第二章 失われた文明編 第61話 ユリアの日記(中編)
前書き
毎日は、
特別な出来事ばかりではありません。
けれど。
何気ない毎日こそ、
いつか失った時に、一番大切な記憶になります。
兵器として造られたノア。
その隣には、
毎日話しかけ続けた少女がいました。
今回は、
ユリアとノアの「普通の日」を描きます。
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朝食を終えたあと。
村長の家には昨日と同じ顔ぶれが集まっていた。
机の中央には透明な記録板。
リリは少し身を乗り出している。
「今日は続きだね。」
ノアは頷いた。
「……続き。」
静かに記録媒体へ手を添える。
【個人記録】
【再生開始】
青い光が部屋いっぱいに広がった。
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研究所。
昨日よりも明るい朝だった。
大きな窓から柔らかな光が差し込む。
ユリアは机いっぱいに紙を広げている。
『今日の目標!』
紙には大きな丸文字で書かれていた。
「ノアを笑わせる!」
ピップが吹き出した。
「無茶だろ!」
リリも笑う。
「難しいね!」
ノアだけが首を傾げた。
「……笑う?」
エルナが微笑む。
「まだ知らなかった頃なのね。」
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映像の中。
ユリアはノアの前へ立つ。
『ノア。』
返事はない。
『今日は笑ってください。』
無反応。
『お願いします。』
無反応。
少女は腕を組む。
『困った。』
研究員が通りかかる。
『またですか、ユリア様。』
『笑ってくれないの。』
『兵器ですから。』
『そういう問題じゃありません。』
部屋の空気が少し和らぐ。
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少女は考える。
『じゃあ作戦変更。』
机から木箱を持ってきた。
中には色とりどりの飴。
『甘いもの好き?』
無反応。
『……食べられないか。』
少女は一つ取り出し、自分で口へ入れた。
『美味しい!』
ノアは見ている。
【対象:ユリア】
【行動:飴摂取】
【目的:不明】
少女は笑った。
『これはね、お菓子。』
『嬉しい時に食べるもの。』
ノアは静かに記録する。
【語句:嬉しい】
【未定義】
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その日の午後。
研究所の庭。
ユリアは小さな花壇へ水をあげていた。
『ノア、見て。』
白い花。
青い花。
黄色い花。
『きれいでしょう?』
ノアは花を見る。
【植物】
【名称:不明】
『これはね。』
『咲くために時間がかかるの。』
『でも、ちゃんと毎日水をあげると咲くんだよ。』
ノアは花を見つめる。
村の納屋で見た枯れかけの花。
リリが水を替えていた姿。
バルトが「直せるものは直す」と言った言葉。
点だった記憶が、ゆっくり繋がり始める。
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夕方。
研究室へ戻る。
ユリアはノアの前へ椅子を持ってきた。
『今日はね。』
『本を読むよ。』
表紙には一冊の絵本。
『ぼうけんのおはなし。』
少女は読み始める。
『あるところに、小さな旅人がいました。』
リリが目を輝かせる。
「絵本!」
ピップが笑う。
「昔も同じなんだな。」
ユリアは夢中で読んでいる。
声を変えながら。
楽しそうに。
ノアはじっと聞いていた。
【音声記録】
【優先保存】
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読み終えると少女は本を閉じた。
『どうだった?』
もちろん返事はない。
それでも少女は満足そうだった。
『また明日ね。』
そう言って立ち上がる。
その瞬間だった。
ノアの右手の指が、ほんのわずかに動いた。
映像が拡大される。
研究所の監視記録らしい。
わずか数ミリ。
ほんの小さな動き。
だが。
ユリアは気付いた。
『今……動いた?』
研究員は首を振る。
『誤差でしょう。』
『違います。』
少女は笑顔になった。
『ノアが返事してくれた。』
部屋にいた研究員たちは苦笑する。
誰も信じていない。
だが。
少女だけは本気だった。
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村長の家。
映像を見ていた全員が静かだった。
ノアは自分の右手を見る。
【記録照合】
【該当動作:確認】
確かに動いていた。
命令ではない。
故障でもない。
少女の声に応えようとしていた。
そんな可能性が、今なら理解できる。
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映像は夜へ変わる。
ユリアの日記。
『今日はノアが少しだけ返事してくれました。』
『先生は違うって言いました。』
『でも私は分かります。』
少女は少し照れくさそうに笑う。
『ノアは優しい子です。』
『まだ自分でも気付いてないだけ。』
ノアの胸部が小さく明滅した。
リリはそっとノアを見る。
「当たってたね。」
ノアはゆっくり頷く。
「……そうかもしれない。」
エルナはその返事を聞き、少し目を潤ませた。
以前のノアなら「不明」としか答えなかっただろう。
今は、自分の可能性を受け入れ始めている。
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その時。
日記の映像が再び乱れ始める。
窓の外。
空に赤い光。
遠くで警報。
『避難警報発令。』
『第三区画に侵食反応。』
研究員たちが慌ただしく走り出す。
ユリアも立ち上がる。
だが最後にもう一度だけノアを見る。
『明日も来るね。』
『約束。』
その笑顔を最後に、映像は静かに途切れた。
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部屋には静かな空気が流れる。
リリはぽつりと呟いた。
「約束……守れたのかな。」
誰もすぐには答えられない。
ノアは透明な記録板へそっと触れる。
「……続きを見る。」
画面には新しい表示が浮かぶ。
個人記録 No.27
『侵食初日』
部屋の空気が変わった。
穏やかな日々は終わる。
ここから先は、ユリアたちが文明崩壊へ巻き込まれていく記録なのだと、全員が理解していた。
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後書き
今回は、
* ユリアとノアの何気ない日常
* ユリアがノアに絵本を読み聞かせていたこと
* 花や「嬉しい」という感情を教えていたこと
* ノアが初めて自発的に反応した瞬間
* 「明日も来るね」という約束
を描きました。
次回、第62話 **「侵食初日」**では、平和だった研究所が一変します。
異物災害が本格化し、ユリアと研究者たちは「Eシリーズを戦わせるべきか」という重大な決断を迫られます。そして、ノアが初めて「守る」という行動を選ぶきっかけが描かれます。




