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目覚め

「──!」

 俺が怪我による激痛の感覚と共に目覚めた俺は、癖により無意識下で唇を噛み、声を押し殺す。口内にうっすらと血の味が広がった。


「──起きましたか?」

 上からオリビアが顔を覗き込んでくる。彼女の表情を見る限り、俺を父親と誤認していたりはしていないようだった。


「あぁ……。どのくらい、寝てたんだ……?」

 寝起きの頭で意識を失う前の記憶を手繰り寄せる。

 黒蛇の姿と片腕を失いながら腹に風穴が空いていたことまでは思い出すことができた。

 本当、傷が痛まないことに驚きを隠せない。


 ──まさか、怪我が酷すぎて痛覚も無くなってしまったのか?


「二日くらいです。もう少しでメルゼブルグに着きますよ」

「そうか……」

 首だけ回すと、何か言いたげなレオナと目が合った。

 寝ている間に何かあったのだろうか?


「──っ!」

 動こうにも、怪我のせいか体を上手く動かない。


「怪我を治したばかりです。まだ無理はしないでください」

「……治した?」

 言われて視線を動かすと、確かに失われていたはずの片腕がそこにあった。腹に関しても、痛覚がないというよりかは、痛みすらなかったのだろう。


「一体誰が……」

「──私です」

 オリビアの声色からは、返答よりも懺悔に似た感じを受けた。

 既視感のある光景に、あの少女(セレイナ)のことを思い出す。

 ゆっくりと体を起こし、オリビアの頭に手を伸ばした。


「助かったよ。あのままなら、確実に死んでいた」

 そう言って彼女の頭を軽く撫でる。昔セレイナにも同じことをしていた記憶が残っていた。


「……」

 頭を預けてくるオリビアを他所に、レオナが不満げに見つめてくる。


「……ルシェフさん」

「──はい」

 レオナのあまりの剣幕に、つい敬語になってしまう。


()()とはどんな関係なの?」

「彼女?」

 レオナの視線を辿ると、それがオリビアであることがわかった。


「誤魔化さないで」

 レオナが冷たくそう言い放つのと同時に、何故か先程より肌寒く感じる。

 寝起きで体温が低いからだと信じたいが、多分そうではないだろう。


「悪い。話が掴めてない。オリビアとの関係は君が知っている以上のものはないはずだ」

 オリビアは同業者であり飲み仲間程度の認識だし、少し俺と──いや、彼女(セレイナ)とか。彼女と似た何かを感じて気にかけていただけだ。


「……」

 疑われているのか、レオナの表情が曇る。困りたいのは俺の方だった。


「彼女に治癒魔法が使えるなんて聞いてない」

「……俺もだ」

 まだ現状を理解しきれていなかったが、確かにオリビアは俺の傷を治したと言っていた。


 即死でもおかしくないあの傷を治せる存在など、前世でも数えるほどしか知らない。

 ──まさかとは思うが、オリビアがその内の誰か、などということもあるのだろうか?


 いや、流石にないだろうな。偶然似ていただけだろう。いくら自称女神が俺たちを集めていたとはいえ、こんな近くにいたなんて、流石に都合が良すぎる。

 それこそ、前世で知己だった何者かが意図的に集めでもしない限り不可能だろう。


 ストルワルツのギルド長だったナタカレスくらいに感が良ければ、偶然一人くらいは集められるかもしれないが、流石に事前知識を持っていなければ、“使えそうだったから”なんて理由で集められたりはしない筈だ。


 そもそも、オリビアが自称女神によって集められた存在だとナタカレスが知っていたら追放処分になどしなかっただろう。


「オリビア、君はどうして──」

「まだ思い出せませんか?」

 悲しげなオリビアを見て、どうしてもセレイナの姿を重ねてしまう。確かに、彼女ならあの傷を治すこともできただろう。


「いや、覚えている。思い出せるよ。ただ、もし本当にそうなら、どうして正体を明かさなかったんだ?」

「私はこれを見るまで思い出せなかったので……」

 オリビアが恐る恐るといった感じで取り出した杖に、思わず息を飲む。前世で彼女が愛用していたものと同じデザインの杖だ。

 ──そして、性能も限りなくオリジナルに近いように見える。


 こんなことをできる人間など、俺の知己には一人しかいない。どうやら、少しウィルを問い詰める必要がありそうだ。

 ウィルに俺たちと同じ世界の知識があるかは定かではないが、他にも前世で名を馳せた業物を模した魔剣(レプリカ)を作るように依頼を受けている可能性はありそうだからな。


「セレイナ、なのか……?」

 オリビアは重々しく頷く。


 目の前にセレイナがいるという事実に、鼓動が速くなるり、視界が歪んだ。背中には嫌な汗が流れ、吐き気と共に目眩のような症状にも見舞われる。


 それでも、伝えなければならないことがあった。


「守れなくて、ごめん……」

 恐らくセレイナからは嫌われていると思っていたし、責められるかとも思ったが、彼女の返答は少し予想外なものだった。


「恨んではいません。あれは私から頼んだことですから……」

 オリビアは小さく微笑む。この作り笑いも、セレイナのものに似ていた。


「違うんだ……。俺に、もっと力があれば……」

 もっと力があれば、誰一人欠けることなく魔王を打ち倒すことができた。

 ──もっと力があれば、魔王との戦いで彼女を犠牲にしなければならない作戦など使う必要もなかった筈だ。


「そんなに力を求めて、神話に出てくる邪神にでもなるつもりなんですか?過去のことより、大事なのはこれからのことではないですか」

「これから……?」

「──約束、忘れてませんから」

 そっぽを向いてそう呟くオリビアの表情は見えないが、何か大事な約束をしていたのかと、首を捻る。


 心を殺し、ただ無心に剣を振るうだけの傀儡(ゆうしゃ)。旅の道中からはそうあろうとしていたためか、その頃から既に、多少記憶の混濁が見られた。


「……約束って何?」

 真顔のレオナに問い詰められる。思い出せていないことを問い詰められても困るのだが、どう説明しても誤魔化しているようにしかならないだろう。


 視界の端に、外壁とメルゼブルグの入り口である門の姿が見える。

 ──町はきっと、季節外れの積雪に悩まされていることだろうな……などと現実逃避する以外の選択肢が、今の俺には残されてなかった。

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