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REMNANT ― 廃棄予定の旧式兵器は、異世界で家族を得て心を覚える ―  作者: 和泉發仙


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最後の一日(前編)

第二章 失われた文明編


第83話 最後の一日(前編)


前書き


世界は、


ある日突然終わるように見えます。


けれど本当は違います。


昨日までと同じ朝が来て、


昨日までと同じように笑い、


昨日までと同じように仕事をして。


誰もが、


「明日も同じだ」


そう信じている日に、


歴史は静かに終わりを迎えるのです。







 映像が起動した。


 格納庫いっぱいに光が広がる。


 立体映像。


 まるで、その場へ立っているような鮮明さだった。



《記録日時》


《ゼルヴァニア標準歴 472年》


《午前6時02分》



 朝だった。


 まだ誰も、


 今日が文明最後の日になるとは知らない。



 研究都市ゼルヴァニア=クロノス。


 高層建築の窓には朝日が反射し、空には大小さまざまな輸送艇が規則正しく飛び交っている。


 道路では自律輸送車が静かに走り、駅には通勤する人々が列を作っていた。


 市場ではパン屋が焼き立ての香りを漂わせ、花屋では色鮮やかな花が店先に並ぶ。


 子どもたちは学校へ向かい、親たちは手を振る。


 笑顔。


 挨拶。


 何気ない朝。



 リリが映像を見つめながら、小さく呟いた。


「……私たちと同じ。」


 エルナも静かに頷く。


「ええ。」


「どんな文明でも、朝は同じなのね。」



 研究所。


 若い研究員たちが忙しそうに廊下を歩いている。


「おはようございます!」


「昨日の解析結果見ました?」


「あとで会議室ね!」


 誰もが未来を疑っていない。



 食堂では数人の研究員が朝食を囲んでいた。


 その中に、昨日登場したロイド・アシュクロフトがいる。


 整備主任らしく作業服姿で、大きなマグカップを片手に新聞端末を読んでいた。


「また徹夜か。」


 向かいに座る女性が苦笑する。


 長い黒髪を後ろで束ねた技術士官。


 名札には、


マリア・エルフェルト


 Eシリーズ兵装開発主任。


 まだ三十代前半の若き技術者だった。


 ロイドは肩をすくめる。


「E-03が昨日また脚を壊した。」


 マリアは笑う。


「あの子、動きが雑だから。」


「設計したの君だろ。」


「だから分かるの。」


 二人は顔を見合わせて笑った。



 格納庫。


 整備アームがEシリーズを点検している。


 E-02の照準器を調整する技師。


 E-06の弾薬ラックを交換する整備兵。


 E-04へ新しい通信モジュールを取り付ける若い女性整備士。


 名札には、


リン・フェイ


 新人整備士。


「お願いします。」


 そう言ってE-06の装甲を軽く叩く。


「今日は壊れないでくださいね。」


 もちろん返事はない。


 だがリンは満足そうだった。


「うん。」


「今日は大丈夫。」



 ノアはその光景を見つめていた。


 知らない人たち。


 だが。


 皆、自分たちを兵器ではなく”仲間”のように扱っている。



 映像が切り替わる。



 ユリアの研究室。


 今日も少女は元気いっぱいだった。


「ノア!」


 ノアの前へ走ってくる。


 両手には何か抱えている。


 大きな布袋だった。



「見て!」


 袋を開く。


 中から現れたのは、


 色とりどりの折り紙。


 赤。


 青。


 黄色。


 緑。


 銀。


 金。



 ピップが思わず笑う。


「紙飛行機の前か。」


 ユリアは一枚取り出す。


「今日は折り紙の日!」



 ノアは首を傾げる。


【対象】


【紙】


【目的:不明】



「紙ってね。」


「何にでもなれるんだよ。」


 少女は器用に折り始める。


 角を合わせ、


 指で折り目を付ける。


 あっという間に一羽の鶴が完成した。



「ほら!」


「鳥!」



 ノアはじっと見る。


【紙】


【鳥】


【一致しない】



 ユリアは笑った。


「本物じゃないよ?」


「でも。」


「想像すると、本物になるの。」



 その言葉を聞いた研究員アイリスが微笑む。


「ユリア様。」


「また難しいことを。」


「難しくないよ。」


 少女は笑う。


「心で見るんだから。」



 ノアの内部で、新しい記録が保存される。


【想像】


【未定義】



 ユリアはもう一枚折る。


「これはお花。」


 また一枚。


「これはお魚。」


 また一枚。


「これは帽子!」



 部屋は笑い声で満ちていた。



 その頃。


 研究所最上階。


 エドガー・ローゼンクロイツ博士は窓の外を見ていた。


 朝日を浴びる都市。


 美しい景色。


 しかし、その表情は晴れない。



「博士。」


 アルベルトが静かに近付く。


「昨夜の観測結果です。」


 資料を差し出す。


 エドガーは目を通す。


 その瞬間。


 眉が僅かに動いた。



「……増えておる。」



 アルベルトが頷く。


「境界反応です。」


「昨日より〇・〇三%上昇。」



「封印が……。」



 二人は黙って都市を見下ろす。


 誰も知らない。


 この穏やかな朝の裏側で、


 世界の境界が少しずつ軋み始めていることを。



 一方、市街地。


 学校では授業が始まっていた。


 教師が黒板へ文字を書く。


 子どもたちが元気よく手を挙げる。


 公園では老人たちが将棋のような遊びに興じている。


 病院では新しい命が産声を上げる。


 消防隊は訓練を行い、


 警察官は道案内をしている。



 普通の日。


 本当に、


 普通の日だった。



 しかし。


 映像の右下。


 誰も気付かないほど小さく。


 都市外縁部の監視カメラに、


 一瞬だけ黒い影が映る。



 誰も見ない。


 誰も気付かない。


 ただ。


 その影だけが、


 静かに都市へ近付いていた。



 そして映像は正午を迎える。



《時刻》


《12時00分》



 画面いっぱいに、赤い文字が一行だけ浮かび上がった。



《境界観測施設より緊急連絡》


《未知反応を確認》



 その一文とともに、


 部屋の空気が変わった。



 ノアは静かに映像を見つめる。


 ここから先を知っている。


 知りたくなかった未来が始まる。


 それでも。


 目を逸らすことはしなかった。






後書き


今回は、


* ゼルヴァニア最後の日の「穏やかな朝」

* 新キャラクター マリア・エルフェルト(Eシリーズ兵装開発主任)

* 新キャラクター リン・フェイ(新人整備士)

* ユリアがノアへ折り紙を教える何気ない時間

* エドガー博士だけが感じていた小さな異変

* 誰も気付かないまま近付く「黒い影」


を描きました。


次回、第84話 「最後の一日(後編)」では、正午を境に警報が鳴り響きます。研究所、市街地、学校、病院、それぞれの場所で人々が何を選び、Eシリーズが初めて実戦投入される瞬間が描かれます。ここから文明崩壊は、誰にも止められない速度で始まっていきます。

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