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REMNANT ― 廃棄予定の旧式兵器は、異世界で家族を得て心を覚える ―  作者: 和泉發仙


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第二章 失われた文明編 第62話 侵食初日

前書き


世界は、


ある日突然終わるわけではありません。


最初は、


「少し様子がおかしい。」


その程度です。


だから人は、


まだ大丈夫だと思ってしまう。


その”少し”が、


文明を終わらせました。






 青い光が再び部屋を包んだ。


【個人記録 No.27】


『侵食初日』


 記録開始。



 研究所。


 警報音が鳴り続けていた。


 赤色灯が廊下を照らす。


『警戒レベル2。』


『第三区画に侵食反応。』


『研究員は指定避難区画へ。』


 研究員たちが足早に廊下を走っていく。


 普段の静かな研究施設とは別世界だった。


 ユリアはノアの腕を掴む。


『ノア。』


『……。』


『一緒に来よう。』


 ノアは動かない。


【命令待機】


【外部命令:未入力】


 少女は困ったように笑った。


『そうだった。』


『命令がないと動けないんだよね。』


 少しだけ考える。


 そしてノアの正面へ立った。


『じゃあ命令。』


 少女は胸を張る。


『私を守って。』


 ノアの視界に文字が浮かぶ。


【新規命令確認】


【保護対象:ユリア】


【受領】


 静かに頷く。


「……了解。」


 ユリアは嬉しそうに笑った。


『ありがとう。』



 二人は研究所の中央通路を歩く。


 職員たちは慌ただしく行き交い、誰も足を止めない。


 途中、一人の白衣の研究員が叫んだ。


『第三区画の隔壁が突破されました!』


『侵食速度、予測以上!』


『防衛部隊を!』


 別の研究員が顔をしかめる。


『まだ早い!』


『一般区画への到達は──』


 その瞬間だった。


 建物全体が揺れる。


 ゴォォン……


 天井から細かな埃が落ちた。


 ユリアが思わずノアの腕にしがみつく。


『揺れた……』


 ノアは周囲を観測する。


【建造物損傷:軽微】


【危険度:上昇】



 窓の外。


 遠くの研究棟から黒い煙が立ち上っていた。


 火災ではない。


 煙が生きているように蠢いている。


 研究員が震えた声で呟く。


『侵食体だ……』


 ユリアが尋ねる。


『侵食体?』


 誰も答えない。


 答えられなかった。



 避難区画へ向かう途中。


 一人の女性研究員が壁にもたれて座り込んでいた。


 足を負傷している。


『歩けません……』


 ユリアは駆け寄る。


『大丈夫ですか!?』


 女性は苦笑した。


『あなたは早く……』


 ユリアは振り返る。


『ノア。』


 ノアは女性を見る。


【負傷者確認】


【保護対象追加?】


 一瞬だけ処理が止まる。


 命令は一つ。


 ユリアを守る。


 しかし。


 ユリアは言った。


『この人も。』


 ノアは答える。


「……了解。」


 女性研究員を静かに抱き上げる。


 あまりにも優しい動作だった。


 女性は目を見開く。


『そんな……兵器が……』


 ユリアは少し得意そうに笑う。


『ノアは優しいんです。』



 避難シェルター。


 厚い隔壁が閉じられ、多くの研究員が避難していた。


 泣く子ども。


 震える職員。


 怒鳴り合う技術者。


 皆、状況を理解できていない。


 そこへ、一人の老研究主任が現れた。


 白髪混じりの男性。


 Eシリーズ開発責任者の一人だった。


 彼はノアを見る。


 そして静かに言った。


『E-07。』


『待機命令を解除する。』


 部屋の空気が変わる。


『全Eシリーズに戦闘準備命令。』


 研究員たちがざわめいた。


『まだです!』


『敵の情報がありません!』


『危険です!』


 しかし主任は首を振る。


『もう時間がない。』


 静かな声だった。


『これ以上近付けば、市街区まで侵食される。』



 ユリアはノアを見る。


『戦うの?』


 ノアは答えられない。


 主任が続ける。


『Eシリーズは兵器だ。』


『そのために造った。』


 その言葉を聞いたユリアは小さく俯いた。


 兵器。


 その言葉が嫌いだった。


 彼女にとってノアは、


 兵器ではなく、


 ノアだったから。



 突然。


 警報音が変わる。


『第二区画、侵食確認。』


『内部侵入。』


『繰り返す──』


 全員の顔色が変わった。


 早すぎる。


 第三区画だけではない。


 すでに中へ入ってきている。


 隔壁の向こうから。


 ゴン……


 ゴン……


 何かを叩く音が響いた。


 静かに。


 規則正しく。


 誰も喋らない。


 ユリアだけが小さくノアの手を握った。


『怖い。』


 その一言で。


 ノアの内部に新しい記録が生まれる。


【対象:ユリア】


【状態:恐怖】


【優先保護:最大】


 初めてだった。


 命令ではなく。


 自分からそう判断したのは。



 主任は深く息を吸う。


 そして決断する。


『Eシリーズ出撃準備。』


『これより施設防衛作戦を開始する。』


 ノアは静かにユリアを見る。


 ユリアは泣きそうな顔で笑った。


『約束だからね。』


『帰ってきて。』


 その言葉は。


 後にノアが何度も思い出すことになる。


 最初の、


 **「帰ってきて」**だった。




後書き


今回は、


* 文明崩壊初日の混乱

* ユリアがノアへ初めて「守って」と命令したこと

* ノアがユリア以外の負傷者も助け始めたこと

* Eシリーズへの出撃命令

* ユリアの「帰ってきて」という約束


を描きました。


次回、第63話 **「最初の出撃」**では、ノアが初めて「兵器」として戦場へ送り出されます。しかしその戦いは、これまで知っていた敵との戦闘ではなく、「侵食」と呼ばれる未知の脅威との遭遇となり、ゼルヴァニア=クロノス崩壊の始まりが描かれます。

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