第2話 その⑩
時は少し遡り、照明弾による合図後ーー
循環する水もなく今や藻とたくましい外来生物のみとなった大池の前で、日野は部下達に指示を出していた。
逃げ遅れた非正規創作者は未だ多く、日野は謹慎が解かれて初の大捕物となり忙しなく指示を出している。
「A班は東に、D班は池の向こう側に! B班は私と行動します! その他は第九部隊の班と連携して非正規達を追い詰めて!!」
耳元のイヤホンで各班の返事を拾いつつ前方へ移動する。
「なんだお前!」「日野副た……」
緊迫した雰囲気と途切れた言葉から、何も考えず後ろを向くと、付いてきていたB班が地面に伏せていた。
状況を理解しようとしている日野の頭上を、影が通過した。
影はすとっと日野がさっきまで向いていた方向に着地した。
それは狐?狼?の面をした女性だった。
「みぃーつけた」
女性の只者ではない雰囲気に日野は銃を向ける。
「大人しく投降しなさい!」
銃を向ければ相手は少なからず動揺するものなのに、目の前の女性はそんな素振りは全く無い。
なんなら仮面の向こうで笑みさえ浮かべていそうだ。
「やっぱり。同じ声だ」
ふっと女性が空気に溶けると次の瞬間、腕を伸ばせば当たりそうな距離まで来ていた。
「っ!」
「あの時、見たときから可愛いなーって思ってたんだよ。優しく声を掛けくれたから、その声、覚えちゃった」
日野は女性の言葉に眉をひそめた。自分とこの人は初対面のはずだ。
「あの時……?」
女性は1歩、1歩と近づいて来るので距離を開けるように日野もまた下がる。
「覚えてない? ちょっと前、パーティー会場で酔っ払って廊下で蹲ってたときに『どうしましたか!?』って心配してくれたよね」
日野は記憶を辿り、一ヶ月前のパーティーを思い出す。
「あなた、仮面パーティーの時の……!」
「思い出してくれた? あんなに分かりやすい罠に引っかかてくれてありがとね。あれから数日間、思い出しては爆笑しっぱなしだったよ」
「非正規創作者に情をかけていたなんて……あの時、見抜いていれば!」
再度銃を構え直そうとすると、女性に突き飛ばされ、後ろの柱に押し付けられた。
加えて両手で持っている銃も片手で抑えられてしまった。
「っ!」
振りほどこうにも力が強く、それどころか銃を落とされてしまった。落ちた銃は女性の後方に蹴り飛ばされた。これでは武器が無い。
「私の可愛い子、お名前は?」
「誰がっ非正規創作者なんかに言うものですか!」
表情を変えずに、仮面をしているから表情はわからないが、女性の手に力が入る。
自分の骨がミシミシと悲鳴を上げている。
「……っ」
「早く言わないと、折れちゃうよ?」
「…………ヒノ、サヤカっ……」
「へぇ。ヒノサヤカって言うんだ」
女性は力を緩めたが、それでも引き抜けるほどの力量差ではない。
抑えられている腕はいつの間にか頭上に持っていかれ、柱に押さえつけられた。
女性は隊服の裏に刺繍された漢字をみて呟いた。
「日野紗也夏。夏の日の野原……ひまわりちゃんだね」
「変なあだ名を付けないで下さい」
「ぴったりだと思うんだけどなー。夏だからひまわり、分かりやすいでしょ?」
女性は空いている腕を伸ばして前髪付近をなぞってくる。
「触らないでください」
「えーヤダぁ。この状態のひまわりちゃんに何ができるの?」
女性はわざとらしく足の間に自分の足を入れてきた。これでは余計に動けない。
「っ!」
今度は前髪を触ってきた。
「初めて見たときも思ったんだけどさ、これ自分で切ったの? 物凄く好みな眉上ぱっつん」
「……関係ありません」
「ふーん」
女性は額から顔の輪郭をなぞっていく。
仮面で表情が読めない分、不気味で仕方がない。
「前髪もそうだけど、自分は正しい行いをしていると信じ込んでいる。その姿も愚かでかわいいね、ひまわりちゃん」
「愚か……?」
そう言われて眉間にシワを寄せる。
「国の言われるがまま創作物を検閲してさぁ、楽しい?」
「……検閲は世の中の混乱を防ぎ、正しく導く為にあります」
「へぇ。そうなんだ。じゃあさぁ、何にもしてない私達を捕まえようとするのはなんで?」
「我々は検閲によって世の中を正しています。……それなのに非正規創作者達の作品は検閲を逃れ、世の中を混乱に陥れようとしている、危険な存在です。捕まえる理由はそれだけ十分です」
女性は仮面の奥でクツクツと嗤った。
「混乱、混乱ね……混乱に貶めているのはそっちなんだよなー」
「どういう事ですか」
「例えば、大昔から語られてきてる物。今の国に不満が出ないように改変してるヤツばーっかり。本当に必要な時に役に立たないよ? 何で語り継がれてるのか、ひまわりちゃんは考えた事あるのかなー?」
顔の次は耳の輪郭をなぞってくる。
「っ今に! 必要無いから、排除されたのでは?」
日野の答えに女性はまたも嗤う。
「政府の洗脳、純度100%だね。やっぱり、愚かでかわいいねー。ひまわりちゃん」
「バカにしてるんですか」
「違うよ。かわいがってるんだよ」
耳の次は首筋をなぞっていく。
なぞられたところから自分が歪んでいくようで酷く気持ちが悪い。
「洗脳されて自分達が正しいって疑わない。可哀想で愚かで……あの頃のユースティティアみたい。ってひまわりちゃんに言っても通じないかな? 調べてみると良いよ。ま、調べられれば、だけどねぇ」
女性は耳元でそう囁いてきた。
「語り継がれている事に意味がある……それがオレ達の信条。箱庭から外に出て他の世界を見てみたら? 箱庭の歪みが分かるかもよ」
仮面で届かないはずの吐息が耳にかかったように感じて思わず身じろぐ。
「そこの非正規!日野副隊長から離れなさい!」
後ろから堀河副隊長の声が聞こえる。
「堀河副隊長!」
「あーあ、邪魔が入っちゃったね」
「ここにいやがったか、スルガ!」
と同時に女性ースルガの後ろから男性が駆けてくる。
「もうちょっと」
「逃げれなくなっても助けないが?」
「はぁーい……じゃあね、今度また会ったらたくさん遊ぼうねーひまわりちゃん」
スルガは手を話すとまたも気配が溶けて男性の側まで移動した。まるで瞬間移動だ。
「大丈夫ですか?日野副隊長」
「はい……」
日野はスルガになぞられたところをかき消すように掻いた。
「ったく。何がもうちょっとだ。捕まっても知らんぞ」
「だって、可愛かったんだもん。あのひまわりちゃん」
「急ぐぞ。西瓜とSUNが待ってる」
「はぁーい」
区切りが悪かったので今回短めです
すみません




