258話 永遠の十八歳
シキが休憩している間、カルナノーラをリーダーにした迷宮調査員は、森に潜伏しているリオンの護衛たちを迎えに行っていた。
一応上空から〈SG-070 エイヴェ・サリア〉に見守ってもらったが、〈龍鱗〉ランダークを壁にしてカルナノーラが後方から攻撃。
遭遇した魔獣を倒しつつ無事に森へ到着した。
カルナノーラが事情を話すと、護衛たちはすんなりと受け入れる。
揉めるか? と小型情報端末越しに様子を見ていたシキであったが、護衛たちはどこか安堵した表情をしていた。
「無理やり付き合わされてたんだろうね」
「冒険者ギルドぐらいならまだしも、迷宮の最奥の森で待機させられれば、嫌にもなるでしょう」
シキの呟きにオルティエが答えた。
ウェディングドレスを着た精霊モードから、メイド服に戻って側に控えている。
次元収納に偽装したストレージボックスから椅子とテーブルを出して、優雅なティータイムだ。
「無理やりなの?」
「うん。リオン殿下がぶっちゃけ残念だからね。護衛も振り回されてるのさ」
特等席に座るエフェメラに、シキが見上げながら説明する。
「リオン殿下……ね」
息子を膝の上に乗せご満悦なエフェメラが、霊廟の床に転がるリオンに視線を送った。
カルナノーラの魔術 《誘眠》が効いているのでまだ眠っている。
「彼はライオス殿下、いえ国王の息子なのよね? せめて敷物の上に寝かせてあげたら?」
「リオンは冒険者ギルドでマスターの顎を砕きました」
「ならあのままでいいわね」
あっさりリオンを見捨てるとシキの顎をつまんで、至近距離で念入りに観察する。
自分と同じ黒い瞳が近づくとシキは十年前の、まだ幼児だった頃を思い出す。
エフェメラはあの頃から全く変わっていない。
「顎は大丈夫なの? 傷は残ってない?」
「ないよ。母さんと一緒で、オルティエの治療薬で完治してるから」
「本当に凄いのね……私って二十八歳ってことでいいのよね? 体の調子も肌艶も前よりいい気がするのだけど」
シキの顎を調べ終わると、今度は頬ずりし始めるエフェメラ。
さすがに恥ずかしくなって声を上げた。
「ちょ、やめてよ母さん」
「いいじゃない。私からしたらシキはまだ二歳なのよ。十年分の母子の絆を取り戻さなきゃ」
そう言われると弱かった。
抵抗するのを諦めて、虚無顔になるシキ。
気分は飼い主の過剰なスキンシップを甘んじて受ける猫である。
「はぁ……ねえ祖龍、母さんの体ってどうなってるの?」
「知らないのだ。〈奈落の呪い〉から生還した前例なんて多分ないのだ。ただ呪いは十年分のエネルギーを要求するだけだから、払ってしまえは体は当時のままだと思うのだ」
「それなら母さんの肉体年齢は十八歳のままだね」
「まぁ、そうなのね」
嬉しそうにエフェメラが微笑む。
十年も眠らされた挙句、歳まで取っていたとしたら悲し過ぎる。
シキも内心ほっとする一方で問題もあった。
エフェメラの体は〈上位治療薬〉により、細胞分裂によるDNAの損傷すら修復する体に作り替えられている。
―――つまり不老不死なのであった。
他に救う手段も無かったから仕方がないのだが、どうやって説明しようか。
シキが虚無顔のまま悩んでいると、紅茶を乗せていたトレーで口元を隠したオルティエからボイスチャットが飛んできた。
『〈上位治療薬〉によりDNAの損傷すら修復する体組織になっていますが、別途メンテナンスは必要です。人間のDNAには老化を促す設計図も組み込まれていますので、意図的に老化を止めなければよいのです』
具体的には通常の治療薬を使わなければ、細胞の老化が予定通りに始まるのだという。
逆に言うと治療薬を使い続ければ、いつまでも細胞が若いまま維持される。
美魔女どころではない。
『将来マスターに使用するためにも、エフェメラはよいサンプルになるでしょう』
「……」
「シキ、どうしたの? 私、しつこかった?」
「ううん、大丈夫だよ母さん」
頬ずり継続中だったエフェメラが、シキの頬が強張ったのをすぐさま察知していた。
そんなやりとりをしていると、カルナノーラたちが戻ってくる。
「祖龍様。迷宮を脱出するにあたり、近道となる隠し通路を利用させて頂きたいのですが」
「いいのだ。久しぶりに外の空気も吸いたいし、我輩もついていくのだ」
「えっ、祖龍様もいらっしゃるのですか?」
「吾輩がいたほうが説明しやすいだろう? その代わりちゃんともてなすのだぞ」
この自己顕示欲の強い祖龍、城までついてくるつもりである。
ただ実際に説明はしやすくなるので、カルナノーラとしてもありがたい話ではあった。
小休止を入れた後、一行は霊廟の近道を使い中層の安全地帯まで移動を始める。
寝たままのリオンは護衛に運ばせた。
近道となっている通路は途中に分かれ道がある。
「こっちは〈克己の逆塔〉に繋がっているのだ」
「この先が……」
祖龍の説明を聞いて、シキが薄暗い通路の先を見つめる。
幼いシキと別れた後のエフェメラの足取りは、大体予想した通りであった。
カドナ村の住人を避難させた後、エフェメラは魔獣襲撃の原因を探るべく森へと入る。
最初は様子を見る程度のつもりだった。
しかし幸か不幸か、原因となる存在とあっさり遭遇する。
全身が真っ黒で、影そのものが飛び回っているように見える大型魔獣。
蝙蝠型のそいつは、シキたちも知っている〈影舞い〉だ。
〈克己の逆塔〉は地中に塔が埋まっているような、縦に長い洞窟である。
上部はレドーク王国南部と繋がり、下部は兎人族たちが住むナディット村周辺の森、そして隠し通路で〈祖先の渓〉と繋がっていた。
〈影舞い〉は〈祖先の渓〉の中層に生息していた魔獣で、普段は隠蔽されているこの隠し通路を使って外に出ていたのだ。
エフェメラは〈影舞い〉と交戦。
ある程度ダメージを与えると〈影舞い〉は〈克己の逆塔〉へと逃亡した。
ここで逃がしたらまた魔獣が溢れる原因になるかもしれない。
エフェメラは追い縋り、〈克己の逆塔〉内部で〈影舞い〉ともつれ合い、下部まで一気に落下してしまった。
偶然にも〈影舞い〉を下敷きにしたおかげで、エフェメラは軽傷で済んだ。
しかし〈影舞い〉にとどめはさせず逃がしてしまった。
エフェメラ単独では〈克己の逆塔〉を上ることができない。
仕方なく外の森へ脱出すると、別の大型魔獣に襲われている集団と鉢合わせる。
その集団というのは、〈克己の逆塔〉を管理していた王族ことシィズ族であった。
エフェメラが加勢したことにより、大型魔獣をなんとか撃退。
助けてもらったライオス王子(当時)は、帰る当てのないエフェメラを保護した。
〈克己の逆塔〉は迷宮〈祖霊の渓〉と繋がっていて、祖龍が管理している。
だから祖龍に相談すれば帰れるかもしれない。
そうライオスから聞いてエフェメラは、行動を共にすることにしたのであった。




