257話 母親泣かせ(いい意味で)
「しかしよく俺がシキだって気付いたね、母さん」
「ずっと会いたかった可愛い我が子だもの、姿が変わってもすぐにわかる、わかるわ。ああ、シキ」
暫くの間、エフェメラはシキを抱きしめながら泣き続けた。
シキも無事にエフェメラと再会し、救えたことに安堵しながら抱きしめ返す。
「こんなに大きくなって。それだけ長い間、私は眠っていたのね……っ、外様の神はどうなったの?」
「〈奈落の王〉なら倒したから安心してよ」
「倒した?」
「うん、精霊オルティエがね」
それまではシキしか目に入っていなかったのだろう。
シキの背後に浮かぶオルティエを見て、驚いたエフェメラが目を瞬かせる。
「お初にお目にかかります。お母様。私はオルティエ。マスターであるシキ様に仕える精霊です」
「オルティエの力で母さんは助かったんだ」
「まぁ、そうなの? ありがとうございます。精霊様」
「マスターのお母さまなのですから、是非私のことはオルティエと呼んでください」
オルティエがウェディングドレスのスカートの裾を掴み、恭しく一礼した。
「シキ、それにエフェメラ殿。場所を変えて落ち着いて話をしよう。皆休憩も必要だろうし」
カルナノーラの提案で霊廟前室へと移動する。
休憩しながら情報共有することに。
「それとリオンも一応はシィズ族なので、話を聞かせる必要があるだろう。最低限の治療をして起こしてやってもいいだろうか」
特に異論はなかったのでシキは承諾した。
偽物の〈爪龍剣〉は破壊したから、リオンも洗脳も解けているはずだが……
「そこのガキ! ふざけやがって。よくも俺様をコケにしやがったな!」
「やっぱりとっちめ足りなかった」
指の骨をパキパキと鳴らしながらエルが立ち上がるが、祖龍が引き留めた。
「まぁまぁ。シィズ族は偽祖龍に騙された被害者でもあるので、どうか大目に見て欲しいのだ」
「なんだこのカバは」
「だからカバじゃないのだ! てかフォローしようとしてやってるのに、しょうもない奴なのだ。もう知らないのだ」
結局邪魔しかしなさそうなので、カルナノーラが《誘眠》で強制的に眠らせ隅に転がした。
王族への容赦ない仕打ちに、まだ事情を知らない迷宮調査員たちがぎょっとしている。
「おば……ギルドマスター、リオン殿下の護衛たちはどうする?」
「こちらの話が終わるまで森に放置でいいさ。皆、聞いてくれ。かつてシィズ族が手に入れた〈爪龍剣〉だが、あれは偽物だった。そしてその〈爪龍剣〉の素材となる爪を渡したとされる祖龍もまた、外様の神〈奈落の王〉が扮する偽物だったのだ。こちらにおわす純白のお方こそ、本物の祖龍様である」
「そうなのだ。我輩が本物の祖龍なのだ。崇め奉るのだ」
偉そうに胸を張る祖龍。
その威厳のなさにいまいちピンとこない一同。
微妙な空気が流れる。
「おっほん。祖龍様は長きに渡り〈奈落の王〉に支配されていたが、こちらの精霊オルティエ様が倒したことにより解放された。その実力は先程、治癒魔術 《再生》千回分の奇跡を起こした通りである」
「「「おおっ」」」
実際に奇跡を目の当たりにしたことで、祖龍の存在よりもピンときている様子の一同であった。
祖龍が悔しそうに「ぐぬぬ」している。
「まさか〈爪龍剣〉だけでなく祖龍様も偽物だったとはな。当然公表するのだろう? ギルドマスター」
「ああ。これによりシィズ族の王位剥奪は免れない。そして次の王位は見事に祖龍様を救い出した精霊様を使役するシキ、いいやシキ様が妥当でしょう」
「あ、王位は辞退します。もしくは俺たちが擁立していたライカ様に譲ります」
皆の視線がシキ、ライカの順に移る。
注目を集めたライカも首を横に振った。
「ボク辞退するよ。だって祖龍様に認められるほど活躍してないもん。というか蹄をもらっても武器にできなさそうだし」
「だから蹄じゃないのだ! 〈奈落の王〉に神力をもってかれたから、これは仮の姿なのだ。力を取り戻せば、超絶カッコいい姿なのだ」
「ふむ、であれば昔のように七氏族が協力し合って、ブレイル獣王国を運営していくのが妥当だろうか。祖龍様、それでよろしいですか?」
「ぐぬぬ……うむ。よいのだ」
こうしてブレイル獣王国から王族は消滅する運命となった。
シィズ族から激しい抵抗が予測されるが、それはシキの関知することでない。
レンド族の重鎮でもあるカルナノーラが中心となって改革が進むのだろう。
「エフェメラお姉ちゃん、また会えて嬉しいよ。ボク、お姉ちゃんに憧れて武術を続けていたんだよ」
「まぁ、ライカちゃんもすっかり大きくなって。十年も経っているのだものね。シキ、ごめんなさい。あなたの側にいられなくて」
「ううん、ステナおばさんから聞いたあの状況なら仕方ないよ」
「ステナさん!? 彼女は無事なの? シキはステナさんに育てられたのよね?」
「無事だよ。でもその辺はちょっと複雑なんだ」
シキはエフェメラと別れた後のことを説明した。
人攫いに攫われてステナとは早々に離れ離れになったこと。
貴族に買われ、脱走し孤児となり、孤児院で暮らしていたところを、別のエンフィールド男爵家に養子として迎え入れられたこと。
エンフィールド大樹海を守る精霊と契約したこと。
最近になってステナと再会し、エフェメラを探し始めたこと。
波乱万丈な人生が語られた。
親としては申し訳なさと、たくましく育った我が子への嬉しさの感情が入り混じり、序盤から泣きっぱなしのエフェメラである。
「頑張ったのね、シキ、ごめんなさい。お母さん、本当はこんなに泣き虫じゃないのよ」
うん知ってる、と言いかけたシキだが言葉を飲み込む。
二歳までしか一緒にいなかったが、シキはエフェメラが泣いているところを見たことがなかった。
辛い状況だったはずなのに。
何故その頃の記憶があるかといえば、転生者だからである。
そのことを他人がいるこの場では説明できない。
家族が揃ったタイミングで告白するつもりだった。
「これからはお母さんが守るからね。それで、あなたのお父さんのことだけど」
「王弟コンスタンティンだよね。そっちも再会して和解済みだから安心してよ。レドーク王国に帰ったら会えるよ」
「…………えっ」
「母さんからも文句を言ってやってよ。一時期母さんを探すのを諦めてて……あっ」
エフェメラの表情が固まっているのを見て、シキは失言だったと気付く。
「ごめん今のは無しで」
「ううん、ちがうの。コンス様のお立場を考えると、私とシキは二度と会えないはずだったの。それがまさか会えるだなんて」
顔をくしゃくしゃにして、もう何度目かわからない涙を流しながらエフェメラがシキを抱きしめる。
「本当にありがとう、シキ」




