第二章 失われた文明編 第60話 ユリアの日記(前編)
第二章 失われた文明編
第60話 ユリアの日記(前編)
前書き
歴史は、
勝者が残すものだと言われます。
けれど。
誰にも読まれないまま残った日記には、
その人だけの本当の気持ちがあります。
今回は、
ノアへ名前を与えた少女――
ユリア・クロノス。
彼女が残した、
小さな日記の一ページです。
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朝日が村を照らしていた。
鳥のさえずり。
畑を渡る風。
鍛冶場から聞こえる金槌の音。
昨日まで地下で見ていた無機質な世界とは、まるで違う。
ノアは村長の家へ向かっていた。
胸には、小さな金属箱を抱えている。
【旧文明記録媒体】
【解析:再開】
扉を開けると、すでに全員が集まっていた。
村長。
ガルド。
エルナ。
ピップ。
リリ。
ヨランダたちも出発前に顔を出している。
リリはノアを見るなり笑顔になった。
「おはよう!」
「……おはよう。」
以前より返事が早くなっている。
エルナは小さく微笑んだ。
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ノアは箱を机へ置く。
透明な記録板を取り出す。
昨日と同じように青い光が広がった。
【認証】
【E-07】
【管理者権限:限定承認】
しかし今日は違った。
青い光の中へ、小さな文字が浮かび上がる。
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個人記録
管理番号:YC-01
所有者:ユリア・クロノス
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ピップが目を丸くする。
「日記?」
ノアは頷く。
「個人記録。」
リリは嬉しそうに言った。
「読んでいいの?」
少しだけ間が空く。
ノアは表示された注意文を読む。
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閲覧許可
Eシリーズ管理担当者
及び、その同行者
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「許可。」
ノアがそう答えた瞬間。
映像が変わる。
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そこは研究室だった。
白い壁。
大きな窓。
外には近未来都市が広がっている。
机へ向かって座る、一人の少女。
白い髪。
青い瞳。
まだ十三歳ほど。
ユリアだった。
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少女は小さく笑う。
『今日は少し嬉しいことがありました。』
部屋の全員が静かになる。
『Eシリーズの七番目の子が、初めて私を見ました。』
ノアの内部で小さな反応。
【E-07】
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『もちろん偶然だって先生は言いました。』
画面の向こうで少女は肩をすくめる。
『でも私は偶然じゃないと思っています。』
リリがぽつりと言う。
「優しい。」
エルナも頷いた。
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映像は続く。
『先生たちは兵器って呼びます。』
『試験体って呼びます。』
『番号で呼びます。』
少女は少しだけ困ったように笑う。
『私は嫌です。』
『だって、この子たちはちゃんと顔が違います。』
『背の高さも違います。』
『歩き方も違います。』
『なら、名前が必要です。』
ピップが小さく笑った。
「この子、俺と気が合いそう。」
ヨランダが腕を組む。
「最初からそういう考えだったのか。」
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映像の中。
研究員が言う。
『管理効率が下がります。』
『番号で十分です。』
少女はぷくっと頬を膨らませた。
『番号じゃ寂しいです。』
『私は名前で呼びます。』
そう言うと。
画面の向こうで少女は、一体の銀色の機構体の前へ立った。
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『あなたはね。』
『ノア。』
『今日からノア。』
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部屋の空気が止まる。
ノア自身も動かなかった。
映像の中のE-07。
まだ感情もなく、ただ立っているだけ。
しかし。
少女は笑顔で続ける。
『よろしくね。』
『ノア。』
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リリがノアを見る。
「初めて呼ばれたんだね。」
ノアは静かに頷いた。
「……たぶん。」
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映像は少しだけ早送りになる。
研究室の日常。
ユリアが毎日話しかけている。
『おはよう。』
『今日は雨だね。』
『この花きれいでしょう?』
『今日は失敗しちゃった。』
『先生に怒られちゃった。』
返事はない。
それでも。
少女は毎日話しかけ続けていた。
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ある日。
少女が本を読んでいた。
『家族ってね。』
『帰る場所なんだって。』
ノアの瞳がわずかに揺れる。
リリも聞いている。
ピップも。
ガルドも。
『ノアにもいつか、帰る場所ができたらいいな。』
その言葉に。
ノアの内部で、小さな光が灯った。
【語句照合】
【帰る場所】
【現在一致率:100%】
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突然、映像が乱れる。
赤い警報。
研究所全体にサイレンが鳴り響く。
『侵食反応確認!』
『第七研究区画、防衛線突破!』
ユリアが驚いて立ち上がる。
研究員たちが走り回る。
部屋の外では爆発音。
少女は最後に振り返る。
画面越しに。
まるで今のノアを見ているように。
微笑んだ。
『続きを書くね。』
そこで映像は途切れた。
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部屋には静寂が流れた。
誰もすぐには話せない。
リリはそっと涙をぬぐう。
「続き……書けたのかな。」
ノアは答えられなかった。
画面には、新しい表示が浮かんでいる。
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個人記録
残り:124件
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ピップが息を呑む。
「百二十四……。」
ガルドは静かに腕を組む。
「これは、一日では終わらんな。」
村長もゆっくり頷いた。
「急いで読むものではない。」
ノアは静かに記録媒体を見つめる。
そこには、兵器としての記録ではなく。
一人の少女が、毎日少しずつ綴った時間が残されていた。
そしてノアは、小さく呟く。
「……続きを、知りたい。」
その声には、命令でも義務でもない。
純粋な願いが宿っていた。
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後書き
今回は第二章最初の本格エピソードとして、
* ユリアの日記の閲覧開始
* 「ノア」という名前が付けられた日の真実
* ユリアが番号ではなく名前で呼ぶ理由
* 「帰る場所」という言葉の原点
* 日記が全部で124件残されていること
を描きました。
次回は**「ユリアの日記(中編)」**。
研究所で過ごす穏やかな日々の中で、Eシリーズの個性や、ユリアとノアの距離が少しずつ近づいていく様子が描かれます。そして、その平和な時間の裏で、世界には静かに異変の兆しが広がり始めます。




