第二章 失われた文明編 第68話 防衛線崩壊(前編)
前書き
崩れる時は、
音を立てるとは限りません。
一本の線が切れた瞬間、
その向こう側にいた誰かの日常も、
静かに終わっていきます。
ゼルヴァニア=クロノス。
その最初の防衛線が、
今日、消えました。
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研究所全域に警報が鳴り響く。
今まで聞いたことのない長い警報だった。
『緊急事態。』
『第一外周防衛線、突破。』
『侵食体、多数確認。』
『全戦闘部隊は直ちに配置につけ。』
赤い警告灯が研究棟を染める。
職員たちは走り出し、
避難民は泣き声を上げ、
誰もが空気の違いを感じ取っていた。
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ノアは格納庫へ向かっていた。
その隣をユリアが走る。
「ノア!」
少女は息を切らしていた。
「約束、覚えてる?」
ノアは歩みを止める。
「……旅行。」
ユリアは笑う。
「そう。」
「だから。」
少しだけ声が震える。
「帰ってきて。」
ノアは静かに頷いた。
「……帰る。」
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格納庫。
Eシリーズ七体が整列している。
しかし。
以前とは様子が違う。
E-02の左腕には応急補修跡。
E-04は肩部装甲が交換されている。
皆、消耗していた。
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主任研究員が前へ出る。
疲労は隠せない。
「敵は昨日までとは違う。」
巨大スクリーンに映像が映る。
都市外縁部。
黒い霧の中から、
無数の侵食体が歩いてくる。
百。
二百。
数え切れない。
その最後尾。
今まで見たこともない巨大な影。
研究室が静まり返る。
「……大型。」
誰かが呟く。
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アルベルトが眼鏡を押し上げた。
「昨日までの侵食体とは違う。」
「学習しておる。」
イリーナも頷く。
「隊列を組んでる……。」
侵食体が。
隊列を。
組んでいる。
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レオン・ヴァイスが静かに命じた。
「Eシリーズ。」
「今回は迎撃ではない。」
「時間を稼げ。」
研究員たちが顔を上げる。
「避難が終わっていない。」
「一人でも多く逃がす。」
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ノアは都市の地図を見る。
【避難区域】
【市民:約二万三千人】
数字が表示される。
多い。
助け切れる人数ではない。
胸の奥で何かが軋む。
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格納庫の隅。
エルヴィン医師が救護班へ指示を出していた。
「重傷者を優先!」
「輸血パックを全部持ってきて!」
マリアは泣きながら子どもを抱えている母親を励ましていた。
「大丈夫です。」
「必ず避難できます。」
だが。
彼女自身も信じ切れてはいなかった。
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ユリアは格納庫の入口で立ち止まる。
ノアへ近付く。
「はい。」
小さな紙飛行機。
昨日作ったものだった。
「持っていって。」
「お守り。」
ノアは受け取る。
【紙飛行機】
【優先保管】
胸部収納へ静かに入れた。
「……ありがとう。」
ユリアは目を丸くする。
「今。」
「ありがとうって言った。」
ノアは少し考えた。
「……そう。」
ユリアは泣きそうな笑顔になった。
「すごい。」
「本当に変わってきた。」
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その様子を少し離れた場所から見つめる青年がいた。
二十代前半。
まだ制服も新しい若い兵士。
Eシリーズの戦闘データ回収を担当する観測士だった。
「自分はカイル・レイス。」
ノアへ敬礼する。
「今日から同行します。」
レオンが説明する。
「前線でEシリーズの戦闘を記録する。」
「危険ですが。」
青年は笑った。
「それが仕事です。」
どこかユリアと似た、
真っ直ぐな瞳だった。
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その時。
格納庫全体が激しく揺れた。
ドォォォォン!!
天井から照明が落ちる。
研究員が叫ぶ。
「外壁が!」
「西側外壁が破られました!!」
モニターへ映像が映る。
研究所外壁。
巨大な腕。
いや。
侵食そのものが壁を押し潰していた。
誰も息を呑む。
「……早すぎる。」
アルベルトが青ざめる。
「第一防衛線どころではない。」
「もう研究所まで来ておる……。」
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レオンが怒鳴る。
「全機出撃!!」
Eシリーズが一斉に歩き出す。
重い足音が格納庫へ響く。
ノアも歩く。
その背中へ。
ユリアが最後に叫ぶ。
「ノア!!」
振り返る。
「帰ってきてね!!」
ノアは静かに頷いた。
「……約束。」
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巨大な隔壁が開く。
その向こうには。
黒く染まり始めた世界が広がっていた。
青空は、
もう半分しか残っていない。
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後書き
今回は、
* 防衛線崩壊の始まり
* 避難民二万三千人という絶望的な状況
* 新キャラクター カイル・レイス(若き戦闘観測士)の登場
* ユリアからノアへの「紙飛行機のお守り」
* ノアが自然に「ありがとう」と口にしたこと
* 侵食体が学習し、組織的な行動を取り始めたこと
を描きました。
次回、第69話 **「蒼穹の七機」**では、Eシリーズ七体がゼルヴァニア=クロノス最大の防衛戦へ出撃します。それは英雄譚ではなく、「一人でも多くの人を逃がすための時間稼ぎ」という、圧倒的不利な戦いの始まりとなります。そして、七機それぞれの個性と覚悟が初めて明確に描かれます。




