零番機
第二章 失われた文明編
第82話 零番機
前書き
最初に造られた者は、
最も強い者とは限りません。
けれど。
最初に背負った者は、
最後まで責任を背負い続けます。
始まりを知る者は、
終わりも知っています。
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静寂だった。
数千体の機構兵が眠る巨大格納庫。
その中央。
他の機体より一段高い場所に、一体だけ異なる存在が立っていた。
白銀。
いや、長い年月で色褪せた白。
肩には黒い傷跡。
胸部には深く刻まれた一つの番号。
E-00
ゼロ。
その数字だけが、異様な重みを持っていた。
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ノアは動けなかった。
胸部コアが不規則に明滅する。
【識別開始】
【照合……】
【一致率 不明】
【記録封鎖】
【解除中】
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頭の奥が痛む。
見たことがある。
いや。
見たことがあるはずなのに思い出せない。
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E-03が小さく口笛を吹いた。
「……なんだ、あれ。」
E-02は静かにライフルを構える。
「動くかもしれない。」
E-06は一歩前へ出る。
「俺が前へ。」
ノアは右手を上げた。
「待って。」
珍しい口調だった。
仲間たちは足を止める。
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黄金の瞳の声が響く。
「七番目。」
「近付きなさい。」
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ノアはゆっくり歩き始める。
一歩。
また一歩。
巨大な格納庫には、自分の足音だけが響いていた。
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近付くほどに分かる。
E-00の装甲は傷だらけだった。
無数の斬撃。
砲撃痕。
溶けた装甲。
左肩は一度完全に失われ、後から修復された跡がある。
何百年も戦い続けたような傷。
その一つ一つが歴史だった。
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【戦闘履歴】
【推定……極大】
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ノアは自然と呟いた。
「……ずっと。」
「戦っていた。」
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返事はない。
E-00は微動だにしない。
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その時だった。
胸部に埋め込まれた青い結晶が、かすかに光る。
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カチ……
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小さな音。
そして。
ゆっくりと首が動いた。
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全員が武器を構える。
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E-00はノアだけを見る。
青い瞳。
侵食体の赤とは違う。
透き通るような蒼。
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「識別。」
低く、落ち着いた声。
「Eシリーズ。」
「第七個体。」
ノアは静かに答える。
「E-07。」
一拍。
「ノア。」
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その瞬間。
E-00の瞳がわずかに揺れた。
ほんの僅か。
本当に僅かだった。
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「……名前。」
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その言葉は。
まるで驚いているようだった。
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「お前には。」
「名前があるのか。」
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ノアは頷く。
「ある。」
「ユリアが。」
「付けてくれた。」
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沈黙。
格納庫の空気が張り詰める。
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E-00はゆっくり目を閉じた。
長い時間。
まるで昔を思い出すように。
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「……そうか。」
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それだけだった。
しかし、その二文字には言葉以上の感情が滲んでいた。
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E-03が小声で呟く。
「今……。」
「笑ったか?」
E-05が首を振る。
「違う。」
「泣きそうだった。」
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E-00は再び目を開く。
「私は。」
「零番機。」
「最初の守護機。」
「都市管理防衛統括個体。」
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E-06が思わず口を開く。
「隊長より上か……。」
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「違う。」
E-00は静かに否定した。
「私は。」
「隊長ではない。」
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一拍置いて続ける。
「最後まで。」
「誰一人、守れなかった。」
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格納庫が静まり返る。
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「侵食を止められなかった。」
「研究員を。」
「子供たちを。」
「街を。」
「文明を。」
「全部。」
「失った。」
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その声には怒りも悲しみもない。
ただ。
事実だけが残っていた。
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ノアは静かに尋ねる。
「それでも。」
「戦った。」
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E-00は頷く。
「それが。」
「私の役目だった。」
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その言葉に、ノアはガルドを思い出す。
盾は。
誰かが帰る時間を作るもの。
E-01も同じだった。
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守れなくても。
立ち続けた。
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その時。
格納庫全体が大きく震えた。
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ゴォォォォォン……
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天井から黒い結晶が降り始める。
警報が鳴り響く。
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《侵食反応》
《中央回廊侵入》
《最終封印破損》
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E-05が青ざめる。
「侵食が!」
「ここまで来ています!」
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E-00は静かに振り返る。
回廊の奥。
闇の中から無数の赤い瞳が灯り始めていた。
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「遅かった。」
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その一言だけだった。
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闇の中から現れる。
人型。
獣型。
飛行型。
そして。
Eシリーズと同じ背丈の機構兵。
しかし、そのすべてが黒い侵食結晶に覆われている。
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E-02が息を呑む。
「全部……。」
「侵食された兵器か。」
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E-00はノアを見た。
その青い瞳は静かだった。
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「七番目。」
「質問する。」
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「お前は。」
「何のために戦う。」
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ノアは迷わなかった。
リリ。
エルナ。
ガルド。
ピップ。
ユリア。
紙飛行機。
E-01。
すべての顔が胸をよぎる。
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「帰るため。」
「みんなを。」
「帰すため。」
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E-00はゆっくり頷いた。
その表情は初めて、人間らしく見えた。
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「なら。」
「資格がある。」
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青い瞳が強く輝く。
同時に。
格納庫全体の照明が一斉に点灯した。
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眠っていた数千体の機構兵ではなく。
壁一面に保存されていた映像記録が起動する。
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四十年前。
文明が滅びた、その日。
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ついに。
ゼルヴァニア=クロノス最後の一日が、再生されようとしていた。
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後書き
今回は、
* E-00(零番機)の初登場
* 「最初の守護機」でありながら、誰も守れなかったという後悔
* 「名前があるのか」という一言で、ノアの変化を強く印象づけたこと
* ノアが「帰るために戦う」と明確に答えたこと
* そして、四十年前の文明崩壊当日の映像記録が起動したこと
を描きました。
次回、第83話 「最後の一日」では、ユリアやアルベルト、セレナたちが過ごしたゼルヴァニア最後の24時間が描かれます。読者はついに「侵食災害がどのように始まり、人々が何を選んだのか」という真実を目撃することになります。これは第二章でも屈指の重要エピソードになります。




