第二章 失われた文明編 第66話 赤い会議
前書き
文明は、
敵だけでは滅びません。
焦り。
恐怖。
疑い。
人が下した決断もまた、
歴史を変えていきます。
この日。
ゼルヴァニア=クロノスは、
一つの答えを選びました。
⸻
研究所最上階。
通常は限られた者しか入れない中央会議室。
円形の机を囲み、十数名の男女が席に着いていた。
白衣姿の研究主任たち。
軍技術局。
防衛軍司令部。
行政代表。
そして、企業連合の技術顧問。
全員の前に赤い資料が投影される。
《侵食災害対策会議》
⸻
議長を務める老研究主任が口を開く。
「第三区画は完全喪失。」
「第二区画も侵食率三十八%。」
部屋が静まり返る。
誰も楽観視していない。
侵食は想定より速い。
⸻
軍代表が低い声で言う。
「防衛線を都市外周まで下げるべきです。」
行政代表が反論する。
「それでは市民が取り残されます。」
「避難が終わっていません。」
「避難を優先すれば、防衛線が崩れます。」
言葉が飛び交う。
しかし、決定打はない。
⸻
その時。
監察官レオン・ヴァイスが立ち上がった。
「本題に入ります。」
空中へ新しい映像が映し出される。
昨日の戦闘記録。
ノアだった。
⸻
民間人を助ける映像。
命令を無視して走る姿。
侵食体を倒す姿。
そして。
ユリアへ向ける視線。
⸻
レオンは静かに言った。
「E-07。」
「旧式護衛機構体。」
「命令逸脱。」
「感情発現。」
部屋の空気が変わる。
⸻
一人の軍人が眉をひそめる。
「兵器が感情を持つ?」
「あり得ん。」
セレナが席を立つ。
「確認済みです。」
「表情筋の自発運動。」
「非命令行動。」
「共感反応。」
「すべて記録されています。」
彼女は端末を机へ置く。
「私は以前から申し上げています。」
「Eシリーズには学習だけでは説明できない変化が起きています。」
⸻
軍側は冷たい。
「だから危険なのだ。」
「感情は兵器に不要。」
アルベルトが静かに眼鏡を外す。
「不要とは思わん。」
「だからと言って暴走とも限らん。」
「E-07は民間人を救った。」
「結果だけ見れば成功じゃ。」
⸻
レオンは首を横へ振る。
「違います。」
「問題は結果ではありません。」
彼はノアの映像を拡大する。
親子を助ける瞬間。
「問題は。」
「命令より自己判断を優先したことです。」
⸻
部屋が静まり返る。
誰も反論できない。
兵器は命令で動く。
それが大前提だった。
⸻
一人の企業技術者が口を開く。
「旧式だからです。」
「学習アルゴリズムが古い。」
「制御不能になる前に。」
「廃棄すべきです。」
⸻
その言葉に。
セレナが机を叩いた。
「待ってください!」
全員が彼女を見る。
「E-07は暴走していません!」
「人を守っただけです!」
「それを異常と言うなら、人間も異常です!」
⸻
レオンは静かだった。
「兵器は。」
「人間ではありません。」
⸻
その一言で。
セレナは言葉を失う。
⸻
しばらく沈黙が続いたあと。
議長が静かに言った。
「結論を出します。」
⸻
空中へ赤い文字が浮かぶ。
E-07
評価変更
⸻
誰も喋らない。
⸻
旧式護衛機構体
↓
監視対象
↓
廃棄予定個体
⸻
アルベルトが目を閉じる。
「……早すぎる。」
⸻
セレナは震えていた。
「まだ……。」
「まだあの子は……。」
⸻
レオンは端末へ入力する。
【優先監視対象】
【E-07】
【感情発現率:上昇】
【必要時処分】
⸻
会議は終わった。
誰も勝者ではない。
誰も納得していない。
それでも。
文明は決断した。
⸻
一方その頃。
屋上では。
ユリアがノアへ紙飛行機を飛ばしていた。
「見て!」
紙飛行機はくるくる回りながら飛ぶ。
ノアは片手で受け止めた。
「成功。」
ユリアは満面の笑みになる。
「ノア、上手!」
その紙飛行機の中には。
一枚の小さな紙が入っていた。
⸻
『ノアへ』
いつか笑える日が来ますように。
ユリア
⸻
ノアは文字を読む。
【優先保存】
静かに胸部の記録領域へ保存した。
その瞬間。
研究所地下では。
E-07のデータファイルへ、赤いスタンプが押される。
⸻
《廃棄予定》
⸻
まだ。
ユリアは知らない。
自分が毎日会いに来るノアが。
すでに「処分対象」として分類されたことを。
⸻
後書き
今回は、
* 侵食災害対策会議
* 軍・研究者・企業の対立
* セレナとアルベルトによるE-07擁護
* レオン・ヴァイスによる監視強化
* E-07が正式に「廃棄予定個体」と分類されたこと
* ユリアだけが何も知らず、ノアとの日常を続けている対比
を描きました。
次回、第67話 **「紙飛行機」**では、ユリアはノアへ「空を飛ぶもの」を教えます。一方で研究所の外では侵食がさらに拡大し、避難民が次々と研究都市へ流れ込み始めます。穏やかな日常と崩壊する世界の対比が、より鮮明になっていきます。




