256話 再会
龍脈のある山頂には、霊廟への転移装置が存在している。
〈爪龍剣〉に操られていたリオンも使ったものだ。
迷宮の入口に似た黒い穴を潜ると、霊廟前室の小部屋に出た。
「この部屋にこんな仕掛けがあったとは。しっかり調べたのに気付きませんでした」
「リオンが使った近道と同じで、普段は隠してあるのだ」
皆でぞろぞろと小部屋から出ると、カルナノーラの指示で待機していた迷宮調査員の面々が驚いていた。
「ギルマス!? なんでそこから? ……うわっ、リオン殿下!?」
「細かい説明は後でするが、問題は概ね解決した」
「そうそう、解決したのだ」
「うわっ、カバが喋った!?」
「だからカバじゃないのだ!」
祖龍が地団太を踏んで抗議しているが、迷宮調査員たちの視線はすぐに精霊モードのオルティエに移る。
宙に浮かぶ絶世の美女に誰もが見惚れていた。
「吾輩を無視しないで欲しいのだ!」
「祖龍様、霊廟をさっさと開けてくれ」
シキは祖龍を抱きかかえると、霊廟の扉の前へと持っていく。
不貞腐れながらも祖龍が前足の蹄で扉に触れる。
すると固く閉ざされていた扉が大きな音を立てながら開いた。
内部はシキがかつて古文書で見たイラストの通りだ。
左右に合計七つの墓が並び、一番奥に祭壇がある。
祭壇の上に黒い棺のようなものが乗っているのを見て、シキは駆け寄って覗き込む。
棺は蓋の代わりに薄暗い膜のようなもので覆われている。
そして中で眠るように横たわる女性の姿があった。
「母さん……」
カドナ村で離れ離れになってから十年、本格的に捜索を初めてからおよそ半年。
ついに見つけた。
エフェメラの置かれている状況は、シキの父コンスタンティンの【巡礼神の加護】による未来予知の結果である、〈古き墓所を見下ろす祭壇にて眠る〉とも合致している。
「っ、エフェメラお姉ちゃん」
追いかけてきたライカも棺の中を見て、悲痛な表情を浮かべた。
十年前に〈奈落の王〉に襲われた時のままの姿なのだろう。
ライカと同じ武術家風の服を着ていた。
「〈奈落の王〉に取り込まれていた我輩だからわかるけど、これは肉体と魂を停滞させる〈奈落の呪い〉なのだ。正体を見破ったエフェメラは、シィズ族に言うことを聞かせるための人質になったのだ」
その場に一緒にいた現国王のライオス王子にも正体が知られてしまったため、〈奈落の王〉は口止めする必要があった。
「ライオスはエフェメラに懸想してたから、あっさり言うことを聞いたのだ」
「懸想って……」
細かい事情は龍脈に挑む前日の夜に、国王から直接懺悔を聞いたのでシキも把握していた。
カルナノーラが驚いているが、そんなことはどうでもいい。
「それで〈奈落の呪い〉は解けるんだな?」
「解けるけど、本当にいいのだ? 呪いを解けば十年分の時の流れが、一気にエフェメラに襲い掛かるのだ」
それは単純に十歳年を取るといった生易しいものではない。
祖龍曰く、呪いを解いた瞬間、停滞していた十年分の生命エネルギーがエフェメラの体から奪われる。
その量は膨大で、エフェメラの体はすべて生命エネルギーに変換。
跡形もなく消滅してしまうという。
「こうして呪われている間は姿形を留めているけど、解けば一瞬で死んでしまう。〈奈落の王〉はこのことをライオスに伝えなかった。いずれ解放すると騙していたのだ」
「エフェメラお姉ちゃんを助ける方法はないの?」
「うーん、もし治癒魔術で生命エネルギーを賄うとしたら、欠損も治す《再生》が千回分は必要なのだ」
「《再生》が扱える術者は国内に数名しかいない。魔力消費量も激しいので一日一回が限度だろう。つまり、事実上不可能だ……」
「そんな」
カルナノーラの説明を聞いて、ライカの翡翠色の瞳には見る見るうちに涙が溜まり、零れ落ちる。
力なくその場に崩れ落ちると、その肩をモアが後ろからそっと支えた。
「要は十年分のエネルギーの消耗に、体が耐えられればいいんだよな?」
「そうだけど、そんなこと我輩の力でもできないのだ」
「オルティエ」
『有償チップにて購入できる〈上位治療薬〉であれば対応可能でしょう。細胞分裂によるDNAの損傷も修復しますので、回復の負荷に体が耐えられないということもありません』
〈上位治療薬〉とは、以前オルティエがシキに服用を提案した〈不老不死〉になる薬だ。
細胞分裂の限界が人間の寿命であるが、その限界を取り払う程の効果を持っている。
「貴重だけど、使ってもいいかな?」
『もちろんです。マスターの望みが、我々スプリガンの望みでもあるのですから』
有償チップは現時点で追加の入手手段がない。
スプリガンとは無関係な使い方だったので躊躇われたのだが、オルティエは快諾。
振り向けば他のスプリガンたちも小さく頷いていた。
「みんな、ありがとう」
「精霊オルティエはなんと?」
「任せろってさ。よし、祖龍。呪いを解いてくれ」
「どうなっても知らないのだ。えいっ」
祖龍が黒い棺に触れると、その形が崩れる。
空気中に溶けて霧のように漂ったかと思うと、眠るエフェメラの体に纏わりつき蝕み始めた。
側で控えていたオルティエの手には、いつの間にか一本のアンプルが握られている。
オルティエはアンプルの首を折り封を開けると、中に入った緑色の液体をエフェメラの口元に運んだ。
―――次の瞬間、エフェメラの体が淡い緑の輝きに包まれる。
輝きにより黒い霧は弾かれたが、すぐに舞い戻りエフェメラを襲う。
緑と黒の攻防は暫く続く。
シキだけでなく、その場にいる誰もが固唾を呑んで事の行く末を見守っていた。
緑の輝きと黒い霧は対消滅を繰り返す。
そのすべてが消滅すると、霊廟に静寂が戻ってきた。
一度オルティエと視線を交わしてから、シキが恐る恐る祭壇に近づく。
〈奈落の呪い〉に見事打ち勝ち、エフェメラの体は残っている。
しかし目覚める様子がない。
息はちゃんとしているのだろうか。
確認しようと顔を覗き込むんだところで……エフェメラが目を開けた。
シキと同じ黒い瞳が、じっとこちらを見つめている。
不意打ちを食らって、シキの脳裏から言おうとしていた言葉がすべて飛んでしまった。
数秒間見つめ合い、ようやくシキが声を絞り出す。
「あー、ええと」
「シキ!」
瞳に涙を湛えたエフェメラが、シキを抱きしめた。




