、武器の他に薬物も入手していたことがわかりましたの。万が一ということがありますから、こうして対策しておいたんです。来客用の飲み物に混入させればバレる可能性は低いと考えたのですが……どうやら正解のようでしたね? コーヒー独特の苦味の中にえぐ味が隠しきれていませんでしたよ」
「クソが……」
「それはこちらのセリフだわ」
桜井は備え付けられた本棚に近づいた。先程見たカタログと同じ無地の背表紙が何冊かある。
「こんなにも沢山。それだけこの国に武器を輸入したのでしょうね…………こちらのカタログも回収します」
合流した部隊のおかげで三十分程度で社長室の調査は終わり、他部署の調査も先程終わったと無線で連絡が入った。
調査の間、桜井はずっと社長が普段座っているのであろう席で、二台のパソコンを叩いていた。
一台は社長の物で、二台目は文警局から持ち込んだものだ。
持ち込んだパソコンにデータを次々と移していく。
山下は部隊員が持ってきた手錠をはめられ、不審な動きが出来ないように掴まれている。
「隊長、文警局の検閲印が押されていない創作物を粗方回収し終えました」
河辺は来客用の机に段ボールを置いた。
「ご苦労様。二箱あるのね」
桜井は一瞬だけ視線をパソコンから外してダンボールを見た。
少しすると藤池も戻って来た。
「桜井隊長、こちらも終わりました」
後ろには藤池の部下に連れられた女性がいる。
桜井に薬物入りのコーヒーを出した秘書だ。
「社長!」
山下は秘書を見ると舌打ちをした。
「見つかりおって……役に立たないやつだな」
「そんな……! 私は社長の言うとおりに!」
お前のせいだ、私は指示で、と擦り付け合いが始まった。
「トップがトップなら部下も部下だな」
河辺が藤池の横で呟くと「そうですね」と藤池は短く答えた。
そうこうしているうちに桜井もデータの移行が終わったようだ。
それぞれのパソコンからUSBを抜き取り、持ち込んだパソコンに挿していたUSBをジップロックに入れ、社長のパソコンに挿していたUSBは自身のポケットに入れた。
「藤池隊長、今回はサポートありがとう」
「いえ、礼には及びません。仮面パーティーの時にそちらに入ってもらいましたから」
「あの時は大変でしたね。我々も学ぶ所がありました。またサポートを頼んでも?」
「もちろんです」
藤池と桜井はお互いに敬礼を返した。
「藤池隊長、秘書室からは何か出てきましたか」
部隊が合流した後、藤池は秘書室を調査していた。
河辺からの問いに藤池は自分の隊の篠田を呼んだ。
「例の物をこちらに」
「はい、隊長」
篠田は小さめのダンボールを持ってくる。
「秘書室にも同じようなカタログがありました。こちらは武器では無く薬物のカタログですが」
桜井は一番上にあったカタログの中身をチェックした。
「データにあった物と一致しますね」
桜井は自分に出された薬物入りのコーヒーを見た。
コーヒーはカップごと防水の袋で押収した。
「コーヒーに混入させた薬物もここから取り寄せたのでしょう」
「思ったよりも真っ黒ですね、この会社は」
社長が逮捕されたとなればodeliの解体は必至だ。
「odeliの後釜に、どの会社が収まるのか……海運業界はしばらく騒がしくなるでしょうね」
『隊長、公安が到着しました』
桜井隊の無線にフロントにいる白石 翔から連絡が入った。
桜井と河辺は頷きあった。
「では、社長室まで丁重に案内を」
『了解』
「公安が到着を?」
「えぇ」
「あとは公安に報告をして終わりですね」
「そうね」
桜井はポケットのUSBの存在を思い出しながらこの後の動きを考える。
「今回押収物がイラスト関係であった事から、この件は火山隊に引き継がれます。元からその予定でしたけど」
「我々は今回、初動捜査担当でしたし、ここまでお膳立てしたんですから火山隊長にはすぐにこれを作った非正規創作者を捕まえてほしいものですね」
河辺の言葉に藤池の脈が少しずつ早くなる。それを落ち着かせるように小さく息をする。
「社長と秘書を尋問すればあっという間でしょう」
コンコンコンッと社長室の扉がノックされたので、桜井は「どうぞ」と答えた。
扉が開き、社長室に白石と公安職員が何人か入ってくる
「文警局から通報したのは貴女ですか」
「えぇ」
入って来た公安職員は何故か全員苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「……山下の身柄と今回の捜査の情報を引き取りに来ました」
桜井はジップロックに入れた方のUSBを差し出した。
「どうぞ」
最初に話し始めた公安職員はそれを受け取ると胸ポケットに入れた。
後ろでは山下と秘書の身柄が引き渡されている。
「そちらのダンボールは?」
山下を引き取った公安職員が机の上の段ボールを目で指した。
「あれは違法創作物です。文警局が押収します。精査して情報を共有予定です。おそらく明日の昼頃になるかと思います」
それを聞いた秘書を引き取った公安職員が呟いた。
「調子に乗りやがって……」
それを聞いてか聞かずか、桜井は続けた。
「容疑者達の取り調べには文警局から第六部隊 隊長の火山が担当しますので、その時はご協力お願いしますね」
「分かりました。警視庁に来るときは連絡をお願いします」
「伝えておきます…………では文警局はここで退散しましょう」
桜井は文警局所属の人間を引き連れて社長室を出た。
社長室の扉が閉まる直前に公安職員誰かのの呟きが落ちた。
「好き勝手しやがって。総理の犬め」
仮に『odeli』のCMがあった場合「Ocean deliver オーデリーです」って女性の声で入ってそうだね、という話を青空と翠に振ったら「言ってそうwww。高速道路とか入ってるときにラジオで流れてくるやつだよねw」となりました。
これが存在しない記憶か、となりました




