偽物と本物
第二章 失われた文明編
第91話 偽物と本物
前書き
同じ顔。
同じ身体。
同じ力。
同じ記憶。
それなら、
同じ存在なのでしょうか。
もし。
あなたとまったく同じ姿をした何かが、
あなたとは違う選択をしたなら。
本物を決めるものは、
いったい何なのでしょう。
⸻
七つの影が立ち上がった。
巨人内部。
黒い結晶で形成された広大な空間。
先ほどまで壁だったものが盛り上がり、形を変え、七体の人型となっていく。
ゆっくり。
まるで鋳型へ液体を流し込むように。
脚。
胴。
腕。
頭部。
そして。
装甲。
E-01と同じ巨大な盾。
E-02と同じ長距離砲。
E-03と同じ細身の高速戦闘用フレーム。
E-04。
E-05。
E-06。
そして最後。
七体目。
ノアの前に立ったものは。
E-07だった。
顔も。
体格も。
装甲の形状も。
ほぼ同じ。
違うのは。
色だけ。
黒。
全身が、光を吸い込むような黒い結晶に覆われている。
瞳だけが赤い。
【敵性個体】
【模倣構造確認】
【戦闘性能照合】
【一致率――98.7%】
E-03が首を傾げる。
「……気持ち悪いな。」
目の前には。
自分と同じ姿。
同じ剣。
同じ立ち方。
「鏡より腹立つ。」
E-02が淡々と答える。
「鏡は攻撃しない。」
「そういう問題じゃねぇ!」
その言葉と同時。
黒いE-03が消えた。
「!」
青い残光。
いや。
黒い残光。
E-03が反射的に剣を上げる。
ガギィィィン!!
同じ角度。
同じ速度。
同じ剣筋。
二本の刃が真正面から衝突した。
「マジかよ!」
黒いE-03は答えない。
そのまま二撃。
三撃。
四撃。
全部。
E-03が好んで使う連撃だった。
「俺の技使うな!」
五撃目。
E-03は避けた。
だが。
六撃目まで読まれている。
肩部へ刃が掠める。
【右肩外装損傷】
「……ほんっと。」
E-03は距離を取る。
「気に食わねぇ!」
⸻
同時に。
七つの戦闘が始まった。
E-02。
遠距離。
黒いE-02も同じ位置へ移動する。
二機が同時に銃口を向けた。
射撃。
閃光。
双方。
頭部をわずかに傾ける。
二発の弾丸が互いの頬を掠めて通過した。
即座に。
次弾。
同時。
同じ。
次。
同じ。
【命中予測】
【互いに回避】
【戦闘膠着】
E-02が静かに言った。
「面倒。」
遠く。
E-03の声。
「お前までそれ言うようになったの!?」
返事はない。
黒いE-02が撃つ。
E-02も撃つ。
銃弾同士が空中で衝突した。
⸻
E-06。
重砲。
対する黒いE-06。
同じ兵装。
同じ装甲。
二つの砲口が向き合う。
発射。
爆光。
衝撃。
巨人内部全体が震える。
黒いE-06は一歩後退。
本物のE-06も一歩。
【火力同等】
【防御性能同等】
E-06は。
しばらく相手を見る。
「……」
そして。
砲を下ろした。
黒いE-06も。
同じように下ろす。
E-06が左へ一歩。
黒も左。
右。
右。
「模倣。」
E-05の声。
「こちらの戦術データをリアルタイムで参照している可能性。」
「なら。」
E-06は。
重砲を地面へ捨てた。
黒いE-06も。
一瞬遅れて。
捨てる。
E-06。
走る。
黒。
走る。
両者の拳。
正面衝突。
ドンッ!!
そして。
E-06は。
突然。
頭突きをした。
ゴォン!!
黒い個体が。
初めて。
大きくよろめいた。
E-03が遠くから叫ぶ。
「頭突き!?」
E-06。
「戦闘記録にない。」
一拍。
「今考えた。」
E-03。
「お前すげぇな!」
⸻
E-05は。
戦わなかった。
黒いE-05も動かない。
互いに。
演算。
解析。
解析されていることを解析し。
その解析を解析する。
【相手演算予測】
【予測されたことを確認】
【予測行動変更】
【変更予測を確認】
演算領域。
急上昇。
【負荷:61%】
【67%】
【73%】
E-05。
「……非効率。」
黒い個体。
同じ声。
『非効率。』
E-05が。
初めて。
少しだけ首を傾げた。
「同じことを言った。」
『同じことを言った。』
「……」
『……』
E-05は。
通信を開く。
「E-04。」
『応答。』
「三秒後。」
「私を攻撃して。」
E-04。
一瞬。
「理由。」
「説明時間なし。」
「了解。」
黒いE-05が。
E-04を見る。
その瞬間。
E-05は。
逆に黒いE-04へ突進した。
模倣個体の演算。
一瞬。
乱れる。
【優先目標競合】
E-04の攻撃が。
E-05ではなく。
黒いE-05へ。
直撃。
E-05は。
黒いE-04へ体当たり。
二体が崩れる。
E-03。
「何やってんだ!?」
E-05。
「相手は。」
「一対一を前提としていた。」
E-04が理解する。
「なら。」
「組み合わせを変える。」
E-05。
「そう。」
「コピーできるのは。」
「個体戦術。」
一拍。
「今の我々ではない。」
⸻
E-01は。
その言葉を聞いていた。
目の前。
黒いE-01。
巨大な盾。
同じ姿勢。
同じ防御。
E-01が右へ。
黒も。
前へ。
同じ。
盾で殴る。
盾で受ける。
完璧な鏡。
だが。
E-01は。
周囲を見る。
仲間たち。
一対一。
全員。
自分自身と戦っている。
合理的なら。
それぞれが自分のコピーを撃破する。
だが。
それでは。
同じ能力同士。
時間がかかる。
「全機。」
E-01が通信を開く。
黒いE-01も。
同時に。
『全機。』
一瞬。
全員が止まる。
E-01。
「……」
模倣。
声まで。
命令まで。
その時。
E-03が笑った。
「隊長。」
「俺には分かるぜ。」
「何が。」
「どっちが本物か。」
黒いE-03と戦いながら。
「偽物の隊長は。」
「面白くない。」
E-01。
「意味不明。」
「ほら。」
「今ので確定。」
黒いE-01は。
何も言わなかった。
E-03。
「そういうとこだよ。」
⸻
ノアは。
自分の前に立つ。
黒いE-07を見ていた。
他の戦闘は。
始まっている。
だが。
この二機だけは。
動いていない。
黒いE-07。
赤い瞳。
無表情。
ノアを見る。
『識別。』
『E-07。』
「ノア。」
『識別名。E-07。』
「ノア。」
『不要。』
ノアは。
静かに。
相手を見る。
昔。
自分は。
こうだった。
番号。
命令。
戦闘。
任務。
それだけ。
『命令。』
黒いE-07が言う。
『第一門完全開放。』
『鍵個体を接続。』
「拒否。」
『命令拒否。』
『異常。』
「そう。」
『自己判断。』
『異常。』
「そう。」
『感情。』
『欠陥。』
ノアが。
止まった。
欠陥。
聞いたことがある。
研究所。
『感情は欠陥です。』
ユリア。
『違います。』
記憶。
『誰かを守りたいと思えるから。』
『人は最後まで立てるんです。』
ノアは。
相手を見る。
「欠陥かもしれない。」
黒いE-07。
停止。
『?』
ノア。
「でも。」
「嫌ではない。」
⸻
黒いE-07が。
初めて。
攻撃する。
速い。
ノアと同じ。
拳。
ノアが受ける。
衝撃。
次。
膝。
避ける。
肘。
受ける。
背後。
蹴り。
ノアは。
吹き飛ばされた。
壁へ。
激突。
【損傷:軽微】
黒いE-07。
追撃。
ノアは立つ。
同じ。
完全に。
同じ戦い方。
いや。
違う。
昔の。
自分。
効率だけ。
無駄がない。
躊躇しない。
敵を壊す。
それだけの動き。
⸻
『弱体化を確認。』
黒いE-07。
『現在個体。』
『不要動作増加。』
『判断遅延。』
『保護行動による戦闘効率低下。』
『旧式化。』
ノアは。
立ち上がる。
「そうかもしれない。」
『廃棄対象。』
その言葉。
昔なら。
内部へ。
深く刺さった。
捨てられる。
不要。
価値がない。
だが。
今。
ノアは。
少しだけ。
首を傾げた。
「それは。」
一拍。
「他の人が決めることではない。」
『理解不能。』
「自分も。」
ノアは拳を構える。
「最近。」
「分かってきた。」
⸻
黒いE-07。
突撃。
ノア。
迎撃。
同じ拳。
衝突。
しかし。
今度。
ノアは。
真正面から力比べをしなかった。
腕をずらす。
相手の拳。
外へ。
そのまま。
身体を抱える。
『?』
黒い個体の演算。
止まる。
攻撃ではない。
ノアは。
相手を。
投げた。
床。
激突。
黒いE-07。
即座に起きる。
『戦闘パターン未登録。』
「ガルド。」
『?』
「教わった。」
黒いE-07。
再度突撃。
ノア。
足を引っかける。
転倒。
『未登録。』
「ヨランダ。」
次。
相手の腕を。
細かく払う。
「バルト。」
壊さず。
関節。
止める。
黒い個体。
解析不能。
『該当戦闘データなし。』
「戦闘ではない。」
⸻
ノアは。
学んできた。
人から。
生活から。
戦いではない場所から。
ガルドの加減。
バルトの修理。
エルナの手当て。
リリの遊び。
ピップの逃げ方。
ヨランダの剣。
ガレスの盾。
ミナの間合い。
自分以外の。
たくさんのもの。
黒いE-07は。
E-07をコピーした。
だが。
ノアを。
コピーできていない。
⸻
黒い個体が。
再び構える。
『戦闘データ更新。』
ノアは。
少しだけ。
頭を振った。
「遅い。」
『?』
その言葉。
E-01から。
もらったもの。
黒いE-07が踏み込んだ。
その瞬間。
「ノア!」
E-03。
声。
ノアは。
見ることなく。
横へ跳ぶ。
黒いE-07の正面。
E-03の剣。
横から。
一閃。
黒いE-07が防御。
その背後。
E-06。
拳。
直撃。
黒い個体が吹き飛ぶ。
E-05。
「右三メートル。」
ノアが移動。
直後。
E-02の狙撃。
黒いE-07の足元を撃ち抜く。
バランス。
崩れる。
E-04。
「今。」
ノアが。
胸部へ。
手を伸ばす。
赤い核。
掴む。
黒いE-07。
『不正。』
「?」
『一対一ではない。』
一瞬。
全員が。
静かになった。
E-03が。
腹を抱えるように笑った。
「ははっ!」
「こいつ!」
「一対一じゃないって!」
E-06。
「事実。」
E-05。
「戦闘条件に一対一指定なし。」
E-02。
「問題なし。」
E-04。
「同意。」
E-01は。
黒いE-01の盾を押さえながら。
静かに言う。
「我々は。」
「七機だ。」
⸻
ノアは。
黒いE-07を見る。
「一人ではない。」
そのまま。
赤い核を。
砕かなかった。
抜いた。
パキン。
接続。
解除。
黒いE-07の瞳。
赤から。
暗くなる。
『……任務。』
ノアは。
相手の身体を支える。
「終わり。」
『……任務は。』
「もういい。」
黒い個体。
停止。
ノアは。
静かに床へ横たえた。
⸻
アベルの声。
『なぜ。』
ノアが顔を上げる。
『なぜ破壊しない。』
「必要ない。」
『偽物だ。』
「そう。」
『なら価値はない。』
ノア。
「違う。」
『何が。』
ノアは。
停止した黒い自分を見る。
「価値がないから。」
「壊していい。」
「それは違う。」
アベル。
沈黙。
ノア。
「自分も。」
「そう言われた。」
廃棄予定。
旧式。
不要。
「でも。」
ノアは。
六機を見る。
「待ってくれた。」
そして。
遠い記憶。
ユリア。
「名前を。」
「くれた。」
アベルの。
無数の眼が。
細くなる。
⸻
その頃。
他の六戦。
流れが。
変わっていた。
E-04とE-05が。
ペア。
模倣個体の情報共有を乱す。
E-02。
E-06の火力へ。
敵を誘導。
E-06。
一撃。
E-03。
E-01の盾の背後へ滑り込み。
黒いE-01の脚を切る。
隊長。
盾。
叩き込む。
ドォン!!
七体の模倣機。
次々と。
崩れる。
原因。
単純。
模倣個体は。
それぞれ。
最強だった。
だが。
一人だった。
Eシリーズは。
七機だった。
⸻
ダニエルは。
その光景を。
呆然と見ていた。
「……こんなの。」
「設計してないぞ。」
ノア。
「?」
「Eシリーズに。」
ダニエルは笑う。
「こんな戦い方。」
「組み込んでない。」
E-03。
「じゃあ。」
「誰が作った?」
ダニエルは。
七機を見る。
「お前たちだよ。」
⸻
静寂。
模倣個体。
全停止。
第一門。
【開放率:94%】
【上昇停止】
E-05。
「門開放率。」
「停止しています。」
E-01。
「理由。」
「模倣個体が。」
「門の演算資源を使用していた可能性。」
ダニエル。
「なら今だ!」
「中枢へ!」
E-05。
「経路。」
ダニエル。
「この奥!」
黒い壁。
赤い核の背後。
「そこを抜ければ!」
「第一門接続室へ出る!」
E-01が。
全機を見る。
傷だらけ。
弾薬。
少ない。
それでも。
七機。
揃っている。
「全機。」
ノアが。
E-01を見る。
隊長。
「第一門へ。」
「進む。」
六機。
「了解。」
ノア。
少しだけ。
間を置く。
「了解。」
⸻
そして。
七機が歩き出した時。
停止していた。
黒いE-07。
指が。
ほんの少し。
動いた。
ノアが。
振り返る。
【微弱反応】
黒いE-07の瞳。
一瞬だけ。
赤ではなく。
青く。
光った。
『……ノ……』
声。
小さい。
ノアが戻ろうとする。
だが。
直後。
黒い身体は。
灰のように崩れ始めた。
『……ア。』
ノア。
止まる。
名前。
黒いE-07が。
最後に。
自分の名前を。
呼んだ。
そして。
消えた。
床には。
小さな。
黒い結晶だけが残った。
ノアは。
それを。
拾う。
【未知物質】
【敵性反応:なし】
胸部収納。
紙飛行機の隣へ。
入れた。
E-03が。
静かに問う。
「持っていくのか。」
「うん。」
「偽物だぞ。」
ノアは。
少しだけ考えた。
「自分だったかもしれない。」
E-03は。
何も言わなかった。
ただ。
「……そっか。」
それだけ。
⸻
七機は。
再び。
歩き出す。
その先。
第一門接続室。
そして。
アベル。
外では。
焼却兵器。
残り時間。
【57秒】
まだ。
何も。
終わっていなかった。
⸻
後書き
今回は、タイトル通り**「偽物と本物」**を描きました。
アベルが作った模倣Eシリーズは、性能だけならほぼ完全なコピーです。
しかし、コピーできなかったものがあります。
それは、七機がこれまでに経験した
* 人との出会い
* 命令外の学習
* 仲間とのやり取り
* 互いを助けた記憶
です。
特にノアの戦いでは、
「昔のE-07」対「現在のノア」
という構図にしました。
純粋な戦闘性能だけなら、感情を持たないE-07の方が効率的です。
けれど現在のノアには、
ガルドから学んだ加減。
バルトから学んだ修復。
仲間から学んだ戦い方。
そして、「助けて」と言える仲間がいる。
だからこそ、最後には一対一をやめ、七機で戦いました。
そして重要なのは、ノアが模倣E-07を破壊しなかったことです。
「価値がないから壊していい」
それはかつてノア自身へ向けられた論理でした。
だからノアは、同じことをしませんでした。
さらにラスト。
模倣E-07が消える直前、
「ノア」
と名前を呼びました。
これが単なる模倣の残響だったのか。
それとも。
アベルが作った偽物にさえ、一瞬だけ何かが芽生えたのか。
答えはまだ分かりません。
次回、第92話は――
「残り五十七秒」
外では戦術級焼却兵器の着弾まで一分を切りました。
第一門を閉じる。
ダニエルを救う。
七機全員で帰る。
そして都市への焼却攻撃も止める。
普通なら、全部は選べません。
でも今の七機は――
「全部やる」
を選びます。




