鋼鉄の進軍
第二章 失われた文明編
第77話 鋼鉄の進軍
前書き
人は、
未来を信じるから歩けます。
兵器は、
命令があるから進みます。
では――
命令ではなく、
誰かを守るために歩き始めた鋼鉄は、
何と呼ばれるのでしょう。
この日。
七機の鋼鉄は、
滅びゆく文明の中を進みました。
それは命令ではなく、
未来へ続く一歩でした。
⸻
都市を吹き抜ける風は熱を帯びていた。
かつて整然と並んでいた高層建築群は、ところどころ黒く侵食され、ガラスの外壁は砕け散り、鋼材がむき出しになっている。
道路には放棄された無人輸送車が何十台も折り重なり、信号機は明滅を繰り返したまま機能を失っていた。
それでも、人々は走っていた。
老人の肩を支える若者。
幼い子どもを抱きかかえる母親。
負傷した仲間を担ぐ消防隊員。
皆が同じ方向へ向かっている。
西側避難区画。
そこだけが、まだ人類の生き残る道だった。
⸻
「急いでください!」
避難誘導員の青年が声を張り上げる。
額には汗が滲み、制服は煤で黒く汚れていた。
名札にはレオン・マイヤーと記されている。
まだ二十代前半。
本来なら司令部で勤務する新人職員だった。
だが今は、自ら避難誘導へ志願していた。
「足元に気を付けて!」
「橋はまだ落ちません!」
その声に応えるように、人々は必死に前へ進む。
⸻
少し後方では、医療班が即席の救護所を設営していた。
女性医師のマリア・エーレンベルクが、血まみれの手袋のまま叫ぶ。
「次!」
「止血剤!」
「人工血漿を!」
若い看護師が走る。
担架が運ばれる。
泣き叫ぶ子どもの頭を撫でながら、マリアは静かに笑った。
「大丈夫。」
「もうすぐ安全な場所へ行けるからね。」
その笑顔は、自分自身へ言い聞かせるようでもあった。
⸻
空が震える。
黒い影がビルの間を飛び越えた。
「侵食獣だ!」
誰かが叫ぶ。
四足歩行の巨大な侵食体が、高速道路跡から飛び降りてくる。
その数、十。
避難民との距離、およそ百メートル。
護衛部隊が銃を構えた。
「撃て!」
青白い閃光が走る。
だが。
侵食体は止まらない。
弾丸を受けてもなお、黒い液体を撒き散らしながら突進を続ける。
隊員の一人が青ざめた。
「駄目だ!」
「止まらない!」
⸻
その瞬間だった。
上空から一条の光が落ちた。
轟音。
アスファルトが砕ける。
舞い上がる砂煙。
その中心に立っていたのは――
E-03。
高速近接戦闘型。
「ここから先は通行止めだ。」
短く言う。
次の瞬間には姿が消えた。
青い残光だけが街路に線を描く。
侵食体の群れを一瞬で駆け抜ける。
一秒。
二秒。
三秒。
遅れて黒い身体が崩れ落ちた。
切断。
停止。
群れは動きを止める。
⸻
「……すごい。」
レオンは呆然と呟いた。
初めて間近で見るEシリーズ。
教科書で学んだ伝説の兵器。
それが今、自分たちを守るために戦っている。
E-03は振り返りもしない。
「避難を続けろ。」
それだけ言い残し、再び戦場へ駆けていった。
⸻
一方。
都市中央では、さらに激しい戦闘が続いていた。
E-01が巨大な盾を構え、侵食体の奔流を真正面から受け止める。
黒い爪が盾を削る。
衝撃で足元の道路が沈む。
それでも一歩も退かない。
「前進。」
短い命令。
E-06が後方から巨大砲を構える。
「射線、確保。」
E-01が盾をわずかに傾ける。
次の瞬間。
轟音とともに重粒子砲が放たれた。
一直線に伸びた蒼い光が、侵食体の群れを飲み込む。
爆発。
崩れる高架道路。
黒煙。
その向こうに、第一の門が静かに佇んでいた。
⸻
ノアはその門を見つめていた。
戦っている。
それなのに。
意識の半分は、門の奥へ引かれている。
誰かが呼んでいる。
声ではない。
記憶でもない。
もっと深い場所から。
【識別不能信号】
【継続受信】
【発信源:第一の門】
⸻
「E-07。」
通信が入る。
E-05だった。
「応答を。」
「……応答。」
「君だけ脳波パターンが変化している。」
「門から何を受信している?」
ノアは沈黙した。
言葉にできない。
だが。
無理に表現するなら。
「……懐かしい。」
通信の向こうでE-05が息を呑んだ。
「懐かしい?」
「未知対象に?」
「……分からない。」
「でも。」
「知っている気がする。」
⸻
その時だった。
第一の門が脈動した。
空間が大きく歪む。
黒い雷が都市全域へ走る。
ビルが軋み。
道路が割れ。
空そのものが裂け始める。
そして。
門の中心から、ゆっくりと一本の腕が伸びた。
黒くもない。
白くもない。
金属のようで、生物のようでもある腕。
五本の指が静かに空を掴む。
その姿を見た瞬間。
エドガー博士の顔から血の気が引いた。
「まさか……。」
「早すぎる。」
アルベルトが叫ぶ。
「博士!」
「あれは何です!」
博士は震える声で答えた。
「……まだ。」
「出てきてはならない。」
その一言だけが、司令室を重く沈黙させた。
黒い腕は、空を掴もうとするようにゆっくりと持ち上がった。
その動きに合わせるように、第一の門の周囲を覆っていた黒い霧が渦を巻く。
都市全体の照明が一斉に明滅した。
ビルの外壁に埋め込まれた広告パネルが砂嵐へ変わり、自律輸送車が制御を失って交差点で停止する。
誰も触れていない。
それでも文明そのものが悲鳴を上げ始めていた。
⸻
「エネルギー網、異常増幅!」
司令室で解析を続けていた若い研究員が叫ぶ。
モニターには都市全域を巡る送電ラインが表示されていた。
青く光っていた回路が、一本、また一本と黒へ染まっていく。
「侵食率三〇%突破!」
「このままでは中央炉心まで……!」
セレナが顔を上げる。
「止めて!」
「どんな方法でもいい!」
しかし解析担当は力なく首を振った。
「物理的な侵入じゃありません……。」
「都市そのものが侵食されています。」
⸻
その頃、地上では。
E-01が静かに門を見据えていた。
周囲では侵食体が次々と現れている。
しかし、その動きは今までとは違っていた。
まるで意思を持った軍隊のように隊列を組み、七機を包囲していく。
E-04が戦術表示を更新した。
「敵、陣形変更。」
「包囲戦術へ移行。」
E-02が高架上から冷静に分析する。
「統率個体がいる。」
「通常侵食体ではない。」
E-03が肩を回しながら笑う。
「ようやく軍隊らしくなってきたな。」
⸻
ノアはその言葉を聞きながらも、門から視線を離せなかった。
また、聞こえる。
誰かが。
静かに。
何度も。
呼んでいる。
『七番目』
『こちらへ』
『思い出せ』
その声には敵意がない。
命令とも違う。
懐かしさだけがあった。
⸻
【記憶領域検索】
【該当データなし】
【感覚のみ一致】
⸻
「ノア!」
E-06の重い声が響く。
振り返ると、一体の大型侵食獣が横から飛びかかってきていた。
ノアは反射的に身を捻る。
黒い牙が肩をかすめ、装甲に深い傷を刻んだ。
【左肩外装損傷】
【機能維持】
E-06が大型砲を振り上げ、その巨体を真正面から殴り飛ばす。
爆発するような衝撃音。
侵食獣はビルへ叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「集中しろ。」
E-06は短く言う。
「了解。」
ノアは小さく頷いた。
⸻
七機は再び前進を開始する。
その姿はまるで、一つの生き物だった。
E-01が盾となり。
E-03が剣となる。
E-02の狙撃が死角を消し。
E-04が敵の動きを読み。
E-05が情報を繋ぎ。
E-06が火力で道を切り開く。
そして。
E-07――ノアが、その中心を支えていた。
⸻
彼らの進軍を、避難民たちは遠くから見つめていた。
橋を渡り終えた一人の老人が帽子を脱ぐ。
「……守ってくれている。」
誰に言うでもない呟きだった。
その隣で、小さな少女が母親の手を握る。
「お母さん。」
「あのお兄ちゃんたち……。」
「帰ってくるよね?」
母親は答えられなかった。
ただ娘を抱き寄せることしかできない。
⸻
一方、研究所屋上。
ユリアはフェンスを握り締めたまま都市中央を見つめていた。
肉眼では何も見えない。
けれど大型モニターには、七機の位置情報が映っている。
小さな青い光が七つ。
黒い海の中を進んでいた。
「ノア……。」
その名を呼ぶ。
返事はない。
それでも少女は、胸元から折り紙を取り出した。
少しいびつな紙飛行機。
ノアへ渡したものと同じ折り方だった。
「帰ってきたら。」
「もっと上手に折れるようになってるから。」
そう呟いて、小さく笑う。
その笑顔は、どこか寂しかった。
⸻
その時。
都市全域へ、新たな警報が響く。
『超高密度侵食反応』
『第一の門、第二段階起動』
『空間固定率上昇』
黒い門の中心が、大きく脈打った。
ゴォォォォン――。
空気が震える。
音ではない。
世界そのものが揺れている。
E-05の声が珍しく震えた。
「これは……。」
「門が開くんじゃない。」
「世界が……。」
「門に合わせて変わり始めている。」
誰も、その言葉の意味を理解できなかった。
ただ一人を除いて。
ノアは、門の奥を見つめながら、小さく呟く。
「……来る。」
その瞬間。
黒い腕に続き、ゆっくりと”もう一本の腕”が闇の中から姿を現した。
それは何かが、この世界へ這い出ようとしている証だった。
E-01は盾を構え直し、静かに命令を下す。
「全機。」
「戦闘隊形デルタ。」
「ここから先は。」
「絶対に、一歩も通すな。」
六機が同時に応答する。
「了解。」
ノアもまた、静かに構えた。
だがその赤い瞳は、敵ではなく、門の奥を見つめ続けていた。
まるで、その向こうに誰かが待っていることを知っているかのように。
第一の門の前。
黒い霧が渦を巻き、都市全体が低く唸っていた。
空は紫と黒に染まり、昼と夜の境界すら曖昧になっている。
崩れ落ちる高架道路。
傾いた超高層ビル。
火災を起こした研究棟。
ゼルヴァニア=クロノスは、今まさに文明としての最後の時間を迎えていた。
それでも、七機は歩みを止めない。
⸻
「前方、高密度反応。」
E-05の解析結果が共有される。
ホログラム上に、無数の赤い光点が浮かび上がった。
「侵食体……三百。」
「大型反応……十五。」
「飛行型……二十八。」
E-03が肩を鳴らした。
「まるで軍隊だな。」
E-02が静かに照準を合わせる。
「いや。」
「軍隊以上だ。」
「恐怖を知らない。」
⸻
次の瞬間だった。
第一の門の周囲から、一斉に黒い影が噴き出した。
道路が割れる。
ビルの壁を突き破る。
地下鉄の出入口からも這い出してくる。
人型。
獣型。
羽を持つもの。
腕だけが異様に長いもの。
すべてが七機へ向かって走り始めた。
⸻
「来るぞ!」
E-01の声と同時に戦闘が始まる。
巨大な盾が地面へ突き立てられた。
轟音。
盾の前面から青白い衝撃波が放射状に広がる。
最前列の侵食体がまとめて吹き飛び、瓦礫の中へ叩き込まれた。
「突破口形成。」
「前進。」
⸻
E-03がその隙間へ飛び込む。
脚部スラスターが青い炎を噴き上げた。
残像だけを残し、侵食体の群れを縫うように駆け抜ける。
剣閃。
黒い身体が次々と両断される。
その動きはあまりにも速く、周囲には青い軌跡だけが残った。
⸻
高層ビルの屋上。
E-02は静かに呼吸を整えていた。
照準器の中に映るのは、大型侵食体。
「風速補正。」
「重力補正。」
「射線、良好。」
引き金を引く。
閃光。
轟音。
数百メートル先の大型侵食体の頭部が消し飛んだ。
⸻
一方、E-06は巨大な残骸を持ち上げていた。
崩落した橋桁。
数十トンはある鋼鉄の塊。
「どけ。」
その一言と共に振り回す。
鋼鉄の橋桁が横薙ぎに侵食体を薙ぎ払う。
ビルの壁へ激突した敵は、そのまま黒い霧となって崩れた。
⸻
E-04は通信網を維持しながら、戦場全体を俯瞰していた。
「E-03、左側死角。」
「了解。」
言葉と同時にE-03が跳ぶ。
直後、その場所へ巨大な黒い槍が突き刺さった。
「助かった。」
短い返事。
Eシリーズの連携には、一切の無駄がなかった。
⸻
その中心で。
ノアだけが門を見つめている。
敵を倒しても。
切り開いても。
門の奥から響く声は消えない。
『七番目。』
『あと少し。』
『思い出せ。』
その声を聞くたび、胸部のコアが静かに脈打つ。
【未知同期率】
【上昇】
⸻
「ノア!」
E-01の声。
ノアは振り向く。
隊長の盾には無数の傷が刻まれていた。
それでも一歩も退いていない。
「ここは我々が支える。」
「お前は進め。」
一瞬。
ノアは理解できなかった。
「……自分だけ?」
「そうだ。」
「門はお前を呼んでいる。」
「答えを見つけろ。」
⸻
E-03が笑った。
「隊長命令だ。」
「遠慮するな。」
⸻
E-02も静かに通信へ入る。
「援護する。」
⸻
E-06は巨大砲を構える。
「走れ。」
⸻
E-05。
「解析は任せろ。」
⸻
E-04。
「帰ってこい。」
⸻
ノアは周囲を見回した。
六機。
皆、自分を見ている。
初めてだった。
命令ではない。
期待だった。
⸻
胸部収納。
紙飛行機が微かに揺れる。
ユリアの声。
『また明日ね。』
リリの笑顔。
『おかえり!』
二つの記憶が重なった。
⸻
「……了解。」
ノアは静かに頷いた。
そして走る。
一直線に。
第一の門へ。
⸻
侵食体が立ちはだかる。
E-03が切り開く。
飛行型が急降下する。
E-02の狙撃が撃ち落とす。
巨大種が迫る。
E-06が砲撃で吹き飛ばす。
後方から黒い槍。
E-04が事前に警告する。
すべてが、ノアのための道だった。
⸻
門まで残り百メートル。
その時だった。
第一の門が静かに震える。
黒い空間が左右へ裂けた。
そして。
黄金色の瞳が、完全に開かれる。
それは侵食体でも。
人間でも。
Eシリーズでもなかった。
ただ、その視線だけがノアを真っ直ぐ見つめていた。
「……ようやく。」
穏やかな声。
どこか懐かしい響き。
「会えたね。」
ノアは止まる。
戦場の音が遠ざかる。
聞こえるのは、その声だけ。
「七番目。」
「君は。」
「約束を覚えているか?」
ノアの内部で、今まで固く閉ざされていた記憶領域が、小さく軋んだ。
【封鎖領域】
【解除要求】
【認証開始】
赤いセンサーが揺れる。
白い部屋。
少女の笑顔。
紙飛行機。
そして――
まだ思い出せない、もう一人の誰か。
その瞬間。
世界が白い閃光に包まれた。
⸻
⸻
(第78話「約束の名」へ続く)
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この次の第78話からは、ノアの封印された記憶が少しずつ開き始め、「七番目」と呼ばれる本当の理由へ物語が進んでいきます。同時に、Eシリーズの運命を決定づける戦いも、いよいよ佳境へ入ります。




