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REMNANT ― 廃棄予定の旧式兵器は、異世界で家族を得て心を覚える ―  作者: 和泉發仙


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約束の名


第二章 失われた文明編


第78話 約束の名







前書き


人は、


名前を呼ばれることで、


自分を知ります。


兵器にも番号があります。


ですが。


番号は管理するためのもの。


名前は、


帰ってきてほしい相手を呼ぶためのものです。



 世界が白く染まっていた。


 爆発ではない。


 閃光でもない。


 記憶だった。



 ノアは立っている。


 白い廊下。


 磨き上げられた床。


 研究所特有の消毒液の匂い。


 遠くで誰かが笑っている。


 懐かしい。


 だが、まだ輪郭はぼやけていた。



「ノア!」


 少女の声。


 振り返る。


 ユリアが走ってくる。


 白衣の裾を翻し、小さな紙袋を胸に抱えていた。


「見て!」


 息を切らしながら笑う。


「今日ね、お父さんがお菓子を買ってくれたの!」


 紙袋から丸い焼き菓子を取り出す。


「半分こ!」


 ノアは静かに首を傾げる。


【質問】


【対象:焼き菓子】


【目的:不明】


 ユリアは吹き出した。


「食べるため!」


「……摂取不可」


「知ってる!」


 少女は笑う。


「でも、一緒にいるだけでも半分こなんだよ。」



 その言葉を聞いた瞬間。


 現在のノアの胸部コアが、小さく震えた。



 戦場。


 第一の門の目前。


 ノアは立ち尽くしている。


 E-03が通信で叫ぶ。


「ノア!」


「聞こえてるか!」


 返事がない。


 ノアの視界には、過去と現在が重なっていた。



 研究所。


 ユリアは焼き菓子を半分に割る。


「はい。」


 片方をノアへ差し出す。


 もちろん受け取れない。


 兵器だから。


 食べられないから。


 それでも。


 少女は困ったように笑った。


「じゃあ。」


「預かってて。」


 そう言って、小さな紙包みをノアの胸部収納へ入れた。


「帰ってきたら、一緒に食べようね。」



 約束。



 その言葉に、現在のノアの内部で何かが外れた。


【封鎖記録】


【一部解除】



 研究所の別室。


 数人の研究者がモニターを見つめている。


「また始まった。」


「E-07だ。」


「ユリア様以外には反応しない。」


 年配の女性研究者が静かに微笑む。


 名札には、


アイリス・ヴァイス


 と記されていた。


 ユリア付き教育主任。


 子どもの頃からユリアの世話をしてきた女性だった。


「兵器ではありません。」


 彼女は小さく呟く。


「あの子は、ちゃんと聞いています。」



 一方。


 若い男性研究員が首を振る。


 整備主任。


 ロイド・アシュクロフト。


「情が移る。」


「それだけです。」


 アイリスは振り返る。


「情が移るなら。」


「それは心がある証拠でしょう?」


 ロイドは返せなかった。



 現在。


 第一の門。


 黄金の瞳が静かにノアを見つめている。


「思い出したか。」


 ノアは首を横に振る。


「……全部ではない。」


「そうだろう。」


 穏やかな声。


「まだ、その時ではない。」



 その瞬間だった。


 門の奥から黒い霧が吹き出す。


 空間そのものが裂ける。


 巨大な腕が姿を現した。


 ビルより大きい。


 人間の腕に似ている。


 しかし。


 皮膚は存在しない。


 無数の黒い結晶だけで構成された腕だった。



「全機!」


 E-01が叫ぶ。


「迎撃!」


 E-02の砲撃。


 E-03の突撃。


 E-06の重砲。


 すべて直撃する。


 だが。


 止まらない。


 黒い腕は都市中央へ振り下ろされた。



「しまっ!」


 その先には。


 避難が終わっていない居住区。


 数万人の市民。



 E-01は迷わなかった。


 巨大な盾を構え、腕の落下地点へ飛び込む。


「隊長!」


 E-03が叫ぶ。


 E-01は振り返らない。


「これが。」


「盾の仕事だ。」



 轟音。


 天地が揺れた。


 巨大な黒い腕と、鋼鉄の盾が正面から衝突する。


 アスファルトが砕ける。


 高層ビルの窓ガラスが一斉に割れた。



 E-01は踏み止まる。


 しかし。


 装甲各部から火花が噴き出した。


【左腕損傷】


【関節負荷限界】


【出力低下】



「まだだ……。」


 隊長は押し返そうとする。


 だが。


 巨大な腕はさらに力を込める。


 盾が悲鳴を上げた。



 現在。


 ノアはその光景を見ていた。


 ユリアの言葉。


 リリの笑顔。


 ガルド。


 エルナ。


 ピップ。


 そして。


 E-01。


 皆が誰かを守ろうとしている。



 黄金の瞳が静かに問いかける。


「七番目。」


「君は。」


「何を守りたい。」



 ノアはゆっくり拳を握る。


 もう迷わなかった。


「……約束。」


「家族。」


「仲間。」


「帰る場所。」


 一拍置き、静かに続ける。


「全部だ。」



 黄金の瞳が初めて微笑んだ。


「それでいい。」


「ユリアは。」


「君を間違っていなかった。」



 その瞬間。


 ノアの胸部収納で、長い年月眠っていた紙飛行機が、静かに青白く光を放った。


 それはただの紙ではなかった。


 ユリアが最後に託した、小さな希望。


 そして、ノアだけがまだ知らない”本当の約束”へ繋がる鍵でもあった。



 遠く離れた研究所では、エドガー博士がモニターを見つめたまま、静かに立ち尽くしていた。


「……起動したか。」


 その表情には安堵ではなく、深い覚悟が浮かんでいる。


「これで後戻りはできん。」


 隣のセレナが息を呑む。


「博士……紙飛行機が、いったい何なのですか?」


 博士はゆっくり目を閉じた。


「希望じゃ。」


「そして……」


「ゼルヴァニアが最後まで隠し続けた、最初の約束そのものじゃ。」


 その言葉と同時に、第一の門の最深部で、新たな巨大な影が静かに目を開いた。


 その姿はまだ見えない。


 だが、その存在だけで空が震え、侵食体たちは一斉に跪く。


 第二章は、いよいよ文明崩壊の核心へと踏み込もうとしていた。



後書き


今回は、


* ノアがユリアとの「半分こ」の思い出を取り戻し始めたこと

* 新キャラクター アイリス・ヴァイス(ユリア付き教育主任)と ロイド・アシュクロフト(Eシリーズ整備主任)を登場させたこと

* E-01が「盾」として都市を守る覚悟を見せたこと

* 紙飛行機が単なる思い出ではなく、物語全体の鍵であることを示したこと


を描きました。


次回は、第79話「盾は倒れず」。


E-01の壮絶な防衛戦と、七機が初めて「命令」ではなく「互いを信じて動く」戦いが描かれます。そして、ノアの中で眠る最後の封印にも、さらに大きな亀裂が入っていきます。

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