255話 そうです私が精霊使いです
「それで、このカバの子供みたいなのが本物の祖龍なのか」
「カバじゃないのだ」
ひとしきりスプリガンたちと再会を喜び合った後、シキは白い生物をまじまじと観察した。
ずんぐりとした胴体に短い四肢。
そこに祖龍としての威厳などなく、見た目は喋るぬいぐるみのようであった。
「ところでリオン王子は……うわぁ」
そういえばどこいった? と探してみれば、隅でボロボロになって転がっているリオンを見つける。
しかも〈爪龍剣〉がぽっきり折れていた。
「ごしゅじんのためにとっちめておいた。でもまだまだ殴り足りない」
「待って欲しいのだ。シィズ族は〈奈落の王〉に唆された哀れな一族だから、どうか赦してやって欲しいのだ」
「唆されたってどういうこと?」
「うむ。バイフ族の娘よ、説明するから聞いて欲しいのだ。我輩の役目と七氏族の盟約、そして外様の神との戦いの歴史を」
かつてこの地は龍脈と呼ばれる巨大な魔素溜まりがあり、人の住める環境ではなかった。
濃すぎる魔素が人体に悪影響を与えるだけでなく、その魔素を吸って強力な魔獣が生まれ人々を襲ったのだ。
旅人であった七人の英雄は蔓延る魔獣を殲滅し、魔素が溢れる龍脈を地中の奥底に封じ込める。
そして誕生したのがブレイル獣王国であった。
ここまではブレイル獣王国の住民なら、誰でも知っている内容だ。
「七英雄の一人である巫女が吾輩の上司である〈大地熱の神〉と契約して、我輩を龍脈の管理者としてやってきたのだ」
「〈大地熱の神〉?」
「うむ。名前の通り大地の熱を司る神なのだ」
アトルランには世界を造った創造神を頂点にして、様々な事象を司る神が存在していた。
〈大地熱の神〉は神の格としては下から数えた方が早い、小柱の神であるという。
「本当は別の神と交信するはずが、巫女のおっぱ……ちょっと事情があって、上司が割り込んで契約したのだ」
「ん? 今何か言いかけた?」
「な、なんでもないのだ。それでブレイル獣王国が誕生して暫くは問題なかった。しかしある日、外様の神が攻めてきたのだ。そっちの人族の君は体験したからわかったかと思うが、龍脈は宇宙と繋がっているのだ」
そもそも龍脈とは何か。
龍脈は空間の裂け目であり、宇宙空間と直接繋がっている場所であった。
宇宙にはアトルランの敵である外様の神がいる。
結界である〈世界網〉により直接の侵入はないが、網越しに外様の神の濃密な魔素が流れ込んできていた。
「外様の神〈奈落の王〉は〈世界網〉に防がれない程度の、微量の神力を流し込み続けていたのだ。そしてついに我輩の力を上回り、体を乗っ取られたのだ」
この白い祖龍は〈大地熱の神〉の眷属であり、強さも主の強さに比例する。
巫女が呼ぼうとしていたのは〈大地熱の神〉より格上だったらしいのだが、仮に目当ての神が呼ばれていたとしても、その眷属が乗っ取られるのは時間の問題であったようだ。
「まったく頼りないスケベ上司のせいで、我輩もいい迷惑を被ったのだ」
「いやいや、迷惑してるのはブレイル獣王国民だろ……」
得てして人と神では価値観や優先順位が違った。
うっかりやそんなことで? といった理由で人の迷惑がかかるのは、神話あるあるだろう。
とはいえ当事者からすればたまったものではない。
本当なら事態の悪化はまだ先だったのだから。
カルナノーラは衝撃の事実に天を仰いでいた。
「その通りなのだ。我輩と我輩の主の力が及ばず申し訳なかったのだ」
「あ、頭を上げてください。祖龍様。それではこれまでシィズ族が仕えていた祖龍は偽物なのですか?」
「そうなのだ。シィズ族は利用されていたのだ」
偽祖龍となった〈奈落の王〉は、迷宮の外への侵略にも着手する。
やることは変わらない。
少しずつ邪悪な神力を迷宮に浸透させていった。
過剰な魔力はそこに生息する魔獣を強化し、やがて迷宮の外へ溢れる。
溢れた魔獣が人々を蹂躙すれば、いずれ封印される前の龍脈に戻るだろう。
魔獣を間引かれては困るので、偽祖龍はシィズ族を利用する。
他氏族を出し抜き権利が独占と誑かして、偽の〈爪龍剣〉を持たせ王族の地位を得させた。
一度権力を持ってしまえば、手放したくなくなるのが人の性。
シィズ族は王位を守るために他氏族を〈祖霊の渓〉から排除する。
これが偽祖龍の狙いであった。
シィズ族も〈爪龍剣〉が偽物なのは知っていたが、まさか祖龍も偽物だとは知る由もない。
〈奈落の王〉は偽祖龍なので、本物の〈爪龍剣〉は渡せなかった。
それに外様の神の体の一部で〈爪龍剣〉を作ったら、溢れる邪悪な神気でさすがに外様の神だと発覚してしまう。
だから迷宮にいる中位竜の爪で誤魔化した。
それにその方が色々と細工もしやすかったのだと、祖龍は語った。
「体を乗っ取られても意識は残っていたので、力をためて反撃するチャンスを伺っていたのだ。そしてようやく君たちが現れた。龍脈に僅かな隙間を作ることしかできなかったけど、君たちは見事に〈奈落の王〉を倒してくれた。ありがとうなのだ」
祖龍が〈SG-070 エイヴェ・サリア〉がいる辺りを一度見上げてから、シキに頭を下げた。
「ええっ、シキは本当に〈奈落の王〉を倒したの? 外様の神を倒すだなんて、人の範疇を超えているぞ」
「あー、倒したのは厳密に言うと俺じゃないです。オルティエ」
「はい。マスター」
こうなった時の対処法は打ち合わせ済みである。
シキに名を呼ばれ、頷いたオルティエの体が不意に浮かび上がった。
三メートルほどの高さまで上ると眩い閃光に包まれたが、それも一瞬の事。
オルティエの姿はメイド服から、美しいドレスへと様変わりしていた。
それは純白のストラップレスドレス。
上半身は体にフィットし、腰から裾までは寄せひだで広がるお姫様ドレスだ。
小物としてはベール付きティアラにレースの手袋。
メイド服では隠れていた、メリハリのある女性らしい体つきが露わになっている。
トレーンと呼ばれるスカートの後ろ側の長い裾が空中で漂い、その姿をより大きく華やかに見せていた。
これは Break off Online の衣装ガチャで出るウェディングドレスである。
「実はオルティエは精霊で、俺は精霊使いなんです」
「ふおお! きれい!」
「美しいですね……」
アトルランにウェディンドレスという概念はない。
未来を先取り洗練され尽くしたファッションに、ライカとモアは素直に感嘆の声を上げていた。
「せい、れい……? しかし魔力が微塵も感じられない。だが納得できる部分はあるが……ううむ……」
情報量の多さから混乱しているカルナノーラはひとまず置いておく。
シキは最も重要なことを祖龍に尋ねた。
「意識が残っていたのなら、十年前のことで教えて欲しいことがある。俺と同じ黒髪、黒目の女性を知らないか? 偽祖龍を〈奈落の王〉と見抜いた人だ」
「ああ、もちろん知っているのだ」
シキの問いに、祖龍はすぐさま答えた。
「彼女は―――」




