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リンドウは手を伸ばす  作者: 長坂青空 加良奈志翠 山葵大福
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23/26

閑話 カミショーとアラザン

箸休め回です。

カミショー(電菊の本名)とその友人、アラザンとの話です。

電菊の過去もちょっと書いておきました。

来週からは三話です。

今しばらくお待ちください。

「いらっしゃいませ」

「よ、アラザン」

入って来たのは友人の上江田(カミエダ) (ショウ)だった。

「カミショー、いつものでいいか?」

「ああ」

間髪入れずに女性客がカミショーの事を訊いてくる。

「ちょっとマスター! 誰あのイケメン!」

「俺の友達です」

「紹介してよ!」

カミショーは男の俺から見てもかなりのイケメンだ。

だから以前、「学生時代はモテただろ」とからかってみたのだが、

「女性は一律で苦手らしいですよ」

確かにモテたらしいのだが、それ故に女性は苦手なのだという。

「え、ゲイってこと?」

「違いますよお姉さま方」

会話を聞いていたカミショーが割って入って来た。

俺の誘導が下手くそであらぬ誤解を受けそうだったもんな。すまん。

「聞こえちゃってました?」

「俺、耳がいいので」

「違うって何がですか?」

「俺がゲイってとこです。女性には興味ないですが恋愛対象は女性ですよ」

そういや、からかった時に言ってたな。

今、周りにいる女性のキャラが濃すぎてとても恋愛する気になれないって。

「なら、私たちと飲みませんか?」

まあ、そうなるよな。俺もそこそこイケメンなはずなんですけど?

「すみませんが、ここには静かに飲みたいときに来るので。では」

カミショーはカウンター端の席に座った。いつの間にかそこが定位置になっている。既にカウンター下のメニューを眺めている。

「マスター、彼はいつもあんな感じ?」

「いつもあんなですよ。ふらっときては一人で飲んで帰ってく」

「ミステリアスぅ」

「お仕事は?」

「在宅ワーカーらしいですよ」

ま、俺もそれ以上知らないんだけど。


「ねえマスター、あれ大丈夫?」

客に指されて俺が見ると、そこにはーーー

「ふへへへへへ、アラザーン。もーっぱい」

べろべろに酔っ払ってろれつが少し怪しくなっているカミショーの姿があった。

「あー、大丈夫じゃないですね。度数低ければザルのはずなんですけど」

「アラザーン」

カウンターに頭を乗せて手を上げている。よく見れば目も若干虚ろだ。

「ちょっと仕舞ってきますね。カミショー立てるか?」

カウンター越しに声をかけると、フラフラと立ち上がった。

「らてるー」

うん、これは完全に幼児化している。

「よしよし、こっちこよーなー」

肩を支えて幼児(仮)を店の仮眠室に押し込む。

「えへへ、べっどぉ」

ベッドを見ると促すまでもなく自分で飛び込んでそのまま寝落ちた。

「ええ……寝るの早ぁ」


閉店後に仮眠室を覗くとまだ気持ちよさそうに眠っていた。

軽く揺さぶってみたが起きる気配は微塵もない。

「こりゃ起きんな。置いてくわけにもいかねぇし。俺も寝るか」

たまに空調で寒いという客のために渡すブランケットを何枚か持ってくると、それにくるまって寝ることにした。

地味に寒いな。今度、寝袋でも買うか。


「頭いてぇ……」

翌日、朝食の準備をしていると起きてきた。

「よおカミショー、おはよう」

「アラザン……。わりぃ、迷惑かけた」

「別にゲロったわけじゃねぇし、特に迷惑かかってないから気にすんな。それよか朝飯は? 一応作ったけど」

「あるなら貰う……」


「いただきます」

「どうぞ、めしあがれ」

メニューは卵焼き、白米、味噌汁、焼き魚。ザ・日本の朝食だ。

「二日酔いに味噌汁がしみるわー」

そういうカミショーを俺は自分の分に手をつけることなく、無駄にニコニコと笑いながら見ていた。

「何だ?」

「いや、あの時はここまで仲良くなるとは思わなかったな、と思ってな」

「またその話か。いい加減飽きろよ」


俺とカミショーの出会いは九年前に遡る。

「降ってきたなぁ」

その日は大雨だった。しかし、どうしても買い出しに行かねばならず外に出ていた。予報では小雨程度だといっていたはずなんだけどなあ。

きっと傘無しで歩こうものなら一瞬で全身ずぶ濡れになっていただろう。

傘をさしていてもズボンの裾は濡れ、靴の中では水を吸った靴下がグチョグチョと気持ちの悪い音を立てている。

「……ん?」

傘を閉じた俺は店へと続く下への階段に赤色が点在しているのに気がついた。

不審に思いつつも降りていくと傷だらけの男が一人ドアに持たれるように倒れていた。

「おい! 大丈夫かあんた!」

揺さぶっても返事はないが口に手を当てると息はしているらしい。

「救急車……!」

鞄からスマホを取り出し119にかけようとした。

しかし、なんとなく、本当になんとなく俺はかけるのを辞めた。

店に運び込み、手当てを始める。

どうやら飲食店を開く際も創作免許は必要らしく、その必須講習の中に最低限の傷の対処法が入っていた。

それを思い出しつつ、ネットで調べながら転がっていた男の手当てをした。その日から三日間、男の看病に付きっきりになった。


「…………」

四日目の朝、男はやっと目を覚ました。

「あ、起きたか」

「……!?」

男は襲い掛かってこようとしたがーーー

「いった!! あ?」

「それだけの傷で元気だな」

「解けよ、これ」

「今の見て解くバカがどこにいるんだよ」

怪我人とはいえ、事件性しかない人間を拘束せずに置いてくのは不安だったのでゴミ袋で両手を縛って柵と繋げておいたのだ。

「はあ……」

「お前、丸三日寝てたぞ。何があった?」

男はそっぽを向いて答えない。

「お前、多分だけど未成年だよな? ダチと喧嘩でもしたか?」

「…………」

「名前くらい教えてくれよ。俺、新山友来。ここは俺の店の仮眠室。店の名前はフレカム」

「……ウィル」

「その顔でハーフか!?」

どうみても日本人の顔だが、どちらかが日本人で色濃く継ぐとこういう顔になるのだろうか。

「ラテン語で男……」

偽名なんかーい。それもそうか。昨今何があるかわかんねえもんな。

「ま、自衛は大事か。手持ちもスマホと数枚の札だったもんな。あ、名前だけでもわかんねかなと思って荷物勝手に見たぞ。それだけ謝っとくわ」

しかし、未成年だとしても身分証の一切を持っていないことなどあり得るのか? まるであえて置いてきたみたいだな。ま、どうでもいいか。

他人の個人情報を勝手に知って良いことなんざ何もないからな。

「腹減ってるだろ。今お粥かなんか作って来てやる。少し待っとけ」


お粥を作ってまた部屋に入ると、ウィルはぼーっと天井を眺めていた。

柵と繋いでいるゴミ袋を解いて、床に降りてベッドにもたれるようにして座らせる。

その方が負担が少ないと思ったからだ。

「ほれ、あーん」

スプーンですくって差し出す。

「……解いてくれたら自分で食べる」

それはそうなんだけどなあ。でも

「解いたら何されるかわからねえからヤダ」

「それに何が入ってるかわからないものを食うほど不用心じゃな……」

うだうだとうるさいので、一番口が開いたタイミングでスプーンを突っ込む。食べないと治るものも治らないからな。

「怪我人に盛るほど、人間終わってないから安心しろ」

ウィルはとりあえず口に入った分は食べることにしたようだ。

次を差し出すと、三日も食べていないこともあってか、結局完食していた。

「傷とか体力とか回復するまでいていいぞ。通報とかしてねえから」

「してないのか!?」

ウィルは心底驚いた顔をしている。

「ああ、なんとなくな。だから安心していいぞ。監視カメラとかつけてないし」

素人手当では処置が十分じゃなかったのかウィルは、合計で一週間滞在した。

「あの……」

ウィルはここに来た時の服を着て話しかけてきた。

「おー、ウィル。もういいのか?」

「傷も塞がったし体力もある程度回復したしそろそろ出ていかないと迷惑だろ」

「完全回復までいてもいいけどなあ。ま、お前がいいならいいわ」

「これ……」

「別に要らない。それなくなると帰れなくなるだろ?」

家がどこか知らないが、現金は少しでもあったほうがいいだろう。

というか、手持ちが三千円って。バレないように二千足しといた俺ナイス。

財布の中身って自分でも案外把握してないことって多いらしいしな。

俺もしてないし。

ウィルはどうにか置いていく口実を探しているようにみ見えた。

「納得できないなら今度客として飲みに来いよ。うちはソフトドリンクも何種類かあるからよ」

そういうとウィルは深々とお辞儀をして出ていった。


二年後――

買い出しから戻ってくると店の前に人影が見えた。

「すみません、まだ開店前で」

その人影はわかりやすくビクリと肩が跳ねた。

ギギギと錆びた歯車のように顔をこちらを向いた。

「お前ウィルか! 久しぶり!」

「あ、いや、俺は、」

「まあ、入れよ」

鍵を開けて招き入れる。

少し遅れてウィルも入ってくる。

「ジュースでいいか?」

「昨日、二十一になった……」

「お、そりゃめでたい。お祝いになんか作ってやるよ」

んー、といっても何がいいかな。あー、あれにするか。

「どうぞ。フレンチ75です。カクテル言葉は祝砲」

「い、いただきます」

ウィルはカウンターに置いた酒を一気にあおった。

「おー、カクテルに言うことじゃないけど、いい飲みっぷりだな」

「えと……あの時は助けてくれてありがとうございました。新山さん」

「友来でいいぞ」

「友来、さん」

呼び捨てでいいんだけどなあ。ま、そう簡単にはいかないか。

ウィルはそれからちょくちょく来るようになった。

「いらっしゃい」

それから酒の好みだけはわかった。

度数が低ければザルで、あまりアルコールの匂いがきついのは好まない。

子供か?(笑)


ウィルが客として来るようなってから二年が経った頃、俺はあることを切り出した。

「なあ、ウィル」

「ん?」

「そろそろ名前を教えてくれてもいいと思うんだが」

「あ、そうか。教えてなかったですね」

ウィルは思い出したように言って、スマホのメモ機能で名前を示してきた。

上江田(カミエダ) (ショウ)、か? んー、じゃあカミショーだな」

「カミショー?」

「いいだろ? 俺ら知り合って既に四年になるんだからよ」

「いや、ゆーてまだ通うようになってから二年しか経ってないですが」

あと、そうだな。

「お前もそろそろ敬語辞めたらどうだ? 一個か二個しか違わないだろ」

「わか、ったよ……。アラザン」

あだ名付けたから、それのお返しのつもりか?

あ、顔めっちゃ赤い。ウケる(笑)。そんなに恥ずかしいことか?

「やっぱ無し!」

「別にいいけどな。アラザン、うん。気に入ったわ、カミショー」


「そんな昔のこと、思い出してないで食えよ。冷めるぞ」

「そうだな。いただきます」

俺は味噌汁に口をつけると言った。

「うん、美味い。さすが俺」



次回のBCMで出す作品のトリックに行き詰った俺は、気分を変えようと行きつけのバーに来ていた。

「いらっしゃいませ」

「よ、アラザン」

マスターの新山(ニイヤマ) 友来(トモキ)に声をかける。

「カミショー、いつものでいいか?」

「ああ」

俺の本名は上江田(カミエダ) (ショウ)。だからカミショー。

「ちょっとマスター! 誰あのイケメン!」

「俺の友達です」

「紹介してよ!」

「女性は一律で苦手らしいですよ」

「え、ゲイってこと?」

「違いますよお姉さま方」

あらぬ誤解を受けそうだったので声をかける。

「聞こえちゃってました?」

「俺、耳がいいので」

「違うって何がですか?」

「俺がゲイってとこです。女性には興味ないですが恋愛対象は女性ですよ」

自分の周りにいる異性がSUNとスルガと西瓜しかいない。

どれもキャラが濃すぎて、彼女らで異性はお腹いっぱいでとても恋愛する気になれない。立場上する気もないが。

「なら、私たちと飲みませんか?」

目がまるで獲物を狙うハンターのようだ。苦手だ。

「すみませんが、ここには静かに飲みたいときに来るので。では」

カウンター端の席に座る。いつのまにかそこが定位置なっていた。

「マスター、彼はいつもあんな感じ?」

「いつもあんなですよ。ふらっときては一人で飲んで帰ってく」

「ミステリアスぅ」

「お仕事は?」

「在宅ワーカーらしいですよ」

そんな会話が聞こえた。


「ふへへへへへ、アラザーン。もーっぱい」

なんだろう、視界が揺らいで身体がふわふわする。

「ねえマスター、あれ大丈夫?」

「あー、大丈夫じゃないですね。度数低ければザルのはずなんですけど」

アラザンと女性客の声が少し遠い気がする。

「アラザーン」

再び呼びかけると、アラザンは客に何か言っていた後に、話しかけてきた。

「カミショー立てるか?」

「らてるー」

上体をカウンターに手をついて押し上げるようにして起きる。

立ち上がると、視界どころか身体もフラフラする。

「よしよし、こっちこよーなー」

アラザンに肩を支えられて部屋に入る。

視界にベッドが映ると急に眠気が襲ってきた。

「えへへ、べっどぉ」

マットレスに身体が触れるのと同時に俺は暗転した。


「頭いてぇ……」

翌日、酷い頭痛がした。おそらく、いや、絶対二日酔いだ。

「よおカミショー、おはよう」

アラザンは既に起きていた。

「アラザン……。わりぃ、迷惑かけた」

「別にゲロったわけじゃねぇし、特に迷惑かかってないから気にすんな。それよか朝飯は? 一応作ったけど」

「あるなら貰う……」


「いただきます」

「どうぞ、めしあがれ」

メニューは卵焼き、白米、味噌汁、焼き魚。ザ・日本の朝食だ。

「二日酔いに味噌汁がしみるわー」

焼き魚に手をつけようとした時、アラザンが手をつけていないことに気がついた。頬杖をついてニコニコとこちらを見ている。

「何だ?」

「いや、あの時はここまで仲良くなるとは思わなかったな、と思ってな」

「またその話か。いい加減飽きろよ」



「はあ、はあ、はあ……」

非正規創作者として何度目かのBCM、そこで俺は盛大に絡まれた。

全身血だらけ、どうやっても事件性しか感じない身体で土砂降りの中を走っていた。

雨なのは都合がいい。血痕、足音、全ての痕跡を雨が消してくれる。


当時は五等級に登録されたばかりで、歳は十九のガキだった。

喧嘩どころか、怒ったこともあまりない。通知表のコメントは例外なく「優しく明るい」だった。一般家庭に生まれ、あのまま行けばきっと穏やかな生活が続いていたことだろう。

転機は中一の春。見ていた刑事ドラマを自分なりに改変して親に見せた。

面白いと絶賛された。何度かしていると将来は免許を取って創作者になるのだろうと言われた。自分もそう思っていた。

しかし、免許を取ろうと参考書を買って驚愕した。

自分が(おこな)った改変は、全て(・・)違法だったのだ。

だが、創作の楽しさを知ってしまった以上、「しない」ということは考えられない。

既に成績トップだった俺は、そこで初めて頭の悪い選択をした。

『免許を取らずに出版をする』。つまり、非正規になることにした。

免許を取らずに出版することは犯罪だと重々承知していたが、免許なぞに縛られ、不自由で決められた創作はしたくなかった。書きたいものを書くには非正規に進むしかなかった。

そこから準備を進めた。

部活は運動部の空手部を選択、格闘技系の参考書を読み漁った。

親の希望通り、高校は卒業して日付が変わる頃に置手紙をして家を出た。


初めてのBCM、売れ行きは上々だった。運営のピエロからは早々に等級が上がるだろうと言われた。

それをよく思わない同じ畑の奴らに囲まれて絡まれた。


「無理……限界……」

体力の限界で走りから歩きに移行する。

「寄ってたかって……大人げなさすぎだろ……」

痛みと出血と冷えで体力は枯渇寸前。視界も狭まり霞んでいる。

壁に手を着いて歩いていると、壁側に吸い込まれた。

「あ」

階段から落ちた、と落ちながら気がついた。

落ちたことで動けないほど全身が痛んだ。

「(呆気ないな。俺の人生)」


運が良いのか悪いのか、俺は室内で目が覚めた。

「(天、井……)」

背中の感触的にベッドの上で寝かされているのがわかった。

全身は相変わらず痛いし熱い。

そこまで寝起きの頭で理解していると、男が入って来た。

「お、起きたか。おはよう」

先手必勝とばかりに起き上が……ることは出来なかった。

「いった!! あ?」

両手が縛られてベッドの柵に繋がれていた。これでは何も出来ない。

「それだけの傷で元気だな」

「解けよ、これ」

「今の見て解くバカがどこにいるんだよ」

それもそうか、と納得した。

「はあ……」

「お前、丸三日寝てたぞ。何があった?」

「…………」

「お前、多分だけど未成年だよな? ダチと喧嘩でもしたか?」

「…………」

「名前くらい教えてくれよ。俺、新山友来。ここは俺の店の仮眠室。店の名前はフレカム」

「……ウィル」

「その顔でハーフか!?」

「ラテン語で男……」

怪我の手当てをしてくれたとはいえ初対面の男に、名前を教えるのは気が引けた。こちとら、記憶上数十分前までリンチにあって大怪我を負ったところなのだ。

「ま、自衛は大事か。手持ちもスマホと数枚の札だったもんなあ、名前だけでもわかんねかなと思って荷物勝手に見たぞ。それだけ謝っとくわ」

身分証明の全部おいてきて正解だったな。こいつが何者か知らないが、住所とか知られると、面倒なことになるかもしれないからな。

「腹減ってるだろ。今お粥かなんか作って来てやる。少し待っとけ」

宣言どおり新山と名乗る男は、お粥を持って入って来た。

さすがに柵とつないでいるのは解かれた。

「ほれ、あーん」

「……解いてくれたら自分で食べる」

「解いたら何されるかわからねえからヤダ」

「それに何が入ってるかわからないものを食うほど不用心じゃな……」

口が開いたのをいいことにスプーンを突っ込まれた。

「怪我人に盛るほど、人間終わってないから安心しろ」

仕方なく口に入ったものは食べることにした。

三日食べていない身体は正直で完食してしまった。

「傷とか体力とか回復するまでいていいぞ。通報とかしてねえから」

「してないのか!?」

「ああ、なんとなくな。だから安心していいぞ。監視カメラとかつけてないし」

結局、店には計一週間滞在した。

「あの……」

「おー、ウィル。もういいのか?」

「傷も塞がったし体力もある程度回復したしそろそろ出ていかないと迷惑だろ」

「完全回復までいてもいいけどなあ。ま、お前がいいならいいわ」

「これ……」

少ないが持っていた札を渡そうとした。

「別に要らない。それなくなると帰れなくなるだろ?」

確かにそうだ。スマホに電子マネーは多少入っているとはいえ、現金がないのは不安だ。絡まれたことによって出店は中断。最悪なことに開始前だったので売り上げは無し。

「納得できないなら今度客として飲みに来いよ。うちはソフトドリンクも何種類かあるからよ」


二年後――

またもBCMで近くにきたので店に行くことにした。

行くことにしたのだが、店の前まで来てそこから進むことが出来ない。

「すみません、まだ開店前で」

後ろから声をかけられて、心臓が跳ねあがった。

ギギギと錆びたおもちゃのように首を回すと、新山の嬉しそうな声が聞こえた。

「お前ウィルか! 久しぶり!」

「あ、いや、俺は、」

「まあ、入れよ」

中に招かれて立ち去るのも違うか、と入ることにした。

荷物からどうやら買い出しに出ていたようだ。

最近のバーの店主は自分で買い出しに行くものなのか?

「ジュースでいいか?」

「昨日、21になった……」

「お、そりゃめでたい。お祝いになんか作ってやるよ」

答える前に新山は手早くカクテルを作っていく。

「どうぞ。フレンチ75です。カクテル言葉は祝砲」

「い、いただきます」

ぐいっと初めての酒をあおると、一気に身体が熱くなった。

「おー、カクテルに言うことじゃないけど、いい飲みっぷりだな」

「えと……あの時は助けてくれてありがとうございました。新山さん」

「友来でいいぞ」

「友来、さん」

それから気まぐれに飲みに行くようになった。新山はいつも「いらっしゃい」と迎えてくれた。

店に行くようになって二年が経った頃、新山に切り出された。

「なあ、ウィル」

「ん?」

「そろそろ名前を教えてくれてもいいと思うんだが」

「あ、そうか。教えてなかったですね」

スマホのメモ機能で名前を示した。

上江田(カミエダ) (ショウ)、か? んー、じゃあカミショーだな」

「カミショー?」

「いいだろ? 俺ら知り合って既に四年になるんだからよ」

「いや、ゆーてまだ通うようになってから二年しか経ってないですが」

「お前もそろそろ敬語辞めたらどうだ? 一個か二個しか違わないだろ」

「わか、ったよ……。アラザン」

自分でもわかるくらい顔が赤くなる。

「やっぱ無し!」

「別にいいけどな。アラザン、うん。気に入ったわ、カミショー」


「そんな昔のこと、思い出してないで食えよ。冷めるぞ」

「そうだな。いただきます」

アラザンは味噌汁に口をつけると言った。

「うん、美味い。さすが俺」

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