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REMNANT ― 廃棄予定の旧式兵器は、異世界で家族を得て心を覚える ―  作者: 和泉發仙


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第二章 失われた文明編 第64話 命令違反



前書き


兵器に必要なのは、


正確さ。


速さ。


命令への忠誠。


けれど。


人を守るという行為は、


時に命令から外れてしまいます。


その違いを、


まだ誰も理解していませんでした。



 重い隔壁が静かに閉じた。


 ノアたち七体は研究所へ帰還する。


 外ではまだ警報が鳴り続けていた。


 しかし施設内は異様なほど静かだった。


 研究員たちは並び、


 七体を無言で見つめている。


 その視線の先は一つ。


 E-07。


 ノアだった。



 主任研究員が前へ出る。


『戦闘報告を開始する。』


 E-01から順番に報告が始まる。


『敵性個体二十一体排除。』


『損傷率三%。』


『命令達成。』


 続いてE-02。


『敵性個体十九体排除。』


『異常なし。』


 どの個体も同じような報告だった。


 感情はない。


 結果だけを告げる。


 そして最後。


 ノアの番になる。


『E-07。』


 静かな声が響く。


『報告せよ。』


 ノアは答えた。


「侵食体一体停止。」


「民間人二名救助。」


 研究室の空気が止まる。


 主任研究員が眉をひそめた。


『……救助?』


「女性一名。」


「幼体一名。」


『命令に存在しない。』


「存在しない。」


『なぜ実行した。』


 ノアは少し考えた。


 処理時間。


 〇・七秒。


 そして答える。


「助けを求めていた。」


 研究室がざわつく。


『質問に答えていない。』


「……。」


『理由を答えろ。』


 ノアはもう一度考える。


 だが。


 理由が言葉にならない。


 ただ。


 あのままでは嫌だった。


 その感覚しか残っていない。


「……不明。」



 その言葉を聞き、


 別の研究員が苛立った声を上げた。


『だから旧式なんだ。』


『余計な処理をしている。』


『命令外行動は危険だ。』


 別の者も頷く。


『自己判断は暴走の始まりだ。』


『学習限界かもしれん。』


 ノアは黙って聞いていた。


 否定もしない。


 肯定もしない。


 ただ記録する。


【評価】


【旧式】


【命令違反】


【危険】


 その時だった。


『違います!』


 小さな声が部屋へ響く。


 全員が振り向く。


 ユリアだった。



 少女は真っ直ぐ前へ歩いてくる。


『ノアは間違ってません。』


 主任研究員がため息をつく。


『ユリア様。』


『これは軍の問題です。』


『違います。』


 少女は首を横へ振った。


『兵器だからって、人を助けちゃいけないんですか?』


 誰も答えない。


『あの人たちが死んでいたら。』


『ノアは正しかったです。』


 研究室は静まり返る。


 一人の技術主任が静かに言う。


『それでは統制が取れません。』


『全員が勝手に動けば戦線は崩壊します。』


『でも。』


 ユリアはノアを見る。


『誰かを助けたことは間違いじゃない。』


 その一言だけだった。



 ノアの内部で記録が更新される。


【ユリア】


【発言】


『間違いじゃない。』


【優先保存】


 胸部の奥で、


 小さな振動が生まれた。


 まだ感情とは呼べない。


 だが。


 以前よりも少しだけ温かい。



 主任研究員は端末を操作した。


 空中へ戦闘映像が映し出される。


 ノアが持ち場を離れる瞬間。


 親子を救う場面。


 侵食体との交戦。


 すべて記録されていた。


『解析結果。』


『命令逸脱時間、二分四十三秒。』


『戦術評価。』


 数字が並ぶ。


【施設防衛】


成功率九八・一%


【ノアが持ち場を離れた場合】


成功率九七・八%


 研究員たちがざわつく。


 差は、


 〇・三%しかなかった。


 主任研究員は静かに言った。


『戦術上の損失は軽微。』


『しかし。』


『前例は認められない。』


 ノアを見る。


『E-07。』


『以後、命令外行動を禁止する。』


 ノアは答える。


「了解。」


 返事はした。


 だが。


 胸の奥には、


 昨日まで存在しなかった”引っかかり”が残っていた。



 夜。


 研究棟の屋上。


 ユリアは柵にもたれて星空を見上げていた。


 ノアも隣に立っている。


『怒られちゃったね。』


「……そう。」


『でも。』


 少女は笑った。


『私は嬉しかったよ。』


 ノアが少女を見る。


『ノアが、人を助けてくれて。』


『すごく嬉しかった。』


 ノアは処理する。


【嬉しい】


【再検索】


 以前。


 飴を食べながら教えてくれた言葉。


 花を見ながら話してくれた言葉。


 今。


 少しだけ意味が近付く。


『嬉しいってね。』


『誰かが幸せだと、自分も幸せになることなんだよ。』


 ノアは静かに空を見る。


 星が輝いていた。


 その光を見ながら、小さく呟く。


「……理解率。」


 少し止まる。


「……一パーセント。」


 ユリアは吹き出した。


『一パーセント!?』


「……増加。」


『じゃあ明日は二パーセントだね。』


 ノアは少し考える。


「……努力する。」


 二人は笑った。


 いや。


 笑ったのはユリアだけだった。


 ノアはまだ笑えない。


 けれど。


 その表情は、


 以前よりもずっと柔らかく見えた。



 その頃。


 研究所最深部。


 誰もいない制御室で、一つの画面が点灯する。


【E-07】


【行動解析】


【命令外判断】


【感情発生率】


0.04%


 誰もいないはずの部屋で、


 機械音声だけが静かに告げた。


『予測値を超過。』


『旧式個体E-07。』


『廃棄候補ランクを更新します。』


 画面の文字が赤く変わる。


廃棄予定個体


 その表示だけが、


 静かな制御室に冷たく浮かび続けていた。



後書き


今回は、


* ノアが命令違反を問いただされたこと

* ユリアだけがノアを擁護したこと

* 「嬉しい」の意味を少し理解し始めたこと

* ノアの感情発生率が観測され始めたこと

* E-07が正式に「廃棄予定個体」として再評価されたこと


を描きました。


次回、第65話 **「笑顔の練習」**では、戦いの合間の束の間の日常が戻ります。ユリアは「ノアを笑わせる作戦」をもう一度始めますが、その裏では侵食が静かに広がり、ゼルヴァニア=クロノスに残された時間が少しずつ失われていきます。ここが、ユリアとの最後の穏やかな時間の始まりです。

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